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06◆ 魔界縦断

 一昼夜で俺は湖を越えた。


 うたた寝とはいえ睡眠も取るので、万が一落下したときのことを考えると迂回した方が賢かったのだろうが、迂回するだけ距離も遠くなる。

 それが嫌だったので正面突破。


 俺ほどの魔力があれば、寝ながらだって魔法を使い続けることもできてしまうのだ。


 ついでに湖上にいる間に、何匹か魚も釣ってみた。

 空中で麻袋に座って運ばれながら焼いて食べた。魔法って便利。


 湖から飛び出してきた魚をキャッチして、掌の上で焼いて食べる光景はなかなかに異様だけど――毒殺の危険のない食事、うめぇ。



 湖の上を俺がすっ飛んで行っていたのはよく晴れた真昼間だったので、何人かには姿を見られたと思うが、もう知ったことか。

 ここからは速度重視で逃げ切ってみせる。


 実際、湖上に小舟を浮かべる釣り人さんが唖然として俺の方を見てるのを、視界の端に捉えた気はする。

 そりゃまあ、水面すれすれを俺みたいな変なのが飛んでたら目に付くわな。




 続く街二つはさすがに迂回。


 人混みにこの状態で突っ込んで行くのは色々と危ないからな。

 それになんだかんだ、街には役人もいるはずだ。

 俺が指名手配されていて、そいつらの手中に飛び込んじまったら笑えない。


 ――魔王が指名手配……。もし本当にされてたら史上初だろうな……。


 遠い目で束の間考えてしまったが、どうでもいいのでそんなことは直ぐに忘れた。

 


 今はただ、一刻も早く帰りたい。みんなに会いたい。

 城での暗殺は耐えてみせた。


 後は会いに行くだけだ。帰るだけだ。




 丘陵地帯を流れる川を越えたのは、出発から五日目のこと。


 飲み水の補充と魚釣りが出来て俺は満足だった。

 ただ焼いただけの魚の旨さよ。これまでは三日に一度は血反吐騒ぎがあったからな……。




 で、問題は山。これを越えるのはしんどい。

 まず鬱蒼とし過ぎだし、飛んで行こうにも枝葉に引っ掛かるのが目に見えてるし、だからと言って木々の上を飛ぶのは避けたい。

 重力に反して飛行する魔法は、当然のことながら飛行の高度が低ければ低いほど消費する魔力量は少ないのだ。


 これからのことを考えると節約したい……。


 山火事でも起こそうかと本気で考えたが、さすがにやめておいた。

 この山に住む生き物に罪は無いもんな。俺の身勝手で殺してしまうのは良くない。


「うーむ……」


 麻袋から降りて身体を伸ばし、行く手の山を仰ぎ見ながら深謀遠慮を巡らせる。まあそんな大したことを考えているわけではないが。


 山というか、山脈。

 さすがに迂回はできない。どうしたもんかな。


 山裾をうろちょろしているうちに、木々を切り拓いて細く伸びる山道を発見した。

 おぉ、ありがてぇ。

 考えてみれば近隣に、山に入って狩猟なり伐採なりして生計を立てている人たちがいてもおかしくない。

 街にも住まずに山裾か山中に集落を作って生活しているんだろう。


 そんな人たちに会わないようにしながら、取り敢えずこの道を使わせてもらおう。


 傾斜の緩やかなところを狙って、細く踏み慣らされて作られた山道。

 うねうねと蛇行するその道を滑空していると眩暈を覚えるが、仕方ない。


 山の中腹辺りで、「ここを通りたけりゃ通行料寄越しな」なんて言い出しそうな、如何にも山賊といった風体の一団を見掛けたが、麻袋の上に座って空中をすっ飛んでいく俺を見て、向こうの方が退散して行った。


 ビビらせてすまんな……出来れば通報はしないでくれ……。


 幸いにも山道は山の頂上を越えて下山するところまで続いており(まあ途中で何度も枝分かれして、ここに住んでいる人たちの集落にまで続いている経路とかもあって、何回か慌てて引き返したりしたんだけど)、俺は三日掛けて無事に山越えを果たした。


 山の中で木の実とか収穫できて良かった。

 今が実りの秋で良かった。




 山を下りるとしばらくは無人の平野。


 そこを流れる大河を越えた辺りから、俺もそろそろきつくなってきた。

 何しろもう十日くらいは魔法の使いっぱなし。

 寝ながらも魔法を使っているので、疲れが取れないことは火を見るよりも明らかだ。


 これできつくない方がどうかしてる。


 一般人ならもう魔力切れでくたばっているところ。

 まあそもそも一般人なら、寝ながら魔法を使うなんて出来やしないだろうけどな。


 時間の浪費にはなるが、海の上で魔力切れになることの方が耐え難い。

 そう判断した俺は、大河の畔の鬱蒼とした茂みの中に潜り込んで休むことにした。

 地面の上で横になって数秒で爆睡。

 真昼間で辺りには燦々と日の光が降り注いでたけど関係なし。


 疲れてたんだな、俺……。


 何時間爆睡していたのかは定かではないが、夜中に降り出した雨に俺は起こされた。

 冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。


 天候に恵まれていた時期は終わったらしい。


 已む無く起き出した俺は、欠伸を漏らしながらも出発の準備。


 まずは荷物から雨を払う。

 熱を司る得意分野を持つ俺は、こんな雨の中でも自分と周囲をカラカラに保つことなんて造作もない。


 まあ、こういうのはアナベルの方が上手いんだけど。


 長く伸びた漆黒の髪から滴が落ちるのを撥ね除けて、荷物にしたのと同じように自分自身からも水気を払う。

 寒い寒いと呟きつつ、雨を含んでぬかるみ始めた地面から、魔法で保護された麻袋の上へ。

 くしゃみが連続で三回くらい飛び出して、数日に一回は毒物を含まされるあの生活が、俺の身体を弱らせたのかも知れないと本気で考えた。

 今、風邪を引くのは全力で避けたい……。


 麻袋の上に両足を下ろして座り、首を左右に倒してみたり肩を回してみたり。

 うん、休息で魔力は戻った。出発進行。




 続く街三つを迂回したことについて、特筆すべき点はない。


 街と街を行き来する人たちが街道上に結構いて、俺は街道からもかなり距離を取って進まなきゃならなかったことくらいだ。


 一度雨が降ったほかはよく晴れるか曇天で持ち堪えて、俺は街三つを迂回して通過する五日間、うたた寝の他はまたしてもぶっ通しで距離を稼いだ。



 とはいえその後にはまた山がくる。

 休まなきゃつらいということで、俺は山越え前日に、山の麓で休息した。



 山越え当日の朝、すっきりと目覚めた俺は首を捻る。

 追手が今に至るまで来ない。なんでだ。


 来てほしいわけではないが、来ないなら来ないで不安が募る。


 ――俺の移動が速すぎて、追い着いていないだけか?

 それとも魔王城の城下を捜索しているのか?


 確かに普通の考え方をしていれば、俺が島の外を目指すことなんて分からんだろうけど。


「――ま、いっか」


 呟いて山を振り仰ぐ。

 最初に越えた山みたいに道が出来てるといいんだけど。


 ――道は出来ていた。

 俺は本気でほっとした。

 こんなところで時間を取られるなんて真っ平ごめんだ。


 山道を飛び、盆地にしんしんと水を湛えた静かな湖の上をそのまま通過。

 ちょうど風のないときにそこを通ったからか、空の風景をくっきりと映す湖面は鏡のようで美しかった。

 何十回もこの島には来ているが、こんな所があるとは知らなかった。


 ――みんなを連れて来たら喜ぶだろうなと、湖を覗き込みながらふと思った。



 さて、その湖を越えれば森に入る。俺は勝利を確信していた。


 なにせ、この森を越えれば海岸である。


 やっと――本当にやっと、そして生まれて初めての、この島からの脱出である。



 内心では、俺の追手が先回りして海岸で待ち構えてたらどうしようとか、そんなことを割と真面目に考えたりもしたが。



 ――島の端っこに広がる森の中に、さすがに道は出来ていなかった。


 已む無く俺は木々の間を縫うように飛行してその森を抜けることとした。

 歩いてもいいとは思うんだが、体力的にきついのと、あと何だかんだで飛んだ方がやっぱり速いからね。


 びっしりと苔の生えた巨岩が転がり、幹の捩れた巨木が犇めく森。

 せせらぎの長閑な音も聞こえてくる。


 木漏れ日の降り注ぐ森の中の光景は、美しいといえば美しいんだろうけど、今の俺からすれば障害物でしかない。


 城を脱出してからここまで一月近く。


 島が東西に長く伸び、南北の幅がやや狭い地理に助けられているとはいえ、一月掛からず島を抜けつつあるというのは驚異的だ。

 それは分かっちゃいるけど、焦る気持ちはまた別物というところ。



 森は無駄に広く、そこを越えるのに二日掛かった。



 二日掛けて森の端に到達した俺は、目にしたものに思わず感動の声を上げてしまった。


「……海だ……」


 いや、海を目指して来たんだから当たり前だろって話なんだけど。


 なんだけど、ようやっと目にした海は広く凪いでいて、俺はぐっと拳を握り締めてしまう。


 やっと来た。やっと。


 森の端からは断崖絶壁。

 この島が構える天然の要塞だ。


 峻険に切り立つ崖の下に目を転じれば、海面を突き破るようにして頭を出す巨岩がちらほら。落ちれば命はないだろうな。


 白波弾ける崖の上から見渡しても、俺が目指す大陸の影は見えない。

 大陸よりは手前にあるはずの、ド田舎諸島の一番手前の島すらも。


 なぜかは分かる、知っている。

 大陸からこの島へ渡った回数は数え切れないのだ。

 どれだけ大陸が遠いのかは身体が覚えてる。


 時刻はちょうど夕暮れで、左手――西の方角の海に、燃えるような太陽が沈んで行こうとしていた。

 凪いだ海を一面の深い黄金色に染め上げながら、太陽が海面に溶けるように消えていく。

 東の空からは宵闇が忍び寄り、出番を待ちかねたように空を藍色に染めようとしていた。



 ほう、と息を吐いて、俺は抜けてきた森を振り返る。



 今日はもう休んで、明日から筏作りかな。





◆◆◆





 ――夢を見た。



 夢の中で俺は王様が用意してくれた立派な船に乗っていて、甲板の上で欄干に凭れて海を見ている。

 水夫たちが張り切って動き回る気配、舵を切る方向を指示する声を背中で受けながら、俺は帆が風を孕む音、波の音、海鳥の声を聞いている。


 ぼーっとしていると、隣に()()が立つ気配がした。


 背中で欄干に凭れて、俺とは同じ方向を見ようとせずに、まるで独り言だというように小さな声で呟く()()


「――また死んじゃうかなー……」


 俺は返事をしたいのに、声が出ない。


 隣に立ったのは()()()だと分かるから、そっちを見て目を合わせたいのに、ぴくりとも身体が動かない。


「これまで死ななかったことなんてないものね。ちゃんと作戦、練らないとね。

 コリウスとディセントラが船室で難しい顔して何か話し込んでたわ」


 あいつは俺が無反応であることには頓着せずにそう言って、ふふっと笑ったようだった。


「――まあ、死んじゃうにしろ、ね」


 あいつが欄干から身を起こした。

 んーっ、と伸びをするときの声を漏らして、甲板の上を歩いていきながら、終始何の反応も返さなかった俺の背中に向けて囁く。


「きみは()()()()()だから。

 たまには後ろでじっとしてるのよ?」


 ――別に俺は死にたがりってわけじゃない。


 そうじゃなくて、俺がいつも自分が死ぬ以上に嫌がっていることは――



 訴えようにも口が動かず、俺はただ背中で、あいつが甲板の上を遠ざかる足音を聞いている――




 ――そこで目が覚めた。




 目が覚めるなりぷはっと声が出た。

 夢の中で言葉を我慢していたことが弾けたみたいに。


 苔むした巨岩の上で身体を伸ばしていた俺は、木々の枝を透かして見た上空がまだ暗く、しかしながら夜明けの予兆のように透明な光を湛え始めていることを見て取って、今度は意識して声を出した。


「――おー、朝……」


 正確に言えば夜明け前。


 むくり、と身体を起こして、苔が含んだ朝露に湿った衣服の感触に顔を顰め、ぶるっと大きく震えてから、俺は麻袋を掴んで巨岩の上から飛び降りた。


「よし、筏だ筏」



 ――それにしても懐かしい夢を見た。

 あれは前回の船出のときの夢だ。


 あいつの言に違わず俺たちはあの後全滅したわけだけど。


「……いや、そうとは限らんか」


 まだ暗い森を歩き、筏にするのに適していそうな丸太(に出来そうな枝)を探しつつ、俺は独り言ちた。


 ――前回、俺はかなり最初の方で死んだからな。

 多分六人の中で二番手くらいだった。

 だからあの後の戦況がどうなったのか、正確には分からない。


 だけど今回もこうして転生したってことは、やっぱり全滅したんだろう――


「――ん? いやいや待て待て、もしかして魔王(あいつ)を殺せたから今度は俺が魔王になったんじゃ……有り得そうなのが何とも言えねえ……」


 そんなことをぶつぶつと呟きながら森を徘徊する俺。


 まあ前回の決着がどんなものだったかなんて今となってはどうでも良くて、俺の至上命題は早く帰ること、それに尽きる。



 日が割と高く登る頃、ようやく俺は筏の材料を調達し終えた。

 ここが砂浜だったら流木とかを漁ったんだろうな。


 森の中の、崖に近くてそこそこ開けた空間を作業場と定めた俺の前には、容赦なく大木から折り取ってきた手頃な太さの枝が三本。

 枝をそのまま担いで来たから相当な長さだし、わさわさと細かい枝葉が付いたまま。

 これを適度な長さに切って丸太に整え、筏の材料にする算段だ。


 大木に攀じ登って枝の太さを確認したりしたから、その過程でめちゃめちゃ手とか顔とか切った。痛い。

 あと運動不足で身体が痛い。


 顔を顰めながらも、俺は目測で適当な長さに目星をつけ、枝に手を掛けた。


「よいしょ」


 掛け声と共にばきばきと音を立て、枝を折る。

 もちろん自力じゃない、魔法だ。俺が素手でこんなことが出来るなら苦労はない。


 同じやり方でばきばきと枝を折り、細い枝葉を払い、筏の材料となる丸太を量産する。

 細い枝葉がわさわさと積み上がり、それらを纏めようとしてまた手を切った。


 不慣れな自分にげんなりするが、仕方ないじゃん。

 今までこんなことしたことないもん。

 なんでこんなことしてんだ、俺――ここに生まれちゃったからだよ!


 若干泣きそうになりながら、量産した丸太を並べて筏っぽくする。

 これを縛って固定すればそれっぽい筏になる予定。


 ところで俺も、木の枝を縛ればそれで筏が完成するなんて甘いことは考えてない。

 どう考えてもこいつは沈む。何しろ重いしね。浮袋になるようなものはないしね。


 でもまあそこは俺が何とか出来るだろう。

 祈らなきゃならんのは、俺が海を渡ってる途中で嵐が来ないこと。


 ぐるぐる巻きにして麻袋に突っ込んだ縄を取り出し、不慣れながらも何とかかんとか木材と木材を結び合わせて固定する。

 ここを魔法でやるかはかなり悩んだが、そんな細かい魔法槌り得意じゃないし、木材を魔法で筏に変身させることは出来ない。

 何しろ、〈あるべき形からの変容は出来ない〉と絶対法に定められているからだ。

 魔王でもこれを超えられないらしい。筏を作るのは守護には当たらないとの判定なんだろう。


 そんなわけで地道に手を使うことにしたが、縄って硬いんだよな。


 掌がズル剥けになって俺は目を疑った。

 この掌、柔らか過ぎる、弱すぎる。かつての俺の身体の中で、もしかして今の身体が一番軟弱なんじゃないか……?

 ――まあそりゃそうか、箱入り育ちだし。


 痛みと情けなさに涙目になりながら、俺は掌を治療する。


〈失ったものは取り返せない〉という絶対法を、守護の方向で超える魔王の魔力だから出来ることだ。

 一般人であっても救世主であっても、治療は止血とかが精一杯。傷を治すことなんて出来やしないが、俺だけは――っていうか、魔王だけは治癒に手が届く。


 再生した皮膚に安堵の息を吐き、俺は手を数回握って開いて。

 ちょっとは皮が硬くなればいいんだけど。



 そんな悪戦苦闘をしているうちに日が暮れた。


 掌を何回治療したのかは数えてない。


 暗くなっても、光源さえあれば作業は続行できる。

 だが俺はそのまま引っ繰り返って休むことにした。


 この作業、結構心にくるものがある……。

 同じ場所に留まって黙々と作業しなきゃならないというだけで、一刻も早く帰りたい俺にとっては苦行。

 しかもそこに、情けなさやら肉体的な痛みやらが降り掛かって、


「……帰りたい……」


 仰向けに引っ繰り返った俺は、前腕を目許に宛がって泣き言を漏らした。



 ――前回は良かったなぁ、と、ぼんやりと考えた。


 俺は前回、大陸のとある貧乏国家の端っこに生まれた。


 その国が貧乏な理由は明白で、国土の大半が、草一本生えずオアシスの一つもない、干からびてどうしようもない、砂漠というにもなお荒れ果てた土地だったからだ。

 国としての面積は他国に比べても頭一つ飛び抜けてでかかったが、国土の大半がそんな土地では利用もできず、人口は他国に比べてだんとつに少なかった。

 生き物が生存できる限られた土地に集中せざるを得ないからだ。


 そんな国土は持ってるだけ無駄だったと思うが、一応地図上ではその国の土地ということになっていた。

 記憶にある限り昔から、大抵の人がその土地のことを、〈呪い荒原(こうげん)〉と呼んでいた。

 一切生き物が住めないくらいに荒れ果てた、あの広い広い土地には似合いの呼び名である。


 そんな土地を擁したあの国は、当時でさえ活気のない国だったから、今頃はもう滅んでるんじゃないだろうか。


 ――ともかくもそんな国の端っこで生まれた俺は、早くみんなと合流したいと考えていた矢先に、ちょうどふらっと俺の街に立ち寄った豪商の息子に買われて行った。


 いくら貧乏だからとはいえ、僅か六歳の少年が金持ちの息子に商品のように買われたということで、当時はかなり同情されながら送り出されたが、何のことはない。

 豪商の息子というのが、当時俺に生まれの恵みで大差をつけたみんなの中の一人、カルディオスだったのだ。


 好奇心で豪商一行を見に行って、中にあいつがいるのを発見したときは嬉しかったね。

 あいつも嬉しそうだった。俺より少し早く生まれていて、当時は十歳だったっけ。

 カルディオスと二人で楽しく数年を過ごしているうちに、()()()が救世主であることが盛大にバレた噂を聞き、慌てて駆け付けたってわけだ。


 あいつは周囲に激励されながら、死んだ目をしたコリウスとディセントラ、アナベルと一緒に、強張った笑顔で俺たち二人を迎え入れた。



 前回はまさか、こんな苦労をすることになるなんて思わなかった。



 ――そんなことを考えている間に寝てしまっていたらしい。


 次の日も夜明け前に目を覚まして、俺はしばらくぼんやりしていた。



 前回のことを思い出しながら眠ったからか、切ない気分だ。


 みんなはもう合流して、大陸で楽しくやってんだろうか。

 ()()()は俺たちのことを思い出しただろうか。

 今回の貧乏くじは誰が引いたんだろうか。


「――大丈夫」


 呟いた。

 秋の暁闇の、冷たい空気に俺の言葉が溶けていった。


「大丈夫、大丈夫だ。もうここまで来たじゃねえか……」


 身体を起こし、作りかけの筏を一瞥。

 筏というか、筏もどき。


 不格好で下手くそで――


「ほんと、何やってんだ俺……」














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