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20◆ 世双珠の話

 そんなわけで。


「今日からよろしくお願いします」


 俺はそう言って居並ぶ人々に頭を下げる。

 まだ早朝のことである。


 寒い。思わず、すん、と鼻を鳴らしてしまう。


 俺の身を包むのは黒い軍服――ここガルシアの制服だ。



 なんでこんなことになったのか。





◆◆◆





 働け、と言われて、俺はぶんぶんと首を振った。


「無理だ! こんなどこから来たのかも分かんねぇ得体の知れない奴を、どこの誰が雇うんだよ! こんなお堅そうな所だったら猶更だろ! それとも何か? また俺にみんなとは離れてろってか!」


 この十八年間が完全にトラウマ。

 俺は梃子でもみんなから離れないぞ。


 言い募る俺を後目に、アナベルがカルディオスを見た。


「カルディオス。あなたの今のお父さまになら後見人頼めるんじゃない? あの人、あまり物事を深く考えない戦闘狂でしょ。適当なことを言って丸め込めば」


「頼めるとは思うぜ。手紙書くから、返事まで十日くらいかな」


 あっけらかんと答えるカルディオスに、俺は思いっ切り顔を顰めて見せた。


「……何させるつもりだ」


「そんな怖い顔すんなよ。――どうせなら」


 カルディオスは鋏を持ったままぽんと手を打つ。


「ルド、俺たちの同僚になればいいじゃん!」


 俺の顎が落ちた。


「――は?」


 カルディオスはいい笑顔だった。


「それで、今の社会常識を学べ!」










 ここガルシアは、西に海を望む要塞都市である。


 都市への入り口は二つ。

 一つ目は俺が入って来た入り口――カーテスハウンから続く街道が通じる、都市の南側の入り口。

 そしてもう一つが海からの入り口だが、こちらは一般人がそう易々と使えるものではない。


 というのも、この都市は明確に区切られている。

 通行証なしでも入ることが出来るエリアと、通行証がないと入れないエリアだ。

 この、通行証がなければ入れないエリアのことを纏めて「砦」と呼んでいるらしい。

 砦は都市の中でも別個の城壁に囲まれて守られており、都市の中心部から西の港までもがこの砦に該当する。

 つまりこの都市は、海を望む砦と、その砦を馬蹄形に囲む町とで成り立っているのである。港はもちろん砦の一部だ。


 普通ならば町を守るのが砦であるからして、あべこべの呼び名である。


 町には主に、軍人ではない人たちが住む。

 隊員の家族や、まだ正式に隊員となっていない子供もそこに含まれる。このガルシア、早ければ四歳くらいから隊員候補として来る人がいるんだとか。

 そういう子供は、概ね十五歳とか十六歳とかで、一人前の隊員になる試験を受けて、合格すれば晴れて砦に入る権利を得るのだそうだ。


 砦には様々な施設がある。

 まず一番外側に宿舎――俺が一番最初に入った、カルディオスたちの部屋がある建物だ。この建物は馬蹄形で、その内側に中庭を有している。

 他にも、都市で最も高い尖塔を有する魔法研究院。

 ガルシアのあるアトーレ地方を治めるテルセ侯爵の屋敷。

 でかい円蓋を持つ訓練場。

 訓練場とは別に、野外訓練のための巨大な広場。

 ガルシアの司法と行政の場となるらしい、役所を一箇所に集めたみたいな建物。


 砦に入る通行証が与えられるのは、第一に魔法研究院の研究員。

 そしてテルセ侯爵とその家族および使用人と私兵。

 そしてガルシアの役人たち。

 そして、ガルシアの戦闘部隊の隊員たちだ。


 このガルシア、俺がちょっと疑っていた通りに、対レヴナントに特化した軍事施設だった。

 レヴナントが出たところに遠征に行ったり、近くに出たレヴナントの討伐に出たり、果てはレヴナントの研究をしたり。

 遠く離れた場所にも駐屯所を持っていて、そこにも常時隊員が詰めているそうな。


 でも今は、間近(といっても三箇月後)に迫るリリタリスのご令嬢のお迎えに心血を注いでいるらしい。


 レヴナントには魔法を以た攻撃しか効かないので、ここの隊員は例外なく魔術師だ。



 こうしてみんなに寄って集って説明されて、俺がびっくりしたことが二つ。


 ――まず一つ目、レヴナントが一体何なのか、知っている人はいないらしい。

 百年くらい前に急に発生して以来、人々はその脅威に怯えていると。何だそりゃ。


 ――二つ目。

 この時代、俺の知ってる魔法の使い方と違う。


「まずこれを見ろ」


 と、カルディオスがデスクから取り出して来たのは真っ赤な宝玉。

 大きさは人差し指と親指を使って輪を作ったくらいで、俺は思わず顔を背けた。

 何というか、見ていると心がざわざわしてくる宝玉だったのだ。これ、ガルシアの町の中で見たような。


 俺の反応に、四人はみんなしてうんうんと頷いた。


「やっぱりそうなるか」


「分かる分かる」


 俺はきょとん。


「え、ごめん。これ、なに?」


 カルディオスがわざとらしくも重々しい声を出す。


「これはな、世双珠(せそうじゅ)というものでな」


「セソウジュ」


「なんと今の時代、みんなこれを使って魔法を使うわけよ」


 俺はぱちぱちと瞬き。


「え? どういうこと?」



 その後みんなに説明された内容を纏めるとこういうことらしい。


 まず、世双珠というのは――仕組みは分かっていないが(仕組みが分かっていないものをよく使う気になるよな)――、世界の(のり)を簡単に変更できる性質の石らしい。


 感覚としては、世双珠一つにつき、変更できる世界の法の「枠」を予め決められているようなもの。


 で、今の時代、人々は己の魔力を〈法を変える〉ことに使うのではなくて、〈世双珠を使う〉ことに使うのだそうな。

 魔力を以て世双珠と自分を繋ぎ、そのあと世双珠に決められた通りに世界の法を変更するのだとか。

 だからこの時代、魔力の大きさは無論のこと、どれだけ豊富な世双珠を持つかが魔術師として大切なところなんだとか。変なの。

 その文化が広がったのも百年前くらいらしい。


 俺たちが死んでる間にホント何があったんだ。

 今では魔力の大きさは、どの世双珠を扱えるかに直結する素養として考えられているらしい。

 派手に世界の法を書き換えることのできる世双珠を使うには、それだけの魔力が要求されるとのこと。


 そして世双珠と人は、別に一対一でなくてもいいらしい。

 レヴナントを相手取った集団戦では、一つの世双珠を数十人が一斉に使って魔法を行使するのだそうな。それ、世双珠が壊されたらどうすんのかね。


 で、この世双珠、何が便利って、魔力を消費し続けないことだ。


 これで船やら汽車やらの動力の謎が解けた。

 世双珠を使うことで魔力は消費されるが、その後の魔力は(仕組みは良く分からんが)世双珠自体が負担する。

 だからこそ、〈車輪を動かす〉よう世界の法を書き換える世双珠を使えば、あとは世双珠が勝手にやってくれるのだ――と思いきや、ことはもうちょっとややこしいらしい。

〈車輪を動かす〉よう世界の法を書き換えてしまうと、汽車は停まることができなくなる。

 なので汽車のあの黒い筐体の中で――そして恐らくは船においても――世双珠が生み出すのは「熱」なんだとか。なぜ熱かというと、蒸気を生むため。その蒸気を圧縮したり何だりして(その過程にも世双珠が関与していて)、動力を生んでいるのだとか。ややこしいな。

 けど、道理で汽車も船も煙を吐いていたわけだ。

 また、その辺の機械を生産したり調整したりするのが技術屋となった魔術師の仕事らしい。


 その辺りの事情をよく分からないままに呑み下した俺が理解したのは、「俺、汽車関係の仕事が向いてるんじゃね?」ということだった。何しろ熱ならお任せあれだ。


 ――とはいえ、いかな俺といえども、四六時中放熱していれば早晩ぶっ倒れる。

 それを代替わりしてこなす世双珠というものは、


「……便利だけど不気味だな」


 俺が呟くと、うんうんと四人が頷く。


「分かる。なんか腑に落ちないよね」


「使うのもそこそこ気持ち悪いけど、怪しまれないためには耐えるしかないの」


「俺たちに限れば、普通にいつも通り魔法を使う方が便利なんだけどな」


「普通の魔法の使い方はもう滅びた文化――って感じなのか?」


 俺が尋ねると、コリウスが首を振った。


「いや。だが、非効率的と考えられているらしい。

 ――ほら、五回くらい前の人生で、詠唱が流行ったことあっただろ? あれと同じ感じの捉えられ方だよ」


 あったあった、と俺は頷く。

 どういう風に世界の法を変えるか、詠唱によって予め決めておくってやつ。

 ちょっと応用が利かないところはあったけど、裏を返せば難しい魔法も覚えてしまえば一発で成功させることが出来るものだった。

 トゥイーディアはちょっと気に入ってる風だった。こっそり詠唱の練習をしているところを目撃したことがある。


「だが、まあ――世双珠の登場で一気に文明が進んだんだろうな」


 コリウスはちょっと難しい顔をして言った。


「今までも、微妙に世界は変わっていっていただろう? だがそれはどちらかというと『文化』の進化であって『文明』の進化ではなかった。生活水準がここまで劇的に変わることはなかった」


 そうね、とディセントラが腕を組む。そして、知ってた? と言わんばかりに俺の顔を見た。


「文明だけじゃなくて、世の中の仕組みも様変わりよ。〈洞〉は自然発生しなくなって、殆ど全部の〈洞〉が地図に書き込まれてるの。みんな予めそこを避けて通れるわけ。だけど代わりみたいに、〈呪い荒原〉が年々広がってるの。これも、ここの研究院が原因究明を掲げてるところの一つだけれど」


「なんか目が回るな。どうしちゃったんだ世界」


 地図を見たときに縮尺がおかしいと思ったのはそのせいか。

 てかあの不毛の大地が年々広がってるとか、〈洞〉が開くより恐ろしいわ。



 と、まあ、日々そんな感じで現在の常識を叩き込まれながらカルディオスの部屋で身を潜めて暮らすこと十一日。

 カルディオスの今の父親から手紙が届いた。

 言わずもがな、息子からの無茶なお願いに対する返答である。


 得体の知れない馬の骨の後見人となり、その馬の骨をガルシアの部隊の一員として推薦してほしいというお願いに対する返答は。


 力強く、「是」と書かれた手紙を見て、俺が崩れ落ちたことは言うまでもない。


 トゥイーディアを捜しに出発するまでの間、遊んで暮らせると思ったのに……。



 そうして俺に軍服が支給される運びとなったのである。





◆◆◆





 よろしくお願いしますと俺が頭を下げたのは、砦の中の訓練場でのことである。


 木を組み合わせて造られたでかい円蓋は高く、どうやってこれを建てたのか、前時代的な俺はつくづく疑問に思う。

 ここで朝食前に早朝から訓練があるらしくて、カルディオスも毎日出ているのを、俺はこの十一日間で見ていた。俺は部屋でぬくぬくしていられて幸せだったのに。


 早朝訓練は、ガルシア部隊の全員が一斉に行うものではない。

 ここにいる部隊全員だと三千人近くになるらしいから当然。人口密度で訓練どころじゃなくなるからね。


 そんなわけで俺の目の前にいるのは三百人くらい。一糸乱れぬ隊列で、見ていてこちらが疲れてくる。

 ただ、この中にはカルディオスとディセントラがいる。人が多すぎて見えないけどいる。そう言ってた。


 俺を見る三百人――というか、二百九十八人の目は冷淡だ。

 まあ、正規のルートじゃないところからいきなりぶっ込まれた俺を、温かい目で見ろなんて無理だろうな。

 ここの隊員はいわゆるエリートが多いみたいだし、自尊心もさぞかし山のように高かろう。

 あと、俺をぶっ込んできたのがこの国の偉い将軍さまだってところも、「なんなんだあいつは」と思わせる一因だろうな。


 俺の隣に立つ、この三百人の上官だというおじさんが、俺に列の最後尾に並ぶように指示した。

 え、この大集団の外縁を回っていけと? まあ行くけどさ。



 肩に金の房飾りが付いた軍服は重い。

 軍帽は俺の黒髪と完璧にマッチして違和感なし。

 腰のベルトには小さな革袋をぶら提げていて、この革袋の中に、支給された幾つかの世双珠が入っている。ベルトには矢鱈と重い小刀が二丁。

 踝までを覆うブーツもまた重い。

 さっき初めてこの服に袖を通して、余りにも似合ってないのでびっくりした。

 カルディオスみたいに顔がいいと、大抵なんでも着こなすからいいよな。あとコリウスは、軍服が似合わなければ何が似合うんだってレベルのかっちりした雰囲気だし。

 俺のびっくり顔を見て、カルディオスは笑いながら褒めてくれた(晴れて隊員になった俺は一応部屋を貰ったけれど、一人になるのが落ち着かないので朝からカルディオスの部屋に押し掛けていたのである)。

 確かに、金の房飾りの付いた上着を脱いで、白シャツと黒いウェストコート姿になれば――似合っていないこともない。

 髪を切ってすっきりした俺は、俺自身が見慣れた俺の姿になっていた。

 シャツもウェストコートもズボンも、分厚いけれど柔らかい素材で動きやすい。



 そそくさと隊員たちの大集団の外縁を周る俺が、然るべき位置に着く前に、上官が指示を出し始めた。

 曰く、二人一組で打ち合い開始。


 俺は首を捻った。

 この訓練、今までも同じように行われていたのなら、この集団は俺を除いて偶数人数で作られていたということだ。

 そこに俺一人が加わると奇数になり、二人一組を作るとあぶれる一人が――多分ってか間違いなく俺がその一人になるけど――出てくるはずだ。


 何なら俺は、カルディオスかディセントラのいる二人組の三人目になってもいいんだけど――と思いつつ、俺は速足で集団の最後尾へ回った。


 そうしている間にも、集団は適度に互いの間隔を開けて打ち合いを開始している。

 打ち合いと言われても棒も剣も何もないけど、と俺は魔術師らしからぬことをちょっと考えたのだが、勿論のこと、これは魔法の訓練。


 皆さん自前でそれっぽいものを作っていらっしゃる。


 ある人は空気を圧縮して目には見えない棒を振り回し、またある人は空気中に霧散している水分を集めて固めて棒状にし、またある人は足許の土を圧縮し、またある人は炎で出来た大剣を振り回し。

 全員に共通していることは、それらを振り回しているのは利き腕一本で、もう片方の掌に世双珠を握っているところ。

 世双珠を使うために、特に接触の必要はないと教えられたが、複数持たされている世双珠の中からどの世双珠を使うのか、認識しやすくするために触れているんだろう。


 先程までの静けさはどこへやら、辺りには様々な音が満ちた。

 掛け声、棒同士の打ち合う硬質な音、あるいは炎が燃えるぱちぱちという音、水の跳ねる音、風切り音。


 首を竦めながら俺が最後尾に行き着くと、そこでは一人の少女が手持無沙汰そうに俺のことを待っていた。

 ちょうど目の前の二人組が打ち合うのを、睨むようにして見ていたようだ。見られている二人組は、緊張しているのか動きが硬い。


 そこに現れた俺に、少女は険しい鳶色の目を向けてくる。

 動きやすさを重視したらしく、赤い髪の一部を高く結い上げて纏め、きっちりと軍服を身に纏ったその少女――


 ――ん? どっかで見覚えが……。


 少し引っ掛かったものの、俺は内心で合点した。

 恐らくこの子は、人数合わせのために他のグループから引っ張られてきたのだろう。

 わざわざ違うグループに移って来てやったのに、肝心の俺に少々待たされたことでご立腹といった様子だ。


 少女に駆け寄って、俺は軽く会釈した。かつて貴族として生まれたこともある俺、礼儀には適いまくった一礼である、文句はなかろう――……あ。


 思い出した。


 この子、駅でぶつかり掛けた子だ。

 確かにあの後、この子たちは辻馬車でガルシアに入ったんだった。俺の乗っていた乗合馬車に先んじて。


 顔を上げた俺を、赤い髪の女の子はまじまじと見た。

 鳶色の眼差しから険が薄れ、訝しげに眉を寄せている。


「……あら? どこかで――」


「気のせいじゃないですかね」


 俺、即答。


 何しろ今の俺は、カルディオスの遠縁の親戚ということになっている。

 さすがに何の縁もゆかりもない人間を、カルディオスの今の親父さんに後見してもらうのは、親父さんの立場としても難しいということで、そのような設定にしたのだ。

 ちなみに、口裏を合わせてくれているカルディオスの親父さんは、俺のことをアナベルの腹違いの兄だと思っている。

 魔術師を志すも身分がなく困っている身の上、どうか遠縁の親戚としてご援助願いたい――とカルディオスが勝手にぶち上げたのだ。

 そのカルディオスの遠縁の親戚が、あんな風に汚れ切って駅にいたなど、辻褄が合わなくなる。

 何しろ俺はカルディオスによってガルシアに招かれたことになっているので。

 なので、この女の子に俺があのとき駅にいたとバレるのはまずいのだ。


 言下の断言を受け、ちょっと不快そうに眉を寄せた女の子に、俺は仏頂面で名乗る。

 カルディオスならこういうとき、にこっと笑って歯の浮くような台詞を吐いて相手の機嫌を取り持つのだが、俺にはそういう芸当はできない。そもそも俺はそんなに愛想が良くはない。


「――申し遅れました、ルドベキアです」


「ティリーよ」


 女の子も素っ気なく名乗った。

 絶対に家名があるはずの、この見た目からして育ちが良さそうなお嬢さんではあるが、ガルシアでは一応、身分はないものとして扱われるのだとか。

 あくまでも軍人として、その技量のみで評価されるというのが建前。

 なので名乗りにおいては、基本的に姓は省略する。


 実際は身分による(しがらみ)だらけだとアナベルが言っていたけれど。


「敬語はよしてちょうだい。隔てなしというのがガルシアの鉄則よ。――少なくとも訓練中は」


 ティリーが不愉快そうに言い添え、俺は頷いた。


 はあ、とこれみよがしに溜息を吐き、ティリーは左手に握った青い世双珠を軽く掲げる。

 世双珠が淡く光り、ティリーの右手の中に空気中の水分が凝固して集まり始めた。


 それを確認してから、俺は革袋の中を探って琥珀色の世双珠を取り出す。

 内心の違和感と嫌悪感を呑み下して軽く握ると、世双珠が薄らと輝いた。



 ――世双珠の扱い方は、昨日までの十一日間でみんなから教わった。

 魔力の目標となるものを無理やりに変えるような違和感はあれど、俺たちみたいに人生経験豊富だと、扱いに困るものではない。

 特に俺はなぜか分からないが――世双珠の扱いには嫌悪感も違和感も覚えるというのに――世双珠との相性がいいらしく、飛び抜けてスムーズに扱いを覚えることが出来た。


 俺の足許で土が蠢き、もぞもぞと集まり、杖状になって屹立した。

 俺がそれを握り、えいやとばかりに地面から引き抜く――のを待たず、ティリーが手にした水の杖を大上段から振り下ろしてきた。


 飛び退いてそれを躱し、俺はむしろきょとんとする。

 相手は見るからに貴族。相手の顔を立てるためにも負けるに吝かではないが、とはいえこの態度は疑問だ。


「え、俺――何かした?」


 何しろこのティリーさん、なぜかめっちゃ不機嫌だ。

 確かに少々待たせはしたが、それでこんなにご機嫌斜めになられては敵わない。


 疑問符を飛ばす俺に、初太刀を思いっ切り地面にぶつけることになったティリーがじろりと視線を向けた。

 鳶色の目に憤然とした表情を認め、俺はますます困惑する。


「――何も分かっていないのね……!」


 もはや呪詛の如くに吐き出された囁きに、俺は首を傾げた。

 ――と同時、ティリーがこちらに向かって踏み込み、下から救い上げるように水の杖を振り上げた。


 地面にぶつかっても形を崩さない水の杖から、それを象る魔力を扱う技術の高さが窺える。


 俺はしっかりとそれを見て、手に持つ土の杖でそれを受けた。

 途端、競り負けたように崩れる土の杖。


「…………」


 ぼろぼろと崩れる土の杖を無表情に見据えるティリーに、俺は軽く一礼してみせる。


「――俺の負け。もう一回頼める?」


 す、と、ティリーが鳶色の目を上げた。


 その目に憤激の煌めきが走るのを見て、俺は反射的に半歩下がる。

 そしてティリーは、ぎゅっと握った右の拳を俺に向かって振り被った。



「――ふざけないでちょうだい!!」












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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎が散りばめられてて考察が楽しい 未読の話がまだ沢山掲載済みだからとても期待! [気になる点] 世双珠は一体何からできているのか 違和感や嫌悪感を特別感じるのは魔王だからではないか 果たし…
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