38◆ あとしまつ――算段
北国のレイヴァスから、海を渡って南下したこともあり、季節は秋のまま足踏みをしていた。
吹く風に僅かな冷たさはあったが、今頃レイヴァスが苛烈な冬の中にあるだろうことを思えば、気候の温暖さが身に沁みるというものだ。
シェルケは整然とした、白を基調とした町並みの美しい港だった。
船の広い甲板でぶらぶらしていたところをコリウスに手招きされ、「シェルケが見えたよ」と示されてそれに気付いてからというもの、ヘリアンサスもカルディオスも、船の舳先から離れなくなったくらいだ。
丸屋根を備えた白い建物群が、海岸の緩やかな傾斜に従って夥しい数で並んでおり、遠目からは網の目のように見える大通りがその間を通っている。
曇り空の隙間から漏れた夕陽の光に、白い町並みが仄かに赤み掛かってさえ見えており、カルディオスはすっかり感嘆した様子で、「すげぇ、真珠みたいだ」と口走った。
ヘリアンサスはそれを聞いて、何かを思い出したように、
「おまえ、この町が好きなら、ヴェルローも気に入ったかも知れない。ヴェルローの、デルムントガーフェ」
カルディオスはちょっと口を噤んだあと、何とも言えない目でヘリアンサスを見て、短く呟いた。
「おまえのせいで、俺はそこを知らない」
ヘリアンサスは虚を突かれたように黄金の瞳を瞬かせて、それきり黙り込んだ。
――船を降りる頃には日が落ちていた。
だが、港にはなお煌々と灯が点されていて、夜空から星を追い払わんばかりに輝くそれらの明かりのために、視界に不自由することはなかった。
どやどやと定期船から降り、久方ぶりの揺れない足許に歓声を上げる人たちに紛れて、俺たちもシェルケの地を踏んだ。
船から降りると同時に、やはりムンドゥスはぱちりと目を開き、気難しそうに身を捩って、彼女を抱えていたルインの腕の中から下りたがった。
ただ、如何せん定期船の乗客が人波となっているところに紛れての下船であり、ルインはしっかりとムンドゥスを抱きかかえたまま離さなかった。
巨大な船が幾隻も停泊している港に降り立ち、波止場をぞろぞろと歩いて町に入る。
トゥイーディアが嬉しそうに身体を伸ばしているのが見えた。
揺れない足許にはしゃいだようにディセントラにじゃれ掛かっていて、俺としてはディセントラが羨ましい。
アナベルが呆れたようにそんなトゥイーディアを見て、「はぐれちゃ駄目よ」と言い渡していた。
何しろ、定期船に乗っていた人々が次々に波止場に下りて、辺りは相当な人混みになっていたから。
波止場から町へと続く、大通りほどに幅のある緩やかな階段の一番下に、深紅の制服を着た衛兵さんが数名立っていて、明らかに怪しい人間がいないかどうかを監視していた。
町に入ると、ここが非常に栄えていることがいっそう明らかになった。
そういえば、今はアーヴァンフェルンこそが東の大陸の最大国家だった。
レイヴァスとは、なんというか、町並みの迫力が違う。
足許はきっちり揃った大きさと形の灰色の石畳。
整然と続く大通りが、きっちり馬車道と歩道に分けられて、境目に街路樹が植えられている。
街路樹と街路樹の間には黒く塗られた街灯が立っていて、夜陰を柔らかく払っている。
道沿いには宿や店が並んでいて、日が落ちたばかりの時刻とあって、どこの店もまだ開いていた。
明かりを漏らす陳列窓から店の中を覗いてみると、どうやら宝飾品を売る店も多いらしい。
港町というだけあって、他所から仕入れた宝石や貴金属が入ってきやすいのかも知れない。
ルインはここへきて、ようやくムンドゥスを地面に下ろした。
気難しそうに辺りを見渡す彼女の小さな手をしっかり握って、万が一にも彼女が迷子にならないようにしてくれている。
カルディオスとヘリアンサスは、俺たちのいちばん後ろを歩いていて、というのも、ヘリアンサスがあれこれとカルディオスに尋ねるからだったが、カルディオスは少しびっくりしたようだった。
「おまえ、でかい町で俺にあれこれ訊いてくるのは珍しいな」と言っているのが、俺の耳にも聞こえてきた。
夜陰に汽笛の音が響いていて、この宵の口にあっても、また船がここへ着いたり、あるいはこれから出発する船があることを物語っている。
汽笛の音を吸い込む夜空は、町の明かりを吸い込んで仄かに白い。
コリウスが、迷う様子もなく足を進めていくので、俺たちもそれに続いて歩いていた。
俺たちと同じ船から下りた人たちは、乗合馬車や辻馬車を見付けて乗り込んだり、あるいは俺たちと同じく、どこかへ徒歩で向かっていたり。
この辺りには富裕層が多いのか、道行く人の身形は上品なものが多かった。
あんまりにも辺りが豪華なので、俺は小走りになって先頭を歩くコリウスに追い着き、「なあ」と声を掛ける。
「ここって領都なの? めちゃくちゃ栄えてるけど」
コリウスは首を振った。
「いや。――ただ、旧領都ではあるようだけれどね。昔は、海からの侵攻を警戒して、ドゥーツィアがここに砦を構えていたとは聞いたが、この国が大きくなれば外患もないだろう。それで領都が、内陸に向かいやすい場所に遷ったとは聞いた」
「へえ、それでこんなに栄えてるのか」
俺が頷いていると、コリウスはさらっと言う。
「まあ、その辺りのことは、僕たちが死んでいる間に起こったことだから」
違いない。
思わず小さく笑ってから、俺は首を傾げた。
「今の領都はどこなの?」
コリウスが肩を竦めて、顎で進行方向左、つまりは北の方を示した。
「あちらに山があって――山間に小さな町があるんだが――その向こうだね。汽車の軌道が通じている」
俺は北の方を見た。
夜陰に紛れてはいたが、確かに、うっそりと聳える山脈の影が見えた。
「なるほど。――で、今、俺たちはどこに向かってんの?」
コリウスは溜息を吐いた。
「僕の知っている宿がある。いい加減、僕は身体を休めたい」
ふむふむ、と頷いたあと、俺は遠慮がちに微笑んだ。
「……おまえの知ってる宿って、高価いんじゃないの?」
コリウスは面倒そうに、横目で俺を見た。
濃紫の瞳に、街灯の光が映り込んだ。
「おまえ、僕を誰だと思っている。顔のひとつも利かないと思うのか」
「――――」
庶民、あるいは庶民以下の生まれを引き当て続けた俺は、黙って頭を下げて、豪運のコリウスに敬意を示した。
コリウスに案内された高級宿は、宿というか、俺からすれば小ぢんまりした城だった。
大通りを辿っていった果てにあって、でかい鉄の門の向こうに噴水のある庭を備えて、堂々と聳え立っていた。
この町特有の、白い外壁に白い丸屋根、見ると瀟洒なバルコニーも多数。
でっけぇ、と阿呆面を晒す俺を他所に、コリウスが鉄の門の前に立っていた、かっちりした格好の男の人に二言三言何かを告げると、彼が飛び上がる勢いで俺たちを中に案内してくれた。
案内された玄関広間は深紅の絨毯を敷き詰められ、低く下がる水晶のシャンデリアの明かりに、壁に飾られた風景画がきらきらしているような空間だった。
レイヴァスと違って、アーヴァンフェルンは玄関で客人をもてなす風習はないので、調度品といえる調度品は、宿らしく置かれた帳場台だけだが、これも白大理石で造られた立派なものである。
帳場台の向こうの男性が、ここまで俺たちを案内してくれた彼から何かを耳打ちされ、ぎょっとしたように目を見開いていた。
俺とトゥイーディアとアナベル、それからルインは、高級感溢れる雰囲気に心持ち警戒しながら身を寄せ合っていたが、他の連中の態度たるや堂々たるものである。
コリウスにしてみれば、ここは今生における実家の領地だし、カルディオスにしてもディセントラにしても、高級品など見慣れていて物珍しくもない。
ヘリアンサスは欠伸を漏らしながらシャンデリアを見上げて、水晶の飾りを数えている風情だった。
ムンドゥスはルインに手を繋がれたまま、なんだか眠そうに目を擦っている。
そうしていると、彼女の指先からぼろぼろと崩れていきそうな気がして、俺は結構はらはらしていた。
コリウスが帳場台の向こうの人と何か遣り取りをして、差し出された紙に何かを書き付けた。
大理石の帳場台に寄り掛かってさらさらとペンを走らせるコリウスは、悔しいがかなり様になっている。
それが終わると、帳場台の向こうの人が、ちりん、と手許の小さな金色のベルを鳴らした。
それを合図に、奥から数名の女性が走り出してくる。
察するに女中さんかな。
帳場台の向こうの彼が、彼女たちに何かを言い付けて、それで女中さんのうちの一人が、頷いてこちらに歩み寄ってきた。
他の人たちは素早く身を翻している。
女中さんに言われて、俺たちは持っていた荷物をその場に置いた。
後で運んでくれるそう。
これに恐縮したのは俺とトゥイーディアとルインだけだった。
他のみんなはもてなされるのが板についている。
そうして、俺たちは玄関広間の奥の螺旋階段に案内され、ふかふかの絨毯を踏んで階上へと通された。
途中に大きな窓があったが、窓の外には街灯の煌めきが見えるのみだった。
四階まで通された俺たちは、まるで数時間前から決まっていたことのように、それぞれ一室ずつを示されて、ここがお泊りになっていただくお部屋です、と告げられた。
どうやら個室を貰えるらしい。
そして、絨毯が敷き詰められ、等間隔に吊るされた小さなシャンデリアに照らされる廊下には、他に一切の人の気配がない。
それを怪訝に思ったらしきディセントラがコリウスに小声で尋ねると、コリウスは平然と、
「ああ、煩わしいから、この階は貸切で頼んだ」
と。
ディセントラもカルディオスも、「ふうん」みたいな反応だった(し、何ならカルディオスはあんまりそれを聞いていなくて、ヘリアンサスに割り当てられた部屋を覗き込み、「おまえ、一人で寝られる?」と、ふざけたように尋ねていた)が、俺もアナベルもトゥイーディアも目を瞠ってしまった。
トゥイーディアが小声で、
「急にそんなこと言って、大丈夫だったの?」
と尋ねたが、コリウスは事も無げに応じた。
「相場より払ったから、損失にはならないだろう」
「…………」
俺たちは黙り込んだ。
コリウスは時々こういう、札束で人の頬を殴るようなことを無自覚にやらかす。
とはいえ、部屋は居心地が良さそうだった。
さすがにそれほど広くはなく、寝台と鏡台が置かれているだけの場所ではあったが、頼めば湯浴みの支度を整えてくれるらしい。
つまり、お湯やら盥やらを運んで来てくれるということだ。
大喜びで俺は湯浴みを頼んだし、他のみんなも大体そうだった。
ルインがちょっと言い出しづらそうにしていたので、代わりに俺がルインの分を頼んだ。
こいつの目下根性はいつ直るんだろう。
部屋に入る寸前に、俺たちからすれば全く脈絡のないように見える唐突さで、トゥイーディアがヘリアンサスを振り返った。
ヘリアンサスもトゥイーディアを見ていた。
二人の目が合って、トゥイーディアが瞬きした。
そして、言った。
不味いものを我慢して呑み下すような口調だった。
「――分かった。……ありがとう」
翌朝になって、俺たちは町に出ていた。
とはいえ遊びに出たわけではなく、新聞を買いに出る必要があったために、ついでに朝食を物色しようということになったのだ。
新聞を買わねばならない理由は言わずもがな――俺のせいである。
アーヴァンフェルンに、魔王の情報が如何ほど伝わっているのか、そしてその報せがどれほどの規模で取り沙汰されているのか、それを知らずして、俺は安心してこの国を歩けないというわけだ。
頼めば新聞くらいは宿で手配してくれただろうが、トゥイーディアが、念のため出来るだけ遡って新聞を読みたいと言い張ったがために、宿の人たちに変に勘繰られては敵わないと、町で調達することとした。
トゥイーディアが、恐らくは俺の身を慮って、遡って新聞を確認したいと言ってくれたとき、俺はかなり感動した。
一人でいたならその場で躍り上がっていたところである。
俺たちが宿を出たのは、日が昇ってから随分経った頃だった――というのも、船旅の疲れがさすがに出たのか、ほぼ全員が夜明けには起き出せなかったからである。
俺も普通に爆睡していた。
真っ先に起き出したのはルインで、最後に起きたのはトゥイーディアだった。
「寝坊した!」と言って、慌てて服だけは着て例の麻袋に包んだ細剣を背負い、髪を手櫛で整えながらすっ飛んで来たトゥイーディアに、俺は心底ほっこりした。
とはいえトゥイーディアは、朝から一度も俺と目を合わせてくれなくなっていた。
なんでだよ。
トゥイーディアの態度がころころ変わり過ぎて、俺は不安を通り越してもはや当惑していた。
カルディオスやディセントラ辺りに意見を求めたい気持ちは切実だが、俺から相談できるようならば苦労はない。
活気のある雑踏の中を通って、俺たちは川沿いの道を歩いていた。
ムンドゥスはさすがに宿に置いて来ており、ルインはだいぶ気楽そうに歩いていた。
海に流れ込む川幅の広い流れの緩やかな川が、この町を貫くように流れている。
川岸は膠灰で固めて整備され、道幅は馬車が擦れ違って通ってなお、十分な余裕があった。
乗合馬車や辻馬車の御者同士が、顔馴染みの御者と擦れ違うときに帽子を取って挨拶する声が、時折聞こえてきていた。
川縁は道から低い階で区切られていて、その階の上は、道というより憩いの場に近いものになっている。
飛び飛びに川を眺める長椅子が設けられていて、その長椅子は藤棚の下にある。
藤の花の季節にはまだ早いが、俺は藤棚だけは見間違えない。
何しろ、最初の人生において、例の庭園でトゥイーディアと会うとき、俺たちは常に藤棚の下で会っていたのだ。
もはや世界でいちばん好きな花である。
川縁には華奢な欄干が設けられていて、幾人かの子供が、その欄干にふざけて攀じ登ったりしていた。
領地とはいえ、コリウスもこの町にそう詳しいわけではないらしく、新聞を売っている店の場所は、宿の人に尋ねていた。
川沿いの大通りに面して居を構える新聞店で、コリウスがかなり古い発行日の新聞まで買い求めてくれた。
軍服姿の集団がうろうろしていると目立つことこの上ないので、俺たちはそれまで、川縁の欄干に寄り掛かってコリウスを待った。
ヘリアンサスが欄干から身を乗り出して、「魚がいる」と隣のカルディオスに報告している。
カルディオスは欄干に背中と両肘を預けて、美形にしか許されない態度で大通りの方を眺めており、報告を受けて、「おお、そーかそーか」と、じゃっかん適当に返答していた。
が、ヘリアンサスが存外真面目に、「あれも食べられる?」と尋ねるに至って川面に向き直り、「どーだろうな、川魚ってけっこう臭みがあったりするし」と、鹿爪らしく言っていた。
俺は、カルディオスとは反対側のヘリアンサスの隣で、ゆらゆらと揺れて流れていく穏やかな川面を見詰めて、そこに映る魚影を数えながら、藤棚に触発されて、あの庭園でのトゥイーディアのことを思い出していた。
空は明るい曇り空で、薄い雲を通して降り注ぐ弱い陽光が、川面を不規則に煌めかせていた。
風が吹くと、川の傍ということもあって、南国育ちの俺にはやや寒い。
やがて、コリウスが新聞の分厚い束を抱えてこっちに来てくれて、それを迎えたディセントラが、「妙に思われなかった?」と確認する。
コリウスは、ちょうどそのとき間近で上がった、子供のはしゃいだ大声に、一瞬ぎゅっと目を瞑って耐え忍ぶような顔をしたあと、いつも通りの無表情で応じた。
「多少は妙に思われたが、しばらく国を離れていたと説明した。――港町だから、別に変な理由ではないだろう」
「さすが」
短くそう言って、ディセントラがコリウスの腕から、新聞をいくらか受け取る。
トゥイーディアもそれに倣い、アナベルも義理のようにそれに倣った。
俺とカルディオスも、欄干を離れてコリウスに近寄る一方、ヘリアンサスはぼんやりと川面を眺め続けている。
ルインが忠実に俺に寄ってきて、俺がコリウスから受け取った新聞の一部を受け取ってくれた。
軍服姿の集団が、川縁で額を寄せ合って新聞を読んでいる姿もそれはそれで目を引くが、まあこれは仕方あるまい。
ルインを除く全員が、なんやかんやで長い人生、数回は教養を得られる環境に生まれていることもあり、俺たちは結構文字を読むのは速い。
だんとつに速いのは、やっぱりコリウスとディセントラだけど。
ルインはルインでちゃんと教育を受けて育っているから、俺たちは割と手早く全ての新聞の記事の見出しを拾って、気になる記事は内容を掴むことが出来た。
がさがさと紙を鳴らして新聞を折り畳みつつ、みんなが一斉に安堵の息を漏らす。
「――まあ、魔王のことは結構取り沙汰されはいるけれど、具体的な特徴までは、そこまで大きく報じられてはいないわね」
ディセントラがほっとしたようにそう言って、苦笑ぎみに俺を見た。
俺も深々と安堵の息を吐いているところだった。
「取り敢えず、ルドベキアには見慣れた姿に戻ってもらって良さそう」
ね? と、同意を求めるように、ディセントラがトゥイーディアを見た。
トゥイーディアも相当ほっとしてくれているらしく、実際に胸を撫で下ろしていた。
人知れず俺はときめいた。
そんなトゥイーディアを微笑ましそうに見て、ディセントラが揶揄うように。
「まあ、イーディが、王子さまみたいなルドベキアの方が好きっていうなら、このままでも――」
「ディセントラっ!」
トゥイーディアが、手にした新聞の束でディセントラを叩いた。
彼女の顔が瞬時に真っ赤になっていた。
ディセントラがわざとらしく顔を庇って、「ごめんごめん」と笑っている。
俺は例によって無表情のままにそれを見ていたが、内心では大いに舞い上がっていた。
確かに以前、金髪になった俺を見たトゥイーディアが、「王子さまみたい」と口走っていたが、それをディセントラが蒸し返したということは、では、あれは俺の願望が生み出した都合のいい幻聴ではなかったわけだ。
アナベルが、ぱちんと指を鳴らすだけで、せっかく買った新聞全てを塵以下のレベルにまで朽ち果てさせた。
みんなが、ぱんぱんと手を払って掌の微細な塵を払う。
そうしながら、アナベルは呆れたようにトゥイーディアとディセントラを見遣った。
「馬鹿なこと言ってないで、ごはんにしましょう。どのみち髪色程度でイーディが心象を変えるわけないでしょう。あたしはお腹が空いたわ」
アナベルが断固としてそう言い、俺は咄嗟に、「それってどういう心象のことを言ってんの?」と言おうとして、やはり言えなかった。
くそ、そろそろ安心したいのに。
トゥイーディアが赤い顔を押さえて呻いている間に、俺は振り返って、なおも川縁の欄干に寄り掛かって川面を眺めている、新雪色の髪を靡かせる後ろ姿を見た。
「――兄ちゃん」
ヘリアンサスが振り返った。
カルディオスが堪え損ねた様子で噴き出した。
他のみんなはものの見事に、俺の今の二人称をなかったことにしたらしい。
俺は、咄嗟に呼び掛け方を間違えたことに顔を顰めたが、振り返ったヘリアンサスは機嫌が良さそうだった。
「……なに?」
ふう、と息を吐いて切り替えてから、俺は言った。
「メシにするから、こっちに来て。あと、俺の髪を元に戻してくれる?」
俺は、ヘリアンサスが人並みに振る舞えるものか、まだまだ気を揉んでいたが――何しろ、大した悪気がなくとも、彼ならばついうっかりで、数十人規模で殺してしまいかねない――、カルディオスが傍についていれば、なんとか誤魔化しは利くものであるらしかった。
思えばこいつは千年前、カルディオスと方々を旅したはずである。
とはいえあのときのカルディオスに常識があったかと訊かれれば、俺としては返答に困ってしまう。
客観的に考えて、非常識な二人旅であったことに間違いはないだろうから、安心していろという方が無理な話だ。
船旅が一人の死者も出さずに済んだのが奇跡だ。
俺一人なら絶対に足を踏み入れないだろう高級食堂で朝食を終えたところで、カルディオスがヘリアンサスを見て、「このへん散歩してみる?」と提案した。
俺はてっきり、ヘリアンサスが一も二もなく頷くものと思ったが、意外にも彼は、困ったように微笑んで首を振った。
「とっても素敵な提案だ。でも、先約がある」
カルディオスが翡翠色の目を瞬かせた。
そして、はっとしたようにトゥイーディアを見た。
トゥイーディアも苦笑していた。
「ごめんね、カル。こいつと話があるから」
カルディオスはまた瞬きをして、ヘリアンサスにも目を向けた。
そしてトゥイーディアに視線を戻し、首を傾げる。
「――大事な話だ?」
語尾を上げていたものの、確信した口調だった。
俺たちも一様にトゥイーディアを見詰めた。
アナベルが、ぎゅうっと眉を寄せている。
何も聞かされていないことをあからさまに不服に思っている表情で、それはある意味正当なことだった。
何しろこれから捧げる『対価』の価値の担保には、アナベルが最も必要となる。
苦笑して頷くトゥイーディアに、カルディオスが腕を組んで拗ねた顔をする。
「……もう、なにそれ。ちゃんと俺たちにも言っといてよ」
いっそう苦笑するトゥイーディアの顔を覗き込んで、カルディオスは眉を寄せた。
噛んで含めるようにして、彼がトゥイーディアに言い聞かせる。
「今回のイーディは、あれこれ一人で抱え込もうとするけど、もうそういうのは駄目だよ」
トゥイーディアは困ったように眦を下げた。
「私を誰だと思ってるのよ」
「救世主さまだよ、はいはい。でも駄目だからね」
カルディオスが、さすがに声量は落としたもののそうあしらった。
トゥイーディアはちょっと俯いて、上目遣いにカルディオスを窺う。
俺はカルディオスを殴って退かして、その場所を替わりたくなった。
「――宿に戻ったら言うつもりだったもの」
ふうん、と頷いて、カルディオスは顔を顰めてヘリアンサスを見た。
ヘリアンサスが黄金の瞳を瞬かせて、小さく首を傾げる。
「なに?」
「アンス、おまえさ、俺との付き合いの方が長いくせに、なんでイーディの方と通じ合ってんだよ」
カルディオスがそう言って、ヘリアンサスとトゥイーディアの表情を、ものの見事に凍り付かせた。
正直、ここまで凍ったヘリアンサスの表情は滅多に拝めない。
「――は?」
ヘリアンサスが、やや低い声で呟いた。
珍しく、カルディオスに対して本気で気分を害したようだった。
「だってそうだろ、なんだよ、何も言わなくてもお互いに分かってるみたいな顔してさ」
むすっとしてそう言ったカルディオスから、他のみんながそっと視線を外している。
少なくともヘリアンサスが不機嫌な状況にあって、憚らずに息をすることは難しい。
ヘリアンサスは眉を寄せて、しばらくカルディオスを睨んでいた。
それからふっと息を吐くと、唐突に、隣にいる俺の頭の上に掌を置いた。
突然のことで、俺は思わず目を瞬かせる。
「――カルディオス、あのね」
ヘリアンサスが、やや不機嫌な様子ながらも、幾分かは冷静にそう言った。
頭の上に手を置かれている俺としては、さすがに肝が冷える気分だ。
何しろこいつなら、「他の連中に殺されるくらいなら、おれに殺された方が、ルシアナもまだ納得してくれる」とか何とか言って、あっさり俺を殺しかねない。
さすがに、母親のことを盾にとれば何とかなるとは思うが――
「おれがルシアナを守るためには、ルシアナが楽しみにした、この馬鹿息子の人生を守らなきゃいけない。
今のところ、残念ながら、その可能性がいちばん大きいのはご令嬢なんだ」
トゥイーディアの方に顎をしゃくって、ヘリアンサスが苦虫を噛み潰したようにそう告げた。
「逆も然りだ。それだけだ。
――カルディオス、あんまりふざけたことを言ってると、おまえであっても腹が立つからやめてくれ」
カルディオスが肩を竦めた。
彼が軽く両手を挙げた。
「分かった。――分かったから、おまえも、これからは大事なことはちゃんと俺たちにも言うんだぞ」
ヘリアンサスが瞬きして、俺の頭から掌を退かせた。
俺は無意識のうちに、漆黒に戻った髪を指先で整え直した。
ヘリアンサスがちらりとトゥイーディアを見てから、頷いた。
「――分かった」
◆◆◆
高級宿ともなれば、談話室の一つや二つはある。
コリウスが貸し切ってくれた階にもそれはあり、大通りを望む大きな窓が開く、明るい一室がそれだった。
本来は、就寝するまでの間に、宿泊客が晩酌などしながら談笑するための部屋だろう。
壁際にふんだんに掛け燭を設置して夜間でも明るくなるよう気を配られた部屋で、天井にはその一面を二分して、昼と夜の空がそれぞれ描かれている。
足許には毛足の長い臙脂の絨毯、ソファや安楽椅子が所狭しと点在し、その傍にそれぞれ、小さなテーブルが置かれている。
暖炉もあったが、今は火が入っておらず(そりゃそうだ、まだ秋だし、薪だってそう無駄遣いは出来まい)、浮彫細工が施されたマントルピースの上には、何に使うのか分からない真鍮の飾りが置いてある。
俺はそれを見て、最初の人生でレンリティスに赴いたときに俺に与えられた部屋の本棚の上に置いてあった、ゆらゆら揺れる真鍮の飾りを思い出した。
談話室で、ヘリアンサスは躊躇いなく、暖炉に向いて置かれた安楽椅子の、その肘掛の部分に腰掛けた。
そうして腰掛けた彼は窓の方を向くことになり、一方窓の傍に、部屋の中を向くように置かれたソファに、トゥイーディアが腰掛けた。
俺たちもそれぞれ、思い思いの場所に――暗黙のうちに、俺とカルディオスがヘリアンサスの側に、他のみんながトゥイーディアの側に寄ったのは仕方のないことだったが――腰掛けた。
ルインは、ここは自分の出る幕ではないと思ったのか、下がって部屋にいるというようなことを言い出したが、俺が自分の傍に引っ張り込んだ。
確かにこいつが直接手を出す話ではないが、もう事の全容は知っているのだから、乗り掛かった船だろう、最後まで話は聞いてもらう。
「――問題はいくつかあって、」
と、前置きも何もなくヘリアンサスが言った。
俺は内心で、ヘリアンサスとトゥイーディアの間では、既にお互いの頭の中で前置きが済んでいたのではないかと疑ったが、それを口に出すことはしなかった。
そもそも、ヘリアンサスにとってはある意味で自死に等しい救世の話を、彼の側から切り出させている時点で、俺たちはヘリアンサスに、残酷極まる仕打ちをしている。
「まず第一に、多分これは言うまでもないけど――」
「『対価』の丈が足りるかどうかね」
トゥイーディアが言葉を引き取ってそう言って、アナベルの方をちらりと見た。
しかし彼女には何も言わず、トゥイーディアはヘリアンサスの方に視線を戻して、小さく息を吐く。
明るい曇り空から漏れる弱々しい陽光が、窓の玻璃を通してトゥイーディアの髪に降り注いでいて、トゥイーディアの輪郭が際立つようだった。
「……それが最大の問題ではあるけれど、これは議論しても仕方がないわ。私たちが差し出せるもので、これより大きな価値は他にない」
「上手くいくといいね」
皮肉でもなくヘリアンサスはそう言って、軽い仕草で脚を組んだ。
組んだ脚の上に指を組んだ手を乗せて、彼が肩を竦める。
「――次に、具体的に、どこで何をやるかっていう話だけど、」
「母石が今どこにあるかって話だよな?」
俺がそう言って、ヘリアンサスが俺に視線を向けた。
彼が目を細めた。
「そういうこと。――でも、まあ、それは問題じゃない」
ヘリアンサスは両手の指先をそれぞれ合わせて、そのうちの人差し指だけを、お互いにくるっと回した。
「おれがあそこを出ると同時に、あっちのおれがどこかに行った――そもそも、サイジュをするあの連中が、」
ヘリアンサスは明確に顔を顰めた。
途轍もなく悍ましいものを語る目付きになっていた。
「おれをあそこから出さなかった理由がそれだろう。
もうひとつのおれをあそこに置いておくためにも、おれが必要だったんだ」
「つまり、おまえが戻れば、あっちのおまえもそこに戻るんでしょ?」
トゥイーディアが確かめるようにそう言った。
ヘリアンサスが肩を竦める。
「そうだね。どのみちきみたちだって、壊すものが目の前にないとどうしようもないでしょ。
あそこに行く必要はあるし――おれも――」
ヘリアンサスが俺を見て、あるいは俺の中の誰かを見て、微笑んだ。
寂寥さえ感じさせる微笑だった。
「――あそこに居ないといけない……」
「――――」
俺は声が出なくなった。
ヘリアンサスは小さく首を振り、トゥイーディアに視線を戻した。
みんなが、この土壇場でヘリアンサスの心情に変化があることを危ぶむ目で彼を見ていたが、俺だけは違った。
ヘリアンサスがどれだけ俺たちに腹を立てようが、彼が俺の母親を裏切ることはないだろうと分かっていた。
「――まず、おれがあの穴ぐらに戻ると決めた時点で、恙なく、あっちのおれはあそこに戻るよ」
ヘリアンサスが整理するようにそう言って、指を立てた。
「ただし問題がある」
俺は息を吸い込んだ。
少し喉が震えたが、まだ誤魔化すことが出来た。
けれどもルインが、僅かに気遣うように俺の方を見たのには気付いた。
「――〝えらいひとたち〟だ」
俺が呟き、ヘリアンサスが俺の方を向いた。
まっしろな睫毛を瞬かせて、彼が小さく首を傾げた。
「……サイジュをする連中のこと?」
俺は頷き、心持ちトゥイーディアの視線を避けるようにして、意味なく片手で髪を掻き回した。
「――ああ。そう……あのひとたち――レヴナントだ」
「まあ、そうよね」
ディセントラが言って、気遣うように俺を見詰めた。
俺は目を逸らした。
ディセントラも俺から視線を外してくれて、みんなを見渡して肩を竦める。
「ルドベキアが言ってたように、あの連中、世双珠を守るためにあんなものになっているわけでしょ。
世双珠の親玉のためなら、それはもううじゃうじゃ寄って来るんじゃないかしら」
俺は若干気が遠くなった。
――懲罰部屋を思い出していた。
ぬかるんだ地面、そこに安置された陰鬱な櫃、櫃の中に放り込まれたときの、頭をぶつけるあの硬さ。
そして、病的なまでに冷たい水。
暗くて狭い櫃の中で、絶叫してなお誰にも届かなかったこと――
その間に、カルディオスが素早く口を挟んでくれていた。
「――だとしたら、すげー問題だぞ。あいつら、とどのつまりが人の魂そのものなんだろ。〈魂は巡り巡って決して滅びない〉から――俺たちだって、ひたすらあいつらを追っ払って、それでまたあいつらが湧いてきて――って、終わりがないぞ。下手すりゃ一歩も進めない。
それに、」
ちら、とヘリアンサスを見て、カルディオスが憂慮の籠もった口調で続ける。
「アンスがいりゃ、本来ならなんだって大丈夫だけど、あいつらだけは別だ。
――アンスが動けない」
「その通り」
ヘリアンサスが応じて、トゥイーディアに視線を移した。
視線を受けて、トゥイーディアが頷いた。
「そう、だから、私もこいつの傍から動けなくなる」
ヘリアンサスが冷淡に微笑した。
「どうも、ご令嬢」
トゥイーディアはそれを無視した。
「大問題にも程がある」
コリウスが眉を顰めて呟いた。
「ガルシア戦役のときでさえ、手が回らなかった――」
「どうかしら」
アナベルが考え深げに言って、ちょこん、と首を傾げた。
薄青い髪がさらっと流れた。
「あのときはあたしたち、町と人を守らなきゃならなかったでしょう。でも、今度はそうじゃないもの。それに、海の傍ならあたしが結構役に立てるわ」
「アナベル、忘れないで欲しいんだが、」
コリウスが鹿爪らしく言って、嘆息した。
「僕たちは余力を残さないといけないんだ。『対価』の価値を疑うわけではないが、丈は十分ではないだろう。
なら、母石を壊すに当たってトゥイーディアに助勢しなければならない。母石に辿り着くまでに消耗し切っていては意味がない」
アナベルは真面目な顔で瞬きし、「なるほど」と、素直に呟いた。
「さすがに、母石の傍で一晩ゆっくりして、魔力の回復は待てないものね」
「好きにすればいいけれど、」
ヘリアンサスが皮肉っぽく口を挟んだ。
「きみたちがそうしてのんびりしている間に、サイジュをする連中があそこまで来てきみたちを八つ裂きにしたとして、おれは助けてやれないよ」
アナベルは、見事にヘリアンサスのその言葉を聞かなかったことにした。
ディセントラも同様だったが、彼女が軽く手を挙げた。
「コリウス、違うわ、私は別よ」
コリウスが何でもないことのように頷く一方、「え?」と言わんばかりの俺たち。
ディセントラがぐるりと俺たちの顔を見て、情けなさそうに息を吐いた。
そして、噛んで含めるように。
「――あのね、私の得意分野は〈止めること〉なの。つまり、母石を壊すとすれば、相性最悪の魔法なの。
イーディがせっかく壊そうとしているところ、その状態を〈止め〉てどうするのよ」
俺とカルディオスが、揃ってぽかんと口を開けた。
――俺たちの頭には、最初にヘリアンサスを殺そうとしたときのディセントラの姿が焼き付いている。
だからすっかり、ディセントラこそ主戦力だという先入観があったが、確かに。
そもそもあのとき、ディセントラが俺たちの主戦力だったのは、壊しても壊しても無限に再生していくヘリアンサスが相手だったからだった。
「つまり、最悪の場合、私は露払いとして消耗し切ってもいいの。私に余力があれば御の字くらいに考えてもらえればいいわ」
「――それ、俺もじゃない?」
カルディオスがそう言って、両手の指先をそれぞれ合わせ、そのうちの人差し指だけを互いにくるっと回した。
「や、イーディかアンスがいれば、俺も自分の得意分野は使えるけどさ……」
「でも、まあ、あんたの得意分野はあんまり連発できないものね」
ディセントラにそう言われて、カルディオスは膨れっ面を見せた。
「だってこの魔法を創ったとき、俺の魔力量が化け物だったんだもん」
「それ、私も同じくらいだったって言ってなかった?」
「俺はトリーほど器用じゃなかった。トリーみたいに幾つも魔法を創れなかったの!」
「それ、胸張って言えることじゃないでしょ」
呆れたようにカルディオスと遣り取りしてから、ディセントラがみんなに向き直った。
「――とにかく、諸島……諸島よね? 母石が戻るのは」
「ああ」
「じゃあ、諸島に着いたら、取り敢えず私を先鋒に立てる方針で、なんとか切り抜けるとして、」
アナベルがめちゃくちゃ顔を曇らせた。
「……そんなふわっとした方針で、上手くいくものかしら」
「――――」
俺たちは思わず、「どんどん言って」と言わんばかりにアナベルを窺ってしまう。
それに気付いたアナベルが何とも言えない顔をする一方で、ヘリアンサスが軽く笑った。
「――そんなに都合よく働くものじゃないよ、その子の呪いは」
俺たちは一並びがっかりしたが、アナベルの顔は微妙に強張っていた。
それを見て、振り切るようにぱん、と軽く手を鳴らしてから、ディセントラが言った。
「――なんとか切り抜けるしかないでしょう。
最悪の場合、何人か欠けることになったとしても、」
少し言い淀み、ディセントラがコリウスと目を合わせた。
コリウスが大きく溜息を吐いた。
「欠けていいのは僕とおまえだ、ディセントラ」
「なに言ってる」
泡を喰って俺は口を挟んだが、コリウスはうるさそうに手を振った。
そして、まずはトゥイーディアを示した。
「トゥイーディアは、母石を壊すのに必要だ。替えがいない」
トゥイーディアは何とも言えない苦悶の表情。
それはそうだろう――彼女は先陣を切ることに慣れていて、奥で庇われることは殊更に嫌う。
だがそれはそれとして、俺は内心で万歳三唱した。
この大義名分があれば、俺は十分にトゥイーディアを守ることが出来る。
トゥイーディアの表情を無視して、コリウスは今度はアナベルを示した。
「アナベルも必要だ。『対価』の価値を担保するのは僕たち全員だが、最も大きな価値はアナベルに依存する」
硬い顔でアナベルが頷き、同時に他の全員も頷いた――ルインだけは、ちょっと分かっていない様子ではあったが。
だが、口を挟まないのはこいつの美徳だ。
続いてコリウスは俺を示した。
「おまえには、最初の魔王になってもらう算段だから、ここで居なくなられると困る」
それに、と言葉を継いで、コリウスは心底うんざりしたように。
「おまえとカルディオスに何かあると、算段が全て吹き飛びかねない」
「そうだね」
ヘリアンサスが愛想よく肯定して、微笑んだ。
俺とカルディオスが口を挟もうとしたが、それを封殺するようにして、ディセントラが言った。
「まあ、とにかくここは頑張るしかないのよ。
レヴナントに気付かれずに母石のすぐ傍に行けるというなら、多分それが一番なんでしょうけど――」
「僕には無理だよ」
コリウスが素早く言った。
「人を連れて行くのは苦手だ――何人か殺してしまいかねない」
「そうよね、上空を飛んで運んでもらおうにも、」
ディセントラが頷いて言って、ひらひらと白魚の手を動かす。
「あいつらって大きいから――かなり危ないというか。
それに、あの……人型、というのかしら、あのレヴナントだと、魔法も使うわけでしょう。どこに居ようと、傍に寄ると危ないわね」
カルディオスが身を乗り出して、つんつん、とヘリアンサスをつついた。
ヘリアンサスが身体を傾けるようにしてそちらを振り返る。
「――ん? なに?」
「アンスは? 出来ない?」
カルディオスがそう尋ねて、首を傾げた。
「俺たちを纏めて、あっちのおまえの傍に運ぶのは」
ヘリアンサスが瞬きした。
そして、俺を振り返った。
珍しくあやふやな顔をしていたが、その理由が俺だけには分かった。
「……ルシアナが――」
ヘリアンサスが呟いて、首を傾げた。
「――おれを守るものがあると言っていたんだけど。おれと、おれの半身と、結び付いていたあれだろう。
おれはよく知らない――ルドベキアの方が知ってる」
まっしろな睫毛を上下させて、ヘリアンサスは眉を寄せた。
「あれの性質によっては、おれでも、おまえたちをあっちのおれの傍に運ぶことは出来ないんじゃないかな」
俺は息を吸い込んだ。
「内殻と外殻だな」
言って、俺は言葉を選ぶ間を取った。
そして、幾分か小さな声で続けた。
「母石が地下神殿に戻るなら、あの二つが再形成されても不思議はないし――」
ちょっと言い淀んでから、俺はみんなから視線を逸らし、呟いた。
「仮にあの二つが戻るとすると、諸島には入れないと思う」
は? と、みんなが異口同音に声を上げた。




