62◆――糸口
俺が、ヘリアンサスが海の底を彷徨っている可能性を指摘したがために、まず雲上船は諸島の周辺の海の上を、ぐるっと回って飛ぶことになった。
俺は船底近くの大きな硝子張りの窓に張り付いて、感覚も目も研ぎ澄ませて海を観察したが、緑がかった青い色に揺れる海、白い波頭の中に、ヘリアンサスの気配を見付けることは出来なかった。
あいつはあいつで世双珠だから、俺がその気になれば気配として感じ取られるはずなんだけど。
島を出て丸一日、俺たちが乗った雲上船はぐるぐると海の上を回った。
やがて夜がきて海が真っ黒に沈み、時折通る船の明かりに白く煌めくばかりになって、また俺たちがまんじりともせずに海を見守っているうちに朝になった。
昇る朝陽が海を見事に透き通った青緑に変えて、その日差しが真昼のものに変わる頃になって、ようやく俺も、ヘリアンサスは海にはいないのだと納得した。
そのあと俺は、深紅に飾り立てられた食堂に連れて行かれて、壁に掛けられた地図の前で針路について議論することとなった。
地図の読み方を教えてくれたのはレイモンドだったし、俺が上手く言葉に出来ない意見のために言い淀むとき、その意図をいちばん良く汲んでくれるのもレイモンドだった。
レイモンドがいないので、俺は不安になってなかなか自分の意見を言えなかった。
チャールズは辛抱強く俺の意見を待ち、「上の方々が痺れを切らしている」という周りの意見を、宥め賺して抑え込んでくれていた。
俺は言葉を作るのに苦労しつつ、大陸を見て回るとすれば東の方からにしたい、と、ようやく言った。
「何かある? 根拠とか」
チャールズがそう尋ねてきて、俺は首を振ったものの、すぐにそっと言った。
「――あいつが地下神殿を出たのが、内殻が消えたのと同じ時間なら真夜中だから……」
地図上の東を指差しつつ、俺は躊躇いがちに。
「……あいつも明るい方を目指したんじゃないかと思って――」
何しろ、あいつはきらきら光る俺の「手品」が好きだから。
チャールズは何も言わなかったが、すぐに俺の傍を離れた。
俺がそわそわとその場で踵を上げたり下げたりし始めたので、パトリシアがそうっと、「操舵室に針路を伝えに行っているんですよ」と教えてくれた。
俺は頷いた。
雲上船には、使節団が相変わらず乗っている。
若手がいて、上の人たちがいて、何も変わらない――ただひとつレイモンドの不在を除いては。
そのひとつの変化が余りにも大き過ぎて、俺は四六時中きょろきょろと周囲を見渡して、レイモンドがどこからかひょっこり現れないかと見張ってしまっていた。
そして、俺のそんな挙動を見る度に、周りの若手のみんながびくびくするのを、奇妙に思って眺めていた。
このときも、俺は意味もなく周囲を見渡して、ぼそっと呟いた。
「……なあ、レイはどこに行ったの」
パトリシアが息を吸い込み、周囲のみんなとちょっとだけ目を合わせてから、小さな声で答えた。
「――さあ。分からないんですよ。出て行ってしまったから」
「そんなのおかしいんだけどな……」
俺は呟いたが、今度は誰もそれに答えなかった。
ややあって、雲上船はぐうっと傾き、東に針路を取った。
チャールズが戻って来て、「とにかくメシにしようぜ」とみんなを促す。
みんなが思い思いの席に座る一方、俺は地図の前にぼうっと突っ立っていた。
――ヘリアンサス、どこにいるんだ?
何度か、適当な世双珠に向かって声を掛けてみて、「捜してるよ」だの、「どこにいるか教えてくれ」だのと言ってみてはいたが、結果はお察し。何の変化も音沙汰もない。
ムンドゥス曰く、ヘリアンサスは怖がっている――怒っている――悲しんでいる。
あいつにそういう細かい情動があったことが驚きだが、もしムンドゥスが言ったことが本当なら、俺たちがあいつを捜し回っているということは、あいつにとってもいい話であるはずなのに。
やっぱり世双珠ひとつ如き、あいつにとっては認識することも難しいくらいに些細な目のひとつでしかないんだろうか。
俺がまじまじと地図を眺めているうちに、食事の支度が出来たらしい。
チャールズがわざわざ俺の傍まで来て、俺の肩を叩いて、「メシだよ」と声を掛けてくれた。
――以前までなら、レイモンドがしてくれていたことだ。
俺は振り返りながらも、不安のあまりに腹が立ってきた。
――レイモンドといい、ヘリアンサスといい、まったくどこにいるんだ。
◆◆◆
雲上船は、まず東の大陸の南海岸の国を訪れた。
カロックの西の隣国に当たる、ヴァフェルというそこそこ栄えた国だった。
この国が栄えた要因はひとつ、隣国のカロックに阿ることで、雲上船の製造所をヴァフェル国内にも作ってもらうことに成功したわけだ。
そのお陰で国民の働く場所が増えて賃金が行き渡るようになり、経済が回ったというわけ。
更にはカロックから、地代という継続的な恩寵が垂れ流される。
ヴァフェルの国王は、カロックをそれこそ創造主のように崇め奉っているとかなんとか。
俺たちはヴァフェルに招かれたわけではないから、雲上船はこそこそと発着所に着陸した。
俺が現在地を分かっていない顔をしているのに気付いて、チャールズが注釈を入れるように説明してくれる。
「ここは、ヴァフェルって国の南の端っこの、いちばん大きい港町だ。大きい町じゃないと、雲上船の発着所なんてねえしな。
とにかく一回船を降りて、人海戦術で探すっきゃねえ。ルドベキア、近付けば守人のことは分かるんだろ?」
半信半疑ではあったが、俺は頷いた。
陸地には世双珠が多過ぎて、上空から見下ろすだけではヘリアンサスがいるかいないかなんて分からない。
だが、実際にあいつの近くに行けば分かるかも知れなかった。
チャールズは「よし」と頷いて、首を傾げて俺を見た。
「――で、ルドベキア。守人ってどんな風に見えんの?」
「え?」
目を瞬いた俺に、チャールズは溜息。
「とにかく、似たような背格好の奴を見なかったかどうか、この辺の人に訊いて回るのが早い。守人って、ぱっと見は人間と似てるんだろ。どんな風に見えるのか教えてくれ。俺たちは守人を見たことがない」
そうか、と合点して、俺は呟いた。
「白い髪……歳は大体……十六とか十七とか、そのへんに見えると思う。
男――男の子に見える。背丈は……」
ちょっと迷って、俺は自分の目の高さ辺りに手を上げて、高さを示した。
「たぶん、これくらい……最後に会ったときは、俺と大体同じくらいだったけど、俺の方が伸びちゃったから」
チャールズもみんなも頷いた。
俺は続ける。
「目は金色で……――というか、たぶん」
みんなを見渡して、俺は確信を籠めて言った。
「挙動不審だったはずだから、変な奴を見なかったかどうか訊けばいいと思う。
あいつ、ほんとに何も知らないんだ。普通に振る舞えたはずないよ」
俺たちは雲上船を降りて、賑やかな港町に踏み出して行った。
人海戦術で町を当たるのは、当然のように若手に投げられた。
海辺には大きな船が停泊しており、港の方は特に賑やかだった。
雲上船の発着所は、港の傍の――これも海辺に作られており、平坦に均された岩場を利用した簡単なものだった。
停泊している雲上船は僅か三隻。
振り仰ぐと、海辺から少し離れた丘の上に、灰色の巨大な建造物が鎮座していた。
その建造物には幾つもの煙突が生えており、煙突からはもくもくと灰色の煙がひっきりなしに吐き出され、雲を生もうとするかのように低空を漂っている。
その丘の中腹から港に至るまでを、色とりどりの釉で彩られた屋根を持つ家々が、びっしりと覆うように埋め尽くしていた。
俺があからさまに驚愕の表情を見せたからか、チャールズが小さく笑った。
なんとなく、いつもと違う笑い方だった。
寂しそうというか――切なそうというか。
「そっか、ルドベキア、雲上船の製造所を見るのは初めてか。リーティには無いしな。――あっちに近付き過ぎるなよ。なんかね、技術の秘密を守るためとかで、おっかない顔の傭兵がいっぱい雇われてっから。あと単純に、なんか製造所の方って臭いしね」
そう言われて、俺は頷いた。
元より、雲上船の製造現場なんかに用はない。
製造所の方にヘリアンサスがいるというなら別だが、あいつだっておっかない顔した傭兵にふらふら近付いて行ったりはしないだろう。
――いや、分からないけど。
そもそもあいつは、他人の顔をどういう風に認識しているんだ?
だが、それはそれとして弊害もあった。
製造所の方に大量に世双珠が備蓄されているからだろうが、町中どこにいても、噎せ返るほどに濃厚に世双珠の気配がする。
灯りひとつにさえ世双珠が使われていたリーティ以上に濃い気配だ。
これではヘリアンサスがいたところで、俺がそれを感知できるかは相当怪しい。
已む無く俺たちは分散して、町中を練り歩くこととなった。
ブライアンが港町の入口で地図を買って来て、それをばさっと広げたのを全員で覗き込む。
「今は何時?」
ブライアンが全体に尋ねて、俺が懐中時計で時刻を確認した。
「三時ちょっと前」
「ありがと大使さま、いい時計だね。
――じゃ、ちょっと暗くなるけど、夜の八時くらいにまたここに集合しよっか。メシ食うなとは言わないけど、捜索優先、分かってるな?」
頷くみんな。
「女性を一人にするのはなし。ナンパにでも遭ったら面倒だ。そんなことにかかずらってる暇はない」
「了解。パトリシア、俺と一緒に北東の街区。レティシアはアーノルドと東の街区。他も、みんな適宜男を連れてって」
「ルドベキアは俺が連れてくから。西の街区を当たる」
チャールズがそう言って、他のみんながそれぞれ分担を決めているのを後目に、さっさと俺を連れて歩き出した。
乗合馬車を使って西の街区に辿り着いた俺たちは、チャールズがてきぱきと、「最初に教会」と言ったために、エイオス教の教会を目指して歩くことになった。
人通りが多くて、俺は思わず、擦れ違う人の中にレイモンドがいないかどうかを捜してしまう。
石造りの瀟洒な教会に辿り着いた俺とチャールズは、チャールズの先導で大きな両開きの扉をくぐり、その先にある長椅子が並べられた広間を抜けた。
広間の向こうにある祭壇には花が飾られていて、ちょうど修道服を着た女性が、丁寧にその花を整えているところだった。
俺は初めて入る場所に若干きょとんとしていたが、チャールズに躊躇はなかった。
色付きの硝子窓を通った日光が燦々と差し込む中、チャールズは足早に修道服を着た彼女に歩み寄り、「少しよろしいですか」と。
「はい?」
と、女性はチャールズを振り返った。
ゆったりとした話し方をする人で、修道服の頭巾の下に見える顔はやや痩せていたが健康そうで、浅黒い肌が綺麗だった。歳はたぶん、三十半ば。
「創造主さまのお慈悲も篤い場所と心得てご相談が。
――伺いたいことがあるのですが、お時間を下さいますか?」
チャールズが淀みなくそう言って、修道服の女性はにっこりと微笑んだ。
すぐに丁寧にこちらに頭を下げてくれる。
「無論、無論。――教導主エイオスは隣人への無償の愛を説きました。
奥の告解室ならばすぐにご案内が出来ますが」
「ここで結構です。――教会に保護された子供がいないか確認させていただきたいのですが……」
チャールズは素早く言って、俺が伝えたヘリアンサスの特徴を、そのまま修道服の彼女に伝えた。
そして最後に、彼は自分が仕える家の子息で、病気持ちゆえに外に出られず、大変な世間知らずなのだが、不幸な事件があって行方不明になっているのだ、と付け加えた。
修道服の女性は痛ましげな顔をして、細い顎に骨張った指を宛がった。
「……白髪の少年……。いえ、存じ上げません。しばしお待ちを」
そう言って、彼女は俺たちに断った上で踵を返し、広間の奥に続く扉をくぐって消えていった。
チャールズは大きく溜息を吐いて、最前列の長椅子に腰掛ける。
彼が俺を手招いたので、俺もその隣に腰掛けた。
広間は非常に静かだった。
数人がちらほらと長椅子に腰掛けていたが、みんな本を読んでいたり、あるいは両手を組んで何かを祈っていたりして、咳一つ上がらない。
そんな環境を慮ってか、チャールズは極限までひそめた小さな声で、俺に耳打ちしてくれた。
「――教会ってな、どの町にも一つはあるんだよ。こんだけでかい町なら、東西南北の街区と中央に一つずつ――つまり五つはある。
で、教会って基本的に人助けをしてくれるとこだからさ、迷子だったり宿なしだったりは、ここを頼りがちなわけ。――他の連中もたぶん、同じこと考えて最初に教会から当たるはずだ」
ここに保護されてりゃ話は早いんだけど、と呟いて、チャールズははあっと大きく息を吐き、目を擦った。
「――そんなこと、古老衆さま方だってご存知だからなあ……。
先発の捜索隊が、多分もう当たってるんだろな」
でも、それから状況が動いてるかも知れねえし――と独り言のように呟いて、チャールズは両手で顔を拭った。
俺はそわそわと、長年掛けて磨き抜かれたかのような質感を持つ木の長椅子の上で、高い天井を見上げたり、色付き硝子の窓を見上げたりしていた。
窓は様々な色の硝子を嵌め込まれて、どうやら原野の風景を再現しようとしているようだった。
天井からは重々しい無骨な感じのシャンデリアが下がっており、天井一面に星空が描かれているが、築年数を示すように、それらの天井画も剥げつつあった。
時間が停まったかのような空間で過ごすことしばし。
後ろの方で誰かが立ち上がり、ぼそぼそと祈りの文句を唱えてから教会を出て行った――「主は私の喜びであり、常に私の右にいらっしゃり、天上遍く恵みを地にも齎されん」。
そのときちょうど、さっきの修道服の女性が戻ってきた。
手には大きな黒い革表紙の本を持って広げており、その分厚い頁を捲りながらのことだった。
チャールズが立ち上がり、俺も立ち上がった。
女性は俺たちの目の前まで戻って来ると、「こちらは、当教会でお預かりした羊の子たちの記録なのですが」と。
――え? ひつじ――羊? ヘリアンサスは一応、人の見た目をしてるんだけど……。
俺が相当訝しそうな顔をしたのが分かったのか、修道服の女性はちらっと顔を上げ、微笑んだ。
そのときに気付いたが、彼女はさっきまでしていなかった片眼鏡を掛けていた。
「人は皆迷える羊です」
「――はあ……」
思わず頷く俺。
つまり、羊の子っていうのは迷子のことなのか。
女性はチャールズの方を見て、痛ましそうに眉を寄せた。
「……申し訳ありませんが、こちらに、あなたの仰るような子供の記録はございませんわ」
チャールズは眉ひとつ動かさず、更問した。
「――同じ年ごろの子供の記録は」
女性の顔に、少しばかりの警戒心が滲んだ。
「お答え出来ませんわ」
チャールズは肩を竦めた。
「失礼。白い髪は染まりやすい。
――例えば金の目の子供の記録はありますか?」
女性は、ぱたんと本を閉じた。
「ございません」
「然様ですか」
チャールズはそう返して、すっと頭を下げた。
俺も慌ててそれに倣ったが、仕草だけは一級品だった自覚があった。
何しろ大国の王宮で鍛えられたのだ。
「では、これにておいとまを。お時間をいただき感謝します」
チャールズがそう言って、修道服の彼女はにっこりと笑った。
「いつなりと。――創造主さまの御加護のあらんことを」
「恐縮です」
そうとだけ言って、チャールズは俺を促して踵を返した。
教会の外に出て、ばたんと俺たちの背後で扉が閉まってから、チャールズは大きく嘆息した。
「――ああ、くそ、やっぱりか。ルドベキア、こっからは足で探すぞ。もしかしたら、ちらっと見掛けたって人がいるかも知れねえ。――教会を当たるのとは違って、古老衆さま方が、その辺の人たちを頼る考えに行き着くとは思えねえし」
俺は頷いたが、ちょっと気になったので口を開いた。
「……なんであの人、途中まで親切だったのに、途中で答えられないって言ったの?」
「ああ、あれね、あれは俺の訊き方が悪かったんだけど」
がしがしと茅色の髪を掻いて、チャールズは苦笑した。
「例えばね、俺が悪人だったとするじゃん」
「チャールズは悪い人じゃないよ」
「ありがと。ま、例え話だって。
――で、あの教会にどのくらいの年齢の子がいるか、ああやって聞き出したとするだろ? そしたらさ、俺がもしかしたら夜中にこの教会を襲って、その子供を誘拐しちゃうかも知れないわけ。
それを警戒したんだよ、あの人」
俺は瞬きした。
「……誘拐……なんで?」
チャールズはびっくりしたように俺を見て、それから苦笑した。
そして、どことなく寂しそうに呟いた。
「――あー、そっか。レイモンドはきみのこと、純粋培養で育てようとしてたからなあ……」
ちょっと迷うように視線を上に向けてから、チャールズは肩を竦めてもういちど俺を見た。
「あのね、ルドベキア。この世の中って結構酷く出来ててさ」
少しの間を置いてから、チャールズは呟いた。
「人間だって商品にされたりするんだよ。子供もね。――ルドベキアはそういうの、絶対許すなよ」
息を吐いて、チャールズは言った。
「そういう人たちのことを、奴隷っていうんだけどね――給料なしで働かせられる人たちなんだけど。奴隷がいたから文化文明が発展したんだって言う人もいるけどね、駄目だよ」
首の後ろを掻いて、チャールズはごく静かに。
「――ルドベキアもそうだけど、人間の尊厳ってね、金で遣り取りしていいもんじゃないんだよね」
あんまりピンとこなかった俺は曖昧に頷いた。
チャールズはそんな俺を困ったように見て、それから指を立てた。
「じゃあ、例えば、女伯が金で売りに出されたとしたらどう思う?」
「は?」
俺は思いっ切り眉を寄せた。
女伯――トゥイーディアのことだ。
――トゥイーディアに値がつけられるわけがない。彼女はそういうものじゃない。
俺の不快そうな表情に、「それそれ」と言って、チャールズは神妙に言った。
「みんなそれぞれ、自分のことをそういう風に思ってくれる人がいるかも知れないわけだろ? だから、人を売り買いするのは駄目だって話。
よしんば天涯孤独で、誰も想ってくれないような人でもさ、自分のことは自分が大事にしないと駄目だよ。
だから誰だって、値段なんか付けられていいわけねえんだって」
それから一拍の間を置いて、チャールズは手を叩いた。
「まあいいや。これはいったん置いといて。
――適当な人に訊いていこうぜ。ルドベキア、きみ、もう普通に他人とも喋れるだろ? 頼りにしてるぞ」
チャールズに頼られるまでもなく、ヘリアンサスが怖がっているとのことがある以上、俺も捜索には必死である。
俺はあちこちで聞き回り、ヘリアンサスの特徴を話したが、芳しい結果は得られなかった。
一度だけ、「見たことがある気がする、詳しく話すからこっちにおいで」とおじさんに言われ、のこのこ付いて行こうとした俺を、血相を変えたチャールズが止めて口汚くおじさんを罵るという一幕があった。
俺は、チャールズのあんまりな怒り狂いように竦み上がってしまった。
周囲の目が一気に集まって、おじさんはすごすごと路地裏に消えていった。
自分がどういう危険に晒されようとしていたのか、毛ほども理解していなかった俺は茫然としていたが、チャールズは俺をがくがくと揺すって絶叫。
「ばかっ! さっき話したばっかだろ! あれ!! ああいうの!
曖昧なこととか都合のいいこと言ってどっか連れて行こうとするのは、十中八九が人攫いか物盗りだから!!
ルドベキア、きみ、危うく売り飛ばされるとこだったんだぞっ!」
俺は茫然。
「いや……ヘリアンサスのこと見たことあるかもって言われて……」
「だったら普通にここで話せるだろ!! 物陰に連れてく意味がどこにあるんだよっ!」
チャールズの魂の籠もった叫びを受けて、俺もようやく納得。
チャールズは、「まったく……」と、ぶつくさ言いながら俺から手を離した。
「あのさ、守銭奴みたいな奴がさ、話すから金寄越せって言ってくることはあると思うんだよね。この際それも已む無しだから、そういうこと言われたら俺が交渉するから呼んで。
あと、さっきみたいにどっかに連れて行かれそうになったら、最初にまずはでかい声でも出してくれよ」
俺はこくこくと頷いた。
チャールズは苛立ちを籠めた溜息を零す。
「あーもう、急いでんだから厄介事を呼び込んだりしないでくれよ……」
俺は俯いて、自分の額に右手指を当て、それをチャールズの足許に向かって動かした。
「ごめん……」
チャールズはおざなりに手を振った。
「いいよいいよ。ほら、時間ないんだ。しゃきっとして、続き続き」
結局、夜の八時に再び港の傍で集合したとき、俺たちの中で実りある情報を掴んできた人はいなかった。
みんなが夜ごはんを後回しにしたことは明らかで、ブライアンはそれを見込んでいたのか、でかい紙袋に大量に詰めたパンを買っていて、報告を聞きつつそれを全員に配ってくれた。
パンは胡桃が練り込まれて焼かれているもので、俺はちょっと切なくなった。
胡桃の名前を教えてくれたのもレイモンドだった。
兄貴はどこにいるんだ、なんで俺を置いて行ったんだ。
「――つまり、ここで守人を見掛けた人はいないわけね。
次を当たらなきゃならん……どこがいいかな――」
「……世双珠の少ないところがいい」
俺がぼそっと呟いて、みんなが俺の方を見た。
俺は首を竦めつつ。
「――世双珠がいっぱいあると、ヘリアンサスがいても分からないかも知れない……」
「なるほど」
中身を配り終えたパンの袋をがさがさと丸めながら、ブライアンがそう言って、頷いた。
「小さい町から潰していくのも合理的だ。雲上船を使えなくなるのが痛いといえば痛いけど――」
それからしばらく、若手の間で議論が持たれた。
結果、次のように話が纏まった。
まずは若手の半分は雲上船に戻り、大陸を北上して次に行き当たる大都市で雲上船を待機させる。
その間に、俺を含む若手のもう半分が、乗合馬車とかを駆使して陸路で北上、小さい町を当たる。
俺たちが合流するまでの間に、雲上船に乗っている方のみんなも大都市を隈なく捜索する。
合流したあと、また同じように北上していく――と。
「効率は悪いけど、もうこれしかないだろ」
と、ブライアンは言って、俺と目を合わせた。
「――取り敢えず、大使さまの目を頼ろうぜ」
◆◆◆
斯くして、俺は生まれて初めて、陸路の遠大な距離を移動することになった。
――ちなみに、今になって思えば、この時代に汽車がないのは非常に奇妙なことに思われる。
空を船が飛んでいる時代なのである。
陸路ももっと発達していていいはずだったが、これに関してはもう、銀髪紫眼のあいつの興味が、陸よりも空に向かっていたからだとしか言いようがなかった。
小さな雲上船――地面から数ヤード程度しか浮かばないもの――も、あるにはあったが、これは馬車の高級な代替品であって、大貴族や王族しか使えない類のものだった。
もしも銀髪のあいつの興味が陸路に向かっていたら、恐らくは馬車という移動手段は絶滅していただろうし、街道の整備ももっと進んでいたはずだ。
俺たちは港町から出る乗合馬車を待ち、夜中になって、蹄の音を響かせながら駅に到着した乗合馬車に乗り込んだ。
リーティを走っていたものに比べれば小さな馬車で、俺たちは座席にぎゅうぎゅうになって座らなければならなかった。
馬車の中には、長旅に疲れた顔をして、口を開けて鼾を掻いている人たちもいて、俺はなんだか落ち着かなかった。
窓は板木で閉じられていて、馬車の天井から吊るされたカンテラが揺れている他には光源もなかった。
薄暗い中でぎゅうぎゅう詰めでいると、櫃の中が思い出されて、心臓がどきどきと暴れ出し始めた。
チャールズが途中でそれに気付いたようで、「大丈夫」というように俺の背中を叩いてくれたあと、ごく小さな声で囁いてきた。
「――ルドベキア、時計は出すなよ」
俺は瞬きした。
「……なんで?」
「なんでって」
小さく笑って、チャールズは答えた。やっぱり小さな声だった。
「見るからに高級品だからだよ。掏られたりしたら嫌だろ? 隠しときな」
俺は頷いて、ぎゅっと自分の胸元を押さえた。
チャールズが、「寝ときな」と言ってくれたので俺は目を閉じたが、この状況で目を閉じても、嫌なことばっかりが思い出された。
――櫃の中の暗闇。病的なまでに冷たい水。硬い櫃の壁。
古老長さまの黄色い目。怒号。
懲罰部屋のぬかるんだ泥。
ムンドゥスの罅割れた顔――顔とも呼べない残骸。
耳障りなあの声。かわいそうなかわいいおとうと――
最悪な寝心地ではあっても、昨日も雲上船の船底に張り付いて海を見ていて碌に寝ていなかった。
身体は素直に睡眠を求めていたのか、俺はそのまま眠り込んだようだった。
がたがた、と響いた音にはっとして目を開けると、知らない人が馬車の板木の窓を開けたところだった。
時刻はまだ夜が明けたばかりといったところ。
窓が開けられると、外気が雪崩れ込むようにして馬車の中に降り注いでくる。
冷えた空気に、まだ眠り込んでいた数人が無意識の様子で身体を縮めた。
さらさらと小さな音がして、窓を開けた人が小さく、「雨か」と呟いた。
霧雨が、風の中を泳ぐようにして降っていた。
――ヘリアンサスは、雨のことを知らない。だから雨宿りのことも知らない。
あいつはいつもの、あのぼうっとした無表情で雨に打たれっぱなしになっているんだろうか。
――トゥイーディアのあの庭園にも、この雨は降っているだろうか。
彼女は今何をしているだろう……本を読んでいるだろうか、それともまだ眠っているだろうか。
それとも、ちょっとは俺のことを考えてくれているだろうか。
「……――空の」
呟いた。
俺の声は小さくて、たぶん隣のチャールズにも聞こえなかっただろうと思われた。
チャールズはうたた寝していて、俺の肩に凭れ掛かってきている。
「――空の向こうには光の宮殿があって……」
胸元に触ると、ちゃんと懐中時計の感触があった。
「……そこに住む人たちは――」
雨が滑り込んでくるのを嫌ったのか、窓を開けた人が結局、またがたがたと窓を閉めた。
彼の衣服の上で、微細な雨粒が光ったのが見えた。
「――真珠と黄金を食べて暮らしていました……」
櫃の中では思い出せなかった続きが、ちゃんと出てきた。
「……ある日、その宮殿のお姫さまは――」
俺は顔を押さえて、口を閉じた。
――御伽噺の内容は思い出せても、トゥイーディアの声が思い出せなかった。
ただ、花みたいだと思ったことだけを覚えていた。
花みたいな笑い声だった――聞いてるとこっちも嬉しくなるような――
チャールズが小さく呻いて目を開けて、ごそごそと座り直すと、狭い座席の上で苦労して伸びをした。
それから彼は俺を見て、びっくりしたように言った。
「――どうした、ルドベキア。どっか痛いの?」
◆◆◆
乗合馬車を降りた町では、やっぱり誰もヘリアンサスのことを知らなかった。
俺たちはまず教会を当たり、それから手分けして町中を聞き回ったが、みんなが怪訝そうな顔をするばっかりで、「知らないねえ」と答えてくれるだけだった。
俺は地図で見たこの大陸の巨大さを思い描いて、こんなことでヘリアンサスが見付かるのか、と絶望に駆られた。
チャールズたちもそれは同様だったらしく、途中から明らかに打ち萎れ始めてしまった。
そこは本当に小さな町だったので、半日程度で捜索は終わった。
ちょうどいい乗合馬車がなかったので、俺たちは隣町まで家畜のための藁を運んで行くというお爺さんに頼み込んで、その荷馬車に便乗させてもらった。
俺たちの人数を見て、お爺さんは嫌そうな顔をした――何しろ、人数が多い分だけ荷馬車に負担が掛かるからね。
そこでチャールズが何事か交渉していたが、十中八九が金を積んでいた。
間もなくしてお爺さんは、機嫌良さそうに俺たちに馬車への便乗を許し、わざわざ予備の荷馬車まで引き出して来てくれて、俺たちを運ぶことに協力してくれた。
荷馬車は速度を重視するものではないから、もどかしいほどにゆっくりと長閑に、ぽくぽくと踏み慣らされた隣町までの細道を辿り始めた。
細道の両脇は、見渡す限りの荒地だった。
赤紫のヒースが視界を覆い尽くし、霧雨の中を風に揺れている。
荷馬車の主であるお爺さんは帽子を目深に被って分厚い外套を羽織っていた。
俺は藁に埋もれるように荷車に腰掛けて、両足をぶらぶらと揺らしており、三回くらいくしゃみしてしまった。
三回目のくしゃみで、チャールズが彼の外套を俺に掛けてくれた。
「いいよ」
と、チャールズを見上げてそう言ったものの、チャールズは無言で俺の頭の上に手を置いて、首を振っただけだった。
くねくねと続く細道を辿ること二時間ばかりで、次の町が見えてきた。
その町の向こうに、川が流れていることを示す煌めきが見える。
やっぱり長閑そうな町で、市壁もなく、低い石塀がぐるっと町を囲んでいるだけだった。
町の手前で俺たちは荷馬車を降りて、それぞれお爺さんに礼を言った。
お爺さんはお爺さんで、冬を越すに当たって貴重な慮外収入を得たことでほくほく顔だった。
お互いに手を振り合ってから、俺たちは町の中へ。
やっぱり最初に教会を当たったが、小さな教会に勤める老人は、俺が話したヘリアンサスの特徴にも首を捻るばかりだった。
そのうちに同じことを何度も訊き始めてきて、俺は困惑したが、途中でチャールズが話を打ち切った。
「いいの?」
俺が目を丸くすると、チャールズは舌打ち。
「ボケてんだ。守人を見てたとしても忘れてるさ」
それから町の人たちにあれこれと訊き始める。
小さな町だけあって、余所者の俺たちはじろじろと見られた。
木骨造りの背の低い建物が並ぶ中を、俺たちは青果屋を当たり、肉屋を当たり、裁縫屋を当たった。
全部外れたが、自棄になったチャールズが扉を叩いた酒場の主人が、俺が懸命に話したヘリアンサスの特徴を聞くやぎゅうっと渋面を作った。
彼は煙草を吹かしながら俺の話を聞いていたが、「あー」と頭を掻いて眉を顰め、
「――思い出したわ。覚えてるわ。見たわ」
と。
途端に気色ばんで詰め寄る俺たちに、「なんだなんだ」と酒場の主人は困惑顔。
「どうした? あのガキ、なんか大層なもんでも盗んだのか?」
「そう思ってくれて構わない。いつ見た?」
チャールズがめちゃくちゃ低い声で問い詰め、酒場の主人は「気の毒だが」と眉を下げる。
「一年くらい前かな? や、まだそんなに経ってねえか……去年の春の初めくらいかな?
だからもう、どこに行ったかは分かんねえなあ」
俺たちは軒並み肩を落としたが、酒場の主人は唐突に興奮し始め、手近にいた俺の肩をぐいっと掴み、彼の店の中に引っ張り込んだ。
俺は竦み上がり、チャールズが血相を変えたが、何のことはなかった。
酒場の主人はすぐに俺から手を離して、「見てくれよ」と店の一画を示す。
店の内装は質素で、厨房を囲むようにカウンター席が設けられ、他のスペースには規律も何もなく丸テーブルと丸椅子が雑多に並べられていた。
そして、入口側の壁の一部が、明らかに何かの修繕の名残で板木が打ち付けられた状態になっている。
「思い出してきたわ、聞いてくれよ。あの日な、俺、二日酔いで店閉めてたんだわ。もちろん俺も商売人の端くれよぉ、店の扉に『準備中』の札掛けてたわけよ。そこはもうね、本能っすわ。
んで昼まで寝こけて起きてきてよ、俺も二日酔いだったから、店閉めることにしたことをうっかり忘れてたわけよ。んで、痛む頭を抱えてここまで出て来たわけ。
で、仕込みしなきゃならねえ、と思って店に入ってびっくりよ、寝てやがったのよ、ここで、ガキが一人」
俺はぽかんと口を開けたあと、「……寝てた?」と。
「あっ、だったら人違いかも……」
何しろ、ヘリアンサスは眠らないからね。
ところが、店主は煙草をぺっと床に吐き捨て、ぐりぐりとそれを踏み付けると、「なに言ってやがる」と。
「こっちは頭が痛ぇ中で仕込みがあんのよ。いや、店閉めることにしてたから、別に仕込みはしなくて良かったわけだけどな、俺は仕込みをしなきゃなんねえと思い込んでたわけよ。
んで、ガキが一人、ぐうぐう寝てやがる。男のガキだ。腹立ってよー、叩き起こしてやろうかとそっちに向かったわけよ」
俺はひたすら瞬き。
「……はあ」
「で、そのときにもっかい扉が開いてだ、そのガキが入って来たってぇ寸法よ。真っ白な髪だろ? 覚えてらあ。
で、聞いてくれよ。そいつがぐうすか寝てるガキの方を見てなんか言ってよ――あー、なんだったかな、名前を呼んだと思うんだけどな。で、それで寝てたガキが起きて、もう、腹が立つったらねえよ!」
店主が両手を振り上げたので、俺はたじたじと後退る。
チャールズがすかさず俺を庇うように肩に手を置いた。
「あのガキ、起きるなり俺を殴り飛ばしやがった! 顎だぜ、顎。こっちも不意討ちで吹っ飛んであのザマよ! 壁に大穴開けちまった!」
「……ええっと……はあ」
「そのあと、すみませんの一言もなく走って出て行きやがって、あのやろう……! 白い髪の方もだ! そのまま出て行きやがった!
てめぇら、あいつらの身内かい?」
考えなしにも頷こうとした俺をはっしと止めて、チャールズは首を振った。
「いや、違う。
――で、その……最初にこっちで寝てた方。年恰好は覚えてる?」
「あー……あー……こっちも酔ってたからなあ」
と、店主は気まずげに無精ひげの生えた顎を撫でる。
「で、そのあとは殴られてくらくらしてたしなあ。――あんま覚えてねえや、すまんな。ただ、子供だったな……十三か十四くらいかな? 暗めの髪色だったな」
「そうか……」
そのあともしばらく、チャールズたちは店主の記憶を復元しようとしてあれこれ尋ねていたが、結果は振るわなかった。
――だが、とはいえ。
「一歩前進だ」
酒場を出て、チャールズが言った。
「少なくとも、守人はここに来てる。ルドベキア、お手柄だ、東の大陸で当たりだ。ここから辿って行くぞ」
俺は頷いたが、そわそわしてしまった。
――ヘリアンサスは怖がっている、とムンドゥスは言っていた。
そしてどうやら、ヘリアンサスはこの酒場に、誰かに連れられて訪れていたらしい。
しかも、起き抜けに傍にいる人間を殴り飛ばすような奴だ。とんだ狂人だ。
どう考えても、これは拙い。
俺と同じことを考えたのか、パトリシアがぼそっと言った。
「守人と一緒にいたって――誰でしょうね。まだ子供だったということですし、どこかの国の重鎮が守人を確保してしまう――みたいな事態にはなっていないと思いますけど」
「どこかの国の重鎮の息子じゃなかったことを祈るばかりだよ。起き掛けに目の前の人間を殴るって、横暴過ぎるだろ。きっと放蕩貴族の子息だよ」
誰かがこれもまたぼそっと言った。
俺はふと思い付いて、傍らのチャールズを見上げた。
「――なあ、他の人たちに言わなくていいの? ここにヘリアンサスが来てたこと」
チャールズが眉を上げ、首を傾げた。
「他の人たち?」
「他の――ヘリアンサスを捜してる、他の人たち」
俺が言い直すと、チャールズたちは何とも言えない顔になった。
それから俺を道の端まで引っ張って行くと、チャールズは少しだけ屈んで俺と視線を合わせる。
「――あのな、ルドベキア」
「うん」
素直に頷く俺に、チャールズは溜息を吐いて。
「逆に訊くけど、俺たちが古老衆さま方から、他の捜索隊の進捗を聞かされてると思うかい?」
瞬きして、俺は息を引いた。
そういえばそうだ。
情報を遣り取りしておいた方がいいのは明らかなのに、チャールズたちには手紙のひとつも届かない。
もっと言えば、手紙を伝達する方法の取り決めがある様子もない。
黙り込んだ俺に、チャールズは深々と息を吐いてみせた。
「そういうこと。――古老衆さま方も……まあ、あれだ。魔法云々では内輪揉め激しいみたいだけどね、守人を手許に置いとかなきゃ拙いのは全員共通でしょ。なら、あの人たちも馬鹿じゃない。たぶん俺ら以外の捜索隊には、連絡をつける何かの手段も渡してるはずだ。
で、俺らにそれがないのはね、半年以内に俺らが守人を確保するのを避けるためなの」
少しだけ考えて、俺は自分がさあっと蒼褪めたことを自覚した。
「つまり――俺たちをちゃんと処罰するための前振りなの? これ」
「そうそう、そういうこと。ちゃんと分かるようになったじゃん」
誇るべき話題でもないのだが、チャールズはちょっぴり誇らしそうにそう言って、わしゃわしゃと俺の髪を撫でた。
「まあね、あの人たちがルドベキアにガチ切れしたのは、あれだろ、地下神殿のことがあったからだろ。あの人たちもね、レンリティスでのお役目失敗にはちょっとは負い目があんだよ」
そうかな、と声が上がって、チャールズはそっちを軽く睨む。
それから言葉を続けた。
「多分ね。正確な指示を出さなかったのはあの人たちだからな。だからまだ、直接俺たちのことは処罰してないわけ。
――だから、俺らはあの人たちの裏を掻かなきゃいけないの。マジ、頼りにしてんだよ、ルドベキアのその目」
俺は思わず自分の目許に触れて、頷いた。
どちらにせよ、俺が生き残る目は、ヘリアンサスをあの島に連れ帰ること以外にはない。
「――うん」




