83◆ 魔王討伐――誤算
――天候を操る魔法があるとすれば、それは正当な救世主の地位にあるときのアナベルの魔法だ。
〈状態を推移させること〉という、絶対法の一部を侵す魔法――この世界で、ただそれのみであるはずだ。
だが、そのアナベルの魔法ですら、ここまで短時間で急速に、天候を激変させられるものではなかった。
落雷の中で高所に居続けるのは愚か者のすることなので、俺たちは躊躇いなく建物の上から飛び降りていた。
なお、飛び降りる方向としてヘリアンサスがいる方と逆を選んだのは、全員の生存本能のゆえである。
俺の心情を言えばトゥイーディアの傍に行きたかったのだが、俺に課せられているのは、それを許すほど優しい代償ではない。
周囲は一気に嵐の暗がり。
雨こそ降っていないものの、今にも叩き付けるような豪雨がやって来そうである。
狂ったように雲の中で明滅を繰り返す稲光に、断続的に周囲が眩しく照らし出されて、ちかちかと落ち着かない視界に、目がどうにかなりそうなほど。
さっきまで自分たちがその上に立っていた平屋の家屋を背に屈み込んでいる位置関係上、俺たちが今いるのは、俺たち自身の魔法の破壊が及んでいない場所である。
鳴り響く雷鳴に敷石が震えている。
弾けるような轟音と共に、何度も何度も雷光が炸裂する。
落雷が間近すぎて、稲光と雷鳴が全く同時に降って来る。
気のせいなのか何なのか、肌が帯電したようにぴりぴりする。
ぴしゃん! と、まるで空気を引き裂くような音と共に、間近に雷光が突き刺さった。
どこかで、辛うじて無事だった家屋が倒壊する音が響いてくる。
ごろごろと間断なく雷鳴が轟く中、動くのも危険な荒天が呼び込まれた以上、咄嗟には移動できずに屈み込んでいる俺たち。
屈み込みつつも、廃村の中心――他より高さのある、物見台の方を、思わず俺は窺っていた。
今のところ物見台が倒壊するような事態にはなっていないということを見て取って、ほっと一息。
いや、一息していられるような場合じゃないけど。
ヘリアンサスがここまで大規模な魔法を使うのを、俺たちは見たことがなかった。
そのせいもあって、ディセントラやコリウスまでが思考停止したようですらあった。
――とはいえ、思考停止に至る経緯が各々で違ったのは火を見るより明らかである。
アナベルとカルディオスが単純に驚愕ゆえに思考を止めたのだとすれば、俺はトゥイーディアのことで頭がいっぱいになって思考が止まっていた――たった一人でヘリアンサスの側に残されたトゥイーディア。
俺の心臓よりも、彼女は俺の命に近い。
そしてコリウスとディセントラは、対処を考えるが余りに意識で思考を追い掛けられなくなったのだと分かる。
たぶん今、二人とも、逆に止まってんじゃないかと思うような超高速で、その頭脳を回転させてくれているはずだ。
それはそれとして誰か、俺にトゥイーディアの盾になるように言ってくれないか。
天が引き裂けるような破裂音。
真っ白な雷光が、枝分かれして輝く。
離れた場所から見ればいっそ壮麗な光景だろうが、真下から見上げると死の予感しか覚えない光景である。
ばりばりと空気を叩き割るような音が響く中、ヘリアンサスの笑い声が微かに聞こえてきた。
自分の安全は確保する自信があるからこそのこの暴挙だろうが、それにしても腹が立つほど無邪気な笑い声だった。
――は、と息を吸い込んで、最初に我に返ったのはカルディオスだった。
血相を変えて、敷石に膝を突いて身を乗り出す。
「――おい、アナベル! おまえ、これ何とか出来ねーの!?」
轟く雷鳴の中で叫ぶカルディオス。気持ちは分かる。
ぴしゃっ! と凄絶な音を立てて、まさにさっきまで俺たちがいた場所を、雷光が突き刺した。
どごっ! と冗談みたいな音が響いて、真上からぱらぱらと細かな石の欠片が落ちてくる。
「――出来ないわよ!」
と、名指しされて息を吸い込み、カルディオスの倍の勢いで怒鳴るアナベル。
予想を遥かに超えてきたヘリアンサスの腹いせの一撃に、恐怖よりも向かっ腹が勝ったらしい。
「あたしが正当な救世主なら、ちょっとは対抗できたでしょうけどね!」
語尾に被って轟く雷鳴。
黒雲を内側から白く光らせる閃光。
カルディオスの翡翠の目の中で、真っ白な光がきらきらと踊る。
その虹彩の中で、瞳孔がすうっと収縮するのが見て取れた。
「――イーディは!?」
悲鳴を上げるカルディオス。
――遅いんだよ、頼むから俺をトゥイーディアの方に行かせてくれよ。
内心で必死に祈る俺を他所に、コリウスが口を開いた。
「いや、この状況、確実に安全を確保できるとすればトゥイーディアだ。心配無用だ」
……は?
「はあ?」
アナベルがあらん限りの侮蔑の目でコリウスを見た。
懐疑余っての眼差しだと分かってはいるが、味方に向けるには剣呑すぎる視線だ。
とはいえ俺も気持ちは同じ。
コリウスはアナベルの視線もどこ吹く風、口許に手を宛がってディセントラと目を合わせる。
それを受けて、こく、と頷くディセントラ。
「むしろ、自然にヘリアンサスから離れられて良かったかも知れない」
ディセントラまでがそんなことを言い出して、代償がなければ俺は二人を殴っていたかも知れない。
実際にカルディオスが拳を握り固めてくれたので、俺の溜飲はちょっと下がったけれども。
「落ち着け」
カルディオスの形相を見て、膝を突いたままでコリウスが端麗な指を立てた。
同時に、弾けるような破裂音と共に間近に雷光が突き刺さる。
眩い閃光に、思わず全員が目を庇う。
すうっと息を吸い込んだディセントラが、座り込んだまま両手を組み合わせて顔を伏せた。
祈りを捧げるような姿勢――直後、周囲一帯で雷光がぱっと散った。
恐らくは雷光が伝播する場所を狙い撃ちにして、そこの空気そのものに、帯電すら禁じる〈停止〉を与えたのだろうが、……器用だな。
俺たちは呼吸に支障を来していないから、本当に精密な魔法の行使だと分かる。
ちら、と濃紫の目でディセントラを見遣って、しばしの安全を確信したらしきコリウスが、口早に言った。
「いいか、トゥイーディアの能力からして、ディセントラ以上に身の安全を図ることが出来るのは間違いない。
実体があろうがなかろうが壊すあいつの魔法だ、雷程度は何でもないだろう」
ぐ、とカルディオスが言葉に詰まった。
そこに重ねて、冷静極まりなくディセントラが言葉を続ける。
「むしろ、私たちが近くにいたら、あの子は自衛も躊躇っちゃうから、これでいいのよ」
まあ確かに――と言わんばかりに、アナベルが素直に頷いた。
俺としては煮え切らないけど。
雷鳴が轟き、直後に弾けるような音を立てて、ディセントラの魔法が解けた。
彼女が自らそうしたのではないことは明らかだった。
集中力の限界ということもあるだろうが、それだけではなく、
「――ほんとに、あの……魔王……っ」
苦々しげに口走るディセントラが、集中の余りに噛み切った唇から薄らと滲む血を、指先でぐい、と拭った。
血が薄く伸びて、唇に紅を引いたようになった。
――この天候には、ヘリアンサスの意思が徹っている。
それによって世界の法が書き換えられている。
俺たちはそれを上書きするに足る魔力を持たないし、防ぐにも魔力が不足するのだ。
槍のように突き立つ雷光。
ばりばりと鼓膜を震わせる轟音に、堪らず耳を抑えたのは全員が同時。
耳から飛び込んだ爆裂音が、歯の根までをも震わせる。
嵐の暗がりに沈んだ周囲が、稲光に断続的に白く照らされる。
「――っ、とにかく!」
コリウスが怒鳴るようにそう言った。
間近で破裂音を立てる雷鳴に、負けじと声を張り上げているのだと分かった。
「川の方へ、――この状況は、」
「ねえ」
唐突に、ここで聞こえるはずのない声がして、俺たちは凍り付いた。
――何の前兆も予感もなく、どこからともなく平然と、魔王ヘリアンサスがその場に現れていた。
奴の一声で硬直した俺たち五人のすぐ傍――カルディオスの背後、俺の正面に、微笑みながら立っている。
カルディオスが、立ち上がることも振り返ることも出来ずに身体を強張らせている。
今この瞬間、全員の心臓の鼓動は早鐘の如くに重なっていた。
音が聞こえてこないのが不思議なほどに激しく。
――どうしてここにいる……?
雷鳴が轟く。黒雲が光る。
閃く雷光にいっそうその黄金の瞳を際立たせながら、こつ、と一歩を踏み出して、ヘリアンサスが軽く屈み込み、カルディオスの肩に手を置いた。
カルディオスが大きく肩を震わせた。
その様子に、もはや親しみ深ささえも感じさせる微笑を浮かべて、彼の耳許でヘリアンサスが囁いた――雷鳴に呑まれてもおかしくないその声が、妙にはっきりと耳を衝いた。
「……ねえ、びっくりした?」
刹那、カルディオスが身を捩ってヘリアンサスを振り払った。
立ち上がることすら後回しにして、転がるように俺の方へ下がって距離を取る。
勢い余って欠けた敷石に擦った膝から血が滲んだ。
倒れ込むようにこっちに突っ込んで来たカルディオスを受け止めて、俺は立ち上がりながらカルディオスを引き摺り立たせた。
他の三人も靴音と共に立ち上がり、後退ってヘリアンサスから距離を取ろうとしている。
俺に腕を掴まれていたカルディオスが、はっとした様子で俺の手を振り解き、代わりにアナベルの腕を掴んで、彼女を自分の後ろに押し遣った。
アナベルが、驚いたように薄紫の目でカルディオスの横顔を見上げた。
――カルディオスはトゥイーディアの、奇妙な『お願い』を覚えている。
ヘリアンサスは屈んだ姿勢のまま、カルディオスに振り払われた手もそのままに、きょとんとしたように黄金の目を瞠っていた。
ぱち、とその瞳を瞬かせて、身体を起こしてにこりと笑う。
「――ああ、ごめんね。驚かせたね」
カルディオスは肩で息をしている。
そんなカルディオスから、ヘリアンサスは拘りなく視線を外した。
「……それにしても、珍しいね」
笑顔のままに俺に視線を移して、ヘリアンサスが首を傾げる。
「いつもはきみ、鬱陶しいくらいに前に出て来るのに――今日はどうしたの? 具合でも悪い?
……それとも、」
わざとらしくしばらく考え込んで、それからヘリアンサスは軽く指を鳴らした。
閃く雷光に、腕輪の金属が白く光る。
「死ぬのが惜しくなった? ルドベキア」
俺は短く息を吸った。
恐怖を押し込めて、一歩前に出た。
――こいつがここにいる。
トゥイーディアを振り切ってここまで来たのか、それともトゥイーディアを動けなくさせた上でここに来たのか、それを確かめないと。
口を開いて、俺は自分でも驚くほど平静な声を出した。
多分、トゥイーディアのことだけを考えていたせいで、代償が俺の口調から情動を削ぎ落したのだ。
「――いや、別に」
溶けるように、俺の右手の指先から熱が地面に滴った。
真下の敷石を穿つほどの高温の火が、光を押し留めたかの如くに輝いて、滴の形で零れ落ちる。
――拳を握れば、その拳が発火した。
――世双珠の罠が外れた以上、俺が前線に立つ役割はいったんお預けだ。
だが、こうなってしまったからには、他より防御に優れる俺が、この場においては前面に立たねばならないことは、それこそ火を見るよりも明らかだった。
四人が俺の背後に回った。
同時に俺が拳を振り上げた。
振り上げたその軌跡から、まるで別次元から溢れ出すかのように炎が溢れて、唸りを上げてヘリアンサスを襲う――その炎の怒濤を、軽い溜息ひとつで吹き消して、ヘリアンサスは肩を竦めた。
雷鳴が轟く。
「そうなの。――まあどちらにせよ、弱くて脆くて、すぐに死んじゃうからね、きみは」
――その言葉は間違いなく俺に向けられたものだったが、しかし俺はトゥイーディアのことを考えた。
トゥイーディアは俺よりは強いが、だが、それでも、もしかして――
息が苦しい。
恐慌は喉元までせり上がってきていたが、代償ゆえに表れない。
俺はただ無言で、苛立たしげでさえある仕草で、右手を振り下ろした。
ぼぐっ、と潰れた音がして、ヘリアンサスの足許が弾けた。
爆炎が巻き上がり、ヘリアンサスを巻き込んで炎上する――
――寸前、ヘリアンサスがその場で軽く足踏みした。
忽ちのうちに、まるで上からとんでもない質量で圧力を掛けられたかのように、平らに静まるその足許。
炎が掻き消されて、焦げた敷石だけが残る。
ざわ、と、背後で複数の魔力が動くのが肌に感じられた。背後の四人が魔法を使おうとしているのだ。
ヘリアンサスが面白そうに唇を歪めた――直後。
音というよりは骨に伝わる衝撃に近い轟音と共に、俺たちのすぐ傍の建物が消失した。
冗談抜きに、膝の高さほどの壁までを残して上が、ものの見事に弾け飛んで消え失せたのだ。
粉塵ひとつ残さぬ、徹底的な破壊――。
廃屋の中に置き去りになっていた調度品までが、壁と同じ高さで切り揃えられたかのように吹き飛んでいる様は、圧巻を通り越してもはや異様。
俺の肌に届かんばかりのところまで、その圧倒的な破壊を齎した魔力の刃が迫ったのが分かり、俺は思わず一歩をそちらから逃げたくらいだ。
――こんなことが出来る魔術師は、この世界にたった一人だけ。
「ヘリアンサス!!」
怒号が上がる。
代償さえなければ俺は、目頭を熱くしていたかも知れない。
――トゥイーディアだ。
無事だった。生きていた。
ヘリアンサスが、打って変わってつまらなさそうな顔で、怒号が上がった方向を一瞥した。
俺は生存本能ゆえに、その魔王から視線を逸らすことさえ出来なかったが、視界の隅ではちゃんと見ていた。
蜂蜜色の髪を靡かせたトゥイーディアが、己が消し飛ばした廃屋の残骸を駆け抜けて、こちらに向かって来ようとしている。
右手に黝い大剣が閃いている。
目立った出血はない。動きに不自然な点はない。
――トゥイーディアは大丈夫だ。
ヘリアンサスが眉を寄せた。
同瞬、弾けるような大音響と共に、間違いなくトゥイーディアに向かって天から雷光が降り注いだ。
俺は恐怖に息すら止めたが、雷光に白く照らされたトゥイーディアは微塵も怯まなかった。
むしろ、雑魚を捌くにも似た苛立たしさを籠めて左手を振った。
しゅん、と小さな音がして、雷光がその一片すら残さず消し飛ばされる。
トゥイーディアの疾駆の速度は緩まない。
コリウスの言ったことは正しかった。
こんな雷程度、彼女にとっては物の数ではなかったのだ。
消し飛んだ廃屋の中を踏み、飛び込むようにヘリアンサスに肉薄したトゥイーディアが、駆け抜けながら大上段に振り被った大剣を振り下ろす。
ヘリアンサスはいっそ面倒そうでさえある動きで、数歩下がってそれを躱し、結果として魔王と距離が開いた俺たちは、覚えず安堵の息を漏らした。
「――大丈夫!?」
息せき切ったトゥイーディアが、俺たちの前に立つなり叫ぶようにそう尋ねた。
粉塵を頭から被ったせいで、その頬が汚れている。
切傷が右頬に出来ているのが見えて、俺は心臓がきゅっと縮むのを感じた。
軍服もあちこちが裂けていた。
大剣を握った右手の甲にも、複数の切傷が走って血が滲んでいる。
――だがそれでも、恐らく重傷はない。
重傷があれば、如何なトゥイーディアとはいえ、いきなりヘリアンサスの前には出ずに、俺を頼ってくれるはずだ。
彼女の飴色の視線が一瞬、アナベルを庇ったカルディオスを向いて、戦闘中にはあるまじきまでに緩んだ色を湛えたのを、俺は見た。
――見て、ちょっと面白くなかった。
この状況、俺がさっきまでは一番前に立ってたことが分かりそうなもんなのに、なんで俺には一瞥もくれないんだよ。
俺を見ろよ。
恋慕ゆえの子供じみた不平が代償に濾過されて、とんでもない暴言が口から飛び出した。
「――むしろおまえに殺されるかと思った。気を付けろ、この暴力女」
言い放った俺に、俺自身が誰よりびっくりしたが、トゥイーディアは俺を歯牙にも掛けなかった。
軽く頷いて、きっぱりと言った。
「大丈夫そうね、良かった」
ひゅん、と大剣を振って、ヘリアンサスに向き直るトゥイーディア。
――ここで六人揃ってしまったのは大誤算だ。
ヘリアンサスはトゥイーディアが引き付けておくはずだった。
そうでなければ、さすがに怪訝に思われるだろうから。
だから、俺たち五人はヘリアンサスの視界の外にいる計画だったのだ。
だが、外れてしまった計画を嘆いても仕方ない。
こうなってしまったものは仕方がない。
トゥイーディアとしても、生きた心地もせずにこっちへ走って来てくれたんだろうから。
雷鳴が轟く。
どこか遠雷じみて、猛威が過ぎた後のように聞こえる控えめな音だった。
――トゥイーディアが、左手でヘリアンサスを指差して、その指を真横に振り抜いた。
無数の花が空中に咲いたかのように、ぱっと白い光の鱗片が散る――次の瞬間、ヘリアンサスを狙ったのだろうトゥイーディアの魔法が逸れて、魔王の後ろの家屋を数棟纏めて消し飛ばした。
地響きと共に崩れ落ちる廃屋をちらりと振り返り、ヘリアンサスが肩を竦める。
「あーあ、乱暴だなぁ……」
その純白の髪に、ひとひらの日光が落ちて眩く照り映える――
真っ黒な雲が割れて、荒天が終わろうとしているのだ。
窓一枚分ほどの青空が――鮮烈なまでに青い空が、針を穿ったように一点に開いている。
分厚く空を覆っていた雲は、徐々に徐々に吹き散らされようとしていた。
――俺は目を細めた。
不穏な天候が過ぎ去ったことに対して、本能的な安堵はあったが、理性はむしろ危機感を募らせていた。
この天候の変化は、ヘリアンサスが雷雲を維持する魔力の限界を迎えたからこそのものである――と、そう思うことが出来れば良かったのだが、生憎とヘリアンサスに魔力枯渇の様子がない。
つまりは単純に、悪天候に飽きたがゆえに晴れを呼び込んでいるに過ぎないのだろう。
どうか、この白髪金眼の魔王が強がった態度をとっていますように。
――そんな、望むべくもない儚いばかりの祈りが脳裏を掠めるほど、俺の思考は切羽詰まっていた。
――これほどの大規模な魔法を行使して、なお少しも魔力の底を見せない、この魔王は一体何なんだ。
間もなくして、日差しが幾筋も、柱のように雲の隙間から降り注ぎ始めた。
真っ暗な雲から降る日差しは、特別明るく感じられるものだった。
その一筋がトゥイーディアを捉えて、蜂蜜色の髪の後れ毛が、淡く金色に光り輝いて見えた。
黝い大剣の切先に、光が水滴のように溜まって煌めく。
雷鳴が薄れて消えていく。
――その音に紛れて、トゥイーディアが呟く声が聞こえた。
「……――『カルディオス』」
俺は息を吸い込んだ。
――緩やかに流れる川は、あと少しのところまで迫っている。
川畔のこの廃村は、本当に小さな規模のものだから。川のすぐ傍に築かれたものだから。
そして、俺を含んだ五つの声が、同じようにその名前を呟いた。
出来る限り静かに、密やかに。
「――『カルディオス』……」