68◆――もう思い出すことさえ
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雲上船は飛び続けた。
乗組員の中にはもちろん魔術師もいて、彼らが世双珠に対してあれこれと働き掛けるのも感じたが、俺にとっては無いも同然の抵抗だった。
航路は変えさせない、着陸もさせない。
船の中に食糧がないと言われてしまえば、俺もちょっとは考えただろうが、幸いにもこれは旅客船。
食糧の蓄えはある様子だったし、実際に俺たちには、質素なものではあったが食事が振る舞われた。
乗客は、はじめは怒り狂い、それから戸惑い、最後には不安と恐怖に泣き始める人が続出した。
乗組員側をどれだけ責めても、事態が解決しないと悟ったがゆえだろう。
乗組員はといえば、最初のうちこそ事態を乗客に向けては伏せようとして、やがてそれも限界に達して、二日目に突入した辺りで乗客に対して全てを打ち明けた。
世双珠が一切の干渉を受け付けない、航路の変更も着陸も出来ない、その原因すら分からない――と聞かされて、乗客の間には絶望に満ちた雰囲気が漂った。
「高度が下がることがあれば、皆さまに飛び降りていただくことも一考するのですが」
と、乗組員の中でも豪華な格好をした人が言っていて、「冗談も程々にしろ」と怒声が飛んだ。
「飛び降りろなどと――死ねと言うのか」
「ですから、飛び降りてくださいなんて申し上げていないでしょう。大人しくしてくださらないと、我々があなたを窓から放り投げますよ」
遠慮会釈なくそう言われて、怒声を上げた人も黙り込んだ模様。
俺はその間もずっと、現在地を見失ってはなるまじと地図を眺めて、世双珠から伝わってくる情報と地図を重ね合わせていた。
その様子はいっそ異様に見えたのか、隣の二人連れが、怯えたように声を掛けてくる始末。
「――あの」
顔を上げると、青白い顔の二人がこちらを見ている。
「怖くないんですか」
訊かれて、俺は瞬きした。
世双珠に外から干渉するなんて離れ業、多分誰も信じないだろうけれど、恐慌に我を失った人たちが、一人だけ異様に落ち着き払っている俺を事の元凶と見做して襲ってくるかも知れない。
そういうことを考えれば、俺は恐らく、多少の演技をした方がいいのだが――
「……いや」
演技をすることさえ億劫で、俺はすぐに地図に視線を落とした。
どちらにせよこの人数なら、きっと問答無用で黙らせることが出来るな、と、レイモンドには間違っても聞かせられないようなことを頭の隅っこで考えて、俺は低い声で。
「まあ、大丈夫じゃないですか」
◆◆◆
雲上船は、夜を日に継いで飛び続けた。
乗客も乗組員も、雲上船をあちこち歩き回るようになった。
それは俺も例外ではなかった。
ずっと座り続けているのは無理だ。
櫃の中じゃあるまいし、ずっと同じ姿勢でいなければならない道理もない。
――櫃の中、か。
〝えらいひとたち〟は、俺のこの反逆を知ったらどうするだろう。
俺を殺しに来るだろうか。
あのひとたちが俺を殺そうとするならば、俺に反抗の手段はない。
あのひとたちに知られる前に、あのひとたちが俺に追い着く前に、早く事を済ませないと。
幸いにも、雲上船は俺の想定よりも速く飛ぶことが出来るようだった。
恐らく普段の雲上船の速度というのは、安全を考えて、世双珠に無理をさせない範囲での速度なのだ。
だが、今は俺が直接この船を制御している以上、安全に支障を来すわけもない。
通常よりも速く飛ぶことが出来るのは自明の理だった。
唯一ひやりとしたのは、航行中に目の前に〈洞〉が開いたときだ。
そのときばかりは俺も相当焦って進路を調整したが、幸いにも事なきを得た。
うろうろと雲上船の中を歩き回っている最中、乗組員同士の、なんとかしてこの状況を打開しようと知恵を絞る会話も聞こえてきた。
彼らは乗客の中からも魔術師を募って、あらゆる垣根を越えてこの雲上船を着陸させようとしているらしい。
だけど、無理だ。
こればかりは、俺の相手になる人がいない。
同じ大魔術師であっても、世双珠の扱いに掛けては、俺の右に出る者はいないはずだ。
誰よりも魔法の粋に近い場所で育ち、世双珠の母石の片割れと長い時間を過ごしてきた、俺と比べてしまっては。
今やこの雲上船の世双珠は――もちろん世双珠は一つではなくて、たくさんの世双珠が並行して世界の法を書き換えていたが――、全てが俺に従順に従っていて、俺が眠るときですら、俺の意思を反映して魔法を働かせ続けていた。
雲上船は時折軋みながらも、可能な限りの速力で、俺が一心に念じる場所を目指していた。
客室では、常に祈りの言葉が聞こえていた。
理解不能、解決不能なこの事態にあって、神に縋る人が複数人いたのだ。
「――天上御座します我らが神よ、願わくば御国に行うが如く、我らを悪より救い給え。我らの罪を雪ぎ、過ちを許し給え……」
俺がとうとう覚えられなかった祈りの文句だ。
俺は、食前の祈りこそ覚えたものの、他の祈りはさっぱり覚えられなかった。
レイモンドはそれを嘆き、誰かが祈りを唱えたときには、「斯く在れかし」と唱えて凌ぐように、と俺に言い含めていた。
なので俺は無意識のうちに、祈りを聞くと内心で、「斯く在れかし」と合いの手を入れるようになっていた。
神さま、私たちは悪いことをしてきました。許してください。救ってください。――そんな祈りだ。
斯く在れかし、と、反射じみた合いの手を内心で入れつつも、俺は心底その祈りの文句を馬鹿にしていた。
悪いことをするならば、許されないことを織り込み済みでその行為に踏み切るべきだろう、と。
――雲上船が飛び続け、速度も高度も落とすことなく八日目に突入すると、船内は静まり返ることが多くなった。
俺の隣にいた若い女性はさめざめと泣き、連れの男性に抱き締められていることが多かった。
それを横目に見て俺は、トゥイーディアもこんな風に泣ける程度に弱ければ、俺と一緒に来てくれたのかも知れない、と、半ばは無意識のうちに考えていた。
そう考えて、しかし直後にはっとしたものだ。
トゥイーディア、どんな顔をしていたっけ。
――彼女の顔が思い出せなかった。声が思い出せなかった。
俺の胸中の大半を占めているのは、不条理に対する憎悪ばかりで、トゥイーディアが忌み嫌う、彼女への憐憫は欠片もなかった。
そして同時に、彼女を案ずる心も今はなかった。
その理由が、俺には分からなかった。
そしてその理由を気にするまでもなく、俺は自分の行いを翻すつもりは毛頭なかった。
――俺の、端からは気付かれることすらなかった雲上船の強奪から数えて八日目の宵の口、雲上船は目的地へ辿り着いた。
雲上船の窓からは、夜陰に煌びやかに輝く夜景を望むことが出来た。
このときばかりは、俺も窓に寄って行って、雲上船をどこへ着陸させるべきかと思案したものである。
さすがは帝国の都、広い。
リーティに比べてみればまだ小さいのかも知れないが、丘陵地帯を覆って都市の明かりが煌めいている。
郊外に雲上船を下ろしてしまえば最後、俺は何時間も歩き続けなければならないかも知れない。
現在地を把握していたのは俺だけで、周囲からは、「ここはどこだ」といった声も聞こえていた。
いよいよ俺が目的地を定め、雲上船の高度を下げ始めると、その声はいっそう高まりをみせた。
――何しろ雲上船は、煌びやかに輝く都市の真ん中を目指して高度を下げ始めている。
俺は座席に戻り、片手でぎゅっと肘掛を握り締めた。
肘掛のささくれが指に刺さったが、痛みはなかった。あるいは感じなかっただけかも知れない。
俺は息を吸い込んで、脳裏で数を数え始めた。
――二年前まで、櫃に詰められたとき、俺はよく、正気を失わないために数を数えて凌いでいた。
そのときの俺の数え方は、数が飛んだり戻ったりして、およそまともなものではなかったが、今は違う。
俺はちゃんと、数の数え方を教わったのだ。
トゥイーディアから貰った時計を見ていれば、正確な秒数を計ることが出来ただろうが、怖くて時計を懐から出せなかった。
代わりに、服の上からぎゅっと時計の辺りを押さえた。
雲上船は揺れている。
俺が無理やり高度を下げているから、真下から空気の突き上げを喰らっているのだ。
両の翼に風を受けて、雲上船はぐらぐらと傾ぐ。
あちこちで悲鳴が上がる。
「墜落するぞ!」という声も聞こえる。
俺同様、座席に座って肘掛を掴んでいる人もいれば、前の座席の背凭れにしがみ付いている人もいる。
あるいはお互いに抱き締め合っている人もいた。
床が細かく震動している。
いや、床だけでなく、雲上船全体が。
天井の明かりを供給している世双珠が異常を来したのが分かった。
天井の明かりが明滅する。
俺なら、その異常もさっさと直すことが出来そうだったけれど、特に意味もないことなのでやめておいた。
だが、明かりが点いたり消えたりする度に、あちこちから湧き上がるように悲鳴が上がっていた。
もう嫌だ、と、誰かが絞り出すように叫ぶ。
――俺はぐっと歯を食いしばる。
――もう嫌だ? そんなの、トゥイーディアの方がよほど言いたかったに決まってる。
それでも彼女はそれを言わない。弱音を吐かない。
顔を上げて、絶対に折れないと世界に宣言するかのように、ひたすらに全てを耐えて前を見据えている。
耳の奥に膜が張ったような違和感があった。
だがそれも長くは続かなかった。
俺が座席に座り、二百八十二まで数えたとき、最初の衝撃があった。
――雲上船の真下で、建物が倒壊する轟音が響く。
耳が壊れるような轟音が、四方八方から押し寄せる。
身体が跳ね上がる衝撃。
俺はもんどりうって座席から転落し、そして周囲のほぼ全員が同じ目に遭っていた。
硬い床に叩き付けられ、誰かが喚く。
このとき気絶した人もいるはずだ。
がたがたと揺れる雲上船。
ばきっ、と音がして、雲上船の翼が折れた。
弾け飛んだ雲上船の翼が、恐らくはまたどこかの建物にぶつかってそれを倒壊させたはずだ――いっそうの轟音と倒壊音が上がる。
悲鳴。喚き声。泣き叫ぶ声。
身体を突き上げる衝撃が続く。
俺は歯を食いしばる。
この衝撃の中にあって、下手に口を開ければ舌を噛みそうだった。
出鱈目な振動に、床にしがみ付くことすら覚束ない。
座席に叩き付けられ、かと思うと再び床に放り出され、他の人とぶつかり、容赦なく目が回る。
どこかにぶつけた背中や肩、脚に鈍痛があった。
雲上船の下で建造物が潰れていくのが分かる。
甲高い音がして、どこかで窓が割れた。
衝撃に揺らぐ視界をそちらに向ければ、砕けた建造物の欠片が窓を直撃したのだと分かる。
飛び込んでくる石榑に、劈くような悲鳴が上がる。
窓から離れろ、と、誰かが怒鳴る声が聞こえる。
だが大丈夫。
雲上船が砕けるようなことにはさせない。
正規の順序を踏まず、落下に等しい勢いで着陸する雲上船――巨大な建造物を踏み躙るように潰すその巨体。
通常ならば木端微塵に砕け散るだろう雲上船を、俺がきっちり守っている。
――いや、それだけではなかった。
誰かが雲上船を掴んだ。
そう思えるほど鮮烈な魔法の気配がした。
いちど、傍で感じたことのある気配だ。
忘れようもないあのとき。
あのときにこちらを見ていた――軽く頭を下げて空中を歩き去った――あの。
――俺は目を見開いた。
度重なる衝撃に薄らごうとしていた意識が、急速に醒めた。
ぐん、と、胃の腑が腹の中で回転した。
俺は吐き気に口許を押さえたが、実際に嘔吐した人もいたらしい――酸っぱい、嫌な臭いが漂ってきた。
落ちるばかりだった雲上船が、誰かに持ち上げられている。
建造物を押し潰すのを留められ、空中に吊り上げられようとしている。
その衝撃が、雲上船内の全員に跳ね返っていた。
――目が回るのを堪え、俺は床を押すようにして立ち上がろうとした。
この状況で立ち上がるなど、自殺行為以外の何物でもない。
誰かが俺を止めようとしたが、無用だ。
俺は目の前の座席の背に縋るようにして、ぜぇぜぇと息を吐きながら立ち上がった。
雲上船を吊り上げた魔法に揺るぎはない。
ぴたりと雲上船を止めて、ずっと俺の制御下にあった世双珠が生み出す魔法ですら、外部からのその魔法に相殺されてしまっている。
――間違いない。
目が回り、ふらつく足許を踏みしめて、俺は通路を歩き出した。
通路に伏せて倒れている人を、途中で数人は踏み付けたかも知れない。
ようやく動きの止まった雲上船の中で、乗員乗客たちが恐る恐る顔を上げつつある。
中には、硬い座席に頭でもぶつけたのか、額や蟀谷から血を流している人もいた。
「――どういう……」
声がする。
周囲はいつの間にか、嘘のように静まり返っていた。
幾枚かが割れ砕けた丸窓越しに、眩しい明かりが差し込んできている。
俺は真っ直ぐに窓際の一画を目指して歩を進める。
砕けた窓から飛び込んできた石榑が、座席まで大破させて床にめり込んでいるのが見えた。
「どいて」
辛うじて残った理性で囁いて、俺は窓際にへなへなとへたり込む数人を促した。
だが、彼らは何が起こったのか分かっていないのか、茫然と俺を見上げるばかりで応答がない。
頭の上に、大破した座席の欠片を乗っけている人もいた。
動かない彼らに苛立って、俺はそのまま片手を振った。
――ぼごん、と、くぐもった爆音。
粉塵が立ち込め悲鳴が上がる。
窓際の壁に大穴が開いて、その傍にいた数人が、ようやっと悲鳴を上げながら逃げ出した。
俺の足許にぶつかるようにして逃げ出し、恐慌に泣き叫ぶ人もいる。
座席の背を乗り越えようとして、床に転落して呻く人もいる。
這うようにして窓から離れる彼らを一顧だにせず、俺は二度三度、同じ魔法を使って雲上船の壁に開けた穴を拡大した。
非難の声すら上がらない。
船内の全員が、悲鳴を上げるばかりで俺の後ろ姿を凝視している。
開いた穴から、冷えた夜気が雲上船内に忍び込んできた。
ひゅう、と風が唸る。
だがその空気も、レンリティスの空気に比べれば温かい。
何しろここは南の海辺。
――カロック帝国、その帝都キルフィレーヴ。
そのまさに中央――皇帝の座す皇宮の真上。
穴の縁に手を掛けて見下ろせば、この雲上船は誰かの見えざる手で吊り上げられたかの如く、空中に持ち上げられている状態だった。
高さとして、九十フィートくらいの高所か。
眼下には、この冬であっても緑豊かな宮殿が見える。
トゥイーディアが言っていた通り、この国の建造物は凝った構造をしている。
屋上に庭園を備え、広々とした中庭を中心に広がる箱型の宮殿。
屋上庭園の中には、東屋めいた屋根を備えた鐘が見えた。
白亜の宮殿の夥しい数の窓から明かりが漏れ出し、星空すらも光を失うほど、明るく照らし出された巨大な皇宮――。
その一部が倒壊している。
たった今、この雲上船が穿った破壊の痕だ。
濛々と粉塵が立ち込め、眼下の遠くから悲鳴が聞こえてきていた。
冷たい夜気が吹き上げてくる。
俺は目を細め、視線を走らせる。
――どこだ。姿が見えない。
魔力の気配はする。
この雲上船を空中に押し留めている魔法は、はっきりと見える。
あの魔法、トゥイーディアの領地をものの数時間で葬った、あの剄烈極まりない魔法と、全く同じ気配だ。
だが、あの銀色の髪の皇太子の姿が見えない。
まさかこちらを見ずに、勘と技術だけでこの雲上船を止めたのか?
そんなことが出来るのか?
この質量と勢いで突っ込んで来た巨大な凶器を、留めるのみならず宙吊りにする、そんな芸当を、対象物を見ることもなく?
いや、どうでもいい。
事実が全てだ。
あいつの姿がこちらから見えないということは、あいつもこちらを見ていない。
可能なのだ。
あの皇太子にとっては、この巨大な雲上船すらも、一瞥だにせずに動かすことが可能なのだ。
――居場所は分かる。
煌々と輝いている。
万人に見える光とは違う、俺だけに見える特別な輝き。魔力の光。
俺は息を吸い込み、歯を食いしばると、雲上船に穿った穴から足を踏み出した。
背後でまたも悲鳴が上がったが、それに気を留めることすら億劫だった。
風が巻き上がる。
夜陰に浮かび上がる眩しい宮殿には現実味がない。
落下は一瞬。
すぐに俺は、自分の足許の空気を硬化させて、疑似的な階段を作り出し、そこを駆け下り始めた。
目指すのは、眩く照り映える宮殿――その一画。
――〝えらいひとたち〟が俺の反逆に気付き、俺を追い掛けて来る前に、全部の片を付けないといけない。
あのひとたちが来てしまえば、俺には何も出来なくなるから。
知恵も何もなくていい。
目的を達することが出来ればそれでいい。
――リーティでトゥイーディアに会ったときから、変わらずに俺を駆り立てているのは憎悪だった。
トゥイーディアを襲った理不尽に対する憎悪。
トゥイーディアが立ち向かわなければならない全ての困難に対する憎悪。
何も出来ない自分に対する憎悪。
そして――
――全ての原因を作った、あの銀髪の皇太子に対する憎悪。
そのためにここに来た。
チャールズに、またあとでと言った――その言葉を裏切ってここへ来た。
――不可視の階段を駆け下りながら手を振る。
ぱりんっ! と高い音が連続で上がって、俺の行く手の窓が立て続けに割れ砕け、灯火の明かりに煌めく硝子片が散る。
俺は滑り込むようにして空中からその窓を潜って宮殿の中に転がり込み、硝子の破片で手の甲や頬を切りながらも、それに気付くこともなく、硝子片を踏みしめて、広々とした廊下に立ち上がった。
深紅の絨毯が敷き詰められた、広い廊下。
随所に大輪の花が飾られている。
等間隔にぶら下げられた、水晶のシャンデリア。
廊下をそぞろ歩いていた人たちが悲鳴を上げる。
誰何の声が投げ付けられる。
――全てどうでもいい。
靴の下で、ぱりぱりと小さな音がした。
俺が体重を掛けた結果、靴裏で硝子片を砕いたことによる音だ。
シャンデリアの明かりが眩しくて、俺は目を細めていた。
そして、それよりもなお明るい光の方向を見定めて、息を吸い込んで走り出した。
――いる。分かる。
俺の目には見える。
あの皇太子に注がれる魔力の光。
行き当たる人を突き飛ばしながら走る。
もう周りのことなど見えていなかった。
そしてこのときの俺は、トゥイーディアの顔を思い出すことすら出来なくなっていた。
見えていたのは、皇太子に注がれる魔力の光だけ。
感じていたのは憎悪だけ。
繰り返し内心で唱えていたのは、ここまで自分を駆り立てた決意だけ。
――殺してやる。
あちこちで上がる悲鳴にも、自分がここへ突き落とした雲上船の末路にも、俺はもはや注意を払っていなかった。
――あの皇太子を殺してやる。
23時、24時にも投稿します。




