07◆ 誰の罪過か
案の定というべきか、カルディオスは寝台から起き上がってさえいなかった。
こいつが部屋のドアに鍵を掛けていた場合、俺は恐らくドアを吹っ飛ばして中に踏み込んでいただろう――幸いにも、カルディオスは施錠をしていなかったから、俺は極めて平和的に中を覗いたわけだが。
俺の手には、厨房に頼んで用意してもらった食事――俺たちがつついていた魚と同じく調理されたものと数種類の香草を、切れ込みを入れた丸パンに挟んでもらったものと、蓋を被せた深皿になみなみと注がれたじゃがいものスープ――と水の入った瓶と、布に包んでもらったコップとカトラリーを入れた籠がある。
言うまでもなくカルディオスに食べさせるためのものだ。
「――カル、起きてんだろ、入るぞ」
おざなりに声を掛けてカルディオスの部屋に入り、真っ暗な室内の真ん中に無断で灯火を浮かべて室内を見渡した俺は、一瞬、時間を遡って俺自身が目を覚ます寸前の俺の部屋に入ったのかと思った。
それくらい、大体同じような格好で、カルディオスが寝台に死んだように横たわっていた。
「カル?」
重ねて声を掛けると、ゆっくりと身を起してきょとんとした顔をするカルディオス。
こいつも、治しているのは重傷だけのはずなんだけど、もしかしたら痛覚をどこかに放り出してしまっているのかも知れない。
そう思ってしまうくらいの、滑らかな動きだった。
血塗れの寝起きであってさえ、完璧に整った顔に軽い驚きを浮かべて、灯火の光を弾く翡翠の目を瞬かせたカルディオスが首を傾げる。
耳許で、ちりん、と耳飾りが揺れた――救世主の変幻自在の武器を、そう言えば今はこいつが持っていたんだった。
「……どしたの、ルド」
「おまえが起きて来ねえから、心配して来てやったんだろうが。喜べ、俺のちゃんとした治療の一番乗りはおまえだぞ」
なんというか、カルディオスの雰囲気が余りにも薄氷を踏む危うさを持っているものだから、へこんでいたはずの俺がしゃっきりしてしまった。
籠を寝台脇のデスクにどんと置いて、ちょっとふざけた口調を作ってそう言うと、カルディオスがむう、と眉を顰める。
「……別にいいのに、俺なんか……」
俺は耳を疑った。
カルディオスが、嘘や冗談以外で、「俺なんか」と自分を卑下するところなど見たことがなかったのだ。
口調を聞く限り――そして表情を見る限り、カルディオスは恐らく生まれて初めて、「俺なんか」と本心から言っているのだ。
この、自己評価のめっぽう高い――高すぎるくらいの男が。
思わず、俺は寝台に歩み寄って行って、その上で上体を起こすカルディオスと視線を合わせるために腰を屈めた。
「『俺なんか』とか言うな。――カル、着替えろよ。ついでに治療もしてやるから。で、メシを食え」
目を合わせてそう言ったものの、カルディオスはますますぎゅうっと眉を寄せただけだった。
唇を曲げて目を逸らして、ぼそりと呟く。
灯火の影になった翡翠の目が、濃緑色に沈んで見えた。
「別に俺、悪いとこないよ。先にイーディとかみんなの治療しろよ」
俺は溜息を吐いた。
床にしゃがみ込んで、俺は膝の上に肘を突く。
「いいから、着替えろよ。話はそれからだ」
俺を胡乱な目で見てから、カルディオスは溜息を吐いて外套を脱いだ。
それをばさっと俺の頭目掛けて投げてくる。
俺は手を伸ばして、視界を塞ぎそうになった外套をキャッチ。
行儀悪くも靴を履いたまま寝台の上に寝転がっていたカルディオスが、ぽいぽいっと靴を脱いで、それを壁に向かって投げ付けた。
とはいえ、腕に全然力が入っていない。
靴は寝台のすぐ傍に落ちて、ごとん、と転がる。
靴の飛距離に、「おかしいな」とばかりに首を捻ってから、カルディオスはシャツとウエストコートを、一緒くたにばさっと脱ぎ捨てた。
やっぱり俺と同じようにシャツが血と汗で肌に張り付いていて、ちょっと梃子摺っていた。
シャツとウエストコートを頭から被った途中みたいな格好でじたばたするカルディオスから、立ち上がった俺がその二つを引っ剥がしてやる。
ぷは、と大仰なまでに息を吐いたカルディオスは、俺がシャツとウエストコートを分離させてから床に放り出すのを見つつ、また「おかしいな」と言わんばかりに首を捻って、握力を確かめるように両の掌を握ったり開いたりした。
上半身裸のまま、猫背になって首を捻るカルディオスの隣に、俺はどかっと腰を下ろした。
ざっと見るだけで、カルディオスの腹にも背中にも横っ腹にも、軽傷とはいえ夥しい傷がある。
こいつも吹っ飛んだり色々してたから、怪我には事欠かなかっただろう。
「――あのな、カル」
思わず俺は、治療に先立ってカルディオスに言い聞かせた。
「おまえ、怪我だらけだぞ。それで、丸一日以上なんも食ってないの。力なんて入らなくて当然だから」
翡翠色の瞳を瞬かせて、カルディオスはぱたんと両手を下ろした。
そして、「そっか」と。
「んじゃルド、他のみんなも俺と一緒でしょ。そっち先に行きなよ」
「ディセントラとアナベルに言われて来たんだよ。おまえを後に回したら、俺がアナベルに蹴り倒される」
冗談めかしてそう言って、俺は治癒のために手を持ち上げた。
無駄な抵抗に遭うかと内心で身構えたが、カルディオスは存外に素直に治療を受けた。
目に見える範囲の傷を概ねは綺麗に治療して、カルディオスが蹴っ飛ばすみたいにしてズボンを脱いでから、脚の傷も同様にする。
それから、ぼけっと寝台の上で座り込んだままのカルディオスのために、寝台の下の収納から、適当な服を見繕ってカルディオスに向かって放り投げてやる。
どれもこれも高級品ではあるが、着心地が楽そうなものを選んだ。
特に色合わせなども考えなかったから、常日頃のカルディオスであれば、「おまえほんとにセンスないよね」などと文句をつけてくる場面だっただろうが、今日のカルディオスは投げ渡されたものを素直に身に着けた。
俺は思わず手を伸ばして、寝癖と着替えのために跳ねた暗褐色の髪をちょいちょいと直しながら、カルディオスの手を引っ張った。
「はい、顔洗って」
「ルド、他の人んとこの治療は?」
手を引かれるがままに立ち上がり、そしてよろっとふらつきながらも、カルディオスが不思議そうに俺を見て首を傾げる。
こいつを放っておくと、マジで自覚のないまま餓死しかねないと判断して、俺は溜息と共に嘘を吐き出した。
「――俺もメシまだなの。お相伴に与らせてくれよ」
ちょっとお道化た言い回しを選んだが、カルディオスは嘘に気付いた様子もなかった。
そうなの、と綺麗な目を瞠って、真顔で籠を指差して言った。
「あれ、ごはんでしょ? 持ってって食べなよ。なんで俺んとこに持って来たのさ」
俺は顔を覆った。マジかよ、こいつ。
「普通に考えろよ。おまえに食わせるために用意したんだよ。他のみんなは普通に食ってんだよ」
いや、コリウスは心配だけど。
だがまあ、あいつは頭がいいから、ここで死ぬことを選んだりはするまい。
――死は、自決は、俺たちにとっては救済たり得ない。
俺たちは、死を超えてなお続くこの人生から逃げ出せない。
俺たちは六人揃って同じ時代に生を享けるから、お互いから逃げ続けることは出来ない。
死んでる間の意識はないから、俺たちは体感としてはずっと、連続して生を享け続けているのだ。
コリウスもそれを思って、命を絶つことでさえ自分の苦痛から逃げられないことを悟っているに違いない。
カルディオスは顔を顰めた。
「……俺、別に腹減ってないよ」
「減ってんだよ」
思わず、食い気味に断言してしまった。
「いいか? おまえ、丸一日以上なんも食ってねえの。そんだけ飲まず食わずでいたら、普通の人間は腹が減るように出来てんの。実際おまえ、ふらふらじゃん。要らねえって言っても食わせるからな」
攻撃的に断言した俺に、カルディオスははあっと息を吐いた。
明らかに道理の通らないことを言っているのはカルディオスの方だというのに、まるで俺が我侭を言っていて、それに合わせてやろうとしているかのようだった。
ぐっと奥歯を食いしばって、俺はもう一度カルディオスの手を引いた。
「――顔、洗って。それからメシ食おう」
しょうがないな、と言わんばかりに息を吐いて、カルディオスは入り口傍の丸テーブルに乗せられた水甕の方へ向かった。
短い距離の間に、二回はふらついていた。
それを何とも言えない思いで見てから、俺は寝台を回り込んで窓に近付き、掛け金を外して窓を開け放った。
日は既に沈み、とっぷりと暮れた宵闇が広がっている。
春の、冷えた清々しい夜気が部屋の中に滑り込んできて、停滞していた空気を動かした。
俺が空中に浮かべた灯火が空気の流れを受けて身を捩るように揺れて、室内の影が等しく踊った。
ばしゃばしゃと顔を洗ったカルディオスが、顔を拭いながらもびっくりしたように俺を見てくる。
「どしたの、ルド。寒がりなのに珍しーね」
「血の臭いがすげぇんだよ」
返した俺の言葉は、半分は本当で、半分は嘘だった。
血の臭いは確かにしたが、それ以上に俺は、この部屋の中に澱のように溜まった沈鬱な空気を逃がしたかったのだ。
すんすん、と空気の匂いを嗅ぐような仕草をしてから、カルディオスは「そう?」と呟いて首を捻った。
それから寝台に戻って、どかっと腰掛ける。
俺も足早にカルディオスの方へ戻って、デスクの上に置いた籠から、まずは清潔な布巾に包まれたパンを取り出した。
厨房の人たちは親切にも、一つ一つを丁寧に包んでくれた。
それから、布に包まれたカトラリーとコップ。
籠の底に、蓋を被せた深皿と横に寝かせた水の瓶が安置されているような格好だ。
カルディオスは興味もなさそうに俺を見ていて、空腹は微塵も感じていない様子だった。
その様子に危機的なものを感じつつも、俺はコップから布を取り払って、瓶から水を注ぐ。
こぽこぽ、と小さな音を立てて、透明な水が灯火の色を映して透明な暖色を跳ね返した。
コップの八分目くらいまで注いで、俺は手を伸ばしてコップをカルディオスに突き付ける。
一拍遅れてそれに気付いて、カルディオスは瞬きしてから両手でコップを受け取った。
そのままぼうっとしているので、俺は「飲めよ」と。
言われて初めて飲み物を渡されたのだと知覚した様子で、カルディオスははっとしてコップを唇に当てた。
こくこく、とその喉が動くのを見守ってから、俺は籠の底からそうっと深皿を持ち上げた。
白い陶器の蓋をことりと外して、すっかり冷めてしまって油膜の浮いたスープを素早く温める。数秒でスープから湯気が立ち始めた。
それと同時に食欲をそそる匂いもし始めたが、カルディオスは無反応で、ちびちびと水を飲み続けているのみ。
この部屋は、中で食事をすることを想定して作られてはいない――寝るためだけの空間だ。
将軍の息子であるカルディオスが、平民と同じ間取りの部屋を与えられていることを今になって不思議に思いつつ、俺は深皿をいったんデスクに置いて、デスク前の椅子をずるずると動かしてカルディオスの正面に据えた。
不思議そうな顔をするカルディオスを後目に、デスクに置いたスープの深皿をその椅子の上に置く。
そうして、俺はカルディオスの手からコップを取り上げて、代わりとばかりに匙を突き付けた。
「はい、食べて」
条件反射のように匙を受け取ったカルディオスが、持て余すようにそれをぶらぶらと揺らした。
「……腹減ってない……」
「減ってんの! 無理してでも食え」
断固として言った俺に、カルディオスは溜息を吐き、左手でそうっとスープの深皿を持ち上げた。
カルディオスがそれを落とさないかどうか、俺は結構真面目にはらはらしたが、幸いにもカルディオスの動作は安定していた。
匙にスープを掬い取って、ふうっと息を吹き掛けてから口に運ぶカルディオス。
一口食べれば空腹を自覚するかとも思ったが、そんなことはなかったらしい。
面倒そうでさえある表情で、カルディオスはほろほろに煮込まれたじゃがいもを二口めで口に入れた。
それだけでもう何だか疲れたような顔をするので、俺はカルディオスの隣に腰を下ろして、奴が食事を中断しないよう見張ることとした。
カルディオスにも俺の意図は通じたと見え、奴は無言で、淡々とスープを飲み干した。
それにまずは安堵の息を吐き、俺はカルディオスの手からスープ皿を受け取り、デスクの上の籠に戻す。
そして、今度は香草と魚が挟まれたパンを、布巾に包まれたままの状態で椅子の上に積み上げた。その数六つ。
むう、と眉を寄せて、カルディオスが俺を見た。
「……もう腹いっぱいなんだけど」
「んなわけねぇだろ、食え」
きっぱりと申し渡して、俺は手本を見せるかのようにパンをひとつ手に取って、布巾を取り払ってかぶり付いた。
パンは少し乾燥していたが、魚から滲み出る油が染み込んで、ちょうどよくしんなりしていた。
はあ、と溜息を零し、カルディオスも気のない仕草でパンを手に取り、面倒そうに齧った。
そのまま一つ食べ終えて、もういい? と言わんばかりに俺を見てくるので、俺は無言で二つめを手渡す。
恐らくカルディオスは味も感じていないのだろうが、何はともあれ食わせておけば、餓死することはないはずだ。
そんな調子で、一人で四つのパンを食べさせられたカルディオスは(本当は五つ食わせるつもりだったが、最後の一個は断固拒否されて、已む無く俺の腹に収まったのだ)、俺がてきぱきと籠の中にあれこれを仕舞うのをぼんやりと見ていた。
いつもはうるさいくらいのこいつが、そうしてじっと口を噤んでいると何だか落ち着かない。
翡翠の目も、灯火の明かりを弾く他には揺らぎ一つなく、まるで最高級の宝石を眼窩に埋め込んでいるようですらあった。
水の瓶を持ち上げて、俺はそれをカルディオスの方へ軽く揺らして見せた。
「飲む?」
カルディオスは瞬きして、小さく首を振る。
「んーん、要らない」
俺はじっとカルディオスを見たが、食事中に幾度か水を飲んでいたから大丈夫だろうと判断して、元のように瓶を籠の中に仕舞って、コップも布に包み直して籠に詰めた。
それをぼうっと見ていたカルディオスが、ふと思い立ったように口を開いた。
「――ありがとね、ルド」
俺は即答を返した。
「別にいいよ」
一拍の間を置いてから、カルディオスが、やや小さくなった声で呟いた。
「……ごめん、ルド」
「何が」
絶対に答えに窮しては駄目だと思って、俺はカルディオスの言葉に被せるようにそう言った。
振り返ると、カルディオスは相変わらず俺を見ていたが、瞳に正気の色が戻りつつあった。
ゆら、とその翡翠の瞳で大きく光が動いて、俺があっと思うと同時、大粒の涙がカルディオスの双眸から零れ落ちた。
「――――」
俺は言葉を失った。
何か言うべきだと思ったが、何も出て来なかった。
――カルディオスが泣くのは珍しい。
いつもへらへらしていて、余裕ぶっていて、甘えるのが上手なこいつが、こんな風に声を殺して泣くなんて。
鼻を啜って、両手で目許を隠して、カルディオスが膝に肘を突いた。
肩が震えている。
俺は立ち竦んでしまった。
ディセントラが泣くのは慣れているけれど、カルディオスが落涙するのは数える程しか見たことがない。
「――ごめん、ごめん、ルド」
震える声でそう言って、カルディオスがぼろぼろと涙を床に落とす。
「手間掛けさせてごめん」
「手間じゃないよ」
思わず、馬鹿みたいに分かり切ったことを口走って、俺はカルディオスの方へ一歩近付いた。
カルディオスが肩を震わせて、顔を上げないままに、涙に揺らぐ声を出す。
「……コリウスは? あいつの怪我、治したの? あいつ、大丈夫なの?」
嘘を言っても何にもならないと思って、俺は呟いた。
「いいや、まだだ」
「なんで俺の方に先に来たの?」
カルディオスの声が震える。
俺は言葉を選ぶ間もなく、ぼろっと本音を零した。
「――おまえの方が、なんか死にそうだったから……」
カルディオスが鼻を啜る。
背中を震わせて、掠れた声が吐き出される。
「……死にたい」
俺は息を吸い込んだ。
勢いに任せてカルディオスとの距離を詰めてその隣に座ったが、言葉が見つからなかった。
カルディオスは、俺が隣に来たことに気付いたのか気付いていないのか。
肩を震わせて、目許を掌で押さえて、絞り出すように。
「全部俺のせいじゃん。コリウスに何て言ったらいい?
死にたいのに、死んでも何にもなんねぇなんてひでぇよ。次の人生もその次も、俺、もう一生、コリウスの顔見らんないよ。
あいつ、あのやろうのこと今でも好きなんじゃん。それなのに俺、あいつのこと殺して、今までそれも黙ってて、コリウスと普通に喋ってたんだよ」
堰を切ったように言葉を吐き出して、カルディオスは膝に向かって身を伏せた。
両手で暗褐色の頭を掻き毟って、カルディオスは懺悔するように。
「――やり直したい……」
俺ももう泣きそうだった。
言いたい言葉がたくさんあるのに、喉で潰れて声にならなかった。
「分かってたはずなんだよ……コリウスが殺されたって、次にまた会えるってさ。
それから、なんであいつが殺されなきゃなんなかったのか訊いてさ、みんなで一頻り腹立ててさ、それで良かったはずなんだよ……なんで殺したんだろ、なんで――取り返しがつかなくなるって、分かってたはずなのに……!」
うう、と呻いて、カルディオスは今まさに、己の腸を引き摺り出されようとしているのに抵抗するかの如くに身を捩った。
「俺のせいだ。俺のせいで、あんな……。コリウス、もうあいつに会えないんだぜ。
アナベルのことでは散々みんなで協力したのに、俺、コリウスの好きな人は殺したんだ……!」
俺は思わず手を伸ばして、身を震わせて泣くカルディオスの肩を抱いた。
「――違う」
やっと声が出た。
「違う、おまえが殺したんじゃない、俺たちが殺したんだ」
「俺が刺した」
即答で返ってきた応えに、俺は首を振った。
「俺たち、全員周りにいただろ。誰も止めなかった。止められたのに止めなかった。あいつを殺すべきだって、俺たち全員が思ってたからだ。
――あのときの救世主はおまえだったから、おまえが俺たちを代表しただけだ。おまえだけのことじゃない、みんなのことだ」
絞り出すように言葉を並べて、俺は息を吸い込んだ。
「――だから、」
ちょっと声が震えた。
泣くのを堪えているのに限界がきそうだった。
「死にたいなんて言うな、二度と言うな」
カルディオスが何か呟いた。
何と言ったのかは聞き取れなかった。
聞き返すことはせずに、俺はひたすらに言葉を連ねた。
「いなくなるなよ。おまえ、俺の親友だろ」
ゆさゆさとカルディオスを揺らして、俺は、これではいつもと逆だと思う。
いつも、じゃれて来るのはカルディオスの方なのに。
「コリウスに、」
コリウスに謝りに行こう、と言おうとして、俺は口を噤んだ。
――謝罪してどうなるものでもない。
カルディオスがあのときに手を下さなくとも、どのみちあの人は今はもうこの世にいない。人の寿命からして当然に。
俺たちの罪は、最後まで穢されずに守り抜かれたコリウスの奇跡のような恋を、土足で踏み躙ったことにある。
コリウスは謝罪を望むだろうか。
なんとなく、あの合理主義者はそんなことを望まないだろうと思った。
謝罪はあいつにとって余計な思考の雑音になるだろう。
そもそも、カルディオスや俺たちの顔を見たあいつが、俺たちの気持ちに気付いていないなんて馬鹿な話はあるわけがない。
あいつは自分で、自分がどういう風に事実を受け止めるかを決めたがるだろう。
――でもそれは、俺たちがあいつに頭を下げない理由にはならない。
「……コリウスが、俺たちを、どう判断するのか分かんねえけど」
コリウスは、自分の恋人に忠実であることを望むだろうか。
それは気高いことだろうが、一方で即ちコリウスの、この先一生の孤独を意味しかねない。
それともコリウスは、俺たちの仲間意識を採るだろうか。
俺たちがあの人を殺した理由を理解して許すだろうか。
それは歪なことだろう。人一人を殺した動機を崇高視して許すなんて、一番してはいけないことだ。
だからそちらを望む俺は、相当に歪んだ思考をしている。
「――でも、ちゃんと、悪かったって伝えような」
辛うじてそう言って、俺は息を吸い込んだ。
カルディオスは、一度たりとも、コリウスが俺たちを信じたことがないという点に言及しなかった。
こいつにとっては、それは多分、どうでもいいようなことなのだ。
ひたすらにコリウスに申し訳がないと、それしか考えていないのだ。
――カルディオスも、俺たちも、短気で愚直で、馬鹿だった。
その底にコリウスへの親愛が流れていたことは、一切何の言い訳にもなりはしない。
肩を震わせて泣くカルディオスと身を寄せ合いながら、俺は取り返しのつかない過去のことを清算する方法について考えている。
一説にはそれは許しであると言うけれども、俺たちにはコリウスに許しを乞う資格があるのかも分からない。
もうどうしようもないことを、何とかして前に進めていくにはどうしたらいいのか、頭の悪い俺には分からない。
ただ分かるのは、カルディオスが泣き止むまでは傍にいるべきだという、その一点のみだった。