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11◆ 殴り込み

 さて、迅速に密輸団を締め上げる必要があるわけだが。


「コリウス、おまえ、得意の瞬間移動は?」


 俺が訪ねると、コリウスは深く溜息を吐いた。


「ここでは出来ない」


「――――」


 こいつの瞬間移動の制約がいまいち分からん。


 初見の場所だと無理なのかと思いきや、初めて行く場所でも瞬間移動してみせたりするし。

 こいつは秘密主義だから説明してくれないし。


 俺が浮かべた灯火を先頭に掲げ、運河の支流に架けられた石造りの橋を渡りつつ、コリウスは代替案とばかりに申し出た。


「僕だけ先に向かおうか?」


 空を飛ぶことも十八番のコリウスだけなら、俺たちが歩いて行くよりも相当に速く目的地に辿り着けるだろう。


「その方が都合もいいだろう」


 含みを持たせて言ったコリウスも、俺が気付いたくらいだ、トゥイーディアがフィルを同行させた理由にとっくに気付いているだろう。

 あるいはこいつなら、最初からトゥイーディアと同じことを疑っていたかも知れない。

 コリウスは、少なくとも俺よりは頭いいし、警戒心強いし。


「――ん、そうね……」


 同意を示すというよりは少し迷うようにそう言って、先頭を歩いていたトゥイーディアが半身で俺たちを振り返った。灯火の陰になる飴色の目に憂慮の揺らめきがある。


「でも、危なくない?」


 思わず俺は鼻で笑い、アナベルに肘でどつかれた。

 トゥイーディアは深々と溜息を吐いた。


「ルドベキア、あのねえ」


 アナベルが無表情ながらも、いい加減うんざりしたような声を出した。


「イーディにいちいち突っ掛かるのやめなさい。あと、別に的外れな心配じゃないでしょう」


()()()()()な。けど、コリウスだけは別だろ」


 俺も大人げなく言い返す。



 トゥイーディアの心配が的外れではない――というのは、俺も大いに認めるところである。


 確かに俺たちは、常人よりは魔力も大きく戦い慣れしていて、かつ固有の力という武器がある。大抵の相手よりは、実力的には勝る。

 だが、実力が全てではないというところが、現実の恐ろしいところだ。

 まず、俺たちとて無暗矢鱈と相手に怪我をさせたいわけではない。自分より能力的に劣る相手を前にすれば、無意識に手加減してしまうところがあるというのが一点。

 そしてそれに加えて、俺たちもさすがに数の力には勝てないのだ。十数人で一斉に掛かって来られれば、劣勢に立つのは必至である。


 だが、それを差し引いても、俺がコリウスだけは大丈夫だと断言したのにもまた理由がある。


 コリウスの固有の力は〈動かすこと〉。

 生物を移動させることは余り得意ではないようだが(勢い余って殺してしまう恐れがあるからだろう)、自分自身なら器用に〈移動させる〉ことの出来るこの男、当然ながら俺たちの中でだんとつに逃げ足が速い。

 やばいと思った瞬間には撤退できるので、数の力にものを言わせられそうになっても、とっとと逃げ出すことが出来るのである。



 ――でも、鼻で笑うのは良くないな、俺。

 なんでトゥイーディアの言うことに反応しようと思ったらこういう嫌な反応になるんだろうな。

 代償のせいだな、くそが!



「ルド、言いたいことは分かったからイーディの機嫌を損ねるな。いつか()()されるぜ?」


 カルディオスが茶化すように言い、女性陣三人から一斉に抗議の声を喰らって首を竦めていた。



 俺は無関心な態度でその様子から目を逸らしつつ――内心で快哉を上げていた。


 トゥイーディアが! カルディオスの「討伐」という言葉に抗議している! つまりトゥイーディは全然俺のことを魔王だなんて思ってないのだ! 良かった!



「騒ぐな騒ぐな。――僕は先に行くぞ、いいな?」


 ぱちんと指を鳴らして注目を集めたコリウスがそう言い、アナベルが真顔で答えた。


「そうね、行ってらっしゃい。万一のことがあったら悔やんであげるわ」


「それはどうも」


 平常運転のアナベルの悲愴な未来予想も、気にした様子もなくコリウスが応じる。

 一方、カルディオスが頬を膨らませた。


「アナベル、おまえ、マジ――」


「カル」


 トゥイーディアが名前を呼んでカルディオスを黙らせ、コリウスに向かってにこっと笑い掛けた。

 カルディオスはちょっと不満そうにした。


「コリウス、気を付けて」


 トゥイーディアにそう言われて、頷いたコリウスが橋を蹴った。

 その瞬間に、コリウスに掛かる重力のみが消滅したかの如くに、ふわ、と浮き上がる細身の体躯。


 そのまま斜め上方に勢いよく昇って行くコリウス。

 速度といい安定感といい到達する高さといい、俺じゃ絶対に真似できない。


 銀髪を靡かせるコリウスの姿が夜空に消えるのを、歩きながらも見守ってから、ディセントラが溜息を零して言った。


「……嫌な予感しかしないんだけど、――私たちも急ぎましょうか」










 プラットライナの中央に、かつて倉庫街として築かれた一画。


 今は密輸団のせいでひっそりとしてしまってはいるが、かつては運河の恩恵で物流の要衝として栄えたことが窺える。

 この倉庫街は、輸送物の保管場所として造られたのだろう。


 一階建てから二階建て程度の、高さはそれほどない石造りの倉庫が立ち並ぶ。

 高さはないが広さはある。普通の民家よりはでかい面積を占める倉庫が、整然と軒を並べている。


 倉庫街というだけあって、その区画は広い。


 そして、近付くだけで分かったが、都市の他の部分とは雰囲気がまるで違う。

 何しろ騒々しいほどに人声がするからね。


 時刻はすっかり夜だというのに、倉庫街の中心部は明るい。

 開け放たれた窓や扉の隙間から、暖色の明かりが外に漏れている。


 下品な笑い声や怒鳴り声が夜闇を掻き乱していて、俺は、正直こういう雰囲気は苦手だなーと呑気に思ったり。



 俺たちは現在、辿り着いた倉庫街を密輸団の一味に見付からないようにこそこそと進み(いちいち乱闘になってたら、密輸団の大部分を取り逃がしてしまいかねないからね)、一番でかい倉庫の陰で五人並んでしゃがみ込んでいた。

 この倉庫の中から響く声が一番うるさいし、ここを叩けばいいんじゃないか? という安直な考えである。


 今回の目的は密輸団の壊滅。

 密輸団というのは勿論、それを構成する人員なしには成り立たない。

 なので今回優先するのは、捕縛する人間の組織内での立場ではなく人数。

 どれが組織内で偉い人間かだなんて、ぱっと見て分からないということもある。



 で、なんでさっさと乗り込まないかというと。



「――コリウスはどこよ?」


 じめじめした石畳にちょっと嫌そうな顔をしつつ、アナベルがこそっと囁いた。

 その問い掛けに、トゥイーディアが首を捻る。


「うーん。正直途中で、コリウスが起こした騒ぎに加わるつもりだったんだけど」


 コリウスが一人先んじた理由は、俺たちと違って完全に不意打ちが出来るあいつが、密輸団の人員が多く集まっているところを突き止めておくためだ。

 あと、出来そうなら一人で連中を攪乱して、俺たちが動きやすくする目的もあった。


 このくらいのことなら、付き合いが長すぎて言葉にせずとも伝わるというもの。


 ただ多分、もう一つ目的はあって……。


 ディセントラが溜息を吐いて髪を掻き上げた。


「――見当たらないってことは、途中で()()()()を発見したってことかしらね」


「それか、途中で迷子になってるか、だな」


 カルディオスが冗談めかして言い、ちょろちょろと暗闇を走る鼠の接近を察知し、指先で追い払った。

 ディセントラが気持ち悪そうにちょっとだけ腰を浮かせる。


「迷子はさすがに――」


 俺が苦笑しながら言い差したときだった。


「誰が迷子だって?」


 唐突に隣から声がして、冗談抜きに俺は心臓が止まるかと思った。

 ぎょっとして仰け反りながら振り返った俺の目に、しれっとした顔で片膝を突くコリウスが映る。


「――コリウスてめぇ」


 驚かされた恨みを籠めて声を上げる。

 それを黙殺して、トゥイーディアがコリウスに声を掛けた。


「一仕事してくれているものと思ってたけど?」


「しようと思っていたんだが」


 肩を竦め、コリウスは親指で、今現在俺たちがその陰にしゃがみ込んでいる倉庫を示した。


「中に入って行くのが見えた。僕たちの先回りをするために相当頑張ったんだろうね。事前に取り押さえることも考えたんだが、言い抜けを許す状況を作りたくはなかった」


 主語を省いた言葉だったが、俺たちの全員が正しく意味を理解した。

 アナベルが腕を組み、首を傾げる。


「走って来なかったから先回りされちゃったのね」


「いえ、地の利もあるでしょ。近道を知ってたんでしょうね」


 ディセントラが首を振ってそう言って、すっくと立ち上がった。制服を手で払い、俺たちを見渡す。


「じゃあ、乗り込みましょうか」


 俺たちも一斉に立ち上がった。





 ――さて、乗り込むとは言っても、格好よく窓とかから飛び込むわけではない。

 そんなことするだけ無駄だし。

 普通にぐるっと倉庫を回って、正面の扉から中に入った。


 先頭を切るのはディセントラだ。

 守護に優れるのは俺だから、ちょっとした警戒心から俺が前に出ようとすると物凄い嫌そうな顔をされたのだ。なんでだ。



 倉庫正面、両開きの扉はでかくて重い。

 元々は大きな貨物も搬入する用途の扉だったのだろうから当然だ。


 女性の細腕では開けることにすら苦労しそうな代物だが、魔術師であるディセントラの前では障害たり得ない。



 勢いよく開いた扉に、扉の前で屯していた密輸団の連中が一斉に振り返った。



 倉庫である構造上、玄関ホールなんかはあるわけもない。

 入ったところがそのまま奥まで続くスペースとなっていて、あちこちに乱雑な配置でテーブルと椅子が置かれていた。

 食事が乗ったままになっているテーブルもある。


 壁際には、元は搬入した貨物を整理しておくためのものだったのだろう造り付けの棚が設けられている。

 棚には麻袋が大量に積み上げられていて、幾つかは袋の口が開いている状態になって、中から色とりどりの世双珠が零れ落ちていた。


 天井付近にはカンテラが幾つもぶら下がっていて、ランタンを乗せているテーブルもあるから非常に明るい。

 正直、目が慣れなくてちょっとだけちかちかした。


 足許は床を張られておらず、土を固めたものとなっている。


 入口からすぐ左手に、二階に上がる階段があった。



 堂々と中に入った俺たちに、密輸団の連中はしばしぽかんとした様子だった。

 騒がしかった人声が途絶え、束の間、倉庫の中がしんとする。

 人相の悪い男が多い中、女もそれなりにいた。


 落ち着き払って、ディセントラが中を見渡した。そして、あっさりと言った。


「――あら、ここにはいないみたい。二階かしら。行って来るわね」


 その声が、沈黙に包まれた倉庫内でいやに響いた。


 がたんっ、と、椅子が倒れる音が幾つか一斉に上がった。

 椅子に座っていた連中が数名、椅子を蹴倒して立ち上がったのだ。


 でかい図体を強調するようにして、三人ばかりの大男が俺たちとの距離を詰めてきた。

 全員素手だったが、小汚い格好の腰には短刀をぶら提げている。


 先頭を切る一人が、拳を振り被って迫った。


「てめえら、いい度胸じゃ――」


 が、「いい度胸じゃねえか」と言い切ることは出来なかった。

 先頭の大男は唐突に空中にぶつかったように動きを阻まれ――「ふべっ」と珍妙な声を上げ――そのまま、後続を巻き込んで敢え無く後方へ吹っ飛んだのだ。

 五ヤードほど宙を飛んで、三人纏めて地面に叩き付けられて呻き声を上げている。


 静まり返る倉庫内。


 ディセントラではない。

 ちなみに俺でもない。

 三人を無様に後ろへ放り投げたのはトゥイーディアの魔法だ。

 恐らく周囲の空気ごと吹っ飛ばしたのだろうが、びっくりするほど素早い。


 ディセントラの隣に進み出て、トゥイーディアは荒くれ者どもを気負いなく見渡した。

 左の小指から指輪を抜き取りつつ、一瞬の驚愕と沈黙の殻を抜け出て色めき立つ連中を、飴色の目で冷静に観察して、言った。


「ディセントラ、上へどうぞ。ルドベキアとカル、念のため付いて行ってくれる? ――ルドベキア、私が言ったからってごねないでよ」


 予防線を張るトゥイーディアに、俺は無反応。本当なら、「任せとけ!」くらいは言いたいんだけど。


 この六人の中で、他より魔力量として頭一つ抜きん出ているのは俺とトゥイーディアだ。

 だから念のため、俺たち二人が別行動になるように采配したのだろう。

 ただの暴力沙汰なら心配はないが、周りにこれだけ世双珠があるのである。中に魔術師がいた場合は少し厄介なことになる可能性があるからね。


 ディセントラが堂々と身を翻し、階段へ向かった。靡く赤金色の髪。

 そこに俺とカルディオスが続く。


「おいてめぇら――!」


 殺気だった声が掛かる。数人が階段へ回り込もうとした。


 が、その行く手にトゥイーディアが立った。



 手にした指輪が速やかに細剣へと姿を変じる。


 さすがに息を呑む荒くれ者どもを一瞥して、トゥイーディアは言い放った。



「――救世主です。密輸および強奪、殺人、その他諸々の罪であなたたちを捕らえに来ました。怪我をしたくなければ投降しなさい」



 ――かっけぇ。


 振り返ってトゥイーディアを見たかったのだが、それは出来なかった。

 多分、俺の気持ちが顔に出るからだろうな。

 だから俺はただ淡々と、階段を登るディセントラに続いて二階へと向かう。


 その背後で、複数の人間の罵詈雑言と怒鳴り声が聞こえてきた。

 椅子を蹴倒し、テーブルを蹴り付けてトゥイーディアたちに詰め寄っているのだろう荒々しい足音。

 唾を吐く音も聞こえてきて、俺は許されるならば引き返してそいつの首を締め上げていたところだった。てめぇ、トゥイーディアに向かってなんてことを。


 だが、代償がそんなことを俺に許すはずもない。俺はただ粛々と進むのみ。


 背後で上がる大乱闘の音に、カルディオスがぼそっと呟いた。


「なんで力の差があることが分かんねぇんだろね……」


「本当にね」


 応えて呟いたディセントラが、左手を軽く振った。

 途端、どんっと誰かが壁に叩き付けられる音と呻き声が上がる。


 階下があそこまで()()()になれば、当然ながら二階の連中も異常事態に気付く。

 慌てて様子を見に来る奴もいようというものである。

 階段に飛び込んで来た第一号を、ディセントラが恙なく排除したのだ。


 その音を聞きつけたのか、まだ若い男が階段の上に現われた。

 ごく普通の歩調で階段を上がる俺たちを見て、一気に蒼褪めたかと思うと、


「――やべぇ! レヴァンさん! マジでっ、マジで来ました!」


 叫びながら奥へ引っ込んだ。


 直後、俺たちは二階に到達した。



 間取りは一階と変わらない。

 ただし壁際の棚は空っぽで、やや天井が低く、その天井に大きな天窓が開いている。


 そして、二階に置かれたテーブルは一つだった。


 そのテーブルは奥まった場所に偉そうに鎮座していて、群を抜いて態度のでかい禿頭の大男がその向こうに座っていた。


 そしてテーブルを挟んでその大男と向かい合うように立っており、びくっとした様子でこちらを振り向いているのは。



 確信があったとはいえ、やはり複雑な色の溜息を吐いて、ディセントラは彼に向かって言った。



「――通った近道、機会があれば教えてくれる? フィル」











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