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74◆ 断章




3/3









 切迫した声が間近に聞こえて、俺は目を開けた。



 ――目が眩む。

 明るい。


 傍に茂みがある。

 がさがさと葉擦れの音がする。



 そして近くに人がいる。



「――っ」


 声を出そうとして、俺は咳き込んだ。

 その音に、傍にいた数人がこちらを見たのが分かった。


「――ルドベキア?」


 聞き慣れた声、耳に馴染んだ声でそう呼ばれて、俺は頷く。

 何度も頷く。


 この、珠が響くような声は()()()()()()だ。


 俺は必死に目を開けようとしながら、震える手を地面に突き、起き上がろうとした。


 ――豊かな、柔らかい下草が掌に触れる。

 さっきまで凍えていたはずなのに、ここは暖かい。


「おい、無茶するな」


 別の声がする。

 これも耳に馴染む声だ。()()()()()()だ。


「ルド、おい、おまえ――何された?」


 切迫した、危機感の籠もった声でそう尋ねられ、しかし俺はそれを無視した。


 咳き込み、息を吐いて、俺は呟いた。


「――()()()()は?」


 声が震えた。


 目がちかちかする。

 辺り一面が眩しく感じる。


「ここだ」


 傍で声がした。

 耳に馴染む――千年の間一緒にいた声。


 無我夢中でそちらを見ると、コリウスが――銀の柳眉を顰めて、濃紫の目で俺を見て、跪いた姿勢で、いた。



 そこにいた。



「どうした、ルドベキア。おまえ――」


「コリウス」


 呼び掛けて、俺は手を伸ばした。


「は?」


 コリウスが訝しげな声を上げるのも構わず、俺はひたすら、がむしゃらに力を籠めて、コリウスを抱き締めていた。



「コリウス、ごめん。本当にごめん。ごめん、ごめんな」



 必死に謝る俺の震え声をどう解釈したのか、コリウスは素早く俺を振り解きつつ、いつもと同じ平静な声で――ただし、厳しい声で、短く答えた。


「大丈夫だ、気にしていない」


「――――」



 涙が溢れたのが分かった。



 ――おい、コリウス、分かってるのか。

 おまえを生涯苦しめ続ける呪いを掛けたのは俺だぞ。

 挙句の果てに、俺はおまえが治めるはずだった国を焼き払ったんだ。


 おまえ、いつか言ったな?

 〈呪い荒原〉の傍で、俺に言ったな?

 俺が魔王じゃないって、()()()()()()()()()()()()()()()()って、言ったよな?


 違うんだよ。


 俺が魔王なんだ。

 他でもない俺が魔王なんだ。


 おまえの国を焼いて、俺は魔王と呼ばれたんだ。


 だからおまえは、おまえだけは、声高に俺を魔王と責め立てる権利があるんだよ――



「ルド、どうした。おまえ、ほんとに」


 カルディオスの声がする。

 俺の記憶にあるより低い気がする。


 視界が定まらない。

 カルディオスの方を見られない。


 ただ、カルディオスの衣服の一部が血に濡れていることは見えた。



 ――同時に、声が。



 梢を揺らす声がする。

 ここはどうやら木立の中であるようだ。


 事態の把握が上手く出来ない。



 ――ただ、この声は。



 歯の根が合わない。

 唇が震える。


 俺のそんな様子に気付いているのかいないのか、ディセントラが俺の傍にぴったりと寄り添いながら、口早に説明してくれる。


「――大丈夫? 何されたの?

 あんた、ヘリアンサスの何かの魔法で気を失って、全然起きなくて」


 声が聞こえる。


 眩暈がする。


「私たちはこっちに逃げて来たんだけど、イーディとアナベルが見当たらないの。

 アナベルは気を失ってたし、挙句の果てにレヴナントまで出て来て」


 ――レヴナント?

 違う。


 この声は、もっと他に呼び方がある。



「……〝えらいひとたち〟だ……」



 俺は呟き、ディセントラが訝しそうな淡紅色の瞳で俺を覗き込む。


「ルドベキア?」


「ヘリアンサスは?」


 俺はもはや、うわ言じみた声でそう言っていた。


 ――いたはずだ。

 近くにいたはずだ。



 いつもいつも、あいつは。



「――分からないの。レヴナントが出て、私たちも何がどうなってるのか分からなくて、あんたを引っ張って来るのに必死だったし――カルディオスは怪我してるし――。

 ただ、まだ私たちを殺しに来てはいないわ。せめてあいつが、イーディとアナベルの方に居なきゃいいけど――」


 俺は立ち上がろうとした。



 ――頭が揺れる。


 ()()()、と、あいつの声がそう言っているのが聞こえてきそうだ。



 ――けど。



「あいつが怖がる……」



 そう呟くのがやっとだった。










 ――再び視界が暗転する。



 まだ終わっていない。



 ――俺はまだ、()()()()()()()を辿り切っていない。






















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― 新着の感想 ―
[良い点] 花の名前のところでついに涙腺が決壊しました。ガチ泣きしました。でもそこが良いです。ルドベキアの呪いの元がトゥイーディアだとは薄々察してはいましたが、そうなってしまってほしくなかったです…。…
[良い点] 花の名前を知りたがっていた事をここで回収して来るとは…。国土ごと焼き尽くした後なので取り返しがつかないってのもしんどいです。 レイモンドを失い、トゥイーディアとの親交を無くし、最近ルドベ…
[良い点] ルドベキアはコリウスに呪いを、トゥイーディアはルドベキアに代償をと言って掛けたけど、かけられた本人達はそれぞれ転生してこの1回目の人生の記憶が失われても自分たちのかけられた呪いをちゃんと呪…
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