28◆ 自己申告制救世主
――さて、言いたいことも訊きたいことも山ほどあるが、我に返ってみるとこの状況。
「……ちょっとみんな派手にやり過ぎたよね?」
トゥイーディアが眉間に皺を寄せ、陸地を睨みながら呟いた。
そっちをちらっと見たところ、相当な大騒ぎになっている様子だ。
まあ、船の上も似たようなもんだけど。
大剣を指輪にして左の小指に嵌めつつ、トゥイーディアが俺たちを見遣る。
「ねえ、ガルシアではどういう設定でやってきたの?」
コリウスが真顔で応じた。
徐々に顔色が戻りつつある、良かった。
「まず、自己紹介から始めないか?」
「言い方!」
噴き出して笑うトゥイーディアは、不自然なほどに先程の怒りを忘れたように見える。
――いや違う。
思い出したことを咀嚼して、飲み込んで、驚異的な素早さで、“自分がどう振る舞うべきか”を整理したのだ。
俺がトゥイーディアを眺めてきた年数は伊達じゃない。それくらいなら分かる。
――問題は、具体的にはどういう理由があって、トゥイーディアがこうして不自然に明るく振る舞っているのか、それが分からないことだけれど。
立ち上がり、ドレスを払って整えて、トゥイーディアはアナベルに手を差し伸べた。
アナベルがその手を掴んで立ち上がる。
そんな様子をじっと見てから、トゥイーディアはにこっと笑った。
「――その髪型、すごくよく似合ってるわ」
アナベルが瞬きし、虚を突かれた様子で濡れた薄青い髪に触れる。
確かに、今でこそ俺は見慣れたけど、こんなに髪を短くしているアナベルとトゥイーディアは初対面だよな。
「……ありがと」
反射的にそう言ってから、アナベルはぶんぶんと首を振り、
「――じゃなくて! トゥイーディア、助けてくれてありがと」
薄紫の目を緩めてそう言ったアナベルに、トゥイーディアは嬉しそうに笑った。
その様子は、ついさっき、たった二撃で巨大兵器を葬り去ったのと同一人物であるとは思えない。
「どういたしまして」
今度はディセントラに向き直って、トゥイーディアはにっこり。
「軍服、破れちゃってるけどすごくかっこいいわ。それ、ガルシアの制服? 私もそれ着るの?」
ディセントラは答えず、無言でトゥイーディアを抱擁した。
目を丸くしたトゥイーディアが、よしよしと自分よりも背の高いディセントラの頭を撫でる。
「ディセントラ? どうしたの――あぁ」
うっうっと震えるディセントラの肩で、彼女が泣いていることを察し、トゥイーディアは表情を崩した。
「もう、ディセントラ。そんなにかっこよくても相変わらず泣き虫ね」
「……だって」
くぐもった泣き声で、ディセントラがようやくトゥイーディアに応じた。
「やっと会えたし、会える前に死ぬかと思ったし。会えたら会えたで――」
さっとトゥイーディアの顔が強張ったが、彼女はどうやら根性で表情を保った。
ディセントラがトゥイーディアから離れ、今度は彼女の手を握った。
薄紅の目が涙で潤んでいる。
「ごめんなさい、前に立たせてしまって」
「お安い御用よ」
にっこりと微笑んで、トゥイーディアは俺たちを見渡した。
そうしてディセントラを見て、安心させるように手を握り返す。
「大丈夫、大丈夫よ。今までとはちょっと違うの。
あのやろうが私を殺す前に、べらべら喋ってくれたお陰でね」
口汚く、しかし穏やかにそう言って、トゥイーディアは肩を竦めた。
「約束する、大丈夫。
あいつはすぐには私たちを殺さないし、――私が」
息を吸い込んで、トゥイーディアは言い切った。
「私が、みんなを守るから」
――俺は、許されるならば息を呑んでいたところだった。
だからか、と思った。
だから、トゥイーディアはこんなにも平気そうに振る舞っているのか。
――俺たちを守るために。俺たちを不安にさせないために。
そんなことはしなくていいと言いたかったのに、俺は何も言えなかった。
ただ俯いて、足許の枝を軽く蹴っていた。
そのあと、トゥイーディアが濡れ鼠になった俺たち四人から水気を取り除き、俺が全員の傷の応急処置をした上で、俺たちは船へ上がった。
コリウスが言うところの「自己紹介」の時間が必要だったし、それをするには他人がいないところに行く必要があったし、リリタリスの令嬢がいつまでも船の外にいたのでは大勢を心配させてしまうし、トゥイーディアの私室には、彼女の父親以外誰も立ち入れないようになっているし――という、諸々の条件を加味した結果だった。
船がガルシアに向けて最後の数分の航行をするにせよ、恐らくは船のあちこちを点検してからになる。
その時間があるというのも一つの利点だった。
とはいえ俺たちも、平気で船に上がったわけではない。
何しろ中には奴が、ヘリアンサスがいる。
いくらトゥイーディアが太鼓判を押したとはいえ、湧き上がる緊張は別物である。
相当びびり上がり、全員でそろそろと船へ上がった俺たちだったが、警戒はおよそ無用だった。
船内は大混乱。
ヘリアンサスを捜そうとしたって無理なレベルで、あちこちを走り回る人たち。
俺たちの先頭に立ち、平然と歩を進めるトゥイーディアを見付けては、泣き出さんばかりに説明を求める。
トゥイーディアは相手を落ち着かせるように微笑み、「危険は去った」こと、「落ち着いて船の現状確認をしてほしい」こと、「怪我人がいないか確かめてほしい」ことをやんわりと伝え、堂々と自室――と思しき船室――へ入った。
上構の、三階部分にある広い部屋だった。
入った瞬間に目に入るだだっ広い部屋。
奥の方を帳で仕切ってあって、察するにその向こうが寝室になっているのだろう。
その手前にはでかい円卓が据え置かれ、部屋の隅には衣装箪笥まである。
大きな嵌め殺しの窓があって、そこから大海原が一望できた。
ふわふわの絨毯が敷かれていて、なんというかこう――
「――すっげー豪華じゃん」
カルディオスが感嘆を籠めて言い、トゥイーディアは眉間を押さえて首を振った。
「見栄張ってるだけよ」
適当に座って、とみんなに手で示してから、トゥイーディアは腕を組んだ。
「――で、カルが生やした木はどうする?」
「どーも出来ねえと思うよ?」
けろっとしてカルディオスが言った。
「俺、生やすのは出来るけど消すのは無理だもん。それが出来るのはイーディだろ?」
ちょっと額を押さえてから、トゥイーディアはきりっと顔を上げた。
「まあいいわ、後で考えましょう」
そして、何事もなかったように着席する。
「――で」
口火を切ったのはディセントラだ。
「誰から何を説明する?」
「待ってよ、先に自己紹介でしょ?」
そう返して、トゥイーディアは胸に手を当て、座ったままお道化て会釈した。
「――今生の私はトゥイーディア・シンシア・リリタリス。レイヴァス王国、騎士の名門リリタリス家の唯一の嫡出子。
幼少からあらゆる武芸を仕込まれたものの、この度にはリリタリス家の財政悪化を受け、成り上がりの金持ち貴族たちとのお見合いに次ぐお見合い。突然淑女になれと言われて困惑しているうちに、お父さまが私の婚約者候補をだんとつの金持ちに決め、あれよあれよとガルシア行きを決められました。
さっきは途中までこの部屋できゃあきゃあ言ってたんだけど、」
言葉を切って、トゥイーディアはコリウスを見てにっこり。
「――いきなり見知らぬ美青年が目の前に来てびっくり」
見知らぬ美青年ことコリウスは顔を顰めた。
「おまえに会う前にヘリアンサスを見掛けたんだよ。あちらは僕に気付かなかったか――気付かない振りをしただけかは分からないが、それでも心臓が止まるかと思った」
「道理で」
応じて、トゥイーディアは組んだ指に顎を乗せた。
「思い返すとコリウス、いつもなら考えられないほど要領を得ない話し方だったわね」
「――避難誘導も何もかも、頭から吹き飛んだよ」
疲れた様子で眉間を押さえ、コリウスが述懐。
だろうな、と俺も思う。
トゥイーディアはちょっと眉を顰めてから、俺を見てにっこりした。
俺は無愛想に応じたが、内心は大いに赤面。
「コリウスのよく分からない話を聞いて大混乱してたんだけど、外で木が生え始めた辺りであれっと思って、ルドベキアを見て完全にこれまでのことを思い出したわけ。
改めてただいま」
そう締め括って、トゥイーディアは「次は誰?」と言わんばかりに俺たちを見渡す。
カルディオス、コリウス、アナベル、ディセントラが順番に「自己紹介」を済ませ、合わせて俺たちのガルシアでの立ち位置を説明した。
そこまで話し終え、俺の順番の前に、ディセントラが頭を抱えつつ総括した。
「――つまり今、ガルシアでは、『なんで私たちは躊躇いなくあの兵器の前に飛び出していったのか』、『世双珠を使わない魔法を連発した私たちは何なのか』、『ルドベキアの使っていた魔法は明らかに絶対法を超えていたけどなぜなのか』、『あの巨大な木は誰がどうやって生やしたのか』――ってことが取り沙汰されているはずなの。
何とか誤魔化し方を考えましょ。さすがに、救世主だって名乗りを上げるのは嫌だし」
絶対法を知らない人間は、当然ながらいない。
水は低いところに向かって流れるのだと、誰に言われずとも知っているのと同じように、俺たちは絶対法を知っている。
俺が散々使った〈空気を硬化させる魔法〉は、〈空気を圧縮する魔法〉と似て非なるものだ。
後者は、空気を寄せ集めて緩衝材にするイメージで、空気というそれそのものの〈あるべき形からの変容〉をさせていない。
対して前者は、〈あるべき形からの変容〉をさせている。
〈空気を硬化させる魔法〉を使えるのは、ぶっちゃけ魔王か救世主だけ。
守るためにその魔法を使うなら、正真正銘魔王ただ一人が使うことの出来る魔法だ。
だが、俺たち以外の人たちは、そこまでは知らない。
世界の法を超えることが出来るのは救世主と魔王だけだと知ってはしても、どういった方向でそれぞれが法を超えるのか、それを知っているのは俺たち当事者だけだ。
だからセーフ。ぎりぎりセーフ。
俺の正体が一撃でバレたなんてことはない。
確かに、相当危ない橋だったけど。
それは分かってるけど、特に大きな騒ぎになっているのは俺だけではないはずだ。
「――めっちゃ俺のこと言うけど、ディセントラ」
俺はコリウスを真っ直ぐに指差した。
「こいつもだから。――瞬間移動使っただろ。
あんな芸当できるやつ、こいつ以外にいねぇんだぞ。確実に結構な騒ぎになってるぞ」
俺に面と向かって言われ、コリウスは肩を竦める。
「――まあ、あのときは一瞬でも早く船に行って避難誘導をしなければと思っていたからね」
まあ、こいつにその特技があったからこそ、船に行く方に名乗りを上げたんだけどな。
「それに――」
言い差して、コリウスがちらりとカルディオスを見る。言いたいことは明白だ。
多分、ぶっちぎりで話題になっているのはカルディオスの魔法なのだ。
だが、あれは誰が使ったのか、遠目からでは分からなかったはずだ。
それが分かっているのか、カルディオスは口笛を吹くふりをしながらそっぽを向いていた。
自分は追及を免れると思っているんだろう。
俺たちの遣り取りに、トゥイーディアがふふっと笑う。
「それだけ急いで来てくれたのね。――ありがと」
鷹揚に構えすぎじゃないかこいつ。俺が魔王ってバレたら困るんだけど。
そこも自分が守るつもりなのか。どんだけ無茶するつもりなんだ。
――あ、俺の番か。
「俺の自己紹介だけど」
そう言って、俺はトゥイーディアを見た。
トゥイーディアは律儀に俺の言葉を待っているようだが、
「自己紹介、要るのか?」
俺は真顔でそう言って、みんなで囲む円卓をとんとんと叩く。
「今回の俺は魔王らしいけど、――おまえ、知ってたな?」
全員の視線がトゥイーディアに集中した。
トゥイーディアは表情を動かさずに首を傾げる。
「ルドベキアの魔法を見て分かった――」
「それはない」
コリウスが一刀両断。
「おまえが甲板に出たのは、おまえが魔法を撃つ直前だ。一緒にいたんだから知っている。船内から、ルドベキアの魔法が正確に見て取れたとは思えない――僕にもよく見えていなかったからね。
――それに、よしんば見て取れていたとしても、」
息を継いで、コリウスは言い切る。
「――救世主の一人が魔王になっているなどということは、本人に確認することもなしに確信できることじゃない」
「…………」
少し黙り込んでから、トゥイーディアは溜息を落として言った。
「はい、認めます。知ってました。――というか、思い出しました」
無言で続きを迫る俺たち。
トゥイーディアは少し迷う様子を見せつつ、言葉を選ぶようにしつつ、ゆっくりと言う。
「――前回、殺される前に、ヘリアンサスがそう言ってたの」
「なんて?」
間髪入れずに俺が尋ねた。
トゥイーディアはなおも迷う様子を見せながら、考え考え続ける。
「――次はルドベキアが魔王だ、って」
「どういう論理だそれ!」
思わず叫んだ俺から、トゥイーディアはさっと視線を逸らした。
――その反応を見て分かった。
こいつ、もっと詳しい話を知ってる。
そうじゃなきゃ、トゥイーディアが話している相手から目を逸らすなんて有り得ない。
問い詰めるために俺が腰を浮かせたとき、不意に部屋の扉が開いた。
振り返った俺たちの視線の先に、初老の男性。
きっちりと正装し、その正装は相当に豪奢――この人は。
「――お父さま」
俺の予想を裏付けるが如くにトゥイーディアが声を掛け、その声を受けて、トゥイーディアの今の父親が、はっと瞬きした。
急に我に返ったかのようなその素振りに、俺は思わず目を疑った。
――トゥイーディアのやつ、本気で話さないつもりだ。
この素振り、間違いなくこの人は、トゥイーディアの魔法のせいでここに来た。
トゥイーディアは確かに人の精神に干渉できる唯一の魔術師だが、その能力を自分ではかなり嫌っている。
それを、話の腰を折るためだけに、この人をここに呼び付けた。
――俺が魔王になった理屈を、トゥイーディアは知っていて、本気でそれを隠し通すつもりなのだ。
俺たち五人が絶句する気配は十分に感じ取っているだろうに、トゥイーディアは驚くほど平静に言葉を続けた。
「お父さま、どうなさったの」
どうなさったのじゃねえだろ。
トゥイーディアのお父さんは困惑した様子でトゥイーディアを見詰め、部屋の様子をぐるりと見渡してから、小言じみた事柄を弱々しく呟いた。
「――トゥイーディアや、誰だねその方たちは。怪我はなかったのかい、まったく、船の外に出るなんて何を考えていたんだい。
それに、さっき見たと言っていた人がいたのだがね、おまえ、ロベリア殿に乱暴なことをしようとしたそうじゃないか」
トゥイーディアは立ち上がり、円卓を回って父親に近付きながら、反省を籠めた口調で答えた。
「ごめんなさい、お父さま。この方たちは、さっき船を救ってくださった方たちです。このままガルシアまでご一緒してもいいでしょう?
ロベリアさんのことは――少し意見の食い違いがあっただけです、あちらも気になさってはおられないでしょう」
察するに、ロベリアというのがヘリアンサスが名乗っている家名だな。
トゥイーディアのお父さんは俺たちを落ち着かない様子で見て、小さく首を振り、トゥイーディアの歩みを手振りで押し留めてから呟いた。
「――好きにしなさい。トゥイーディアや、ロベリア殿への失礼な振る舞いは許さないよ」
立ち止まったトゥイーディアは瞳を伏せた。
「はい、お父さま」
踵を返して部屋の外に出る父親を見送ってから、トゥイーディアは独り言じみた呟きを漏らした。
「お母さまが亡くなってから、すっかりあんな調子なの。悪い人ではないのよ」
そうして振り返り、トゥイーディアは直前の遣り取りなど忘れ去ったかのように言った。
「ガルシアでのみんなの立場は分かったわ。
――大丈夫、私に任せておいて」
ちょうどそのタイミングで、軋むような音を立てながら、船が動き始めた。
◆◆◆
もやもやする。
無事に港に着き、歓迎というよりは無事を祝われているトゥイーディアとその父親と、“婚約者候補”を、なぜかトゥイーディアの侍従の側に立って眺めながら、俺は思いっ切り顔を顰めていた。
船着き場は大騒ぎだった。
兵器は海底に沈んだとはいえ、正体不明の大樹が海底から生えているのである。
あれは何だ、無害なのか、と偉い人たちが駆け回っているのを、カルディオスは微妙に空の方を眺めて見ないようにしていた。
ヘリアンサスは人畜無害な好青年を演じてはいたが、よくよく観察すれば、トゥイーディアが何気なく奴と並んで歩くことを避けているのが分かる。
父親の腕を取ってみたり、駆け付けてきたテルセ侯爵の子息に寄って行ったりと、あらゆる手段を駆使して遠ざかろうとしている。
俺の仏頂面に、空から視線を戻したカルディオスが慰めるように腕を叩いてきた。
「ルド、眉間にすっげー皺。――今日の晩餐が予定どおりあるかは分からねぇけどさ、あったら俺は確実にトゥイーディアの近くに行けるから。何とかしてイーディから聞き出すよ、さっきのこと」
俺は溜息。
「――ああ、頼む」
魔王として生まれたせいで、俺は散々な目に遭ってきた。
せめてその原因くらい知る権利はあるじゃないか?
とはいえ――
トゥイーディアの背中を見ながら、俺はがしがしと後頭部を掻いた。
――あいつのことを知ってる。俺から隠そうとしているということは、知れば俺がショックを受ける内容なんだろう。
だけどなあ。
――そんなことで悶々としていた俺は、その日の残りを上の空で過ごした。
お蔭で、ニールやララから何て声を掛けられたのかとか、他の皆さんの驚きの眼差しだとか、そういうのは全然覚えてない。
制服の外套と軍帽を失くしたのをどうしようか、とぼんやり考えていた気がする。
コリウスたちも、周囲から相当声を掛けられて困っていたらしい。
口裏を合わせる前に、一人だけべらべら喋るわけにはいかないからね。
ちなみに、その夜の晩餐は予定通りに開催された。
トゥイーディアが「危険は去った」と断言したのが大きかったそう。
トゥイーディアが、あの大木は何ら危険なものではないと力説したと聞いて、不覚にもちょっと笑ってしまった。
ちなみに、あいつは魔法を使った現場をそれほど大勢に見られてはいない。
何せ魔法を使ったのはたったの二撃だったからね。
だから何とでも言い抜けられるんだろう。
と、俺はそう思っていた。
――その翌日、さすがに早朝訓練が中止された朝。
俺は色んな意味で衝撃を受けることとなる。
まず第一に、トゥイーディアが自ら、己こそが救世主だと名乗りを上げたということ。
救世主の登場にガルシアはお祭り騒ぎ。やっぱりというべきか、史上初の救世主といった騒がれようだ。
次に、トゥイーディアが、あの兵器は南の魔界のものであるとあっさりと周知していたこと。
言っていいのかトゥイーディア。
そして、トゥイーディアが俺たち五人を名指しして、俺たちもまた救世主であると断言したということ。
お蔭様で朝起きてドア開けた瞬間に大勢がそこで待機してて参った。
すわ正体がバレたかと、思わず一旦ドアを閉めたくらいである。まあ、その人たちから事情を聞いたわけだけど。
聞いて絶句した。
おいおい、これはさすがに――
さすがに、勝手に事を進め過ぎだろ。
ディセントラが、はっきり嫌だって言ってたじゃん。
憤然としてトゥイーディアの居場所を訊いた俺は、「大広間にいらっしゃいます!」との返答を受けて大広間に急行。
他の隊員が気を遣って少し遠巻きにする中、トゥイーディアは上座に座っていて、その隣には激怒――ではなく、絶望の表情を浮かべたコリウスがいた。
なんだ、何があった。
足音荒く近付く俺に気付いて、トゥイーディアが振り返った。
今日は蜂蜜色の髪を左耳の下で緩く纏めて流してあって、俺を見てにこっとした顔は可愛くて、俺は正直グラッときた。怒れない。
――いやいや落ち着け、こいつは明らかに独断専行。
相当険悪な顔で目の前に立った俺を見上げて、トゥイーディアは呑気に言った。
「おはよう、ルドベキア。色々びっくりした?」
「――びっくりどころじゃねぇ、説明しろ」
我ながらめちゃくちゃ低い声が出た。
トゥイーディアはいい笑顔で言い放つ。
「これが一番手っ取り早い説明かなって」
「あのな」
更に低くなった俺の声を、打ちひしがれたコリウスの声が遮った。
「……ルドベキア、更に悪い知らせがある……」
「まだあるのか!」
叫んだ俺に、「ちょっと、良かれと思ってやったんだけど!」とトゥイーディアが小声ながらも憤然と抗議してくる。
いや確かに、俺たちも纏めて救世主だと断言すればあれこれと説明を省略できるが、それにしても事前に協議をだな。
せめてはっきり嫌だと言ったディセントラに何とか説明しろよ。船の中で一言も前振りなかったじゃねぇか。
むっとした様子のトゥイーディアを他所に、コリウスは頭を抱えて、俺に脳天ぶん殴られたような衝撃を与える「お知らせ」をもたらした。
「――僕たち六人全員に、魔界に行くよう命令が下った……」
目を見開き、思わずよろよろと後退る俺。
――なんで? また「魔王討伐」? 俺が一応魔王なのに?
他の人たちは、魔界に魔王がいると思ってるんだぞ?
魔王の首を取らずには、とてもじゃないが帰還は許されないだろう。
――何より、今回は、今生だけは、俺は意図せずしてトゥイーディアをこの運命から助け出したはずなのに。
――それなのに、なぜ自分から突っ込んで行く? 酷くないか?
そんな俺を飴色の目で見上げるトゥイーディアの表情は、清々しいほどに迷いがなかった。
「だって、昨日のあれはヘリアンサスじゃないでしょう?」
マジで。
マジで、あれを真に受けちゃうの?
愕然とした俺の様子に、さすがに少し申し訳なさそうにしながらも、トゥイーディアは決然と、俺の大好きな強い眼差しで言い切った。
「魔界に乗り込んで、首謀者を探し当てて、二度とあんなおいたが出来ないようにするわよ。
――私たちは救世主なんだから」
――輪番制で救世主を担当してきたのに、今回の俺は魔王だった。
それなのに俺はやっぱり、救世主としての行動を求められるらしい。
魔界から帰ってきたあと、魔王を討伐していないことについてどう説明するつもりなのかとか、なんで要求されるまでもなく自分から手を挙げてるんだとか、思考は迷宮入りして頭がついていかないが、どうやらやるしかないらしい。
――俺の〈最も大切な人〉と肩を並べていたいのならば。




