64◇ 断章
63と同時更新です。
最新話からきた方はご注意ください。
夫は火事で亡くしました、と、その声は言う。
真っ暗な中に灯火が点っている。
ちいさな球の形に闇を払うその灯火の、闇と光と境目のところに、その番人はいる。
顔を伏せて、微笑んで、自分のおなかを撫でている。
私を助けてくれたんですよ。熱かったでしょうね……
音は声であり、声は言葉。
意味も分からずそれを聞いて、しかし思う……
……熱さが痛みと同義であるならば、それは知らない方がいいのだろうな、と。
やがていつものように番人が代わった。
その新しい番人は、本当に綺麗な目の色をしていて、灯火の傍ではいっそう美しく映えるその目の色を、あの日におれに教えた。
◇◇◇
その目の色の番人が、ゆっくりと倒れていく。
何かをおれに言おうとしていたが、今は聞きたくなかった。
おれが聞きたい言葉があるとすれば、この後だ。
――おれの魔力は無尽蔵だが、存在しない魔法までをも自由に使えるわけではない。
だから『対価』を考えた。
かつてこいつらが『対価』を捧げたように、おれだって『対価』を捧げればいい、と。
こいつが『対価』に捧げてしまって消えたものを、おれが『対価』を捧げて取り戻せばいいのだ、と。
――本当ならそれで片が付くはずだったけれど、やっぱり物事は上手くいかない。
おれが呼び戻したはずの、かつて捧げられた『対価』であった思い出は、古すぎて霞んでしまっている。
だから、〈内側に潜り込んで〉、ちゃんと呼び覚ましてやらないといけない。
――そして、〈内側に潜り込む〉魔法を使った術者と出会ったときから先の思い出が、呼び覚まされて戻ることになる。
――だから、おれでは駄目だった。
おれは客観であり、同時に全ての主観だ。
だからおれがその魔法を使えば、全生涯に亘る思い出を再び得ることになってしまう。
――ルドベキアはそれでいいけれど、もう一人は、それでは駄目だ。
顔を上げる。
馴染んだ気配が近くにあった。
おれとルドベキアがずっと近くにいたから、もしかしたら寄って来てしまったのかも知れない。
――目の前にいる救世主たちが、およそ想像がつかないだろう感情を、息を吸い込むと同時に空っぽの胸の奥に仕舞い込んで、おれは呟いた。
「……ちょっと拙い風向きだな」
視線を、もう一度おれの番人に向ける。
倒れ込んだルドベキアはぴくりとも動かないが、その命に支障がないことを、おれはちゃんと知っている。
――この千年の妄執が果たされるときだ。
思わず笑って――しかし、傍にある気配のために、その笑みでさえ硬くなったけれど――、おれは囁いた。
「――ようこそお帰り、おれの番人」
全部を知ったあと、おまえは何を考えるだろう。




