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27◆ 従兄のハンス

 どうやら昔からの知り合いらしい旅装の男と、客人であるカルディオスが一触即発の雰囲気を醸し出し始めたことに泡を喰って、ジョーが慌てて二人の間に身体を滑り込ませた。


「まっ、待ってくだせぇ、悪気はねえんだ!」


「悪気のあるなしが関係あるか?」


 即答で応じたカルディオスはしかし、次の瞬間には表情から粗方の険を失くした。


 察するに、失言が原因でアナベルの目も見られなくなっている我が身の状況を思い出したのだろう。


 カルディオスの表情から険が薄れたことを見て取って、男はトゥイーディアに目を向けた。

 そして、頓着なく手を伸ばして彼女の頭の上にぽすんと掌を載せると、訝しげに眉を寄せつつ。


「――なんだこの、色男の番犬は。あんたの婚約者ってこいつかい?」


 無言で首を振るトゥイーディア。

 男の掌の下で頭を動かしたから、頭のてっぺんの髪が少し解れたようだった。


「ふうん」


 まじまじとトゥイーディアを見下ろして呟いて、男は肩を竦めて彼女の頭から手を退かした。


 途端、甲斐甲斐しくトゥイーディアの髪を撫でつけるカルディオス。

 それを懐疑的な眼差しで眺めつつ、男は首を傾げた。


「――ま、とにかく、あんたが『トゥイーディア』だな?」


 頷くトゥイーディア。


 男は何やら同情的な顔になると、その場で膝を屈めてトゥイーディアと視線を合わせ、真顔で言った。


「悪かった、そんなにへこむなよ。シンディほどの美人は滅多にいねえんだから。あいつのおふくろさんもそんなに美人じゃなかったみてぇだしな。大丈夫だって、あんたもそこそこ可愛いって」


「は、はあ……」


 茫然とした様子で呟き、トゥイーディアは首を傾げた。


 俺としては男の首を締め上げて、トゥイーディアは可愛いだろうが、と怒鳴りたい気持ちがあったのだが、そんなことが出来るわけもないしね。

 よしんば代償がなかったとしても、そんなことをすれば、トゥイーディアから雷を頂戴するのは目に見えている。


 見当違いに慰められたトゥイーディアは、いったん自分の思い込み――彼が、ニードルフィアの乱に纏わる一連の出来事に関わっていたこと――から手を引いたらしく、頭の中を整理しようとするように息を吸い込んだ。


「――あの、あなたはどなたで、何の御用で?」


 訝しげに尋ねられて、男は頭を掻いた。


 そして一歩屋敷の中に入ると、大きな玄関扉を当然の顔で閉める。

 ばたん、と音がして、夜気が遮断された。


 ジョーがあわあわと、「こいつは――」と説明しようとしているが、なかなか言葉になっていない。

 そんなジョーをうるさそうに手振りで黙らせて、男は右手の人差し指を立てた。


「――俺はアーバス。あんたの親父の友達で、命の恩人で、あとちょっとした喧嘩をした仲だ。『泥棒さん』だよ、確かに」


 トゥイーディアは瞬きして、素っ頓狂な声を上げた。


「――ニードルフィア伯から帳簿を盗んだの?」


「そ」


 短く肯定した男に、トゥイーディアは一瞬前までの態度を豹変させた。


「わあああ!」と、年甲斐もない歓声を上げて、ぎゅう、と男の左手を握ったのだ。

 飴色の瞳がきらきらしている。正直かわいい。


「本当に? そうだと思ってたの! 泥棒でもいない限り、領地の財政なんて分からないもの! お父さま、全然その辺りのことは話してくださらないのよ!」


 彼女の傍のカルディオスは、あからさまに訳が分かっていなさそうな顔をしていた。

 まあ、こいつがアーヴァンフェルンの将軍の息子とはいえ、海を挟んだ他国の、二十年以上前に起こった乱の詳細を知っているわけもない。


「そうかいそうかい。――で、何をしに来たか、だが」


 今度は右手の中指を立ててそう言って、アーバスと名乗った男は左手を素っ気なくトゥイーディアから取り上げた。

 俺が同じことをしてもらえれば、一年でも二年でもそのままでいいのに。


「――オルトの馬鹿を捜してんだが、どこにいるか分かんねえんだよな。

 んで、ここなら知ってる奴もいるんじゃねえかと思って来てみたわけだが、」


「お父さまを助けてくれるのっ!?」


 と、トゥイーディアが叫んだ。

 同時にディセントラが眉を顰めて、一歩前に出る。


 それに気付いて、トゥイーディアが振り返って目を瞬かせた。


「ディセントラ?」


「立ったままする話でもないでしょう」


 トゥイーディアには応じず、ただにっこりと微笑んで、ディセントラはアーバスの方を見た。


「まずはお掛けになって」


 す、と、典雅な仕草でソファの方を示して。


「一から話してくださいません?」


 決して強い口調ではなかったが、有無を言わせぬ色があった。

 別にディセントラはここの女主人でも何でもないのだが、その口調と雰囲気に説得力があった。


 アーバスはきょとりと瞬きした後、「そんじゃ」と呟いて、広間(サルーン)のソファの方へ爪先を向けた。


「――そうさせてもらうわ。

 んで、なあ、トゥイーディア嬢ちゃん。この美人、誰?」


 トゥイーディアは曖昧に微笑んだ。



 夜を渡って来たばかりのこの男に、「この人も救世主です」などと告げて、腰を抜かさせることはないのである。








 俺たちは奥の方の広間の大きなソファに腰掛けて――さすがに、アナベルもコリウスも応接間(ドローイングルーム)から出て来たが、ルインはムンドゥスを応接間に留め置き続けてくれているようだった――、トゥイーディアがざっくりとニードルフィアの乱のことを説明するのを聞いた。


 アナベルと俺は聞くのが二度目で、俺は内心で楽しく聞いていたが、アナベルはあからさまに欠伸を漏らしていた。


 そしてそれでようやく、目の前にいる「泥棒さん」ことアーバスが、どうやらトゥイーディアのお父さんの起死回生の一手の立役者であったということを呑み込んだ。



 ちなみに、ケットはトゥイーディアの後ろに立って仏頂面。

 ジョーは誰かを呼びに奥の方へ走って行った。



 アーバスは時折、「オルトはそんなに格好良くない」だのとトゥイーディアの話に口を挟んでいたが、話題が翻って俺たちの方を向くと、興味津々に身体を傾けた。


「――はい、私がトゥイーディア――この家の娘です」


 と、まずは分かり切っている自己紹介を済ませたトゥイーディアに、アーバスは頷き、


「シンディは残念だったな。美人薄命とはよく言ったもんだよ」


 ちょっと目を上げて、指折り数えた。


「もう何年だ? 八年か? 九年か?」


「九年――」


 呟いてから、トゥイーディアは怪訝そうに眉を寄せた。


「あの、お母さまとはどういう関係なんです?」


「おう、俺が盗みに失敗して大怪我してこの荘園の端っこを彷徨ってたとこを、助けてもらった間柄よ」


 朗らかにアーバスは答えて、「酒とかねえの?」と。


 トゥイーディアはなんだか微妙な顔をしつつも、ソファの傍で立っていたケット(こっちはめっちゃ渋い顔。そりゃそうだ、見知らぬ男を館に入れてしまったのだ)に、応接間の酒をこちらへ持って来るよう指示した。


 身を翻したケットは、自分が目を離した間にトゥイーディアに何かあっては大変――と思った様子で、すぐにすっ飛んで戻って来た。


 酒盃六つと瓶がローテーブルの上に置かれ、「ありがとさん」と軽い口調で言ったアーバスが、適当な酒盃に気前よく酒を注いで、それをぐいっと呷った。


 ふう、と息を吐いて口許を拭ってから、アーバスはやや腹立たしげに。


「出会い方としちゃ、オルトとシンディよりも俺たちの方が劇的だった。

 なんでシンディを掻っ攫われたのか、未だに分からん」


「お母さまのこと好きだったの?」


 と、素っ頓狂な声を上げるトゥイーディア。

 アーバスは眉を上げた。


「そりゃそうよ。美人で気立てが良くて、稀に()()()()()()だった。乗馬の腕は俺の知る中で一番だね。

 ただまあ頑固で、オルト以外には見向きもしなかったが」


 トゥイーディアは微妙な顔で唸った。

 どういう反応をするべきか困った様子だったが、その隣でカルディオスは声を殺して笑っていた。


 そんなトゥイーディアに、アーバスは別の酒盃に酒を注いで勧める。


 ほっそりした指で酒盃を持ち上げたトゥイーディアに向かって自分の酒盃を掲げて見せて、「献杯」と。

 トゥイーディアも淡く微笑んで、「献杯」と応じて盃を呷った。


 一気に半ばまで酒を呷ってけろりとしているトゥイーディアを見て、アーバスは笑い出した。


「おう、酒に強いのはシンディ譲りか」



 ――トゥイーディアは元から酒に強い。

 それが彼女のお母さんと同じだというなら、それは偶然の一致だ。


 だがそれでも、トゥイーディアは嬉しそうににっこりした。



 それからちょっと意外そうな顔をして、


「お母さま、お酒に強かったの?」


 と、隣のアーバスに向かって身を乗り出す。

 アーバスも意外そうな顔をした。


「知らないのか。――あー、そっか、オルトが嫌がったんだな。オルトも酒にゃぁ強かったが、シンディには潰されることもあったからな」


 トゥイーディアが小さく噴き出したところで、アーバスは俺たちをぐるりと見渡した。


「で、こいつら誰? ここの使用人ってわけでもなさそうだが」


「あー」


 トゥイーディアが視線を泳がせ、ディセントラを見て、コリウスを見た。

 こういうときに頼りになるのはこの二人。


 二人が二人して、夜中の闖入者に呆れているような顔をしていたが、動作は同時だった。


 二人とも、頷いた。

 隠すな言え、ということだ。


 トゥイーディアは真面目な顔で背筋を伸ばし、自分の胸に手を当てた。


「――ご存知とは思うけれど、私、」


「ああ、救世主さまだって? 噂で聞いたよ。

 すまんね、あの二人の娘と思うとどうにもこうにも敬意が」


 などと抜かすアーバス。


 そのまま二杯目を盃に注ごうとしているのを手を伸ばして止めて、トゥイーディアは俺たちを順番に示した。


「この人たちも、同じ。救世主」


「――――」


 アーバス、唖然。


 ちょっと気持ちいいくらいにびっくりしてくれた。


 酒を注がせなかったトゥイーディアはナイスだ。

 もしも盃を手に持っていたら、それを盛大に零していたに違いない。


 灰色がかった青い目を限界まで見開いて、アーバスが俺たちを見回した。


「は? マジで?」


「マジです」


 真顔で頷いたトゥイーディアに、アーバスは愕然とした顔を片手で拭って、慌てた様子でソファから降りて、床に膝立ちになった。


「これは大変な失礼を」


「いいんですいいんです」


 トゥイーディアが歌うように言って、アーバスの酒盃に琥珀色の酒を注ぐ。

 そして、彼の腕を軽く引っ張った。


「はい、お掛けになって」


「え、いや」


 救世主にぐるっと包囲されているという事態にアーバスがまごついている間に、奥からシャルナさんが颯爽と現れた。

 おろおろしたジョーを従えて、マジで颯爽として見えた。


 そして、厳格な顔を顰めてアーバスを見た。

 ――旧知の間柄の人間を見る目ではなかった。


 だがアーバスからすれば、颯爽と現れた一般人。

「おうっ!」と片手を上げ、ソファに座り直したばかりのところを立ち上がる。


「おうっ、久し振りだな! おい、ここにいらっしゃるのが救世主さまばっかりってマジか?」


「――アーバス」


 苦々しげに息を吐かれ、アーバスは両手を広げる。


「なんだよ、盗んだ銀食器は返しただろうが」


 ケットが目を剥いた。

 それを見て、ジョーが頭を抱えた。


 シャルナさんはぎゅうっと眉を寄せると、


「お嬢さまが、返さねば口を利かないと仰ったからでしょう。

 ――まったく、あなたは。今を幾時だと心得てか。やっと救世主さまのお部屋の準備が終わったところに、また一部屋準備せよと? 今日は屋根裏でお休みなさい」


 あ、招き入れることは招き入れるんだ?


 トゥイーディアは声を出さずに肩を震わせて笑っていた。


 シャルナさんが言った「お嬢さま」とは、彼女のお母さん――シンシア嬢のことだろう。


 シャルナさんは大きく息を吐くと、俺たちに向かって深々と頭を下げた。


「――大変な失礼を、救世主さま方。

 この無礼者には礼節について言い聞かせますゆえ、ご容赦を」


 シャルナさんからすれば身内であるトゥイーディアから許しの言葉を聞かせるよりも、完全に外部の人間から言った方が良かろうと判断したのか、ディセントラが朗らかに応じた。


「構いませんよ」


 コリウスとアナベルに関して言えば、大いにお構いになるような顔をしていたが、まあこの二人は不機嫌な表情が基本だから。


「マジか、マジで救世主さまか」


 アーバスは恐れ入ったような顔で俺たちを見てきたが、「それはいいですから」とトゥイーディアが彼の手を引っ張って着席させた。


「救世主ではあっても、今は救世主の振る舞いをしているとは言えません。特に私は。

 ――アーバスさん……アーバス小父さま? お父さまのことについてどのくらいご存知なの?」


 握られた腕を揺らされて、アーバスは曖昧に肩を竦めた。


「別に大したことは知らん。

 言い掛かりでえらい罪状突き付けられてるって新聞で見てね。まああいつのことだから、するっと脱獄なり何なりするだろと思って放っておいたんだが、待てど暮らせど脱獄囚の報せが新聞に載らねえもんでね。

 おかしいなと思ってあいつを捜してるとこだよ」


 トゥイーディアは慙愧に耐えない顔をした。


 俺は内心で大いに慌て、「おまえは別に悪くない!」と前のめりに叫ぼうとしたものの勿論出来ず、素早くトゥイーディアの頭に掌を置いたカルディオスの後塵を拝すこととなった。


「――イーディのせいじゃねーからな?」


「言い掛かりは、私の行動についてのものだから……」


 俯くトゥイーディアに、アーバスが「だよな」と。


 その一言でアーバスは、救世主のほぼ全員から殺気の籠もった視線を喰らって首を竦めた。

 それから慌てた様子で手を振って、「違いますって」と俺たちに向かって力説。


 それからトゥイーディアを見下ろして、俯いたトゥイーディアの額を人差し指でつついた。


「顔上げろ。――それだ、俺が新聞で見た限りでは、あいつがあんたをアーヴァンフェルンに売ったことになってたが、違うな?」


「違うわ!」


 声を荒らげたトゥイーディアに、「ディアさま」とシャルナさんから注意が飛ぶ。

 とはいえ、その注意を無視して、アーバスは得たりと頷き、


「だろうな。シンディから頼まれればそのくらいのことはやる奴だが、シンディがいなくなってからはただの腑抜けだ。そんな野心があるはずねえ」


「――お父さまが、何ですって?」


 額に青筋を立てるトゥイーディアに、「はいはい」と掌を向けて宥めつつ、アーバスは他の救世主の方は見ないようにしつつ視線を上に向けた。


「ってことはだ。あんた、シンディの娘なら、ちゃんと言い掛かりつけらんねえように保険掛けるくらいのことはしただろ。

 何しろ救世主さまだ。レイヴァス生まれの救世主さまが、あの帝国で大活躍するんだ。こっちの王様にも話は通してあったはずだろ」


 トゥイーディアの顔が強張った。


「――一応は、書状があるはずだけれど」


 トゥイーディアの顔色を見て、アーバスは顔を顰めた。


「どっかの誰かに嵌められたか」


 しばし迷ってから、小さく頷くトゥイーディア。



 ――嵌められたというか何というか。

 あのヘリアンサスが相手である。常道は通じないだろう。



 俺たちが一斉に苦い顔をするのを、嵌められたことによる不快感と受け取ったのか、アーバスはトゥイーディアが酒を注いだ酒盃を手に取った。


「ま、オルトの馬鹿がどこにいるか分からねえとどうしようもねえが――」


 ぐい、と酒を呷り、アーバスは肩を竦めた。


王都(イルス)の方をあちこち見て来たんだが、広過ぎて分かんねえ。しかも罪人を放り込む牢の、一番厳重なのは王宮内だしな。城壁を越えられさえすりゃこっちのもんだが、如何せん城壁は高いわ警備は厚いわ、手ぇ出しかねるんだよな。それに、もしかしたら領都(ベイル)の方にいるのかも知れねえし。まあ、ベイルの方も広過ぎて、一朝一夕には捜せねえが」


「――リリタリス卿がイルスまで連行されれば、それなりの報せとして新聞にでも載るのでは」


 コリウスが物静かに口を挟んだ。

 彼が口を開いたことに、俺とカルディオスが揃って息を吸い込んだ。


 アーバスはどきっとしたようだったが(何しろ、救世主からのお言葉である)、酒盃をテーブルに戻し、きちっと背筋を伸ばしてから応じた。


「尤もですが、旦那」


 救世主を相手にしているというより、商売上の大事な相手を前にしているような口調になっているが、そこはまあご愛敬。


「オルトはそれなりに人望があるんでね。下手に新聞に書かせたら、暴動にもなりかねねえ。

 お偉方としては、新聞社に金掴ませて黙らせるくらいのことはするだろうと思いましてね」


 暴動が起こるほどに人望があるの。


 俺は密かにびっくりしたが、コリウスは溜息を吐いてトゥイーディアに視線を移した。

 濃紫の目が、灯火の陰になって紫檀の色に見えた。


「……トゥイーディア、悪かった。キルトンで二手に分かれるべきだった。王都の方にも並行して向かうべきだったな、すまない」


 そして、トゥイーディアからの反応を待たずにディセントラに視線を向け、不機嫌に眉を寄せた。


「ディセントラ、気付いていたなら言ってくれ」


「――無理に王都に誰かが行って、事を荒立ててなおいっそう不利なことになったらどうするのよ」


 苦虫を噛み潰したかのような顔でディセントラが応じ、秀麗な指を立てた。


「最善は、正規の手続きでリリタリス卿の疑いを晴らすこと。幸い、審議には時間が掛かっているんでしょうね。かれこれ三箇月近く、罪状は確定していないままだもの」


 アーバスが意外そうに目を瞠った。

 俺たちが立場を利用して、あるいは戦力を盾にして、力づくでの行動に出ないことを意外に思ったようだった。


 その反応を無視して、ディセントラは呟く。


「――それで、正規の手続きでどうにもならなければ、力づくで何とかするしかなくなるわけだけれど……」


 言葉を濁すディセントラの語尾を、そのままコリウスが繋いで言った。


「――そうだな、誤算だ。近隣の町とリリタリス卿がこれだけ親しくしているなら、その手段を採れば、最悪の場合この近隣一帯が焼き討ちだ。リリタリス卿に不利な審議の結果が出るより(まず)い」


「旦那、守ってくださらないんで?」


 半ば冗談めかせてアーバスが言ったが、コリウスは氷のような眼差しで彼を一瞥し、冷淡に呟いた。


「――守り切れるとは限らないもので」


 俺たちがいれば、軍隊が攻めて来ようとこの周辺を防衛できる勝算はある。

 だが、今だけはそうとは言えない。


 ――ヘリアンサスが、確実に俺たちを潰すだろう。


「……ごめんなさい」


 トゥイーディアが小さく言った。

 我侭を通していることを詫びるような口調だったが、コリウスは首を振った。


「構わない。僕たちは()()()()協力している」


 ディセントラが身を乗り出し、軽く首を傾げてトゥイーディアと目を合わせた。

 あざとい仕草をあざといと感じさせないのが真の美女だと分かる仕草である。


「――ね、トゥイーディア。だからね、まずはリリタリス卿がどちらにいらっしゃるのか、把握しないと話にならないの。

 あとは、そうね。万が一揉めたときのために、この辺り一帯を守れるような権力者を確保しないといけないわ」


 コリウスとカルディオスの今の実家を頼っちゃうと、また別の国家間の問題になるしねぇ――と呟くディセントラを前に、トゥイーディアがぱちんと両手を合わせた。

 アーバスが大した情報を持っていなかったことに対する失望はなかった。


「――なら、ちょうど近々、適任の人が来るかも知れない」


 カルディオスが、自分が口を出せる局面ではないと悟った様子でローテーブルに向き直り、酒盃に酒を注ぐ。

 そのままディセントラの方を見て、「いる?」とばかりに首を傾げるカルディオスに、ディセントラが指を三本立てた。


 斯くして空いている酒盃全てに酒が注がれ、ディセントラとアナベルとコリウスにも酒が行き渡る。


 それを横目で見ていたアーバスは、「救世主より先に酒に手を付けたのは(まず)かったかな」という顔をしながらも、トゥイーディアに視線を向け直して頭を傾けた。


「へえ? 誰だそれ?」


 トゥイーディアは上品にくいっと酒を呷ってから、あっさりと答えた。


「私の従兄のハンス。ヒルクリード公のご次男だから、きっと色々知ってるわ。

 伯父さまが私の味方をしてくれれば、ベルフォード侯もここにそう容易く手を出すことは出来ないでしょう」



 ここはベルフォード侯領だ。

 国王といえども、直轄領以外に気軽に国軍を差し向けることは出来ない。


 数多の貴族を束ねて王権が成立している以上、貴族の領土を安堵することは最優先だからだ。

 それを無視し、領主の同意なく領地を侵せば、長らく続く禍根になるだろう。


 そして貴族同士にも力関係はある。

 単純に爵位の上下に縛られない、実質的な力関係はいつの時代でもあるものだ。


 今のトゥイーディアの口振りから推すに、ヒルクリード公とベルフォード侯の力関係は、公爵優位とみて間違いがないのだろう。



「はああん、オルトの甥っ子ねぇ」


 目を細めるアーバスに、トゥイーディアは微笑を向ける。


「ハンスに色々と訊いて、それからハンスの――というか、ヒルクリード公の旗幟(はたいろ)を見てから、何をどうしてお父さまに戻って来ていただくか考えましょう」


 それでいい? とばかりにコリウスとディセントラを見るトゥイーディアに、コリウスは小さく息を吐いてソファの背凭れに身体を預けて脚を組んだ。

 そして、大した関心も無さそうに呟いた。


「――ああ、最初からそういう話だったな」



 そういえばそうだったね。

 何とかしてヒルクリード公とやらに会いに行く話はしてたね。



 ――そう思いながらも、俺は恋敵(推定)と顔を合わせなければならない現実に、実のところ(はらわた)が捩れるような心地を味わっていた。





◆◆◆





 翌日昼下がり、ハンスとやらがティシアハウスに到着した。


 だがまずはそれまでの経緯を話そう。




 ――俺たちは用意された広々とした客室で、でかい天蓋のついたふかふかの寝台で心ゆくまで身体を休め、夜明けごろに全員が示し合わせたように起き出して廊下に出たものの、「まずはシューベンドルト卿のご到着をお待ちになるのではないのですか」と、ちょうどそこにいたシャルナさんに言われ、軒並み部屋に追い返されて二度寝した。


 二度目に起きたときには、バルコニーへの出入り口を兼ねる大きな窓から、高く昇った陽光が部屋に差し込んでいた。


 やっべぇ寝すぎた、と思いながらも、俺はどこで朝食が供されるのかを知らない。

 普通は居間(パーラー)だけど、そこにはトゥイーディアの許しなしに入るなって言われてるしな。


 取り敢えず広間に向かうか、と廊下に出て階段を降りたところで、ケットにばったり出くわした。


 ケットはびっくりしたように俺を見て、「お早いんですね」と。


「まさか、まだ誰も起きてねえの?」


 と、こっちもびっくりして尋ねると、ケットはこくりと頷いて、


「お嬢さんはお起きにになって、師匠――あっ、庭番のオーディーって人なんですけど――と一緒に庭に出てらっしゃいますが、他の皆さまはまだお休みになってらっしゃいますよ」


 と。


 確かに、貴族というのは昼くらいに起き出すことも珍しくない生き物だ。


 なので別段、「お寝坊ですね」とは思われていない風情だったが、労働者階級に生まれることが多い俺としては苦笑せざるを得ない。


 ケットはしばらく考えた後に、いいこと思い付いたと言わんばかりに手を打って、


「お風呂好きですか」


 と俺に尋ねた。

 俺が頷くと、「じゃあ、大きい方の湯殿に行きましょう」と。


「さっぱりすると思います」


 と無邪気に言われて、俺も厚意に甘えることにした。


 とはいえ、お湯を温めるのに時間が掛かりますと言われてしまったので、「俺がやろうか?」と申し出る。

 ちょっとした湖くらいなら干上がらせることも出来る俺だから、湯殿のお湯を温めるくらいは造作もないんだよね。

 ケットは、「救世主すげぇ」みたいな顔をしていたが、そっちのお嬢さまはもっと凄いんだよ。


 というわけで、俺は朝食までには非常にさっぱりした気分になっていた。


 大きい方の湯殿は、「大きい方」と言われるだけあってめちゃめちゃ広く、かつ湯舟には花が浮かべられていて、めちゃめちゃ気持ち良かった。


 風呂から上がって広間でのんびりしていると、寝起きのルインがやって来て、「すみません寝坊しました……」と頭を下げてきたので、「おまえが二番乗りだ」と告げると安心したようにへにゃりと笑っていた。

 可愛いやつめ。


 そうこうしているうちに全員揃って、トゥイーディアが居間の使用許可を出したらしく、俺たちは玄関の真上に位置する居間に案内された。


 見晴らしの良い窓が開いていて、窓はバルコニーに通じている。

 そこから、庭園を流れる川が一望できた。ちょうど正面に見える川辺には、灌木と巨岩で、いい具合にその陰が見えなくなっている場所がある。


 窓の外は眩しく、二度寝で鈍っていた全員の頭を強制的に目覚めさせる威力を持っていた。


 居間に大事なものが飾ってある、とケットは言っていたが、恐らくそれは暖炉の上に交差する形で固定して掛けられた、二振りの細剣のことだろう。


 ぱっと見は飾りにも見えたが、よく見ると実用品だと分かる。

 片方の鞘には細かい傷が無数に走っているし。


 居間には、お茶会で使うことも想定されているのだろう、大きな円卓がどんと据え置かれていた。

 俺たちが各々勝手に席に着くと、メリアさんとジョーががらがらとワゴンを押しながら登場。

 その上に、見るからに美味しそうな朝食。

 ちゃんと保温できるように、湯を注いで温度を保つようになっているホットプレートに皿がセットされていた。


 ジョーが昨日約束したように、無花果のコンポートを掛けたタルトも食後に登場し、アナベルを大いに満足させていた。


 “泥棒さん”ことアーバスがどこで過ごしていたのかが気になるが、彼はどうやら使用人側に位置付けられたらしく、朝食のあと、シャルナさんにあれこれ言われながら館の掃除を手伝っているのを見掛けた。


「俺、こんなことしに来たんじゃねえんだけど」


 と抵抗していたものの、「ディアお嬢さまのご方針が定まるまで、あなたも動けないのでしょうが」と論破されていた。

 雰囲気からして、旧知の仲という感じがひしひしとした。


 青いお茶会用のドレス(ティーガウン)を着たトゥイーディアは、嬉しそうに白いリボンで結わえられた三つ編みを揺らしながらアーバスに寄って行って、あれこれとお父さんとお母さんの若かりし日の思い出話をねだっていた。


 アーバスは「しゃあねえな」みたいな顔で頬を掻きつつも、


「おう、あんた、俺が失恋したってこと忘れてねえ?」


 などと絡み、トゥイーディアはけろっとして、


「大丈夫、私の方がひどい」


 と返して、俺を精神的に殺してのけた。


 そっか、失恋か。

 トゥイーディア、好きな人がいるんだもんな、そっか。


 地上に並ぶ者なき失恋を繰り返している俺は、傍目には平然としつつも内心ではがっくりと肩を落としたが、カルディオスとディセントラもまた、何とも言えない顔で額を押さえていた。


 二人が揃ってアナベルの方をちらりと見ていたので、俺もありありとアナベルの言葉を思い出したものだ――『あなたの恋が絶対に報われないもので、本当に良かった』。


 こんな目でアナベルの方を見たってことは、ディセントラもカルディオスも、トゥイーディアの好きな人が誰かってことまで知ってるんだろうな。

 ディセントラは普通にトゥイーディアのことを応援しそうだけど、カルディオスは、こう――姉を盗られたみたいなことを思って、何とかしてトゥイーディアの気持ちを他に逸らしてくれないかな。




 ――そんなことをうじうじと考えながらの昼下がりに、シューベンドルト卿ハンスがティシアハウスにやって来たというわけである。



 折しも俺たちは広間にいたが、俺に代償が課されてさえいなければ、ハンスは玄関扉を潜った瞬間に灰になっているところだった。


 ハンスはどうやら、モールフォスで「お嬢さま帰還」の報に触れていたらしかった。

 自分を出迎えたトゥイーディアに対して、嬉しそうな顔はしたものの、特段の驚きは見せなかった。



 ハンスは――トゥイーディアが、自分よりもふたつ上だと言っていたから――、十九歳。

 トゥイーディアよりも頭半分背が高く(つまり、俺やカルディオスよりも頭半分背が低く)、癖のない黒い髪を、コリウスみたいに絹のリボンで結わえていた。

 黒々とした髪色だったが、それでもなお俺の髪色の方が黒い。


 北国の人間らしい白皙の頬に笑窪を浮かべて、深緑の目を嬉しそうに細めてトゥイーディアに挨拶をした。



 ――こ、殺してぇ……。


 他に見るものもないので、みんなと同じくハンスの野郎の方を見ながらも、俺は内心で額に青筋を立てている。

 正直、ここまで自分の心が狭いことに驚いたが、それはそれとして殺したい。



 ハンスはどうやら、お忍びでここまで来たようだった。

 供は一人、がっしりした壮年の男性で、見るからに護衛といった風情の人。

 馬車も使わず、騎乗してやって来たらしい。馬はオーディーに預けたとか何とか言っているのが聞こえてきた。

 オーディー――庭番の彼ね。名前は聞くけど会わねぇな。


 ハンスは、貴族らしいかっちりした高級そうな服を着ていたが、乗馬のうちに暑くなったのか、襟元をだいぶ緩めていた。

 カルディオスがそうしていれば様になっただろうが、並の容姿のハンスでは、着崩してるなという感想以上に抱くものはない。



 トゥイーディアはもちろん、手ずから扉を開けてハンスを迎えたのではない。


 すっ飛んで来たナンシーさんが扉を開け、ハンスと護衛の彼の荷物を受け取っていた。

 びっくりしたことに、完璧な礼儀作法だった。


 この家のことだから、トゥイーディアの従兄相手に「久し振りですね!」とか言い放ちかねないと思っていたので、そこは意外だった。


 しかも礼儀正しく、荷物を受け取った後は護衛の彼と一緒に、一足先に立ち去っている。

 貴人の話に耳を傾けない作法を守っているのだ。


 また、ハンスの側の儀礼を言うならば、他人の館の中で護衛をくっ付け続けているのも、レイヴァスでは非礼と言われる行為だしね。



 トゥイーディアはハンスを出迎え、親しげな様子で抱擁して(俺の殺意がなおいっそう燃え上がった)、俺たちが座っている広間の奥の方に、二人並んで当然のように歩を進めながら、不思議そうに首を傾げて尋ねていた。


「――ハンス、別に私が戻って来るって知ってたわけじゃないんでしょ?」


「ん、知らなかった。知ってたら港まで迎えに行ってたよ。どこから戻って来たんだ? オールエッジ? リドフール?」


 来なくてよろしい。


「リドフールよ。――それでなんで、今日ここに来る予定だったの?」


 飴色の目を瞬かせるトゥイーディア。


 俺は視界の端でしかそれを捉えられなかったが、必死になって、そこに恋情を仄めかすものがないことを確かめようとしていた。

 が、あれだ、自分の感情がうるさ過ぎて話にならん。


「リドフールね、海老食った?」


「食べてない。で、なんで?」


 ハンスをそっと肘で押し、返答を迫るトゥイーディア。


 俺はそのときちょうど、出されていた檸檬水のグラスを手で持っていたわけだが、そっとそれをローテーブルに置いた。

 代償がある限り、ないとは思うが――もしかしたら、自分がグラスを爆発四散させかねないと思ったからだった。


「ここのことが心配だったから。あと、ロベリア卿の葬儀の様子を報告してからこちら、顔を見せていなかったからな。近くご子息も戻られることだし、様子を見ておきたかったんだ」


 俺たちの傍には、檸檬水を運んできてくれたメリアさんが、そのまま給仕として付いてくれている。

 その彼女が淡く微笑んで、「勿体なきお言葉」というのを態度で示した。


 が、それを気にしていられなかったのが俺たちだ。

 俺たちの間でだけ空気が凍った。


 トゥイーディアも一気に顔を強張らせ、息を吸い込む。


「――ロベリアさまのご子息が……ご帰国される?」


「知らなかったのか?」


 と、平然と抜かすハンス。


 トゥイーディアの表情が尋常のものではないことを見て取って、彼女の腕を取って軽く揺らす。



 揺らした。腕を取って。――は?

 なに触ってんだ死ね。



「どうした、ディア?」


 なに愛称で呼んでんだ死ね。


「俺はてっきり、おまえは婚約者と一緒に戻って来ると思っていたんだが……」


 そのときようやく俺たちが腰掛けるでかいソファの傍まで行き着いて、ハンスは怪訝そうな顔。


「……こちらの方々は?」


 トゥイーディアは、ヘリアンサスがレイヴァスに帰国するという報に触れて、半ばは覚悟していたことだろうが、それでもやはり茫然としていた。


 俺たちもそれと同じ状況ではあったが、それでも訊かれて我に返った辺り、トゥイーディアはさすがである。


「ああ――」


 と呟いて、ひらりと手振りで俺たちを示して、言った。


「――私と同じ。救世主の皆さんよ」


 俺たち、なんとなく会釈。


 誰一人として席を立っていないのは、一応救世主であるという位置づけの俺たちの方が、大抵の貴族よりは重く見られる立場にあるからだ。

 あと俺は、単純にむかついていたということもある。



 なお、ルインには、申し訳ないがムンドゥスをお願いして、彼女がどこかにふらふら彷徨って行かないように見ていてもらっている。

 多分今ごろ、ルインははらはらしながらムンドゥスに庭園を散策させていることだろう。



 ハンスは驚愕に目を見開いたあと、さすが公爵家の人間――と認めざるを得ない完璧な作法でその場に跪いた。

 片拳を床に突いて頭を下げて、王侯にするのと同等の礼を以て俺たちに敬意を示す。


 俺は正直、めちゃめちゃ気分が良かったが、トゥイーディアがすぐにハンスを立たせてしまった。


「そういうのいいから、座って。きみを待ってたのよ」


 と、ぐいぐいとハンスをソファに押し込む。

 ハンスはディセントラとトゥイーディアに挟まれる位置に座らされて、さすがに目を白黒させた。


「ディア、しかし――」


「メリア、ごめんね、檸檬水もうひとつ。ゆっくりでいいわ」


 トゥイーディアがハンスを遮り、慎ましく立っていたメリアさんに号令を掛ける。


 メリアさんが恭しくそれを拝命して踵を返してから、おもむろにトゥイーディアはディセントラを示した。


「きみの隣の美人が、ディセントラ」


 ディセントラがすかさずにっこり。

 千本の薔薇より華やかな笑顔に、ハンスも頭の中の言葉が全て吹っ飛んだらしい。


 もう一度その場で跪き直そうとしたところを腕をトゥイーディアに掴まえられて阻まれ(俺はそろそろ、自分の脳みそが沸騰していないかが心配だった)、已む無く、ディセントラが差し出した手を恭しく押し戴くに留めた。


「――ハンス・ヒルクリードと申します。シューベンドルト卿を拝命しております」


 貴族のお手本みたいにそう言ったハンスを肘で押して、トゥイーディアがきっぱりと。


「みんな知ってるから。ハンス、名乗りは省略。紹介だけしていくからね」


「ディア、おまえ……」


 冷や汗すら光らせるハンスを黙らせて、トゥイーディアが次に、ディセントラの隣――ソファの角を挟んだ位置のカルディオスを示す。


「そこの格好いい人が、カルディオス。カルディオス・ジョシュア・ファレノンさまよ。アーヴァンフェルンの将軍のご子息でもあるから、丁寧にね」


「別に、イーディの従兄ならいーよ」


 にこ、と人当たり良く微笑むカルディオス。


 おい、こっちはおまえが、()()()出来ずにトゥイーディアの想い人(推定)にきつく当たるのを期待してんだけど。


 続いて、トゥイーディアの指先が、カルディオスの隣の俺を示した。


「そこの無愛想な人が、ルドベキア。私以外には愛想がいいから大丈夫よ」


 俺は無言でトゥイーディアを一瞥したあと、ハンスに向かって会釈した。

 トゥイーディアの言葉通り、めちゃめちゃ無愛想な顔をしていた自覚がある。


「その隣の綺麗な人が、アナベルね」


 ソファが広いので、俺たちは結構お互いに間隔を開けて座っている。

 俺の隣のアナベルは、俺よりもなお輪を掛けて無愛想に会釈した。


 トゥイーディアの指が、最後に、アナベルとはソファの角を挟んだ位置に、悠々と一人で座るコリウスを示した。


「それで、あっちの容姿端麗な人がコリウス。コリウス・ダニエル・ドゥーツィアさまよ。アーヴァンフェルンの辺境伯のご子息でもあるから、丁重にね。――遠いけど」


 確かに、なまじソファがでかいだけに、距離はあるね。


 コリウスは水晶のような濃紫の瞳でハンスを一瞥し、無表情に会釈した。

 カルディオスのような気楽な一言はなかった。



「――で」



 俺たちの紹介を終えたトゥイーディアが、ソファの上でハンスの顔を覗き込む。



「ハンス、お父さまがどこにいらっしゃるのか知ってる?」















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