17◆ ディセントラの『代償』
俺の運の悪さにみんなを巻き込んだとすれば申し訳ない限りだ。
マジでごめん、みんな。
激しく首を振り、繰り返し絶叫するレヴナント。
「とにかくあいつが動かないようにしないと駄目なんじゃない?」
後ろからトゥイーディアが口を出してきた。
ちょっと振り返って見遣ると、微妙に口角がひくついている。
俺の失敗で嬉しそうにすんなや。
常であれば周りのならず者どもの身の安全を第一に考え、真面目な顔をしていそうなトゥイーディアだが、ミスったのが俺だということと、失血で頭が回っていないのとで、むしろ生き生きとして見える。
嫌われ過ぎだろ、俺。
俺が相当険悪な顔をしたのか、珍しくもアナベルが慌てたように、
「前見たら?」
などと提案してくる。見物する気満点の態度だ。
むすっとしながらもレヴナントの方を見て、数歩を踏み出す俺に並んで、コリウスがいつもと変わらない涼し気な声で言った。
「――僕があれを止めるから、その隙に燃やせ」
「分かった」
コリウスが前に向かって右手を伸ばす。
そして、ぐっとその拳を握った。
途端、大音響と共に崩れるレヴナントの足許の瓦礫。
ただ崩れただけでなく、瓦礫同士が繋がっているかの如く、波打つように動き、うねり、上下が引っ繰り返るほどに荒れ狂う。
粉塵が上がり視界が霞む、その中にあってなお、滲むようでいながら存在を主張するレヴナントの輪郭。
レヴナントの足許を掬うには十分な一撃だと思われたが、レヴナントはやはり寸前に何かを察知した様子で後ろへ跳んでいた。
着地の直後、轟く絶叫。レヴナントと俺たちの、二十ヤードほどの距離を跨いで、まるで耳許で叫ばれているかのように錯覚するほどの大音声。
俺は顔を顰めたが、コリウスは顔色ひとつ変えず、握った拳をぱっと開く。
その瞬間、今度はレヴナント目掛けて投擲されていく瓦礫群。
ぼぐッ、と、俺にも聞こえる命中の音。
魔力の介在する瓦礫の殴打はレヴナントにとって有効。
何発か喰らったレヴナントが、よろめくように数歩下がる。
そっち側にいたらしきならず者どもの悲鳴が上がると同時、トゥイーディアとディセントラが魔法を行使していた。
二人の魔力を受け、変えられた世界の法が、レヴナントの背中側で空気を圧縮させ、層として織り成す。
緩衝材となってレヴナントのそれ以上の後退を防ぐ見えざる壁の出現に、レヴナントが苛立たしげに吼え猛った。
一方、守られた側の人間は腰が抜けるほど安堵したことだろうが声は聞こえず。
声も出せないほど安心したのか、あるいは声を出す間も惜しんで逃げ出したのか。
「――逃げられるばっかりで埒が明かねぇ」
斧槍を担いで呟いて、俺はコリウスを横目で見た。
「おまえさ、あっちに回れよ。で、俺と二人で挟み撃ちにしようぜ」
俺の提案を受け、す、と濃紫の目を細めるコリウス。
不機嫌になったというわけではなく、これは提案を吟味している顔だ。あるいは、瞬間移動の可否を考えたのかも知れない。
そして数秒後、コリウスが頷く。
「分かった、そうしよう」
言い終えたその瞬間、コリウスの姿がその場から消える。
同時に俺はレヴナント目掛けて走り出した。
瓦礫を飛び越え乗り越えて、一直線にその巨躯を指して疾駆する。俺の手の中で斧槍は両手剣に姿を変え、刀身には真っ赤な炎の鎖が絡む。
俺とレヴナントの距離が残り五ヤードほどになったとき、唐突にレヴナントの足許が浮いた。
瓦礫がごっそりと持ち上がっただけでなく、恐らく地面まで抉れて浮き上がっている。
コリウスの姿はレヴナントの巨躯の陰になって見えないが、ここまで大規模に重力に関する世界の法を変更できるのはコリウスだけだ。
レヴナントが身を捩り、浮かぶ瓦礫から飛び降りようとするも、更に連鎖するように周囲の瓦礫も持ち上がる。
まるで混乱したかのように、レヴナントが短く叫んだ――次の瞬間、瓦礫に乗ったレヴナントが俺の方へ射出されるかの如くに放り投げられた。
「――うおぅ」
思わず声が出た。
俺の思った挟み撃ちとは違う。
だが、この程度ならば合わせられる。
俺は足を止めた。
身体の横で両手剣を構え、落ちてくるレヴナントを待ち構える。
さすがコリウス、放物線を描いて瓦礫ごと飛ぶレヴナントの軌道にずれはない。真っ直ぐに俺の方へ宙を飛んでくる。
目の前に迫る瓦礫群に巻かれたレヴナントの姿は、俺に反撃の手段がなければ失神ものだっただろうが。
空中を突っ切り、落ちてくるレヴナント。
瓦礫の落下をディセントラが悉く留め、空中に瓦礫が浮かぶ様はまるで時間が止まったよう。
宙に縫い留められた瓦礫にぶつかり、その度に苦悶の声を上げながら、俺の目の前にレヴナントが落下しようとする。
地面とレヴナントの距離はざっと十ヤード、俺の頭上を覆うようにレヴナントが影を落とす――
――俺の手の中の両手剣は、今や燃え盛る炎で刀身を何倍にも伸ばしていた。
落ちてくるレヴナント目掛け、俺はその剣を振り抜こうと――
――ぎょろり、と、目が開いた。
為す術なく落下してくるレヴナントが、俺を見下ろして目を開けた。
「――な」
俺は思わず、一刹那の間動きを止めた。
目の前の光景の異様さに、時間が止まったようにさえ感じた。
濁った金色の、大きな球のような目が、レヴナントの頭部で見開かれ、俺を見ていた。
結膜のない、虹彩ばかりの巨大な目。
本来ならば左目があるだろう位置に爛々と輝く一つ目。
縦に切れ込む黒い瞳孔から、放射状に黒い線が走っていることまでがありありと見て取れる。
その目が、ぎゅる、と動いて俺を捉えた。
落ちながら、それでも明確な意図を持って俺を見たのだ。
その目に俺は総毛だった。背筋に氷を流し込まれたようにさえ感じた。
身体が硬直したのは僅か一瞬、だが落下するレヴナントを斬るには大きすぎる一瞬だった。
咄嗟に後ろへ飛び退る。
衝撃が過ぎて足が縺れ、膝を突くように体勢を崩しての着地となった。だってすっげぇ気持ち悪かった。
直後、瓦礫の崩れる騒音と粉塵を上げ、瓦礫の上に叩き付けられるレヴナント。
続いて、ディセントラが空中に縫い留めていた瓦礫も落下する。
濛々と上がる砂塵と粉塵に、俺は咳き込んだ。
咳き込みながら、瓦礫に両手両足を突いて立ち上がろうとするレヴナントを見上げる。
四十ヤードの身の丈を誇るだけあって、四つん這いになってなお、レヴナントの頭は俺の遥か頭上にある。
その頭――顔に当たる部分で、なおも煌々と輝く金色の目。
粉塵を透かして俺を見下ろす一つ目。
――どォしてぇ――
レヴナントが声を出した。
叫ぶというよりも呻くに近い。
頭部にぱっかりと開いた裂け目から、しゅうしゅうと息が漏れる音までが聞こえそうだった。
「――ルドベキア、何をしている!」
コリウスの声が聞こえてきた。
自分が作った好機を俺が生かさなかったことに苛立っているんだろう、気持ちは分かる。
俺も逆の立場なら相手を一発は殴るだろうが、だが、それにしても――
「――こいつ、目がある!」
俺が叫び、直後に上がるみんなの怪訝そうな声。
向きからして、他のみんなにはレヴナントの目が見えていないのか。
とはいえみんなの反応で、俺は知能の高い個体とはいえど、普通はレヴナントには目がないのだということを確信した。
「驚きだけど取り敢えず斃せ!」
カルディオスの、至極尤もなことを叫ぶ声が聞こえてきた。
動揺は抜け切っていなかったものの、俺は立ち上がった。
確かに今は、こいつを斃すことが最優先。
なんでか知らんがここに留まってくれているからいいようなものの、市街の方へこいつが動いたら大惨事だ。
両手剣の刀身を燃やしていた炎は、俺の動揺を映して火勢を衰えさせている。
が、ぎゅっと一度強く柄を握ると、再び刀身を何倍にも延長するかのようにして燃え盛り始めた。
立ち上がる俺を、レヴナントは金色の目に映していた。
そして燃え盛る両手剣を俺が振り上げるに至って、叫んだ。
――どォして、オマエガ――
レヴナントとの短い距離を、瓦礫を蹴って詰め、大上段に構えた剣を振り下ろす。
ごうごうと燃える炎の刀身から、驚いたことにレヴナントが身を捩って逃れた。
四つん這いの状態から、獣のように四肢を使って跳ね起き、飛び退ったのだ。
がぃん! と硬質な音を立て、炎を上げる両手剣の切先が瓦礫を叩く。
外した、と舌打ちを漏らした俺だったが、それでもちりりと火の粉を受けて、些細なその傷にレヴナントが叫ぶ。
直後、レヴナントの背後で波打ち、壁のように立ち上がる瓦礫。
足許の瓦礫を巻き上げられ、よろめいたレヴナントの退路を断つ。
同瞬、瓦礫を叩いた切先を、そのまま瓦礫を割り砕く勢いで翻した俺の掌中から炎が溢れ出した。
溢れた炎が柄を伝い、鍔を舐め、螺旋を描いて刀身を呑み込み、いっそう火勢を増しながら、真っ直ぐにレヴナントに襲い掛かる。
膨れ上がる炎の奔流を金の一つ目に映して、レヴナントがぶるりと大きく身を震わせた。
灰色に揺蕩う輪郭が、なお曖昧に揺らいだように見えた。
そして、ぱっかりと大きく開いたレヴナントの口から、今までで最大の絶叫が上がった。
――どォしてオマエがヒトリデいるぅぅぅ!
「――は?」
思わず疑念の声を上げた次の瞬間、レヴナントが立っていた瓦礫が音を立てて崩れた。
一瞬、コリウスの仕業かと思ったが――違う。
レヴナントがいない。
「ルドベキア、上!」
トゥイーディアが叫ぶ声が聞こえ、はっとして俺は頭上を仰いだ。
俺の作った光源に影を生じさせ、レヴナントが俺の頭上を飛んでいる。
さすが身の丈四十ヤード、普通のジャンプの規模が違う。
軽々と俺の頭上を越えていくレヴナントに、俺は思わず叫んだ。
「――レヴナントってこんなに素早いもんだっけ!?」
俺の炎を躱すためにジャンプしたのだろうが、今まで遭遇したレヴナントにそんなことをする奴はいなかった。
俺の生んだ炎の奔流が瓦礫にぶつかり、火の粉を散らして消えていく。
直後、俺の隣に出現するコリウス。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「厄介だと言っただろう。――それと、さっきの」
吐き捨てるように呟いた直後に尋ねられ、俺は肩を竦めた。
さっきの、とは、レヴナントの大絶叫を指している言葉だろう。
そして、俺の背後――即ち、トゥイーディアたちがいる方向へジャンプしたレヴナントを追って走り出しつつ、言い捨てるように応じた。
「心当たりもない。第一、俺、今は別に一人でいるってわけでもねぇし!」
――どうしておまえが一人でいる、と、レヴナントは叫んだ。
あれが、俺を俺と認識したがゆえの言葉だったのか、あるいは何かの条件でレヴナントというのは反射的にああ叫ぶのか――可能性が高いのは後者だろう。
何しろ俺には心当たりが全くない。
レヴナントとは今生、あの海賊船の上で遭遇したのが初対面だ。しかも別個体だし。
風を切って、数歩の距離を移動したレヴナントが瓦礫の山の切れ目、辛うじて道だった名残のある場所に着地する。
数歩の距離とはいえ、身の丈四十ヤードのレヴナントからしての数歩だ。
俺はおろかトゥイーディアたちまで通り越し、その更に向こうに着地している。
揺蕩うような儚い輪郭を持つ外見を裏切って、着地と同時に地面を揺らす地響き。
ああああ、と、レヴナントの絶叫が明るい夜陰を揺らす。
悲鳴が複数個所で上がる中、吼え猛るレヴナントがくるりとトゥイーディアたちの方を見た。一歩を戻って四人を、ごく近くから見下ろすように立つ。
いつの間にかあの金色の一つ目は引っ込んでいて、そこにあるのはのっぺりとした面のみ。
視線すら定かではない注視。
見下ろすレヴナントに向かって、トゥイーディアたちのうち誰かが、真下から打ち上げるようにして炎弾を撃った。
一発ではない、十を超える炎弾が、照らされる夜陰の中でなお明るく光を放ちながらレヴナントの胸から上を狙う。
首を振り、身を捩ってそれを躱し、レヴナントが四人に向かって手を伸ばした。
その手が、俺が咄嗟に硬化させた空気にぶつかった。
べきべきと音を立てて、トゥイーディアたちの頭上一帯の空気を硬化させていく。
まるで支柱のない硝子の天蓋が唐突に現れたかのような光景に、瓦礫に身を隠しているのだろうならず者たちの、悲鳴ではなく驚愕の声が上がったのが聞こえた。
その数秒後、俺がカルディオスの隣に駆け込んだ。
ちょっと息を切らしている俺を振り返って見て、トゥイーディアが首を傾げた。蜂蜜色の髪が肩を滑り、飴色の目がきらりと光る。
「ルドベキア、大丈夫? 手伝おうか? 一緒に戦う?」
「どんだけ戦いたいんだよこの暴力女」
反射より素早い速度で言い返した俺に、トゥイーディアがむっとしたように眉を寄せる。
直後、ばきっ! と、聞こえてはいけない音がした。
頭上を仰ぐよりも先に目に入ってくるのは、きららかに降る空気の破片。
硬化させられているがゆえに、硝子片にも似た欠片になって降ってくる空気。俺たちに届く直前に、あえかに白く光りながら消えていくその破片。
レヴナントが、俺たちの頭上を覆うように硬化した空気を砕いたのだ。
頭上を仰ぐ。
硝子にも見える天蓋に、でかい穴が開いていた。
ぽっかりと鋭角に開いた穴から、レヴナントが勢いよく右腕を突っ込んでくる。
こうも互いに体格差があると、こちらとしては鼠の気分が味わえる。
全員、申し合わせたように飛び退って、闇雲に突っ込まれるレヴナントの巨大な掌を避ける。
ああああ、と苛立たしげに叫ぶレヴナントが、更に大きく空気を割った。
ばきばきと耳を聾する大音響が鳴り、レヴナントはまるで天窓から身を乗り出すかのように、半身をこちらに押し込みつつあった。
その指先が地面にぶつかり、それを抉って左右に大きく振り回される。
俺は他の五人を見渡し、全員がレヴナントの真下から回避していることを確認。手にした両手剣の切先で地面を叩いた。
それが合図となって解除される空気の硬化。
硬化した空気に寄り掛かるようにしてこちら側に身を乗り出していたレヴナントは、勿論のこと体勢を崩して地面に膝を突いた。
その隙を逃してはなるまじと、俺は炎上する両手剣を構えて飛び出したが、
――ヤクメをどォしたぁぁぁぁぁ!
絶叫するレヴナントが俺目掛けて巨大な腕を振り抜き、その腕を受け止めるために敢え無く足を止める。
頭上に掲げた両手剣の刀身を左手で支え、足を踏ん張って衝撃に備えた――直後に手にした両手剣がレヴナントの巨大な手刀に打ち据えられ、冗談抜きに足が地面に沈んだ。
肘までが痺れ、俺は思わず呻いたが、レヴナントの上げた絶叫の方が何百倍も激しかった。
今なお、両手剣の刀身は俺の炎に包まれている。
俺が手刀を剣で受け止めたのだから、レヴナントはその炎に自ら手を突っ込んだ格好になったのだ。
爛れて溶け出す片手を抱え、レヴナントが立ち上がろうとする。
そこに、雨霰と降り注ぐ熱閃の数々。
白熱した小さな流星を、俺以外の五人がレヴナントに浴びせている。
吼え猛り、それらを振り切ろうとしながら、灰色の巨人が立ち上がった。
身体の各所に熱閃を受け、黒ずんで溶け出そうとする傷を負ってはいるものの、まだ動くに支障はない様子だ。
明るく染められた夜空を見上げ、レヴナントが一際大きく咆哮した。
その頭目掛けて、俺が特大の熱閃を撃つ。
尾を引いて奔る、他とは規模の違う熱閃に、他の全員が攻撃の手を止めた。
空気を焦がしながら迸るそれが、とどめの一撃になることを確信したからだろう。
確かに、当たればとどめになっていたに違いない一撃だった。
レヴナントが首を巡らせて、迫る熱閃を見た――否、俺を見た。
再び、あの金色の一つ目がその頭にぼこりと浮かび上がり、ぎょろりと動いて俺を見た。
先程と違うのは、その位置。
先程の目が左目があるはずの場所に出現したのに対して、今度は右目があるはずの場所に目が生じた。
そして、レヴナントが屈み込んだ。
その頭上を掠め、俺が撃った熱閃が過ぎ去り霧散する。アナベルがぼそりと、「躱した……」と呟いたのが耳に入ったが、それにしては違和感があった。
攻撃を躱すために屈んだにしては妙だった。
レヴナントに人間と同じ反応を予測する方が間違っているのかも知れないが、レヴナントは熱閃の方を見ていなかった。
姿形が人間をなぞっているだけであって、奴らには周囲を知覚する器官が、実は身体中にあるのかも知れないが。
俺の目にはむしろ、レヴナントが低い視点に合わせるために屈んだように見えた。
そう、例えば――俺と目を合わせるために。
その仕草が、つい一瞬前までと比べて余りにも敵意の気配に乏しかったから、俺は咄嗟に最後の一撃を躊躇った。
そして同時に、レヴナントが声を出した――レヴナントにしては異様なことに、叫んだのではなく、腹に響く低い声で、一音一音を区切って発音したのだ。
――バ、ン、ニ、ン
は? と俺は眉を寄せ――次の瞬間にはもう、金色の目はぐるりと引っ繰り返るようにして消えていた。
そして何の予備動作もなく、唐突に右腕を振るった。
レヴナントの唐突な――そして異様な行動に、驚いたのも戸惑ったのも俺だけではない、全員だ。
不意討ちのようなその一撃に、俺は一瞬凍り付いた。
「――ディセントラ!」
複数人が一斉に叫んだ。
レヴナントが右腕を振り抜く先にいるのはディセントラだ。
通常ならばディセントラは、相手の動きを〈止める〉ことで魔法を防御に応用できるが、レヴナント相手にそれは出来ない。
出来るのは、躱すか迎撃するか。あるいは俺が――
この中で唯一、何もない空間に盾を生成できるのは俺だ。
しかし俺が動くよりも早く、破裂音と共にレヴナントの右腕が跳ね上がった。
金色の火の粉が散り、誰かが熱波の衝撃で咄嗟の迎撃を行ったのだと分かる。
そして、魔力の気配から、誰がそれを行ったのかは明白だ。――トゥイーディアだ。
迎撃をこなしたトゥイーディアが、そのままディセントラに駆け寄る。
というのも、彼女が跳ね上げさせたレヴナントの腕が、そのまま再びディセントラに向かって落ちようとしていたからである。
とはいえ、トゥイーディアの稼いだ間隙があれば、ディセントラ自身が迎撃することは十分に可能。
トゥイーディアの、過保護とも取れる行動を、俺は怪訝に思ったのみだったが、どうやらディセントラは違った。
駆け寄って来るトゥイーディアを制止するように、掌を突き付けて叫んだのである。
「――来なくていい、大丈夫!!」
こちらもこちらで大袈裟ともいえる反応だが、表情が必死すぎた。
薄紅の目に恐怖すら浮かべてトゥイーディアを拒否するディセントラを、しかし無視してトゥイーディアは彼女までの短い距離を走り切った。
二度目の破裂音。
落ちていったレヴナントの腕が、今度は熱波で斜め方向に撥ね退けられる。
絶叫するレヴナントをちらりとも見ずに、トゥイーディアは飴色の目でディセントラを捉えた。
「――そんなに怖がらなくても大丈夫」
はっきりとそう言って、トゥイーディアが微笑んだ。
言葉を選ぶような間を取ってから、彼女は殊更ゆっくりと声を出した。
「言ったでしょ、きみより先に死ぬ人はいない。
ディセントラ、今回きみが、――煩わされることはない」
言葉を選ぶ口調と、その声の調子に、俺は思わず動きを止めてトゥイーディアを見て、それからディセントラに視線を向けた。
コリウスとアナベルもまた、絶句した様子でディセントラを見ていた。
ディセントラは愕然としていた。
これまで見たことがない程の、激しく大きな驚愕を籠めてトゥイーディアを見ている。
戦闘中であるということも恐らくは忘れ去って、信じ難いことを聞いたかのように目を見開いている。
唇が震え、茫然とした声が溢れ出した。
「……待って、どうして……トゥイーディア」
じわじわと、驚愕の念が俺の腹の底から湧き上がってきた。
この反応、間違いない。
トゥイーディアが言葉を選んだのは、明確に言葉に出来ない言い回しを避けねば、口を開くことも出来なかったからだ。
――トゥイーディアが、たった今仄めかしたのは、ディセントラが背負う代償だ。
連鎖的に全てが噛み合った。
駆け寄るトゥイーディアに対して見せた、ディセントラの大袈裟な拒否反応。
「きみより先に死ぬ人はいない」という、トゥイーディアが口にするには不似合いな、まるでディセントラに危険な役どころを担わせると言わんばかりの言い回し。
魔王のことは恐れながらも、死ぬことは怖くないと言わんばかりに、毎回魔王の城に入れば単独行動をしようとするディセントラ。
毎回、運よく終盤まで生き残るディセントラ。
俺は前回どうやって死んだ? あの情の薄いアナベルですら、数回は同じ死に方をしている。
振り返ってみれば、誰かが必ずそうしている。
頭の回転の鈍い俺でも、この状況であればそれが何なのか分かる。
俺と同様、コリウスとアナベルも悟った様子で目を見開いている。
唐突に激変した空気に、カルディオスが怪訝そうに眉を寄せた。
――〈仲間の誰かが必ず自分を庇って死ぬ〉。
それが、ディセントラの代償だ。




