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15◆ 汽車の旅(極楽)

 これまでの旅路では、群を抜いて楽な道のりだった。


 何せ、人が旅することを想定して作られた移動手段だからね。

 出来損ないの筏やら荷物のための船倉やらとはまるで違う。


 ただ、周囲からの視線がめっちゃ痛い。

 中には、あからさまに口と鼻を覆う人もいる。すげぇ申し訳ない。


 夜には少し眠ったものの、汽車の独特の揺れに何度も目を覚ました。

 明け方に少し窓板を上げ、高速で過ぎ去る光景を楽しんだ。


 扉の傍に立つでっぷりと太った男が、夜明けと同時にカンテラの灯を消して回った。


 窓の外には海。

 どうやら軌道は海沿いに敷かれているらしい。



 俺が汽車に乗り込んだ翌日の朝、汽車は駅に一度停まった。

 でっぷりと太った男は、その駅がフォルナの町であることを車内に言い渡すと、疲れた様子で汽車から降りて行った。

 替わって、今度はひょろりと痩せた男が乗車してきて扉の傍に立った。


 フォルナでも数人が汽車に乗り込んできたが、俺の傍に座ろうとする猛者はいなかった。

 俺の傍の通路を通るときに二度見してくる人もいた。針の筵である。



 汽車はひたすら走り、昼頃にはケストンという町の駅に停まった。

 数人が汽車から降り、それよりも多くの人が乗り込んで来た。


 俺は紙袋から取り出した、少し乾いたパンを食べながらケストンの町並みを窓越しに眺める。

 港町というか、でかい建物が多い。交通の要衝というよりは金の流れが集まる町なんだろうな。



 汽車は更に走り、夕方近くにバールという町に停まった。そこで停車している間に、ひょろりと痩せた男が車内のカンテラに灯を点して回る。

 冷えてきたので俺は窓を閉めた。

 バールでかなりの人数が乗り込んで来て、座席がいっぱいになったようだ。とうとう俺の隣にも乗客が座った。

 四十半ばの口髭を蓄えた男で、かっちりした大きな木の鞄を後生大事に抱えていた。鞄を守るように膝に乗せ、隣の俺をきっと一瞥。

 俺は明後日の方を向いておいた。大丈夫です、あんたの大事そうなその鞄の中身が何であれ、俺は興味はありません。



 汽車は夜通し走った。

 がたごとと不規則に揺れる車内に俺も慣れてきた。

 夜が明けて窓を開けてみると、汽車は内陸に入ったのか、今は山沿いを走っていた。

 隣の男はぐぅぐぅといびきをかいて眠っており、おいおい不用心すぎるぞと俺は苦笑。


 しばらくしてから飛び起きた男は、はっとした様子で鞄を確認し、ほうと安堵の息を吐いていた。俺は窓の外を向いておいた。

 

 それからすぐに、汽車はまた停まった。

 町の名前を聞き逃したが、どうやらそれほど大きくない町らしい。降りる人も乗ってくる人もいなかった。

 その次――昼過ぎ頃――に停まった駅で、俺の隣の男は降りて行った。



 汽車は延々と走った。

 海を離れて内陸の平地を進んでおり、川に架けられた橋を渡ることもあった。


 俺の知るどの移動手段よりも、速度としては上等だ。

 思ったより早くガルシアに着きそうだ。地図を見て絶望の顔をした俺を、海賊たちが妙な顔で見ていたのはこういうことか。


 稀に駅で、車窓越しに食べ物を売ってくれる人がいて、俺はそのお蔭で命拾いした。

 商売として目の付け所が秀逸だと思う。

 腹いっぱいとは言えないものの、命を繋ぐには十分な食事を得られるのはかなり幸せだ。


 用を足すのが駅に停まっているときにダッシュで済ませるしかないというのが難点だったが、余りにも長く俺が乗っているので、扉の傍に立つ人たちが何だか気を遣ってくれるようになってきた。


 若い雀斑の男が扉の傍に立っていたときは特に話し掛けやすかったので、ガルシアに行くにはガルシアという駅で降りればいいのかと訊くことが出来た。

 彼は大きく目を見開いた後、ガルシアは軍事施設なので駅はない、すぐ傍の、カーテスハウンという駅で降りるんだと教えてくれた。感謝である。危うく目的地を乗り過ごすところだった。



 そんなこんなで十日が過ぎ、汽車は再び海辺を走っていた。

 十日間座りっぱなしで尻が痛い。一時期は毎日嗅いでいた潮の匂いも、十日ぶりだとなんだか久し振りだ。


 夜明けから数時間経ち、冬ながらも気温が少し上がったことを感じ取った俺は、窓を開けて潮の匂いを思いっ切り吸い込む。

 蛇行しながら走る汽車が速度を落とし始めた。


 窓からちょっと顔を突き出してみると、行く手に大きな駅が見えてきていた。

 汽車の軌道上までをも覆う円蓋を持つ、白亜の巨大な建物。


 これまで、駅は町の真ん中にあることが多かったんだが、この駅はどうやら町の端っこにあるらしい。


 窓際に肘を突いて呑気にそんなことを考えていると、扉の傍に立つ男――今は痘痕面の若い男だ――が、心持ち声を高くして宣言した。


「カーテスハウン。次はカーテスハウンです」


 俺はがばっと入り口側のその男を振り返った。

 その男も俺を見ていた。十日間もここに座っていた俺の存在と目的地は、入れ代わり立ち代わりそこに立つ男たちの間できっちり引き継がれていたらしい。


 目が合って、扉の傍で男が頷いた。そして、駄目押しのようにもう一度言ってくれた。


「カーテスハウンですよ」


 俺は思わずにっこりして拳を掲げた。


 ――ようやく辿り着いた。

 まあ、ここに誰もいなかったら笑えないんだけど。








 下車のときには、乗車のときに半分に裂かれた切符を渡すことになっている。

 それを、この十日間で俺は見て学んでいた。


 元気よく手に持った半分の切符を差し出した俺に、痘痕面の彼はにこにこ微笑みながら、


「遠かったでしょう、ずっといましたね」


 と。俺は肩を竦めた。


「まあ。ルーラからずっといたから」


 切符を受け取り、痘痕面の彼は目を剥いた。


「そんなにいたんですか!? ――やっと着いてほっとしたでしょう、良かったですね」


 うん、と頷いて、俺は汽車から飛び降りた。

 外套のポケットで硬貨がちゃらちゃらと音を立てる。


 降り立った駅は、ルーラとは比較にならないくらいに広々としていた。


 真上には円蓋、足許は白大理石。所々に観葉植物。

 汽車の軌道が幾つか間隔を置いて並行して敷かれていて、複数の路線がここで合流していることが見て取れた。


 そのせいもあってか、人混みがすごい。

 足早に行き交う人々の中、俺の格好は完全に浮いていた。


 とにかく、出口はどっちだ。

 きょろきょろしながら歩いていると、見るからに豪奢な身なりをした女の子たちの一団と遭遇。

 全員、年齢は俺と同じくらい。みんなして手に木で出来た小振りなトランクを提げて歩いており、人混みに流されて危うく激突しかけた俺に冷ややかな目を向けてきた。

 特に先頭の、赤い髪を派手に結い上げた女の子なんかは、高飛車そうな鳶色の目で俺を殺しそうなくらいに睨んできた。

 わざとらしくハンカチを取り出して鼻と口を覆い、思いっ切り眉を寄せている。ごめんって。


 俺は大きく一歩下がって、謝罪を籠めて軽く頭を下げ、掌で彼女たちに「どうぞ」と合図した。

 それを見て、先頭の女の子が意外そうに眉を上げる。なにせこんな格好とは不釣り合いの、我ながら洗練された仕草だったからね。

 かつて貴族として生まれたこともある俺を舐めるなよ。


 どや顔で女の子たちをやり過ごし、俺は再びきょろきょろ。

 とにかく人が沢山歩いて行く方へ付いて行くと、ようやく出口が見えてきた。


 アーチ形に刳り貫かれた駅の出口を出て、俺は思わず深呼吸。人混みは苦手だ。


 出口からは扇状に弧を描く階段が数段続いており、そこを降りると人通りの多い通りに出る。


 この駅は町の端っこのはずだけれど、駅があるということで人が集まるんだろう。

 通りには辻馬車が走り、乗合馬車が停まって乗客を集めている。

 軒を連ねるのはあらゆる種類の店だ。ちょうど駅の真ん前には宝飾店があり、店の中を見せびらかすように大きな窓が設けられていた。


 ガルシアにはどう行けばいいんだ。


 途方に暮れて立ち止まった俺の目の前で、先程の女の子たちが大きな馬車に乗り込んで行った。

 御者が恭しく彼女たちを出迎えたところから推すに、でかいがあれは乗合馬車ではなく辻馬車だろう。見た目にそぐう金持ちのお嬢さんたちのようだ。


 取り敢えず足を踏み出さなければ始まらない。

 人の多さと空腹にちょっとよろめきながら階段を降りる。


 女の子たちを乗せた馬車が、がらがらと音を立てて走り出した。

 そこで俺は、今までその馬車の尖り屋根に隠れて見えなかった標識に気付いた。


 緑青(ろくしょう)の色に塗られた標識が立っている。


 思わず駆け寄って見上げると、二方向を示す矢印に、それぞれ白い文字が書かれていた。


 左を示す矢印には、『カーテスハウン市街。ヴェストニア劇場』。

 右――女の子たちが乗った馬車が走り去った方向だ――を示す矢印には、『イール造幣局。至ガルシア』。



 至ガルシア。



「きた……」


 思わず呟いた俺は、傍を通りかかった若い紳士に勢い余って話し掛けた。


「あのすみません、ここからガルシアまではどのくらいです?」


 紳士は思いっ切り眉を顰めた。俺の格好を上から下まで見てから、殆ど吐き捨てるようにして、


「馬車なら二時間」


 と。俺はきっちり頭を下げる。


「ありがとうございます!」


 紳士がそそくさと立ち去り、俺は駅の傍で乗客を集めている乗合馬車の方へ、人混みを縫って近付いた。


 気のない声で御者が乗客を集めている。


「ガルシア方面に行くよー、届け物がある人ー、家族がガルシアにいる人ー、魔法研究院に用がある希少な人ー、入隊希望者ー、乗ってってねー」


 運が向いてきた。どんぴしゃでガルシア行きだ。


 息せききって馬車に駆け寄った俺に、御者は目を(しばたた)いた。

 呼び込みの声を一旦止めて、びっくりしたように御者台から俺の格好を見る。


「えっ、あんた……、乗るの?」


「乗る」


「えっ、あんた……、ガルシアに行くの?」


「行く」


「えっ……、金持ってる? 五アルアするんだけど」


 俺はポケットから十アルア紙幣を取り出して、御者に押し付けた。

 御者はますますびっくりした顔で俺を見て、紙幣を受け取ってから声を潜めた。


「え、なになに……。なんか緊急事態?」


 俺はぶんぶん首を振り、釣りを催促して掌を上げながら、躊躇うことなく言った。


「いいや、ただの人捜しだ」















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[気になる点] 切符にガルシアって書いてたけど、ガルシアって駅は無いんですよね?
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