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13◆ 魔術師はどこだ

 ――もしかして、こっちに来ようとした魔術師を、コリウスが先に気付いて排除したのか? とは思った。

 あるいは魔術師が、仲間がばったばったと倒されている状況に怖気づいて帰ったとか。


 それならいいんだけど、何というかこう、背後から不意討ち――みたいな作戦を立てられてたら困るな、と、俺はアナベル並みの悲観的な思考回路を働かせた。



 さすがに俺たちが異様に強いということに気付いたのか、向かって来る連中も当初の勢いは失い、意味不明なことを叫びながら突っ込んで来るようになっている。


 思えばそれも異常なことだ。


 相当怯えているようなのに、なんで降伏しない?


 それだけこの密輸団(じぶんたち)の首領を恐れているのか、あるいは――



 ひしひしと覚える嫌な予感。

 十八年間暗殺の危険に晒され続けた俺の経験が、唸りを上げて状況の不可解さを主張している。



 ――もし、誰も降伏しない理由が、()()()()()()()()()()()()()だとしたら?



 冷静に考えれば、そんなことは有り得ないような気もする。


 ここに俺たちより腕の立つ魔術師がいるとは考え辛いし、俺たちの魔力体力が尽きるより、密輸団の連中が全滅する方が明らかに早いはずだ。


 だが、だがしかし、今生の俺の不運を舐めてはいけない。


「――コリウスっ!」


 今どこにコリウスがいるか分からないので、俺は飛び掛かってきた一人を槍でどついて押し返しながら叫んだ。

 叫ぶ声が怒号に呑まれる。倒れ伏す人間に足を取られる。結構な修羅場(しゅらじょう)である。


「さっき呼ばれてた魔術師はどこだ!?」


 その瞬間、俺は見た。

 たった今俺が槍で押し返した奴の浅黒い顔が、さっと強張るのを。


 なんかやばい気がする。


 根拠はないけどひしひしと感じる。


 目の前の男の脳天に、棒状に硬化させた空気を落っことして(めきょ、と痛そうな音がした)意識を刈り取って、俺は背を向けた倉庫内を振り返った。作戦変更。


「カルかディセントラ! ここ代わって! 俺はちょっと――」


 おう、と応じて進み出てくるカルディオス。

 全く気負わず倉庫から足を踏み出して、少し訝しげに翡翠色の目を細めて俺を見る。


「どうした?」


 重労働に息を弾ませつつも、俺は答えた。


「魔術師がいない。いくらなんでも妙だ。さっき呼ばれてたのに来てねぇし――」


 カルディオスは瞬きして、


「そんな血相変えるほどのことか?」


 頭の中の冷静な部分では、俺もそう思うけど。

 こいつらがどう足掻こうと頑張ろうと、地力が違い過ぎるから、何があっても結末は一つだと思うけどさ。

 でも、


「――あのな、」


 俺は、我ながら鬼気迫る声を出した。


「今回の俺は運が悪いんだ」


 カルディオスは全てを呑み込んで理解したような顔になり、俺の背中を軽く叩いた。

 そうしながらも卒なく、突っ込んでくる奴に向かって空気の塊を押し出して反撃。胸部に見えない砲弾を喰らったそいつは、うぐっと呻いて蹲った。


「よし分かった。ルド、ここは俺に任せて行って来い」


 力強く後押しされ、俺は手にした槍をカルディオスに投げ渡した。


 槍と一緒にこの場の責任も投げ渡し、走り出す。

 走るといってもそこら中に転がっている――あるいは、転がったところから起き上がろうとしている――ならず者どもを避けながらのことだから、速度としては早足ていど。


 駆け抜けながら、戦線復帰を果たそうとする連中については再度気絶させておく。


 魔術師、魔術師はどこだ。

 世双珠が山のようにあるこの倉庫街。

 本来なら魔術師が先頭に立って俺たちと戦うのが筋だろう。なぜそうしない、今どこにいる。


 擦れ違う(まだ立っている)連中を伸しながら乱闘の中心を抜ける。

 背後から怒号が轟く中、そこまで達すれば人はそういない。


 人の気配はするから、ならず者の一部は乱闘に参加していないのだろう。

 戦力温存なのか、単純にびびっているのかが気になるところではある。


 乱闘に駆け付けてきた連中は全員、あの一番でかい倉庫の前に詰め掛けている。

 俺から先頭を引き継いだカルディオスは、武器を斧槍に変じさせ、大変元気よくならず者を叩きのめし続けていた。


 ていうか、コリウスはどこだ。

 今気付いたけどあいつ、乱闘の中にいない。

 さっきの俺の声が奇跡的に届いていて、魔術師を捜しに行ったんだろうか。


「――コリウス」


 弾んだ呼吸を整えつつ呼んでみた。

 当然ながら(いら)えはない。


 縦横に小道の走る倉庫街をぐるりと見渡して、俺はやや大きな声を出した。


「コリウス!」


「なんだ?」


 しゅんっ、と小さな音がした直後、当然のような顔をして、コリウスが俺の隣に現われた。

 かつ、と軍靴の踵を鳴らして、夜陰の中、濃紫の目で俺を見る。


「さっき魔術師を捜せと怒鳴っていただろう。あちらの方はもう大丈夫だと判断して、捜し始めていたんだが……」


 あちら、とコリウスが示したのは乱闘現場だ。


 俺たちの数ヤード後ろから先は、死屍累々の惨状なのである。

「次っ! 次のやつ掛かって来い! 次ーっ!」と、相手を煽りながら勝利を重ねているらしきカルディオスの声が、怒号に混じって微かに届いた。


「あ、俺の声、聞こえてたのか」


 息を荒らげている俺を、切れ長の目でじっと見たコリウスがふと言った。


「――ルドベキア。おまえ、前回ならこんな程度の戦闘は軽くこなしていなかったか……?」


 痛いところを突かれ、俺は思わず拳を握って力説した。


「十八年間引き籠ってたんだよ! 数箇月の訓練じゃ誤魔化し切れないものはあんだよ!

 ずっと訓練してきたおまえらに比べたら落ちるだけで、その辺の人たちよりは体力もある方だ!」


「そ、そうか」


 素早く俺から目を逸らし、コリウスは倉庫街を見渡した。

 背後の怒号と悲鳴と呻きには一切関心を向けていない。


「人の気配のあるところを取り敢えず覗いてみたが、特に魔術師がいる様子はなかった」



 ――どの時代であっても、魔術師はそこそこ貴重な存在だった。

 ゆえに魔術師であるという、それだけで職に困らないことが通常。

 だからこそ、密輸団なんかに身を置いている魔術師はそう多くないはずだ。

 なにしろ、わざわざ危ない橋を渡らなくても稼げる手段が無数にあるんだから。

 フィルが叫んでいたように、生活に窮してこういった犯罪組織に入る人間は多く、裏を返せばそれ以外の動機はあんまりない。



 俺はその場で足踏みをした。


「すげえ気持ち悪くね? なんで魔術師が出てこない?」


「それは少し気に掛かるが――」


 コリウスがそう言い差した瞬間だった。


 俺は感じた。コリウスも感じ取った。

 ――感覚を無意識に研ぎ澄ませていたがゆえに、本当に些細な魔力の気配を、二人が同時に察知したのだ。


 ぴんと張った糸を爪先で弾いたような、静まり返った水面に滴をひとつ落としたような、――これは魔法の発動の気配だ。


 この場にいる魔術師は、名前を呼ばれていた二人――恐らくそれで全部だろう。

 そして常人に比べて遥かに魔力の気配に鋭敏な俺たちは、その気になればどんな些細な魔法でも、使われればその大体の場所が分かる――他に魔力の気配がするのは乱闘の場所だけだと分かっている、こういう状況に限れば。


 コリウスと二人して、天敵を発見した草食獣のように顔を上げる。


「――コリウス、先に。俺もすぐ行く。要らないかも知らねぇけど」


 直感ゆえに魔術師を警戒した俺であっても、「この場に俺たちよりも腕の立つ魔術師がいる」可能性は露ほども考えない。



 なぜならそれは有り得ないから。


 今も昔も、魔術師の最高峰は俺たちだ。


 救世主だという肩書がなければ、俺たちはさしずめ大魔術師と呼ばれていたに違いない。



 頷いたコリウスが足を踏み出し、瞬きの間に夜陰の中にその姿が溶け消えた。

 瞬間移動したのか、あるいは目にも留まらぬ速さで動いたのかは分からない。



 それを見送ると同時に、俺も走り出した。


 倉庫街の小道を抜け、土地勘がないために方向だけを頼りに駆ける。


 明かりに乏しい夜の道を走っていると、半年以上前に魔王の城を脱出したときのことが脳裏に甦ってきた。

 思わず笑みが零れる。あのときと今では、心情に雲泥の差がある。

 今はみんなが近くにいて、何かあれば助けに来てくれるのだ。孤独に足掻いていたあのときの自分を励ましてやりたい。


 倉庫と倉庫の間を抜け、幾つかの角を曲がって、感覚を頼りに地面を蹴る。


 乱闘の喧騒が遠ざかっていく。

 初夏に傾く季節の夜風が頬を撫でる。

 石畳に軍靴の踵が鳴る音のみが、夜の静寂(しじま)を聞く俺の耳朶を打つ。



 と、またも魔力の気配がした。


 しかもこれはコリウスだ。

 他の連中の魔力の気配の特色なんて覚えられたもんじゃないが、トゥイーディアたち五人だけは別。

 何しろ付き合いが長すぎるからね。同時に人声が――喚くような声が聞こえてきた。


 コリウスが(くだん)の場所に辿り着き、魔法を使ったのだ。恐らくはそこにいた魔術師の制圧のために。

 俺もその場所まではあと少しだが、もしかしたら本当に俺は不要かも知れない――などと考えて、俺は走る足を緩めた。


 そのときだった。


「――ルドベキア!」


 コリウスの声が轟いた。


 俺はぎょっとして、再び足を速める。


 なんだ、どうした、コリウスがこんな声を出すとは。


 嫌な想像がざっと十ほど脳裏を掠めた十数秒ののち、俺は今生でもぶっちぎりの全力疾走でコリウスがいるだろう――魔力の気配がした、平屋建の倉庫内に、扉をぶち破る勢いで駆け込んだ。


「どうした!!」


 怒鳴った俺は、その一瞬で倉庫内を視界に収めた。


 中央にでかいテーブル。

 テーブルの周囲には引っ繰り返った丸椅子が数脚。

 そして壁際――というか、倉庫内を埋め尽くさんばかりの、世双珠が詰まった麻袋。


 コリウスが青白い肌をした小男を一人テーブルの上に取り押さえており、もう一人、ひょろりとした長身の男が、己の握り拳を胸に抱え、倉庫の奥の方へ後退っている。


 一瞬、俺は、なぜコリウスがあれほど切羽詰まった声で俺を呼んだのか分からなかった。

 倉庫内の様子を見れば、コリウスが二人を無力化するのは時間の問題のように思えたからだ。


「そいつを!」


 俺が咄嗟に状況を把握し損ねることは織り込み済みだったのだろう、間髪入れず、コリウスが叫んだ。


 状況は分からないが、コリウスの指示を疑う理由などない。


 俺は一秒たりとも考えずに倉庫内に踏み込み、テーブルに飛び乗り、そのまま一足飛びに奥の男との距離を詰めた。


 テーブルに飛び乗ったのは、倉庫のど真ん中に鎮座するこいつを迂回するより、上を行った方が早いと判断したからだ。


 軍靴の下で木のテーブルが軋む。


 大きく三歩でテーブルの端まで駆け抜けた俺は、そのまま最後の一歩で天板を蹴り、なおも後退る長身の男に組み付いた。

 そしてその瞬間に、なぜコリウスが俺を呼んだのか分かった。


 熱いのだ。

 男の身体が熱いのではなく、周囲の空気が熱い。

 俺は熱で害を受けることはないからいいけれど、コリウスが俺と同じことをしようとすれば火傷していたはずだ。

 実際、俺の軍服が僅かに焦げる臭いがした。


 遠隔から魔法で取り押さえようにも、〈無から有を生み出すことは出来ない〉以上、拘束具をどこからともなく出してきたりは出来ない。

 そのため、周囲の空気を圧縮してみたりと面倒だから、捕縛に関しては直接身体を動かす方が早い。その点ディセントラは強いよな。

 気絶させることなら離れたところからでも出来るけれど、その場合こいつが発動している魔法が生み出す熱によって、周囲の麻袋が燃え出す可能性がある。

 鎮火にまで手を回すより、安全確実にこいつを取り押さえることが出来る俺を呼んだんだろう。効率の良さを重視するところがコリウスらしい。


 自分に組み付く俺の暴挙に、長身の男は目を剥いた。

 驚愕に声も出ない様子で、「なんで」と唇が動く。


 答える義理はないので、俺は無言のまま、男が自身の胸に押し当てる彼の拳を力づくで開かせた。

 ころり、とその中から赤い世双珠が零れ落ち、床で弾んで硬質な音を響かせた。

 普通の宝石なら傷つきそうではあるが、そこは群を抜いて頑丈な世双珠。何事もなかったかのようにころころと床を転がっていく。


「――投降しろ。聞き分けが良ければ怪我はさせない」


 世双珠を見送ってから、俺は低く呟いた。


 男の拳を無理に開かせた際に、捩じり上げるように確保した男の両手は未だに俺の手の中にある。

 彼の手首は細く、身体を鍛えている様子はまるでない。

 如何に引き籠り生活が響いているとはいえ、俺だってそこら辺の一般男性よりは体力もあるし膂力もある(ガルシアでの訓練のお蔭で)。

 魔力に至っては言うに及ばず。

 何をとってもこの男が俺に勝つことは不可能で、さっさと投降するように勧めるのが俺の良心だった。


 世双珠を使うために、世双珠に接触している必要はない。

 だが、世双珠から手を離すと同時に、男は魔法も中断した様子だった。彼の周囲の空気から、徐々に熱が抜けていく。


 どがっ、と結構痛そうな音が背後で上がり、俺はコリウスが取り押さえていた小男を気絶させたことを悟った。

 どすんばたんと人が倒れる音が続き、俺の考えを裏付けする。


 一方、俺が取り押さえている長身の男は何も言わない。

 暗い色の目で、思い詰めたように俺を見ている。


 俺も背丈には恵まれた方だから、視線の高さはほぼ同じ。

 至近距離で目を合わせること数秒、俺はこいつを気絶させることに決めた。だって睨めっこしてても何も始まんねぇもん。


 が、俺がその考えを実行に移そうした瞬間、男が口を開いた。


 ――俺はその言葉を待ってしまった。

 もしかすると、投降することを伝える言葉かも知れないと思ったのだ――自分の意思で投降してくれるなら、わざわざ痛い思いをさせることもない、と。


 唇を開いて、一呼吸。


 そして、男がうっそりと呟いた。



「――()られるくらいなら、灰に」



 その瞬間、なぜだか分からないが俺の背筋がぞっと冷えた。

 問答無用で男を気絶させようとする――だが、遅かった。



 視界の端で青白い火の粉が散った。

 そしてその次の刹那、視界を奪うほどに眩しい光が噴き出し――熱が。


 突如として巻き起こった青白い炎が倉庫内で渦を巻いて膨れ上がり、突き上がる。

 熱に怯える空気が爆風となって吹き荒れる。


 爆裂音が耳を劈いた――はずだった。

 だがそれも、もはや音として聞いたというよりは、身体全体で衝撃として感じたという方が正しい。



 轟く衝撃に、俺は堪らずたたらを踏んでよろめいた。


 数百の世双珠が一斉に砕ける、鼓膜を突き刺すような甲高い音を聞いた。


 そして、俺は見た――



 ――熱と爆風に耐えかねた、倉庫の天井が崩れ落ちてくるのを。

 熱波に木端微塵に粉砕されながら降って来る、重い質量を誇る石の天井を。



 そのときになってようやく、俺は何が起こったのかを理解した。



 倉庫に溜め込まれていた世双珠という世双珠が、爆発したのだ。













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