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04◆ 脱走開始

 いつから俺たちの転生が始まり、いつからこの城に挑みに来ては殺される地獄が始まったのか、俺は覚えていない。


 覚えている奴は、多分俺たちの中にいない。


 殺され過ぎているくらいに殺されたが、なぜだか俺たちの誰も諦めていない。

 もう嫌だ逃げたい、と涙ぐむことは多々あれど、結局なぜか頑張ってしまう。


 それほどに長い人生の上で、最初から知っていたのか、あるいは徐々に自力で気付いたのか、よく分からない()()()()()()()()()が俺にはある。


 推測だけど、他のみんなにもある。


 この不文律のことを、俺は「代償」と内心で呼んでいた。

 何に対する代償かは自分でもよく分からないが、記憶にある限り昔から、内心でそう呼んでいた。


 ――転生することへの代償だろうか、みんなと仲良くやっている代償だろうか。


 この代償に俺は長く苦しんでいるが、代償のことを口に出せた(ためし)がない。


 不可視の力で抑え込まれるが如く、代償を仄めかす言葉すらも声には出せないし、仕草にも表わすことが出来ないのだ。


 みんなも同じなんだろうけれど、それでも「こいつの代償はこれだ」とみんなが暗黙の内に了解している奴が一人だけいる。


 前回に貧乏くじを引き、救世主に当たった奴だ。


 こいつの代償は顕著だ。

 救世主を経験した直後の人生においては、最初のうち、転生云々、俺たちのこと全部、綺麗に忘れたまっさらの状態で生まれてくるのだ。

 まるで、丸っきり一般人のように。


 魂が滅びないことが絶対法に定められている以上、誰もが誰かの生まれ変わりのはずだけど、救世主になることが出来る俺たちと毎回魔王になっているあいつ、合わせて七人だけが常に記憶を保持した同一人物として生まれてくる。

 そして俺たち六人は兎にも角にも再会を目指して動き出すのだが――そしてついでに、()()()()()()()()がどこにあるのか捜し始めるのだが――、救世主を経験した直後のあいつはその波に乗り遅れる。


 そしてあいつがどういうきっかけで記憶を取り戻すのかは定かでない。

 俺たちの顔を見た瞬間に閃いたように思い出すこともあれば、俺たちの中の誰かが救世主だとバレた瞬間に思い出して同道を申し出てくることもある。



 ともあれ今回も、俺よりもみんなとの合流が遅いとすればあいつだ。


 何なら途中であいつを見掛けたら拾っていってやってもいい。

 今回がどんな生まれかは知らないが。



 そんなことを考えながら、俺は真夜中にこっそりと荷造りしていた。


 こっそり厨房から頂戴してきたでかい麻袋は、本来の用途は小麦粉か何か詰めるんだろうな。目が詰まっていて頑丈そうだ。


 その中に、同じく厨房から盗んで来た保存食を詰め込み、水を入れた革袋を突っ込み、図書室から持ち出してきた地図を放り込む。


 この地図、かなり精度は怪しい。

 そりゃそうだ、この島には外部との交流はない。島の外の地理なんて分かりようがない。

 でも無いよりはマシだろうと思って持ち出してきた。

 羅針盤も欲しかったんだが、さすがに断念。

 だってどこにあるか分からんし。羅針盤が欲しいんですなんて、そんなあからさまに怪しいこと言い出せないし。


 続いて、先日忍び込んだ訓練場から拝借してきた縄。頑丈で長さもあるそれを、ぐるぐる巻きの状態のまま麻袋に投げ込む。


 そして最後に、俺の馬鹿でかい寝台からシーツを引っぺがして麻袋の中に畳み込んだ。


 焦げ茶色の厚手の外套を羽織り、食糧と水と縄で重くなった麻袋を持ち上げる。

 袋の口をぎゅっと縛って肩に掛け、頑丈な靴を履いた心地を確かめるように爪先で床をとんとん叩く。


 そして俺は、決然として窓に歩み寄ってばーんっと窓を開け放った。

 いやまあ、気持ちの上ではばーんっと。実際は静かに静かにね。



 秋の夜風が肌寒い空気を運んでくる。

 レースのカーテンが緩やかに翻る。


 窓の外には城の各所で焚かれる篝火の明かりが赤々と点っている。


 ふう、と俺は深呼吸した。



 ――今日、俺はこの城を逃げ出す。









 正直、準備不足の感は否めない。

 城を出て、城下をどう抜ければいいのかも分かっていない。


 だが、目指すべきは北の海岸だ。

 そこからどうにかこうにか大陸に渡ればいい。


 島の地理を調べるに、北の海岸は峻険な崖、崖の上にはちょっとした森が広がっているらしい。

 いつも崖を避けて西側の漁港を狙って島に上陸してたから知らなかった。


 森まで逃げ込むことが出来れば、そこで筏なり何なり作って海に出ることも可能だろう。

 大陸に渡ってからどうすればいいのかも分かっていないが。


 更に言えば、西側の大陸と東側の大陸、どっちにあいつらがいるのかも分からないが!



 これまで俺たちはずっと、東側の大陸に生まれ落ちることが多かった。

 稀に誰かが西側で生まれたりもしたが、そうなれば暗黙の了解で東側の大陸に渡って人探し。


 大陸は広すぎるから、わざと名を上げて見付かりやすくしたりしたっけ。


 遠隔地の相手と連絡を取ることが出来る魔法でもあればいいんだけど、そんな便利なものはない。

 距離という世界の法を書き換えたところで、「どことどこの距離を無くすのか」という、基点になるべき一点、相手の具体的な居場所が分からないんだから。


 ――だから今回も、俺は取り敢えず東の大陸を目指そうと思っている。

 だが、俺自身が大陸を飛び出して魔界で生まれてしまったのだ。

 今回はもしかしたらみんな、予期しないところで生まれているのかも知れない。ド田舎の諸島とか。


 この十八年の間に、もしかしたら誰か一人くらいは俺と同じようにこの島で生まれたんじゃないか、なんて勘繰ったこともある。

 だけど、恐らく、それはない。


 あいつらの中の誰か一人でもこの島に生まれていたんなら、やる気のない魔王の話を聞いて、それは俺だとピンとくるはずだ。

 ピンときたら、さすがに会いに来てくれるはずだ。

 今日に至るまで十八年とちょっと、誰も俺を訪ねて来ない。


 ならここには誰もいないのだ。


 みんなは大陸にいる――大陸と大陸の間というか、少し南側に張り出して点在する、ド田舎諸島に生まれていなければ。

 そして取り敢えず東の大陸に渡りさえすれば、大陸どうしでは交易もあるはずだ、西に渡れないことはない。航行ルートは百数十年前ですら確立されていた。



 窓枠に手を掛け、篝火の位置を目で確認。

 ひい、ふう、みい――結構多いな。まあそりゃそうか。


 問題は見張りの誰一人として真面目に仕事をしてないことだけどな。


 鬱陶しい漆黒の髪を後ろで一つに束ね、俺は窓枠に足を掛けた。

 そしてそのまま、寸分の躊躇いもなく窓の外に飛び降りる。


 俺の部屋は魔王城の奥の奥、しかも最上階五階にある。

 飛び降りれば普通なら命はない。


 だが俺は普通じゃない。


 落下までの一秒の間に、素早く頭の中で世界の(のり)を書き換える。

 そこに魔力を籠めて、はい完成。


 今この場における限定的な法の変更しか魔法は司らないが、それで十分。

 書き換わった法が、俺に空中での短い滞空を許す。

 ふわふわした安全な動きで、俺は軽やかに地面に着地した。


 このくらい軽い軽い。

 荷物の無事を検め、俺はふっと笑う。


 法の変更――すなわち魔法の行使は、魔力を以て為される以上、魔力の摩耗を伴う。

 魔力の摩耗は行き過ぎれば生命力の摩耗に繋がり身体を蝕むが、俺は救世主になる資格を持った一人であり、不本意ながら今は魔王だ。

 一般人と一緒にされちゃ困る。

 まだまだ余裕。

 重力を打ち消す魔法はかなり高度なものに類されるが、俺が何百年魔法を使ってきたと思ってる。自分でも覚えちゃいないけどさ。


 自慢じゃないが俺たちは、魔法には相当詳しいのだ。



 周囲を見渡し、麻袋を担ぎ直してそろそろと進み始める。


 何しろ、見付かっても無視されることはまずないだろうからね。

 どこに行くんだって話になって連れ戻される。


 俺だって無駄な争いごとは避けたいし、人死にも怪我人も出したくない。

 俺たちが積極的に殺しに行くのは魔王のみで(今は俺が魔王なんだけど、それは置いといて)、魔王討伐の妨げになったときだけ、已む無く他の奴にも手を出してきた。

 今はそういう場面じゃない。


 物陰を選んで進みながら、要所要所で風を強くして篝火を消したり、あるいは自分から離れた所で物音をさせて見張り番を遠ざけたりしながら、俺は順調に庭園を越え、魔王城の城壁まで辿り着いた。


 驚くなかれ、これは一番内側の城壁だ。

 魔王城はなんと三重の城壁に囲まれている。

 鉄壁過ぎる。何をそんな警戒してるんだ、俺たちか。


 大の男を三段重ねにしたよりもなお高く、そして城壁の上を歩哨が歩き回るほどに幅のある城壁。


 城壁の一箇所が刳り貫かれて歩哨の詰め所になっていて、そこに設けられた階段から彼らは城壁に登るのだが、まさか俺がのこのこ同じルートを辿るわけにもいくまい。

 城門は無論閉ざされている刻限だ。


 城壁の影にしゃがみ込んで振り仰ぐに、松明を手にした歩哨たちがゆっくりと城壁の上を巡回していた。

 だが隙が全くないわけじゃない。


 俺からすれば余裕余裕。


 麻袋を抱え直し、俺は束の間目を閉じた。世界の法を書き換えるために。


 まずは目くらまし。

 姿を消す魔法はかなり難しい。便利だけど魔力の消費が激しいし、姿と一緒に消さなきゃ意味ない息遣いの音とか衣擦れの音とか影、そういった全部に気を配るのは集中力が保たない。

 だから短時間だけ、俺の姿を見えにくくする。


 続いて、足場。

 そう何度も重力を書き換えるのは面倒なので、少しの間俺の足は空気でさえも足場として踏めるよう書き換える。

 俺が足を踏み出す場所はすべからく俺の身体を支える物となるように。


 魔力と引き換えに世界の法が書き換わる。

 それを確信してから、俺はすっくと立ち上がった。



 さらば魔王城。

 さらば死地。


 俺は生まれて初めて、この魔王城から脱出してみせる。


 なにせ今まで乗り込んで来ては死んでたから、生きてここを出るのは初めてだ。



 よっ、と声には出さずに勢いをつけて、俺は目の前の空気を踏んで空中へ駆け上がった。

 ちりちりと俺の身体の輪郭が光って、目くらましの魔法が効果を発揮していることを示している。歩哨たちは俺の姿が見えていない。


 さすがに衣擦れの音までは配慮が行き届かず、歩哨の一人が訝しげに俺がいる辺りに目を向けた。

 ひやっとしたが、何も見えないので空耳だと思ってくれたらしい。ありがたや。


 上空を踏んで物理的に城壁を踏み越えた俺は、すぐさま暗がり目掛けて空中を滑り降りる。


 目くらましなんて、長い時間使っているだけ魔力の無駄だ。必要最小限にするべきだ。

 あと二枚の城壁があるんだから。


 城壁の向こう側、一枚目の城壁と二枚目の城壁の間に位置する区画には、兵舎やら貴族たちが自領を離れて魔王城に滞在するときのための別邸やらがある。


 俺が滑り込んだ暗がりは、兵舎の影。

 眠そうに会話する兵士たちの声が、開け放たれた窓越しに聞こえて来る。


 窓から漏れ出す灯火の橙色の明かりを避けるように壁に凭れて座り込み、俺はふう、と一息。

 取り敢えずここまでは万事順調。


 目くらましを解除し、俺は四つん這いで兵舎の端っこまで進んで周囲を窺う。

 よしよし、誰もいないな。


 そっと立ち上がり、麻袋を抱え、足音を忍ばせて進む。



 あれ、案外余裕じゃん。

 慎重に十八年待った俺の警戒心は無駄だった?




 とか思ったのが間違いでした。




 唐突に夜陰を裂いて角笛の音が上がり、俺はびっくうと肩を跳ねさせて立ち止まった。


 まさか、まさか、いやまさか――


 夜空を劈く角笛の音を縫って、上擦った人声が聞こえてきた。


「魔王様が寝所にいらっしゃらぬ!

 出会え! 出会え! お捜し申せ!」


 つうっと俺の頬を冷や汗が伝った。



 普通、誰も俺の寝室を覗いたりしない。

 見張りだってやる気ゼロで扉の前に突っ立ってるだけだ。


 だから、俺の不在を知ることが出来るのは――



 ――うっそだろ!



 まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて思わないじゃん!













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