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24◆ いざ出航

「……なあ。おまえ、ホントにこの人たちに何したの?」


 上を下への大騒ぎになっている海賊船――もとい、アーロ商会の船の上を見渡しつつ、カルディオスがこそっと囁いてきた。



 熱烈に歓迎され、すぐに船上に案内された俺たちを迎え、船上の居残り組たちはお祭り騒ぎだった。


 船長を呼び戻しに行って来い、船室の清掃を、陸に行って酒を仕入れて来い、と指揮する声に、甲板の上では下っ端たちが右往左往。


 慌ただしく誰かが町へ走って行った。

 船長を呼びに行ったんだろうが、頼むから酒は買って来ないでほしい。



 甲板の隅っこで取り敢えず立ち尽くしつつ、俺はあるがままの事実を答えた。


「――漂流してたときにこの船を発見して、密航させてもらってたところでレヴナントに襲われたんで、俺が撃退して助けた」


「いや絶対それだけじゃないだろ」


 食い気味に言って、カルディオスは立ち働く元海賊たちを、奇異なものを見る目で眺めた。


「懐かれ過ぎだろ……」


「俺もそう思う」


 真顔で頷く俺。


 何しろ一回助けただけで、密航は結構長い間していたものの、顔を合わせていたのは一日。

 忘れられていても不思議じゃないと思うんだけどな。


 そこに、ちょこちょことやって来る小男。きらきらした目で俺を見上げて、


「兄貴っ、お嫌いなものはありますかっ」


「酒」


 即答した俺に、小男は衝撃を受けた顔をしてから大声で、


「――おい! おい! 酒は駄目だ、兄貴がお嫌いだそうだ!」


 なんだと、というどよめき。


「どうすんだ、アリに言付けちまったぞ!」


「奮発するように言ったのに!」


 言い出すのが遅くてなんか悪いね。


「なんなのこの状況……」


 アナベルが無表情に呟く一方、コリウスが沈着な表情で、


「いや、船賃が浮くと思えばいい。この様子を見るに、恐らく格安で乗せてくれるはずだ。僕たちに預けられているのは税金だからな」


 なお、トゥイーディアとディセントラは声もなく笑い転げている模様。

 トゥイーディアは息も絶え絶えに、


「お酒、私が、代わりに飲んであげよっか……?」


 と、涙を拭いながら俺を見てくる。酒豪はいいな、酒豪は!


 ディセントラもトゥイーディアも、潔癖なところがある。

 相手が元海賊というだけで拒否反応を示すかと思いきやこれである。

 身贔屓なところもあるディセントラにとって、俺を助ける形になったこいつらの評価が高いのは納得だが、トゥイーディアも同じように考えたらしいのが意外だ。俺とは犬猿の仲なのに。


 トゥイーディアが優しいだけだと頭で分かってはいても、ちょっと嬉しい。



 そこに、陸を見た誰かの声。


「――船長のお戻りだ!」


 俺たちも振り返って、船着き場を悠々とこちらに向かって歩いて来る一団を見た。


 見覚えのある船長の傍に、船から彼を町まで捜しに行ったのだろうひょろりとした男――恐らく彼がアリだろう――が張り付き、あれこれと話し掛けている。事の経緯を説明しているものと思われた。

 船長は「分かった分かった」と言わんばかりに手を振って、目を上げた。


 ちょうど俺と目が合った。


 さすがに他の者のように喜色を満面に湛えることはないものの、船長がちょっと面白そうに笑って、俺に向かって片手を挙げる。

 俺も取り敢えず同じようにして、遠目から挨拶を交わした。





「――ははあ、船を探してると」


 船の上に戻って来た船長は、ずらりと並んだ元海賊を従え、コリウスと俺を先頭にした俺たち六人組を見渡しながら腕を組む。


「はい、ガルシアの任務で南まで行かなくてはならないもので」


 冷静極まりない顔で頷くコリウス。


 俺たちが救世主であると暴露した場合、既にお祭り騒ぎになっているこの船の上が、取り返しのつかない大騒ぎになりかねない。

 わざわざ救世主の威光を振り翳さずとも、多分こいつらは南の海への航海を引き受けてくれそう――ということで、一言も交わさずとも俺たちは、自分たちの身分を黙っておこうという暗黙の了解を共有していた。


「南、なぁ」


 が、予想に反し船長は難しい顔。


 がりがりと頭を掻く彼に、「どうしたんですか船長!」「行きましょうよ船長!」と声が掛かる。

 それに、「うるせぇ!」と返したのち、船長は俺たちに向き直って渋い表情を見せた。


「南っつったら、あれだろ。魔界だろ」


 途端、ぴたりと押し黙る元海賊たち。

 しばしの沈黙ののち、ハーヴィンが愕然とした顔で俺を見てきた。


「……え? 諸島までじゃなくて、そこまで行くんすか?」


 その声を皮切りに、今度は、「やめときましょう船長!」「さすがにやばいです船長!」と声が掛かる。


 コリウスがちらりと俺を見た。

 他を当たるか打診する顔だったが、同時に、この船を確保した方が無難であると考えている表情でもあった。


 魔王(おれ)が魔王らしい活動を一切していない今の時代であっても、船乗りの反応はこれである。

 魔界には近寄りたくないというのが、いつの時代の船乗りにも共通している考えだ。

 今まで、俺たちの魔王討伐に付き合ってくれた船乗りたちも、その時代の権力者の()()()勅命があったからこそ――そして、救世主を乗せているという自覚があったからこそ、そこまで船を出してくれていたのだ。

 今回、俺たちは自分たちで船を探さなければいけないわけだが、だからこそ、「自分たちは皇帝の勅命を受けている」ということを説明することしか出来ない。

 俺たちが救世主であることは、俺かトゥイーディアが絶対法を超えた魔法を披露すれば一発で証明できるが、そうすると魔法で脅すことになりかねない。


 一押しすれば頑張ってくれそうな、この船で魔界まで行って帰って来るのが理想的なのだ。

 あと、相手が元海賊だと思えばこそ、他の人たちを魔界まで連れて行くのに比べて罪悪感が少ない。


 だが、さて、どう説得したものか。


 おまえたちは俺に命の借りがあるよな? と迫ることも出来るが、恩着せがましいことはしたくない。

 元海賊たちに悪いからというよりは、俺がそんなことをする奴だとトゥイーディアに思われたくない。

 もうこれ以上なく悪くなっている俺の心証を、なお落とすような真似はしたくない。


 参考までに、振り返ってみんなの顔を窺う。


 アナベルは、「何とかして説得しろ」という顔をしていた。恐らく、船を探してアミラット滞在が長引くのが嫌なのだ。

 カルディオスも、「脅してでも頷かせろ」という顔をしていた。考えるまでもなく、船が見付からず立ち往生するのが嫌なのだ。

 ディセントラは、「無理は良くないけど出来れば……」という顔をしていた。やっぱり一般の船乗りにお願いするよりは、元海賊にお願いする方が気が楽だと思っている表情だった。


 そしてトゥイーディアはといえば、意外にも気楽そうな顔をしていた。

 何とかなるでしょ、と言わんばかりの表情。

 果たしてそれは、矢面に立って交渉している俺とコリウスの、どっちに対する信頼が生む表情なのか。


 ――まあ、コリウスへの信頼だろうな。


 全員の顔色を見たところで、船長に向き直る俺。


 船長もまた、後ろの船員たちと何か小声で遣り取りしていた。

 意外にも、独断専行の姿勢ではないらしい。


 俺の後ろで、カルディオスがぼそっと呟いた。


「……トリー、ちょっと色仕掛けでもしてくんね?」


 直後にどすっと音が聞こえ、カルディオスが呻いた。

 誰かがカルディオスの鳩尾辺りを殴ったらしい。

 ディセントラ本人かトゥイーディアだろうな。


 それを無視して、俺はコリウスに目配せ。

 意味としては、「俺たちが救世主だと言ってしまうかどうか」の是非を問うものだ。

 元海賊たちはなんでか知らんが俺に懐いているし、大騒ぎになることを覚悟の上で、俺たちが救世主であることを言ってしまえば、それが最後の一押しとなって丸く収まる可能性が高い。


 俺の目配せを受けて、コリウスも思案顔。

 別に身分を知らせたところで実害があるわけではないし――と、コリウスが小さく頷いたときだった。


 船長が俺に向き直り、指を一本立てた。


「おい坊主」


「なんだ船長」


 どうやら元海賊たちの間で議論が決着を見たらしいと、俺もやや警戒しながら応じる。

 その俺に、船長はちょっと顔を顰めつつ。


「魔界のどの辺まで行くんだ。まさか上陸しろとは言わまい?」


 俺はちらっとコリウスを見た。


 今度の目配せの意味は、「いつも通りでいい?」だ。

 何しろ船で魔界に行くのは何十回と経験のあることなので。

 いつも船からは魔界から少し離れた所で下りて、その後はアナベルに道を造ってもらうなり、コリウスに運んでもらうなりして上陸していた。


 俺の視線を受けて、コリウスが振り返ってアナベルを見遣る。


 二人で頷き合っているのを見て、俺は船長に視線を戻した。


「いや、上陸までは要らない。近くまで行ってくれればいい――あと、帰り道に拾ってくれるように、その辺で待機してくれていれば」


 帰り道を想定して船乗りと交渉するのは久し振りなので、俺は漠然とした違和感を覚えた。


 今までは、勅命を受けた船乗りと打ち合わせするときも、「復路は何とかするから、取り敢えず魔界からは引き返していい」という指示を出すことばっかりだった。

 一度だけ、復路もお願いしたことがあるが、結局そのときも、生きて帰ることは出来なかったし。


 俺の返答を受けて、再び船長が船員たちと小声で遣り取りする。

 俺とコリウスは切り札を出すタイミングを見失って肩を竦めた。


 しばし手持ち無沙汰で待った俺たちに向き直った船長が、偉そうにふんぞり返って言い放った。


「――いいだろう、乗せてやる。魔界の手前までなら行けねぇこともなかろう。坊主、命の恩に免じてやらぁ」


「マジ? やった」


 切り札を持ち出すまでもなく了承の返事がきた。


 思わず素で喜ぶ俺を後目に、コリウスがさっさと船賃の交渉に入る。

 その局面に入ると俺は役に立たないので、無言で一歩下がっておいた。

 代わってディセントラが、コリウスが押し切られそうになったときの保険として一歩前に出たが、心配は無用だった。


 ものの数分で、たいへん良心的なお値段で交渉は決着をみた。


 前金として三分の一を、そして魔界到着時点で残りのうち三分の一を、そして俺たちが魔界から戻ってきた際、改めて復路にて乗船したときに最後の三分の一を支払う。

 旅程で必要となった経費は、当座はアーロ商会側が立替え、精算はここまで無事に戻ってきた後、最後に纏めて支払う――というところまでを決定した。


 ちなみに前金で五百アルアだ。

 危険を呑んであの距離を航海してもらうのだから、総額千五百アルアの船賃は格安といえた。


(100)」の表記のあるアルア紙幣を、無造作に五枚数えて渡すコリウス。

 受け取った船長が指先を舐めて枚数を検め、頷いてコリウスと握手を交わした。


 コリウスが金を取り出した瞬間、この時代の貨幣が紙であることに愕然としていた俺を思い出したのか、元海賊連中が微妙に生温かい目で俺を見てきた。

 俺はそっぽを向いておいた。



 話が纏まり、俺たちは一旦下船の流れとなった。

 さすがに元海賊たちも、長期に及ぶ航海となれば準備があるし、今から船を出していてはすぐに日が暮れてしまう。

 そんなわけで、本日はアミラットで一泊することになる。


 明日の朝九時にここに来い、と、金の懐中時計を見ながら船長が宣うのに、俺たちが頷いて今日は解散。


 船長が物資の調達の音頭を取るのを背中に聞きつつ船を下り――「兄貴ーっ、また明日からよろしくお願いしまーすっ!」と元気な声が複数追い掛けてくるのに手を振り――、俺たちは桟橋を渡って陸に戻った。


 宿を探しに歩き出しながら、コリウスが至って真面目な声音で俺に向かって言った。


「今生のルドベキアに人脈があって良かった。予算を大幅に下回ったぞ」


 あれを果たして人脈と言えるのか。


 微妙な顔で苦笑いするしかない俺に、カルディオスが大笑いした。



 ――ともあれ船が見付かったことで、俺たちは極めてすんなりと宿を決めることが出来た。

 船が見付かってなかった場合、宿泊期間未定で部屋を取らないといけないから、色々と面倒だからね。

 一泊しかしないと決まり切っていれば、宿が満室でない限りは部屋を取るのに揉めたりしない。







 そして翌朝、約束通りの時間に船に着いた俺たちは――というか、俺は――、ハーヴィンをはじめとした元海賊たちの熱烈な歓迎を受け、船の中を一通り案内された。


 “頑張って船室を綺麗にしました”と胸を張られれば、悪い気はしないしお礼も言いたくなるというものだ。

 トゥイーディアたち女性三人を泊める船室は、あからさまに「慌てて空けました」という雰囲気が出ていたものの。


 とはいえ、わざわざ女性専用の船室を用意してもらっていたということで、トゥイーディアたち三人が元海賊たちに礼を述べていたところで、ハーヴィンがちょいちょい、と俺を脇に招いた。

 首を傾げつつそっちに寄って行くと、彼は俺に顔を寄せ、低い声で小さく囁く。


「――全員に、言っときました」


 何のことか、一秒と経たずに察した俺は、ハーヴィンより更に低い声で尋ね返す。


「……あのことか」


 つまり、俺が現役の海賊をやっていた頃のこいつらから、金を受け取っていた件である。

 重々しく頷いたハーヴィンが、にやっと笑って親指を立てた。


「絶対ボロ出さねえよう徹底しますぜ。ご安心くだせぇ、兄貴」


 俺がそうやって隠蔽についての話をしていたのは、会話の内容こそ聞こえていなかったにせよ、怪しい挙動は勿論みんなの目に付く。


 出航に際し、甲板に出ようと軋む階段を上がりながら、カルディオスが訝しげに俺に訊いてきた。


「さっき、なに話してたんだ?」


 途端、怪しいまでにそっぽを向きしらばっくれるハーヴィン。おまえ、悪人に向いてないよ。


 俺は俺で、にっこり笑ってはぐらかすと、あからさまに話題を変えた。


「――そういえば、今日って夏至か」


 一年のうち、最も昼が長くなる日。

 夜は僅か数時間となり、地域によっては祭りもある日。


「そうだけど?」


 暦を思い返したのか、カルディオスが怪訝そうに語尾を上げる。


 甲板に踏み出しながら、俺は肩を竦めた。


「いや、大したことじゃないんだけど、俺って夏至生まれだから。今日は誕生日だなって」


 そう、めでたくも本日をもって、俺は十九歳になった。

 暗殺され掛け続けたことを思えば、そしてつい最近、あの巨大兵器の襲撃を受けたことを思えば、よくぞここまで成長できたと感慨深い。


「へえ、そうなの」


 と、カルディオスの反応は淡白である。

 何しろ誕生日なんて、人生ごとに変わるもので覚えていられなかったりするのだ。第一、明確に誕生日を数える術なんてないし、人の年齢なんておおまかに数えるものだし。


 仲間内で特に祝うこともない。

 実際、俺は他の五人の誕生日なんて知らない。


 が、俺の傍に張り付いていたハーヴィンは違った。


「兄貴っ、今日、誕生日なんですかっ!?」


 彼が叫ぶや、「今日は兄貴の誕生日らしいぞ!」と伝播していく叫び声。


 しまった、話題逸らすにせよ、その話題選びを間違えた。


 げっと顔を顰めた俺は、先を歩いて甲板に出ていたトゥイーディアがこちらを振り返るのを見た。



 陽光に煌めきながら、半ばを結い上げた蜂蜜色の髪が潮風に吹かれて翻る。

 ぱちりと瞬いた飴色の瞳と視線が合った。


 眉を寄せる俺とは対照的に、トゥイーディアがちょっと微笑んだ。

 そして、さも当然のことを口に出すかの如く自然に、あっさりと言った。

 波音がその声に被ったが、それでも俺は確かに聞いた。



「――お誕生日おめでとう、ルドベキア」



 俺は内心で目を見開いた。

 もしかしたら、この言葉をトゥイーディアから貰うのは人生で初めてかも知れない。

 一生忘れられない誕生日になった。


 いや、一言貰うだけでここまで感動するのが異常なんだけど。

 俺の代償がなければ、多分もっと頻繁にこういうことを言ってもらえてたはずなんだけど。


 内心とは裏腹に、俺の表情は勝手に醒めたものに変わって、視線はトゥイーディアから逸らされる。

 唇はぎゅっと結ばれて、俺が口に出したい一切の言葉を閉じ込める。


 眩いばかりの青空を映す俺の視界の横から、カルディオスたちの溜息四重奏が聞こえてきた。


「――ルドベキア、一つ大人になったんだろう。少しは歩み寄ったらどうだ」


 諦め切ったかのようなコリウスの声が突き刺さる。歩み寄りたいんですけどね。


 ていうか、いや、大人になるも何も。

 俺たちは人生を通算すればもう何歳か覚えてねぇくらいじゃん。



 礼の一つも口に出せない俺の耳に、高らかな汽笛が聞こえてきた。

 いよいよ出航である。


 蒸気機関の振動が、足許から伝わってくる。ぐらり、と船が揺れる。




 ――そういえば、と、俺はふと思う。



 トゥイーディアの今生の誕生日はいつなんだろう。
















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― 新着の感想 ―
[一言] もどかしい展開が多くて続きが気になります これからも頑張ってください!
[良い点] まだ50話くらいしか読んでないけどむっちゃ面白いです。応援してます!
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