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22◆ 聞いてはならない

 翌日の昼頃、俺たちは汽車にてブロンデルを後にした。


 ダフレン社長の広々とした邸宅に一晩お邪魔させていただき、風呂と寝台を貸してもらったのみならず、たいそう豪華なご馳走をいただいてのことだったので、俺たちは非常に元気になっていた。


 トゥイーディアに関していえば、軍服の血抜きをしてもらったということで嬉しそうだった。

 いや、これから暑くなるから外套とウェストコートも着なくなると思うよ――ということはさておいて。



 ブロンデルから南下する汽車に乗り込み、二列ずつ向い合せに配置された座席に、四人と二人で分かれて着席。

 俺の隣にはカルディオスが、向かい側にはアナベルが、そしてその隣にはディセントラが座った。

 俺とカルディオスと、通路を挟んで隣の座席に、コリウスとトゥイーディアが座る。


 そうして二、三時間、車窓からの景色を楽しんでいたときだった。


 唐突に汽車が止まり――鉄製の車輪の軋む甲高い音が聞こえてきた――、何事かと車内がざわめくこと数十分。

 前方の車両と繋がる連結通路から、あたふたと年配の男性が走って来た。


 彼曰く、これから向かう駅のある町が、レヴナントの被害で半壊しているとのこと。

 幸いにして汽車の軌道は無事だが、町中がパニックになっているため停車は避けるようにとガルシアの部隊から指示が入ったとのことだった。


 自分たちの所属先が話に出てきたので、俺たちとしてはびっくりした。

 更にその数分後、同じ制服を着た若い女性が前方車両からひょっこり顔を出したので、ますますびっくりした。

 彼女は車内の注目を集めながら、誰かを捜すようにきょろきょろしながら車内を歩き、俺たちを見付けるとぱっと顔を輝かせた。


 誰、この人? という顔を俺とトゥイーディアがする一方、ディセントラはあっと口を押さえて、


「――アミアナ!」


 声を抑えて叫んだ。


 アミアナと呼ばれた女性はディセントラに駆け寄ると、彼女ときゃあきゃあと手を握り合いつつ、


「ディセントラ、久し振りね! さっき車掌さんが、私と同じ制服の人がいたっていうから、もしかしたらいるんじゃないかと思って!

 ――なんでまだこんなところにいるの? てっきりもう、もっと先に行ってるものかと思ってたわ!」


「ちょっとブロンデルに用事があって、プラットライナと行ったり来たりしてたのよ」


 決まり悪そうに答えるディセントラに、アミアナはぱちんと指を鳴らして彼女を指差した。


「待って待って、噂になってる密輸団の――」


 小さく頷くディセントラに、目を見開くアミアナ。


「ほんとに? すごいと言うかさすがと言うか――」


「そんなことより」


 アミアナを遮って、ディセントラは首を傾げて見せた。


「レヴナントが出たって言ってたけど、大丈夫なの?」


「大丈夫、そんなに強い個体じゃなかったし、発生からすぐ知らせが来たから駆け付けられたし――それでも、町の方は半壊したけれど」


 顔を顰めて、アミアナは首を振った。


「討伐自体はもう終わってるの。ただ、町がもう恐慌状態。もう大丈夫だって言ってるのに聞いてくれなくて、逃げようとして家財を持って町の城門に詰め掛ける人と、一旦は町から逃げ出したけど戻って来た人とで、もう()()()()()()()()()()よ。

 悪いんだけど、あそこに新たに人を投入するなんて悪夢だから、取り敢えず素通りしてくれって汽車にお願いすることになって、私がお遣いに来たわけ――走ってる汽車を必死にアピールして停めるの、あれなかなか度胸要るわね」


 一息に喋って、ふう、と息を吐いたアミアナに、ディセントラは気遣わしげな眼差しを向け、


「ほんとに大丈夫? 何か手伝うことある?」


 コリウスが顔を顰めるのが、通路越しに俺に見えた。

 また寄り道か、と言わんばかりの嫌そうな顔に、トゥイーディアが肘鉄を入れている。


 その無言の遣り取りは、背を向ける格好になっていて見えたわけではないだろうが、アミアナはわたわたと手を振って首も振った。


「大丈夫、大丈夫よ。わざわざお手伝いいただくほどじゃないわ。顔が見られたらと思って来ただけ。――お役目、頑張ってね」


 ぎゅっと拳を握っての激励に、ディセントラは微笑む。


「うん、ありがと」


 じゃ、と手を振って、俺たちには会釈して、アミアナは車内を引き返して行った。

 それまでは何の注目も集めていなかった俺たちが、一気に注目の的となってしまったことはさておいて。



 しばらくして動き出した汽車の窓から、急遽素通りすることになった、(くだん)の町の様子を窺う。


 無事に持ち堪えた建物もある中で、倒壊し瓦礫の山となっている建物が多くある様子が見えた。

 駅周辺は奇跡的に無事のようだったが、そのために住人が避難したのか、持てるだけの家財を背負った人々が、茫然として駅周辺に座り込んでいるのも垣間見える。

 ガルシアの黒い制服姿の隊員があちこちを歩いており、瓦礫の下敷きになっている者の救助に当たっているようだった。


「……怖いわねぇ」


「汽車がもう少し早く着いていたら、わしらも巻き込まれてたかも知れんなぁ」


 車内で交わされるひそひそ声に、俺は居心地の悪い思いをした。

 別にレヴナントの出現は俺のせいではないのだが、なんとなくそわそわする。



 ――トゥイーディアの言ったことが気に掛かっている。


 あのトゥイーディアでさえ――破壊に特化し、人の精神にまで干渉するトゥイーディアの魔法でさえ、直接は害すことの出来ないレヴナント。


 確かに、()()()()()()()()()()()()()()

〈魂は巡り巡って決して滅びない〉と絶対法に定められている以上、その絶対法を超える権限を、救世主の魔法としても与えられていないのだから当然に。


 とはいえ、俺たちはレヴナントを、直接干渉する魔法でなければ滅することが出来ている。

 だから、トゥイーディアも言ったように、論理はそこで破綻する。


 ――けど。



 半壊した町が車窓から過ぎ去っていく。

「私の目的地、ここだったんだけど……」と誰かが当惑したように呟く声が聞こえてくる。


 俺は軽く目を閉じた。



 ――()()()()()()()()()()()()、全く魔力の介在しない打撃が通らないのだとすれば。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、直接干渉する魔法が使えないのだとすれば。



 ――魔法を以てした攻撃が、相手を滅しているのではなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとすれば?



 ヤクメをどうした、と叫んだレヴナントの耳障りな声が、俺の耳の奥に蘇った。


 心当たりは全く無い絶叫。

 何かの条件でレヴナントがああ叫ぶということが決まっているのだとすれば――その条件とは。



 ――役目とは?



 空耳だろうが、そのとき不意に、何か陶器が罅割れるような音が聞こえた気がした。













 それから俺たちは順調に旅をした。


 皇帝の依頼という名目の命令は、ダフレン貿易絡みのもの以外にもあったが、どれもダフレンの一件に比べると遥かに楽に片付いた。


 俺たちはそういった諸々を処理しつつ、概ね平和に港町に向かっている。


 目指す港町はアミラット。

 俺にとっては思い出深い港町ルーラの、六十マイルほど東にある町である。

 規模としてはルーラの方がでかいらしいが、海賊と鉢合わせする危険を考えてアミラットを目指すこととなった。

 いや、治安のために海賊を一網打尽――というのも考えなくはなかったんだが、「そんなことをしていてはいつまで経っても大陸から出られないぞ」という、コリウスのド正論が炸裂したのだ。



 ていうか、今までは勅命受けたら船の手配まで国がしてくれることが多かったんだが。

 今回はたっぷりと路銀こそ渡されたものの、その辺の手配も自分たちですることになっているんだな。

 多分、道中でこなす依頼があったから、正確に俺たちがいつ港に着くか分からなかったからだろう。


 今までは大抵、魔王討伐一直線、寄り道は許されず死地に向かってまっしぐらだった。

 何しろ魔王(ヘリアンサス)が毎回毎回大陸に要らない手を出してくれていたもので。

 今回は魔王(おれ)が活動休止しているから、大陸は内憂はあれども外患はなく、概ね平穏である。


 というわけで船の手配が必要だ。

 任せたぞコリウス。


 アミラットは長閑な港町で、海へ向かって傾斜する高低差のある土地に築かれていた。

 汽車の軌道は町の中腹を走って横断し、駅は町のほぼ中央にある。



 俺たちがアミラットに着いたのは、帝都を出発してから数えて一箇月半後のことだった。

 汽車って偉大だ。


 季節はすっかり初夏を迎え、制服の外套とウェストコートはお役御免でトランクに突っ込まれていることの方が多くなっていた。



「――うわぁ、いい眺め!」


 駅を出るなりトゥイーディアがはしゃいだ声を上げた。


 というのも、駅を出た目の前に、広大な海辺の景色が広がっていたからである。

 眼下に広がる町並みと、その向こうに開ける初夏の海。

 本日の晴天を映し、眩しいくらいに青々と光る海の上を、何隻かの蒸気船が航行しているのが豆粒のような大きさで見える。

 港に停泊している船も何隻かあるようだ。


 誰か、遥か南まで航海してもいいって言ってくれる船乗りがいればいいんだが。


 日差しに漂白されたかの如く白い建物が軒を連ねる町並みが、延々と海辺まで続いている様は圧巻だった。


「確かにすごい展望ねぇ」


 目を細めて同意したディセントラが、コリウスを振り返って悪戯っぽく笑った。


「――で、これからどうします、隊長?」


 わざとらしくも溜息を吐き、コリウスは額を押さえた。


「おまえたち、船の手配も僕に任せるつもりだろう……まったく」


 だって一番しっかりやってくれそうなのがコリウスだから……。


 取り敢えず、海の方へと道を下っていく俺たち。

 今日中に船が見付かればいいが、見付からなければこの町に何泊かすることになる。

 まあ、皇帝の勅命があるから、船捜しにそう何日も掛かるとは思えないが、それでも宿を見付けておく必要はある。

 宿を見付けてから、船乗りの皆さんを当たろうというのがコリウスの意見だった。


 合点承知。誰一人として異論などあろうはずもない。


 傾斜した道や下り階段を進み、いつの間にか駅は俺たちの頭上遥かに去っていた。

 道は細かい砂利を固めたようになっていて、その両側には宿や食料品店、装飾品の店が並んでいる。

 店の多くが、一階部分は店、二階部分が店主の自宅であろうという造りになっている。


 港町だけあって、並んでいる品物には異国のものも多い。


 適当な宿を探して歩いていたはずの俺たちだったが、ディセントラがふらふらと装飾品の店に入って行った結果、見事にそこの店主に捉まり、敢え無く足を止めることとなった。

 店主はすらりとした年配のご婦人で、ディセントラの容貌がいたくお気に召した様子。

 螺鈿細工のブローチやら色とりどりの宝石が飾られた首飾りやら、熱心に彼女に勧めている。


 アナベルやトゥイーディアもしげしげと品物を眺め、カルディオスも興味津々にそれを覗き込んでいる。

 俺とコリウスは完全に付き添いの人と成り果て、品物を眺める四人の後ろに立っていた。


 ディセントラが珊瑚の指輪を勧められている間、アナベルとトゥイーディアは首飾りを眺めていた。

 カルディオスは熱心に髪飾りを見ていて、俺とコリウスはドン引きした表情でそれを見た。


 髪飾りって、おい。



 俺の知っている限り昔から、贈り物としての髪飾りには特別な意味がある。


 そもそも女性の髪型が、未婚者と既婚者とで違うのだ。


 未婚のときは髪を下ろすか、あるいは一部だけ結い上げたり、あるいは低い位置で纏めたりする。

 一方で既婚女性は、高い位置で髪を結い上げる。


 ゆえに、男性が髪飾りを贈る意味は一つ、「私と結婚してください」だ。


 結婚を申し込む際に(大抵の場合は銀細工か金細工の)髪飾りを贈り、正式に婚姻する際に結い紐を贈る。

 この結い紐が、時代によって派手な組紐になったり、あるいは宝石を随所に通したものになったりと流行を反映するのだが。



 遊び人のカルディオスが髪飾りを見ているのに、俺とコリウスが引いたのも無理ない話ではあった。



 珊瑚の指輪を断ったディセントラが、次に勧められた指輪を本気の声音で拒否していて、俺たちは思わずそっちを窺った。

 こういう場では、ディセントラはいつも愛想よくするんだけど。


 が、勧められている品物を見て大いに納得した。

 何の変哲もない指輪だったが、空色の宝石が象嵌されていたのである。


 考えるまでもなく、ヘリアンサスがいつも身に着けていた腕輪を想起して拒否反応を示したのだろう。


「――あれ、何て宝石だっけ」


 ぽそ、とアナベルが呟いた。


「綺麗な宝石なのに嫌な感情になるの、なんだか損な気分ね……」


「……カライス、だっけ」


 と、これは俺。

 宝石に興味はないが、すっと出てきた名前がそれだった。


 俺の答えに、ふっと笑ったのはいつの間にか傍に戻っていたカルディオスである。


「ルド、時代遅れな名前しか知らねーのな。あれはターコイズ」


 俺は肩を竦め、カルディオスを見遣った。


「うるせぇよ。てか、カル。髪飾り買うなら滅多な相手には渡すなよ」


「渡さねーよ」


 わいわいと言い合う俺たちの許に――正確には、コリウスの許に、ディセントラが歩いてきた。

 そして首を傾げて彼を見上げ、


「お勧めしてもらったのが幾つかあるんだけれど、お小遣いは――」


「駄目だ」


 コリウスが言下に一刀両断し、ディセントラは申し訳なさそうに店主を振り返る。


「――だ、そうです。ごめんなさい……」


 店主はがっくりと肩を落とした。



 そうして俺たちは店を出たが、俺はちょっと気になって、最後に一度振り返った。


 ――トゥイーディアはどういうのが好きなんだろう。

 今まであいつが、好き好んで身を飾っているところはあんまり見たことがないけれど。

 今生では青いドレスも着てたな。瑠璃とか似合うんじゃないだろうか。

 あるいは目の色に寄せて、濃い色の琥珀とか。

 俺が髪飾りを贈るとしたら、絶対に金細工にするな。



 と、そんなことを考えつつ、再び宿を見繕いに歩き出したときだった。



「――え? あっ、兄貴! 兄貴じゃないですかっ!!」



 俺の耳が、聞いてはならない声を聞いた。














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