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22◆ 尋ね人の行方

 カルディオスにそう念を押されたからか、あるいは生来そういった性分なのかは分からないが、ニールとララは俺に非常に良くしてくれた。


 それは有難いのだが、二人が俺に良くしてくれればくれるほど、ティリーがどんどん俺たちと心の距離を広げていくのが気に掛かる。


 何しろ俺は近々ここを出て行く予定なので、()()()の三人で仲良くしてくれないと、後々困ったことになりそうなのだ。



 でもまあ、関係ないけれど。


 俺たちがここを出て行くのは、西のレイヴァスからはるばるリリタリスの令嬢がここを訪れた、その後だ。

 リリタリスの令嬢がここに来さえすれば、俺たちはトゥイーディア捜索に本腰を入れることが出来る。なので俺の、絶対に面に出せない本音としては、さっさと来いリリタリスの令嬢――といったところ。



 そしてそのリリタリスの令嬢の歓迎の準備が、俺たちに圧し掛かっていた。


 新興国に押され、国力を落としつつあるとはいえ、歴史と血筋の古さにおいてアーヴァンフェルン帝国を大いに上回る国の、名だたる騎士を多く輩出した一家のご令嬢をお迎えするとあって、ガルシアに掛かる上からの圧力は相当なものであるようだ。


 ガルシアに勤め始めて二日目、なんだか偉そうな若い男が来ているなと思って訊いてみると、なんとテルセ侯爵の息子だという。領主の息子直々に様子を見に来るとは。

 カルディオスとコリウス、それからそれなりの名家の出である隊員は、慌てた様子でテルセ侯爵の一粒種に挨拶していた。

 ララ曰く、これまでも数回あったことだそう。そう言うララは疲れた顔をしていた。



 俺たちがする準備は、何も令嬢のガルシアにおける生活環境を整えておくことではない。

 令嬢の部屋は宿舎の最上階に粛々と準備されつつあり、それらはテルセ侯爵家から派遣されてきた侍女たちが執り行っていた。

 なぜか用意されている部屋は二つ。

 なんでだ、身分の高いお付きの人でも来る予定なのか? 令嬢来訪の詳細を知らされていない隊員たちの間では首を傾げる事案だった。



 俺たちに課せられた仕事はもっと根本的で、言ってしまえばガルシアの、軍事施設としての質を目いっぱい上げておくことだ。

 なんかこう、突貫工事的にそれを課されてしまうと本末転倒という気がしないでもないのだが、見栄というものは誰にでも、どこの国にでもある。


 そんなわけで毎日毎日訓練の険しさは増し、こなす訓練の種類は多くなり、果ては行進の練習なんかもさせられる。

 カルディオスが嘆いていたもの無理はない。

 コリウスは淡々と毎日をこなしているようだが、そんなのは少数派だ。

 アナベルは無表情に、「非生産的」と吐き捨てていた。


 俺はといえば、従前の訓練がどんなものだったか知らない。

 そして、過ごしてきた十八年間が壮絶すぎたせいで、こんな程度はなんでもなかった。

 むしろ、三食しっかり食べられるからめちゃめちゃ幸せである。

 十八年間箱入りで育ったせいで育まれなかった基礎体力の欠如はそこそこ俺を苦しめたが、しっかり食べて身体を動かしていればそれは解決していくというもの。







 そのようにして半月が過ぎた日の朝食の席でのことだった。


「新聞が来たぞ!」


 誰かが叫び、大人しく朝食を摂っていた隊員たちはどよめいた。


 俺は一人きょとんとする。

 シンブンって何だ。


 あいつらのうち誰かが傍にいればこっそり訊けるのに、生憎と今日は誰とも席が離れている。

 俺の両側にはララとニール。


「そっか、今月の発行日、今日かぁ」


 ララが隣で呟くのを、俺は表情を取り繕って聞く。


「厨房から回ってきたのが今か。だったら僕たちの前にごはん食べてた人たち、読み損ねたんだね。――まあ、僕たちもどうせ読めるのは明日くらいだけど」


 ニールがそう言って、俺はますます大混乱。

 厨房から来るシンブン。読みものらしいが、なぜ読み物が厨房から来る?


 とはいえいきなり黙り込むのも不自然なので、俺は辛うじて当たり障りのないことを尋ねた。


「なんで明日になるんだ?」


「決まってるじゃないか、宿舎に届く新聞が一部だけだからさ。別に、町まで出て買ってもいいんだけど、タダで読めるならここで読みたいじゃないか?」


 首を傾げた俺に、ニールは言葉を添えた。


「つまり、新聞は貴族さまたちから読むってこと。僕たちは明日くらいに、貴族さま方が読み終わった新聞を読めるってわけ」


「へえ……」


 つまり、シンブンというのは関心を集める読み物で、一部しか宿舎には届かなくて、届くとなぜか厨房を経由して、貴族たちから先に読む、と。


 そんな風に頭を整理しながら、俺が朝食のパンを口に入れたときだった。



「ルドベキア! ディセントラ! 来い!!」



 唐突に轟いたカルディオスの大音声に、俺は思わず咽せた。

 げほっと咳き込み、慌てて口の中のものを飲み込みながら立ち上がる。


 周囲もびっくりした顔をしていた。


「――なんだ?」


 カルディオスは大広間の前方、真ん中辺りのテーブルに手を突いて立ち上がっていた。


 その周りには見るからに貴族といった雰囲気の隊員が集まっている。

 その中にティリーもいて、唐突なカルディオスの怒鳴り声に目を瞠っていた。


 ディセントラは俺よりも大広間の後方にいたらしく、目を丸くして立ち上がっている。


 俺たちがどこにいるかを把握したカルディオスが、がたがたと慌ただしく席を外す。

 その手に、大判の灰色掛かった紙が握られていた。紙は数枚を重ねて折り込んである様子。


 カルディオスの挙動に、彼の周囲にいた貴族の坊ちゃんおよび令嬢たちが、どっと抗議の声を上げた。


「ちょっとカルディオスさん! まだわたくしたち読んでいなくってよ!」


「そうだよ、置いていってよ!」


 その言葉を聞くに、カルディオスが手にしたあれが「シンブン」か。


 抗議の声を上げた貴族の子女たちを、カルディオスは珍しいくらいに不機嫌な顔で一瞥した。

 いつもは人懐っこいにこやかさを湛えている翡翠色の目が、その瞬間に温度を下げて、どきりとするほど冷たく光る。

 その左耳で小さく揺れる黒色は、耳飾りに変じた救世主のための変幻自在の武器。


「うるさいな。――ちょっと借りるだけだ、文句言うな」


 しん、と静まり返ったその人垣を抜けて、カルディオスが長机の間を闊歩した。


「ルド、トリー、ちょっと来い」


 俺とディセントラが、お互いに訳が分からないでいる表情のまま、慌てて長机を回り込んでカルディオスに駆け寄った。


 カルディオスは大広間の隅の、隊員のいない場所まで俺たちを連れて進み、大広間に背を向けて立ってシンブンを開いた。

 がさ、と紙を広げる音に紛れ、俺は思わず疑問を漏らす。


「――なあ、大前提でごめん。その紙がシンブン? シンブンってなに?」


 はっとした顔でカルディオスが俺を見て、ディセントラと視線を合わせ、気まずげにしながら俺をもう一度見た。


「……ごめん、ルド。確かにおまえにはそこからだよな」


 ばさりとシンブンを揺らしてみせて、カルディオスが説明する。


「新聞っていうのはな、世の中で起こってる出来事を纏めた紙だ、簡単に言うと」


「誰が纏めてんの?」


 首を傾げた俺に、ディセントラが答える。


「地方ごとにね、新聞を発行する会社があるの」


「カイシャ……?」


 ますます訝しげな顔をする俺に、カルディオスが根気強く説明する。


「簡単にいうと、出資者を募ったりしながら、何か事業をしている共同体――ってとこ。商人がでかい組織を持ってるようなもんだ。で、人じゃなくてその組織自体に色々と法律があったり規制が掛かったりするんだ」


 取り敢えず頷く俺。


「なるほど……」


「で、だ」


 カルディオスがばさばさと新聞を揺らす。


「毎日新聞を発行するまめな地方もあるが、アトーレでは新聞は一月一回の発行。今日がその日だ、いいな?」


 無言で頷く俺。

 カルディオスは新聞の、開いたままにしている頁を示した。


「で、今日、この新聞に、我らがお待ちかねのリリタリスの令嬢の名前が載った」


「はあ」


 ディセントラも困惑顔。

 俺はびっくり。


 この時代、身分ある人の名前が市井に知らされるのか!

 前の人生までの時代じゃ有り得なかった。

 男性で、何か武勲を上げたとかなら広く名前を知られることもあったけれど、そうじゃない限りは、滅多なことではファーストネームまでは市井の人間に伝えられない。

 市井の人間が知ってても何の益もない情報だし。

 特に女性は、近親者にしか名前を伝えないこともあったくらいだ。

 唯一、生まれると同時にフルネームが市井に伝えられるのが王族。

 あと国王だとか皇帝だとか、国家元首に嫁いだ――即ち妃となった人も、婚礼の前触れとしてフルネームが市井に広まったものだ。


 俺の顔を見て、俺が何を考えているか大体のところを察したのだろうカルディオスが、早口に言った。


「この時代も、そんなに軽々しく身分のある人間の名前は広まらないぜ? ただリリタリスの令嬢の留学は、結構大々的だろ。で、この新聞を出してる会社が根性で令嬢の名前を突き止めたらしい。――読め」


 俺とディセントラは顔を見合わせ、揃ってカルディオスが示す記事を覗き込んだ。


 新聞は、紙一面に細かい字がびっしりと書いてある。

 手書きではないらしく、全てが同じ大きさ、同じ線の形で記されている(あとで聞いたところによると、活版印刷という技術らしい)。

 紙は幾つもの大小様々な枠に区切られて、一つの枠の中に一つの話題が記事として書かれているようだった。

 目立つところに、レヴナントによる被害を報じる記事が見えた。


 カルディオスの示す記事はやや小さな枠で、こう題されていた――『リリタリス令嬢ノ御来訪迄二月(ふたつき)』。


 記事にはこうあった。



『兼ネテヨリ、御婚約者定マラズ。御来訪ノ予定延期ハ記憶ニ新シカロウ。然シ乍ラ、レイヴァス王国筋ノ報ニ拠レバ、リリタリス家唯一ノ嫡子トゥイーディア・シンシア・リリタリス嬢、着々ト御出立ノ準備ヲ整エ、近ク御婚約者候補ト共ニ、ガルシア指シテ出航ノ御予定――』


 

 俺は思考停止した。

 歓喜と恐慌が感情を二分した。


 辛うじて声が出た。


「……トゥイーディア?」


 カルディオスは興奮気味に頷く。


「ああ、そうだよ! こんな珍しい名前、二つとあって堪るか!」


 ディセントラが茫然とした声を漏らした。


「――待ってればあの子に会えるってこと?」


「そうだよ!」


 カルディオスは興奮が一周回って笑いが込み上げてきたらしい。肩を震わせながら言った。


「いやあ、マジで準備から逃げ出さなくて良かったぜ。危うく入れ違うところだったな。コリウスに乾杯だ。

 ――そのコリウスとアナベルは? メシの番は俺たちと違うにしろ、今どこにいる?」



 俺はなおも衝撃が抜け切らず、茫然としていた――が、傍目にはきっと、常と変わらぬ様子に見えているに違いない。


 俺が覚えるこの感情が表へ出ることを、俺に課された代償が悉く禁じている。



 ――トゥイーディアがここに来る。会える。顔が見られる。



 そのことが、俺に息をすることすら難しいほどの歓喜をもたらす。


 ――良かった、会える。

 あいつはまだ救世主であると周囲にバレていない。

 救世主だとバレる前に俺たちと合流できるなら、俺たちはあいつを助けられる。

 それに、高名な家の一人娘として生まれついたのならば、きっと辛い目にも遭ってないだろう。


 本当に良かった。


 だが、その一方で。



 ――婚約者?



 記事にもう一度目を向ける。確かに書いてある。『婚約者候補』と。


 ――今までトゥイーディアは、特定の誰かと恋愛めいたことはしていなかったように思う。

 代償のせいで会話すら侭ならない俺だが、あいつに向ける関心は並々ではない。そういう雰囲気があれば察していたはずだ。


 それが、今回。



 ――婚約者?



 許されるならば膝から頽れて絶叫しているほどの恐慌。

 今生は四方八方から想定外の衝撃を受けることが多かったが、これは一番ひどい。



 ――婚約者!



 有り得ない。

 あいつが本気で好きになった相手なら、妬心はどっかに追い遣って応援してみせるが、明らかにこれ政略結婚じゃん。

 有り得ない。

 政略まみれの色眼鏡であいつのことを見て、あいつの何が分かるという。

 有り得ない。

 いざとなったらぶっ殺す。

 俺じゃ多分無理だから、誰かを焚き付けてやってやる。




 ディセントラも俺と同じところに引っ掛かったのか、記事を見下ろしながら考え深げに顎に指先を当てた。


「――イーディが合流すればめでたしめでたしだけれど……。

 婚約者ねぇ。あの子、今までそんなの無かったわね」


 無かったとも。あったら俺は発狂してる。


 内心でそう断言した俺だが、傍目には平生変わらぬ仏頂面。

 めらめらと燃える内心とは対照的に、多分俺は、顔面に、「興味なし」と書いてるみたいな表情をしているんだろう。


 案の定、俺を見たカルディオスは肩を竦めた。


「おまえね、もうちょっと関心寄せろよ。

 ったく、イーディにだけ冷た過ぎるぞ」















 その日の夜になってようやく、俺たち五人は人目を避けて一箇所に集まることが出来た。


「まさか新聞で居所が知れるとはね」


 コリウスが感慨深そうに言う。


 一方のアナベルは、今日の新聞を読み逃していたらしい。

 話を聞いてしばし大きく目を見開いたあと、きっぱりと言った。


「これで、トゥイーディアを乗せた船が沈没でもしたら笑えないわね」


 ……このやろう。


「アナベル、その不吉な未来予想やめねえ?」


 カルディオスが拗ねたようにそう言って、それから輝くような笑顔で俺たちを見た。


「良かったな! これで問題なく合流できるし、とっととここからおさらばだ!」


 その明るい宣言に、コリウスとディセントラが顔を見合わせた。

 そして、同時に口を開いた。


「……ここを出る意味、ある?」


「……ここに留まればいいんじゃないか?」


 カルディオスが目を剥いた。

 なんでだよ! と言いそうだと察して、コリウスが淡々と言葉を続ける。


「ここを出る最大の目的は、トゥイーディアを捜すことだっただろう? トゥイーディアが無事にここまで来てくれるなら、僕たちが――給金も問題なく貰えるここを出る意味は、それほどない」


 カルディオスは零れんばかりに目を見開き、自分とコリウスを指差した。


「おい、正気か、コリー。このままここにいたら、俺も、おまえも、家督を継がされるんだぞ」


 心底から面倒事は嫌だと思っていることが分かる声音だったが、コリウスはさらりと言った。


「今回の人生は自由だし、まあ、たまにはいいんじゃないか」


「嫌だ嫌だ絶対嫌だ!」


 カルディオスは声を抑えながらも絶叫し、ディセントラとアナベルを指差した。


「コリウスおまえ、お偉い辺境伯なんか継いだ日には、平民のこの二人とは会えなくなるぞ!」


 コリウスは眉一つ動かさなかった。


「たまにはそれぞれの人生に干渉しないのもいいだろう」


「マジかよ! 寂しくねーの!? この何百年の間に培った絆は何なんだよ!」


 叫ぶカルディオス。

 家督を継ぐのがよっぽど嫌らしい。


 コリウスは薄く笑い、アナベルが醒め切った声音で呟いた。


「まあ、縁が切れたら切れたで、そのときはそのときで考えましょう」


「アナベルぅ――っ!」


 カルディオス絶叫。


「まあまあ、カル。そんな、数十年くらい別々に過ごす程度で、私たちの関係が切れたりしないでしょ? どうせまた次の人生で会うことになるわよ」


 ディセントラがのんびりと口を挟み、「そうじゃない!」とカルディオスが地団駄を踏む。

 まあ、こいつとて俺たちの縁がそう簡単に切れるものじゃないことは先刻承知なのだ。


 頭を抱えたカルディオスが、今度は俺を指差す。


「ルドは! ルドは――まあ、俺んちでずっと面倒見るのもアリ、だけど……」


 一方、指差された俺は気が気でない。

 お互いがお互いに対して不干渉を貫くというのなら、代償がある以上、俺は今生において金輪際トゥイーディアに会えなくなる。

 これまでの人生は六人揃っての集団行動が基本だったから、何とか一緒にいることが出来たのだ。


 なので今回の人生においても、何とか集団行動に持っていかねば。



 トゥイーディアの名前は出せない。俺には代償がある。

 現にさっきから、「トゥイーディアが婚約を嫌がってるようだったら連れて逃げようぜ」と言いたいのに口が開かないのである。



 すっと短く息を吸って、俺は辛うじて言った。


「まあ、そうだな。――けど、強いて言うなら、なんで俺が魔王として生まれたのかは気になるけど」


 その途端、一種ぽかんとした四対の視線が俺に集中した。

 たじろぐ俺。俺、なんか変なこと言った?


 やがて、コリウスがぽつりと呟いた。


「……そうだったな。ルドベキア、魔王だったな。忘れていた」


「おい」


 思わず突っ込む俺。


 とはいえ仕方ない。


 俺たちは準救世主であるときも、正当な救世主であるときでさえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これまでも、魔界であるあの南の島に乗り込み、魔王の玉座で悠然と俺たちを待つ白髪金眼のヘリアンサスをこそ、()()()()()()()()()()殺そうとしてきた(そして、その同じ数だけ返り討ちに遭ってきた)。


 俺たちの行動原理は、「南の島に魔王がいること」および、「ヘリアンサスこそが魔王であると知っていること」だったのだ。



 アナベルは眉を寄せている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを、こいつは多分、ずっと心のどこかで考えているんだろう。


 一方でカルディオスは喜色満面。


「それだ! それだ、ルドベキアのためにも俺たちは探求の旅に出るべきだ!」


「旅に出るべきかはさておいて」


 ディセントラがばっさりと切って捨て、俺を見て首を捻った。

 切って捨てられたカルディオスは項垂れた。


「まあ、原因が気になるところではあるけれど――どうすれば原因究明が可能かは、ちょっと判断がつかないわね」


 コリウスが眉を寄せる。



「まあ、今回に限ってヘリアンサスがいないということもないだろうから、仮に何か手掛かりになるとすればヘリアンサスだろうが」



 全員押し黙る。


 数分の沈黙ののち、アナベルがぼそりと言った。


「――ヘリアンサスがどこにいるか分かったとして……、あいつに何か訊く度胸、ある?」


 一斉に首を振る俺たち。


「無理ね」


「にっこり笑顔で首をちぎられそうだな」


「違いない」


「――ってかさ」


 俺はぐるりとみんなを見渡して、


「万が一だけど、前回にトゥイーディアがヘリアンサスを殺した可能性は?

 正当な魔王(ヘリアンサス)がいないから、だから俺が魔王になった――ってことは考えられないか?」


 全員の目がディセントラに集中した。

 トゥイーディアと共に、前回は終盤まで生き残ったのはディセントラだ。


 視線を受け、ディセントラは諸手を挙げた。


「少なくとも私が死んだときは、トゥイーディアはぼろぼろで、ヘリアンサスには傷一つなかったわよ。あそこから巻き返して勝ったなら、トゥイーディアは化け物ね」


「化け物並みに強いだろ。

 ――純粋に破壊力を比べれば、俺たちの中ではイーディとルドが一、二を争う」


 カルディオスが真顔で言い、俺は首を振った。


「買い被り過ぎだ、カル」


「どっちを?」


 きょとん、と問い返され、俺は思わず眉間を押さえる。


「俺を。――あいつと比べるなよ。

 それに俺より、アナベルの方が何だかんだで応用利くだろ」


 カルディオスは首を捻った。


「そうか? アナベルよりおまえの方が派手じゃん」


 まあ、一番はイーディだけど――と続けたカルディオスに、アナベルが溜息を吐いた。


「あのねえ、カルディオス。そのトゥイーディアも、前回で救世主を担当するのは何回目だった? 数え切れないでしょう? 今までで一度だけでも、救世主になったあの子がヘリアンサスに傷一つつけたことがある?」


「そうだけどさ……」


 むくれるカルディオス。


 反論はできないだろう。

 かつて全員で必死になって、()()()()()()()()()()()()()()()()()一度、救世主を担当していたのはトゥイーディアだった。

 でもそのときも、トゥイーディアは一撃たりともヘリアンサスに通すことは出来なかった。


 それを後目に、コリウスが眉を顰めて言った。


「――〈魂は巡り巡って決して滅びない〉が……確かに。トゥイーディアと合流して、トゥイーディアとそのことを話せるようになったら、一度前回の決着について訊いてみようか」


〈魂は巡り巡って決して滅びない〉――絶対法の一つである。


 すなわち、常識的に考えれば、たとえヘリアンサスを殺したとしても、ヘリアンサスの魂が消失するわけではないということだ。



 確かに普通ならそうだけどさ。



 俺は溜息を零して、それからなんとなく周囲を見渡した。

 ここは宿舎の廊下の端っこで、人影はない。人影があったら大問題なんだけど。

 万が一にでも俺が魔王だって知られたら、即刻ここの隊員みんなして俺を殺しに掛かるだろうからね。

 俺たちは結構危ない会話をしているわけだ。


「――そのトゥイーディアだけど」


 アナベルがぼそりと呟いた。

 そしてちらりとカルディオスを見て、軽く肩を竦めてから言葉を続ける。


「カルディオスの肩を持つわけじゃないけれど、ここを出て行くことについてね。

 ――でも、もしもトゥイーディアが意に添わぬ結婚を強いられているのなら、――あたしとしては、助けて逃げるに吝かではないけれど?」


 よく言った。よく言ったアナベル。


 内心で俺は大喝采。

 声を大にしてアナベルに賛成したいが、俺は声を出すことも表情を変えることも出来ない。


 カルディオスがこくこくと頷き、ディセントラとコリウスを見た。


「絶対嫌がってる。あのトゥイーディアが、どこの馬の骨とも知れない奴とほいほい結婚するもんか」


 ――まだ結婚まではしてないだろ。


 そう突っ込みかけた俺はしかし、熱烈にカルディオスの言葉を支持したいがゆえに――その動機となる感情ゆえに、口を開くことは出来ない。

 それにしてもカルディオス、頼もしいほどに確信し切った口ぶりである。


 カルディオスに見詰められた二人は顔を見合わせて、


「あのトゥイーディアが、意に添わぬ結婚、ねぇ……」


「想定しづらいところはあるが、トゥイーディアは昔から身内が絡むと弱いから、有り得ない話ではない……か」


 ディセントラは腕を組んだ。


「そうねぇ。今のトゥイーディアにとっては、()()()お父さまとお母さまだものね。家のためだって泣かれたら了承するでしょうね」


 カルディオスが身を乗り出す。


「連れて逃げようぜ? な? 連れて逃げるだろ?」


「カルディオス、やかましいわよ」


 アナベルに一蹴され、唇を尖らせたカルディオスを軽く笑ってから、ディセントラが頷いた。


「ええ、そうね。トゥイーディアが嫌がってるなら連れて逃げるわよ」


「僕としても異論はない」


 二人の同意を得て、カルディオスはなんとも言えない顔で呟く。


「なんかこう、俺の身分からの脱走はみんな支持してくれなかったのに、イーディの結婚からの脱走には大賛成な感じ、めちゃめちゃ依怙贔屓って気がするけど――」


 そこで言葉を切り、カルディオスは嬉々とした表情で俺を見た。


「けど、満場一致だ。ルドベキア、もちろんおまえにも付き合ってもらうからな?」


 付き合うも何も、俺は心底から大賛成で、出来ることなら率先して動きたいのだが。



 ――俺に出来たのは、「仕方ねえな」と呟きながら腕を組み、そっぽを向くことだけだった。















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