表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/464

09◆ 故郷の安否は

 俺たちがガルシアの隣町であるカーテスハウンの駅に到着したのは、アミラットを出発してから一箇月半後の昼下がりだった。



 白亜の円蓋に向かって汽車の煙が立ち昇る、国有数の立派な駅を目の当たりにして、ルインが顔を強張らせている。


 そんなルインをディセントラが、「アミラットにはこんな立派な駅はないものねぇ」とさりげなくフォロー。

 とはいえその顔には愁いの色が強い。



 ――トゥイーディアが別行動を決断してしまったらどうしようと悩んでいたのは俺だけではなくて、道中みんながしばしばそれを案じたのだ。

 むしろみんなからすれば、俺は唯一トゥイーディアの別行動の可能性について話題にしなかった薄情な奴だった。



 レイヴァスが国難に直面していれば、トゥイーディアがそちらへ向かいたがるかも知れないということ――そして、やっぱり俺たちは六人一緒にいるのが一番落ち着くのだということ、この二つは、何だかんだでみんな同じことを考えていた。


 あの楽天的なカルディオスですら、ちょっと深刻そうな顔を見せた程だった。


 ちなみにアナベルはお馴染みの悲観主義を発揮して、「トゥイーディアが一人で別行動をした挙句に怪我をするかも知れない」などと言っていて、問答無用でカルディオスと喧嘩になっていた。

 ガルシア隊員の皆さんは救世主同士の喧嘩という大事件に蒼褪めていたものだ、申し訳ない。

 コリウスが隊員の皆さんの気を逸らしている間に、ディセントラが必死になって喧嘩の仲裁に入っていた。



 とはいえ、俺たちもうじうじしてばかりはいられなかった。


 ――この一箇月半の間、雑魚と言える範疇だったにせよ、レヴナントとの出会いには事欠かなかったのである。

 ディセントラの固有の力を当てにし過ぎて、ディセントラが一度魔力切れを起こした程だ。準救世主であるディセントラが、固有の力――即ち、通常よりも魔力消費対効果がいい魔法を使っていて、魔力が枯渇したのだ。

 どれだけの回数と時間、彼女がその魔法を使っていたのかは推して知るべし。


 魔力切れは、気分がいいものではない。

 眩暈はするし頭痛はするし、更にディセントラの場合、枯渇した魔力を無理に使おうとした反動まであって、嘔吐と発熱のおまけ付きだった。

 頼り過ぎてごめん、の意味を籠めて、俺たちは誠心誠意看病に当たったものである。発熱と嘔吐と頭痛は、俺が何とか緩和できたしね。


 俺が初めてガルシアを目指したときを彷彿とさせる、踏んだり蹴ったりの旅程だったのだ。

 実際、駅で汽車の乗客相手に食事を売っている人たちのお世話になることが多々あって、俺は結構懐かしかった。



 ――ずっとガルシアの隊員たちと一緒だったから、上手くルインと二人きりになれなくて、大陸事情の説明を十分に出来ていないのが心残りだ。

 だが、ルインは頭もいいし、多分周りをよく見て聞いて、おおよそのところは理解しているだろう。




 カーテスハウンに汽車が停まり、乗客たちがぞろぞろと出口に向かい始める。


 俺たちは混雑を嫌ってしばらく席にいて、車内に人が少なくなった時点で立ち上がり、伸びをして、出口に向かった。


 ルインはぐったりしたムンドゥスを抱え上げてからの移動となるので、俺はみんなの最後尾について、ルインが通路に出てくるのを待った。


「……汽車が停まっただけでは起きませんね……」


 ルインがそっと、潜めた声でそう言ってきた。


 案じる色を載せた顔を顰めて、ムンドゥスの黒真珠色の解れ毛を顔から払ってやる。その仕草は、まさしく妹を案じる兄の風情。



 ――ムンドゥスはずっと気を失ったままで、食事すら摂らないこいつの異常性からガルシア隊員たちの気を逸らし続けた心労の恨みが募る。


 だが、“世双珠を使った乗り物に乗せたら気絶する”というのは、あくまでも状況から察した俺たちの推論でしかない。

 こいつを船に乗せたときは、船が動き出すと同時に気を失い、そして船が停まると同時に目を覚ましたが、果たして。



「諦めるのはまだ早い、汽車に乗せた瞬間に気ぃ失ったんだから、下ろすと同時に目を覚ますかも知れねぇ」


 思わず、小声ながらも力を籠めてそう言った。

 さすがにムンドゥスがこのままだと、色々と不都合だし寝覚めも悪い。


 ルインは柘榴色の目を大きく見開いて俺を見て、それから深く頷いた。


「そうですね」


 内心どきどきしつつ、俺はルインの先に立って汽車を降りる。

 みんなはもう汽車から降りていて、汽車から数歩離れたところで俺たちを待っていた。


 ガルシア隊員たちの顔に、「やっと帰って来た」という安堵があるのに比して、救世主たちの顔には誤魔化し切れない緊張が浮かんでいる。

 ヘリアンサスの近くにまで来てしまったという緊張と、ムンドゥスの目が覚めるのか否かという緊張だ。今は全員の視線がムンドゥスに集中していた。


「――――」


 汽車から降りた俺は振り返って、まだ小さいとはいえ人一人を抱えたルインが転んだりしないよう、手を差し伸べて介助する。


 ルインが慎重な足取りで汽車を降り、白亜の床に立った――


「――ん」


 その瞬間にルインの腕の中から呻き声が上がり、俺は思わず安堵で腰が抜けそうになった。


 ムンドゥスの長い睫毛が持ち上がり、銀色の大きな目が半ば覗いた。


 だがすぐに、ぎゅっと眉間に皺が寄せられ、彼女は目を細めたまま、眩しげに周囲を窺おうとする素振りを見せる。

 更には、ぱたぱたと足を動かし、自分で立つと訴えんばかり。


「――ムンドゥス! 起きたのか、具合は?」


 ルインが堪え損ねて声を上げ、俺の耳は救世主たちの深い溜息を捉えた。安堵の窺える息だ。


「……痛い」


 ぽそ、と呟いて、ムンドゥスは足を揺らした。


 動作の主張に気付き、ルインが慌てたように屈んで、ムンドゥスを白亜の床にそっと下ろしてやる。

 ムンドゥスが転ぶのではないかと、案じるような表情で恐る恐る彼女から手を離したルインを他所に、よろめくこともなく立ったムンドゥスは、とたとたと数歩汽車から離れ、ことり、と首を傾げた。


「――ここは」


「カーテスハウン。大陸の西海岸の町だ。ちゃんと目が覚めたんだな」


 俺のざっくりとした説明に、ムンドゥスは鹿爪らしく頷く。


 眉間の皺は一向に消えないが、それでもなお損なわれない美貌。

 むしろ、表情のための美醜を云々することすら不遜に当たるとすら思える、造形としての圧倒的な美しさ。


 ――俺は大きく息を吸い込んで、ルインを見た。

 ムンドゥスの一挙手一投足を見守っていたルインも、気付いて俺を見た。

 どちらからともなく、がしっと手を握り合って頷く俺たち。


 目が覚めた、良かった、本当に良かった……!


 本当を言えば、この場で拍手喝采したいくらいに安堵していたが、ガルシア隊員たちがいる手前、そうも出来ない。


 すぐに何食わぬ顔でルインと手を離して、俺は荷物を手にみんなに駆け寄った。

 同様にしたルインは、すぐに片手をムンドゥスに伸ばす。


「ムンドゥス、手。迷子になったらいけないからね」


 言い聞かせるルインに、ムンドゥスは無表情に手を伸ばしてその掌を握った。


 こつ、と肩を叩かれてそちらを見ると、カルディオスが満面の笑みで俺の顔を見ていた。

 何も言わずとも気持ちは伝わる。俺は無言でカルディオスと拳を打ち合わせ、にやりとする。



 人通りが多い駅の中を、ばらばらにならないよう気を付けながら歩く。


 特に、ムンドゥスを連れたルインが逸れてしまうと大事になるので、俺はルインの真後ろを歩くことにした。

 こうしていれば見失わないからね。


 ルインはさすがに好奇心が抑えられないのか、天井や四方をちらちらを窺い、観葉植物に驚嘆の目を注ぎ、口を半開きにしている。

 田舎者だから、で押し通せる範囲の反応に留めている、こいつは本当にすごいと思う。


 大陸に来たばっかりの俺が、未知のものを見る度に大騒ぎしていたことを思い返せば、ちょっと恥ずかしくなるほどである。



 先頭を切るティリーは、この一箇月半ずっとそうだったように寡黙に、不機嫌なまでの歩調で足を進めていた。

 ララとニールはそんな彼女に遠慮してか、雑談すらも小声でこなし、アランとイーセスも、下級貴族の出身ではあるらしいが、身分ではティリーに遥かに劣るということがあってか、ずっとカルディオスやディセントラとしか話していなかった。


 何がティリーにここまで頑是ない態度を取らせているのか、もはや俺ですら興味が湧くレベルである。



 そうして足早に駅の出口に向かっていたときだった。



 ふと視界の隅に蜂蜜色の髪が翻るのが見えて、俺はどきっとした。


 優しい陽射しみたいな色合いの髪、ちらりと見えた後ろ姿、見紛うはずもない。

 何百年もずっと好きでいる相手だ、気付かないはずもない。


 慌ててそちらを向こうとして、声を掛けようとして、だが身体が動かなくて、俺は確信した――トゥイーディアだ。



 この人混みの中に、近くに、トゥイーディアがいる。



 心臓が一瞬止まったようにさえ思えるほど嬉しくて、俺は視界の隅に全神経を傾けた。


 俺たちのすぐ傍を、ゆっくり歩くおじさんがいてすげぇ邪魔だった。


 見えない。トゥイーディアが見えない。

 そこにいるはずなのに。


 ていうか誰か気付いて声を掛けろよ。


 人知れず俺が苛々すること一分少々。

 カルディオスが唐突に、素っ頓狂な声を上げた。


「――イーディ!?」


 雑踏に轟く大声に、周囲がざわめく。


 あからさまにこちらを振り向く人もいる中、人混みの中でトゥイーディアが振り返った。


 俺の目には、そこにだけ特別明るい光が差しているように見えた。


 半ばを結い上げた蜂蜜色の髪が翻る。

 帝都に行っていたにしては、彼女の格好は汚れた軍服のままだった。身嗜みには気を遣うトゥイーディアにしては珍しい。


 足を止めてこちらを向いて、トゥイーディアが飴色の目を大きく見開くのが見えた。


「――えっ」


 ぽかんとして固まったトゥイーディアだったが、それも一瞬。

 すぐに、きゃあっと声を上げてこっちに走って来た。


 俺はそのときまで全然見てもいなかったが、彼女のすぐ傍には、帝都まで同行していたガルシアの隊員たちがいて、突然トゥイーディアに置いてけぼりにされてびっくりした様子だった。

 足を止めたところに通行人にぶつかられて、「失礼」と呟いている。


 こちらからは、ディセントラが同じようにきゃあっと声を上げてトゥイーディアに駆け寄っていた。


 周りの視線が痛いから慎んでくれ。まあ、トゥイーディアは可愛いけど。


 赤金色の髪を翻したディセントラと、満面に笑みを浮かべたトゥイーディアが互いに指を絡め合い、大袈裟なほどに再会を喜んでいる。


「イーディ、わあ、びっくりした!」


「私もよ! 絶対きみたちの方が早くガルシアに着いてると思ってたわ! ディセントラ、怪我とかない?」


「全くもって元気よ! イーディこそ大丈夫? 大変だったでしょ」


 人混みの中で、迷惑極まりないことに立ち止まり、盛り上がるトゥイーディアとディセントラ。

 コリウスと俺がすみませんと周囲に頭を下げる一方、アナベルは呆れたように、


「実年齢いくつよ……」


 仰る通り。



 いつまでも通路で騒いでいては迷惑になるので、とにかく駅の外に出た俺たちは、扇状に広がる階段の端っこに寄って改めて再会を喜び合った。

 救世主たちをガルシアの隊員たちが囲んで立っているので大いに目立つ。


 約一箇月半ぶりに見るトゥイーディアは、特段大きな怪我をした様子もなく、塞ぎ込んでいる様子もなかった。

 それを見て取って、俺は内心で胸を撫で下ろす。

 実際には、みんなから一歩下がった程度の位置で、無関心に駅の建物を見上げていたわけだけれど。


 トゥイーディアは目を瞠って俺たちを順番に見て、心底不思議そうに首を傾げた。


「みんな、なんで私と一緒のタイミングでここにいるの? 先に戻ってたんじゃないの? きみたちが先に行ってると思って、私、湯浴みの暇も惜しんで、皆さんにも無理をお願いして、急いでここまで来たのに」


 なるほど、ガルシア到着の時差を俺たちと出来るだけ縮めるために、トゥイーディアは自分の格好を犠牲にしてくれたわけだ。

 代償さえなければお礼が言えるんだけど。


 トゥイーディアに応じるのは、気まずそうに肩を竦めたディセントラ。

 ちら、と俺たちを見つつ、ちょっと顔を顰めて、


「途中で何度かレヴナントに遭遇しちゃって、討伐したり汽車の軌道の修復を手伝ってたりしたら、結構時間が掛かっちゃって……」


「大変だったのね……」


 不思議そうな顔から一転、憂い顔に転じたトゥイーディアが呟き、ムンドゥスとルインが問題なくここにいることを確認して、ひとつ頷く。

 彼女は、汽車に乗った瞬間にムンドゥスが再び昏倒したことなんて知らないから、安堵も何もない淡白な反応だった。


 ムンドゥスはトゥイーディアから出来るだけ距離を置こうとするように、ルインと手を繋いだまま、その陰に隠れるようにしていた。

 全くの無表情とはいえ、その仕草だけを見れば十分に愛らしい。


 ララはムンドゥスの様子を見て、無意識にだろうが唇を綻ばせていた。


「大変だったのはあなたもじゃないですか」


 ふとガルシア隊員の一人がトゥイーディアに声を掛けて、トゥイーディアは親しげな様子でそちらを向いた。


「レヴナントの討伐を任せる形になってしまって……」


 慙愧に耐えぬ、といった風情の隊員の言葉に、いえいえと首を振るトゥイーディア。

 にっこりと笑う彼女の表情は、仲間内に見せる寛いだものとは微妙に違う、弱者に向ける慈愛の笑みだった。


「だって救世主ですもの、当然です」


 気負いなく言い切るトゥイーディアに、ガルシア隊員が憧れを籠めた視線を送っているのに気付いて、俺は内心面白くなかった。


 とはいえ、トゥイーディアもやっぱりレヴナントには遭遇していたのか。

 レヴナントを討伐しながら、帝都を経由してカーテスハウン着が俺たちと同時ってすごいな。


「……イーディ?」


 カルディオスが声を掛ける。

 奴にしては珍しく、しおらしいくらいの声音だった。

 ちょっと俯きがちに、上目遣いでトゥイーディアを見て、身体の前で両手の指を不安そうに弄ぶ。

 普通の男がやればなよなよして映るだろうその仕草も、一級品の天与の美貌を誇るカルディオスがやれば、むしろ色っぽく映った。

 事実として、ララと、ティリーまでもがちょっと顔を赤らめていた。


「カル? どうしたの?」


 トゥイーディアが首を傾げる。カルディオスは上目遣いで首を傾げて、不安そうに尋ねた。


「……レイヴァスの方は? だいじょーぶだったのか……?」


 俺は思わず、内心で得たりと頷いた。

 訊いてくれてありがとう、俺としてもめちゃくちゃ気になるところだ。


 トゥイーディアがここにいるということは、レイヴァスではレヴナントの被害拡大はなかったのか、あるいはトゥイーディアが、祖国と比べても俺たちを採ってくれたのか。

 ――そのどちらなのかは分からないが、俺としては、トゥイーディアが悲しい思いをするのは絶対に嫌だ。

 なので、レイヴァスでは被害がないのだという方に賭けたい。


 トゥイーディアがカルディオスに目を向け、にこっと微笑んだ。

 軍靴の踵を鳴らしながらカルディオスに駆け寄り、トゥイーディアはぎゅう、とカルディオスを抱擁した。


「大丈夫よ、心配ありがとう。――皇帝陛下には、魔界での経緯を説明申し上げておいたわ。

 陛下――レイヴァス国王陛下は、私がガルシアの指揮系統に服してレヴナント討伐を行うことは問題がないと仰ってくださったの。レイヴァスでは特段、レヴナントの被害が拡大している様子はないからと」



 ――その瞬間の感情を、俺は表情にも態度にも、欠片たりとも表すことが出来なかった。


 トゥイーディアにとっては、ヘリアンサスのいないレイヴァスで過ごす方がいいのかも知れない。

 でも、そう分かってはいても、自分で思う以上に俺はトゥイーディアの顔を見ていたいみたいだ。


 トゥイーディアの言葉を聞いて、反射のように湧き上がってきたのは、純粋な嬉しさだった。



 俺とは違って、他のみんなは自分の感情を声に出せるから、口々に、「良かった!」だの、「安心したわ」だのとトゥイーディアに声を掛け始めた。

 俺が何も言わないので、ディセントラが俺の肩を軽く叩いてきた。仕方ないじゃん……。


 視線を斜め上に上げ、俺は溜息を落とした。それにしても――



 ――アーヴァンフェルンでだけ、狙ったかのように、レヴナントの被害が相次いでいるというのが気に掛かる。


『帰って来るのを楽しみにしているよ。

 ――それに、楽しみにしていてね』


 脳裏に響くヘリアンサスのあの台詞。どうしても無関係と思えない――



 ――俺がそんなことを考える一方、カルディオスは目の前の事実のみを認識した様子である。

 ぎゅう、とトゥイーディアを抱き締め返して、そのまま彼女をちょっと持ち上げた。


「マジか! 良かったぁ、イーディが実家に帰ったらどーしようかと思ってたぜ」


「大丈夫大丈夫、みんなのことは私が守るからね」


 抱き上げられたままそう言って、トゥイーディアはカルディオスの後頭部をよしよしと撫でる。


 とん、と地面に下ろされたトゥイーディアが、軍服の襟をさっと整えて、俺たちに同行していたガルシア隊員たちを見渡した。

 そうして、淑やかな仕草で頭を下げる。


 ここにいるのは俺たちだけではないと、遅まきながら思い出したようである。

 今さら取り繕っても手遅れな気がするし、別に取り繕う必要もないと思う。救世主同士、仲良いのっていいことじゃん。


 頭を上げて、トゥイーディアが形式的な挨拶を述べた。


「――騒がしいところをお見せいたしました。お聞きの通りわたくしも、今後ともガルシアにて微力ながら尽くしますゆえ、共闘のお許しを願い上げます」


「こちらこそ」


 素早く応じたのはティリーだった。

 俺たちとは碌に話さなかったくせに、トゥイーディアに対しては見事な愛想笑いを見せている。


 ――まあ、俺たちとは同僚として接していた経緯があるから、どういう態度を取ればいいのか分からず、だんまりを決め込むことになったんだろうな……。


「救世主さまと一致協力できるのならば、これほどの名誉はありません。微力ながら、後方援護のお許しを」


 握手を求められたトゥイーディアが、にこっと笑って軽くティリーの手を握る。


 トゥイーディアの手を握った瞬間、ティリーが少し驚いた顔をしたのを俺は見た。

 恐らく、トゥイーディアの掌の()()()に気付いたんだろう。

 年恰好からして、どうやらトゥイーディアを、魔法一辺倒の救世主だと思い込んでいたらしい。

 彼女が剣術もこなすということを掌の硬さから察して、思わず驚きが顔に出たんだろうな。


 トゥイーディアも、向かい合うティリーの表情の変化には気付いただろうが、特段の反応は示さず。

 俺たちを振り返って、少しばかり強張った笑顔を見せた。


「――ここからガルシアって、馬車で行くのよね? 早く行きましょ」


 斯くして俺たちは、みんなして馬車に揺られてガルシアに向かう段に入った。



 トゥイーディアが別行動に入ったりしないと分かった直後ではあったが、向かう先には魔王がいる。


 嬉しそうな顔から一転、ディセントラはこれから刑場に引き出されるかのような覚悟を決めた表情になっていた。

 他のみんなも似たようなものである。



 ヘリアンサスが近くにいるということを、意外にもムンドゥスは何も感じ取っていない様子だった。

 カーテスハウンの町並みを、鏡の色の大きな目でぐるりと見渡す彼女は、いつもと全く変わりない。


 まあ、ヘリアンサスに会いたいだとか駄々をこねられると困るので、これには大いに助かったが。



 乗合馬車を捉まえ、トゥイーディアに同行していた方の隊員たちが、御者に何やら話している。

 恐らく、馬車を貸切にする交渉だろう。


 それを少し離れた場所から見守りつつ、トゥイーディアは左手でカルディオスの手を、右手でアナベルの手を握って、何か考え込んでいる風だった。



 唇を引き結んで、目の前の、彼女にしか見えない何かをじっと見るような目つきで黙り込むトゥイーディア。



 ――どうかトゥイーディアが無理をしませんように。



 俺たちのことを守ると、再三口に出しているトゥイーディアだけれど、俺はトゥイーディアを守りたい。



 ――どうかトゥイーディアが辛い目に遭ったり、悲しい思いを味わったりしませんように。



 前回の死に際が脳裏に甦る。


 出血のために蒼白な顔をして、血と汗に塗れて、壮絶な眼差しで死へ向かおうとしていたトゥイーディア。

 そんな彼女を視界に収めると同時に、痛みというよりは感覚の爆発のような、痛覚の箍を外したような、そんな一瞬の苦痛の後に視界が暗転したこと――



 黄金の目をつまらなさそうに半眼にして、いとも容易く俺の首を叩き斬ったヘリアンサス。



 ――ふう、と息を吐いて緊張を逃がして、俺はガルシア隊員たちの手招きに従って、乗合馬車へと足を進めた。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ