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14◆ 夜までなら余裕で待ちますとも

 落ち着け。

 落ち着け俺。



 俺は取り敢えず駅の手前、道の端っこに蹲ってひたすら自分に言い聞かせていた。



 ――船だって大進歩してたじゃないか、馬車が同じくらいの大進歩を遂げていたって何もおかしくない。

 進歩し過ぎて馬車じゃなくなったみたいだけど。

 なんか、どういう原理で動いてるのか全く謎だけど。



 今回は本当に、何がどうなっているのかさっぱり分からん。

 なんなんだこの技術の大進歩は。今までこんなこと無かったじゃないか。


 あいつらに再会できた暁には、訊くことが山程できている。


 取り敢えず現実はありのままに受け容れて、後で全部あいつらに訊こう。



 ――そう決めて顔を上げた俺は、駅へと向かう人たちから結構な割合で胡乱げな目を向けられていることに気付いた。


 身なりも行動も怪しいからね、仕方ないな。


 とはいえ、これは問題だ。

 こんな身なりの俺が大金を持ってるなんて、怪しいってもんじゃないだろう。

 最悪の成り行きだとどこかに捕まりそうだ。捕まっても逃げる自信はあるけれど、出来れば面倒事は避けたい。

 説得力のある言い訳が出来ればいいけど。



 切り替えた俺は立ち上がって、内心ではびくびくしながら駅に向かって歩を進めた。


 駅の入り口、大きく開け放たれた両開きの扉を潜る。

 床は敷かれておらず、敷居を跨いだ先もまた石畳。

 行く手を見遣れば、どうやらこの駅は建物の体を成しているのは半分だけらしく、建物の先がそのままテラスのようになっていた。

 察するにあそこからあの黒くてでかい馬車の進化型みたいなのに乗り込むんだな。


 それはさておき、まさか移動手段が無償というわけはないだろう。

 きょろきょろと周囲を見渡すと、入り口の左手に、駅に入った人たちがこぞって列を作っている場所があった。

 多分あそこで金を払うんだろう。


 そう判断した俺は行列に加わったが、その途端に前に並んでいた人にぎょっとした顔で振り向かれるわ、後ろに並んだ人にも距離を置かれるわ。項垂れて身を縮めるしかない。


 列は少しずつ進み、近付いてみるとそこは壁際のカウンターだった。


 厳めしい顔をしたおじさんがカウンターの向こうのスツールに座り、乗客に目的地を訊いては金額を伝え、金を受け取っている。

 金を受け取ると、おじさんは何やらぴらりと一枚紙を乗客に手渡す。あれが乗車のための手形なのかな。


 おじさんの目の前に俺が立つと、それまでは眉一つ動かしていなかった彼があからさまに眉を上げた。


「――何かね?」


「いや、乗りたいんですけど」


 俺が答えると、おじさんはますます眉を吊り上げ、俺の格好をじろじろ見た。


「金が掛かると知っているかね?」


「そりゃもちろん」


 答えて、俺は首を傾げる。


「ガルシアまで。いくら?」


 背後で失笑の声が聞こえてきた。目の前のおじさんも苦笑を浮かべる。それでも律儀に答えてくれた。


「三十アルアだ」


 相場が分からんが、多少ぼったくられてもガルシアに着けるならいい。

 アルアなんて貨幣の単位も聞いたことがないが、海賊から貰った紙幣の端っこには確かに「アルア」と記されている。ちなみにコインに記されていた単位は「アーニェ」だった。


 俺は外套のポケットから紙幣を鷲掴みにして出した。一番上の紙幣一枚を一瞥する。左上にアルアの単位に添えて「(50)」の表記。


 俺がその紙幣一枚を差し出すと、おじさんは軽く絶句していた。

 後ろから俺の様子を見ていたらしい行列の数人も絶句している気配。


「どうしたの?」


 首を傾げて言い放つ俺。

 強気にいかないと、慣れないこの場の空気に呑まれそう。

 でも、こういうペテンは俺の長い人生で初めてではない。


「足りるだろ? 早く、釣り」


「ぼ、坊主――」


 と、ようやくおじさん。カウンターに無造作に置かれた紙幣と俺の顔を見比べ、半ば腰を浮かせている。


「どうやって、どこから、いや……」


 あからさまに犯罪を警戒する顔。

 間違ってないよ、おじさん。この金は多分犯罪の末に得られたものだ。


 ――とまあ、そんなことを考えながらもおくびにも出さず、俺はカウンターに片肘を突いた。おじさんはちょっと仰け反った。


「あのさあ、おじさん。俺のこの格好見て。只事じゃないって分かるだろ?」


 首を振りながらそう言って、俺は溜息。ちょっと涙ぐんだりもしてみせる。


「乗ってた船が沈没してさ、漂流してたら親切な船に拾ってもらって、やっとのことでここまで着いたわけ。それ、その恩人たちから貰った貴重な温情なわけ。疑うのは分かるけどさ、俺はもうへとへとなの。可哀想だと思わねぇ? なあ、早くしてくれよ」


 おじさんの懐疑の目は揺るがない。


「ガルシアに何の用だ」


「人捜しだ」


 俺は即答。


「俺も、俺が捜してる奴も魔術師なもんでね。多分ガルシアにいると思うんだ」


 失笑が上がった。

 目の前のおじさんも思わずといったように笑っているし、行列の後ろ数人も笑っている。


 俺が眉を寄せていると、おじさんがゆるゆると首を振りながらカウンターを軽く叩いた。


「いや失敬。――だが坊主、嘘はバレない程度に吐くものだよ。魔術師がみんなガルシアにいるわけじゃぁない。魔術師なんてせいぜいが町の技術屋だろう。ガルシアに行く魔術師なんて滅多にいないんだよ」


 その言葉を聞いて、俺の確信はむしろ深まった。

 絶対に誰かはガルシアにいる。その方が合流しやすそうだもん。


 今までも、取り敢えず目立ちそうな場所に行ってみたら二、三人と纏めて再会できたことだってある。


「大丈夫、そいつすっげぇ魔術師だから」


 俺は言って、にこっとしてから首を傾げた。


「俺も結構なもんだよ。証拠、見せようか?」


 おじさんは鼻で笑って、俺がカウンターに置いた紙幣を取り上げた。


 俺の言うことは一つたりとも信じてない顔だけど、騒ぎになることを避けられただけで十分だ。


「坊主、その度胸に免じて切符はやるよ」


 カウンターの下でぴりりと薄い茶色い紙を破り取り、羽根ペンをインク壺に突っ込むと、おじさんは破り取った薄い紙に何やら書き付けた。

 覗き込むと、「ガルシア」と走り書きされている。


「はいよ」


 ぺらっと差し出された薄い紙(切符っていうんだな、と、俺は頭の中に書き付けた)を、俺は思わず押し頂くようにして受け取った。

 それにまた小さく笑ってから、おじさんは肩を竦めた。


「だが坊主、運がないな。アトーレ地方行きの汽車はさっき出たばっかりだ」


 顔を上げてきょとんとする俺に、釣りとして俺が差し出した紙幣より一回り小さな紙幣を二枚握らせながら、おじさんは溜息混じりに丁寧に教えてくれた。


「夜まで次の汽車が来ないってことだよ」


 夜までなら余裕で待ちますとも。













 走って行ったあの黒い車輪付きの筐体と、それに引っ張られていた箱は、まとめて「汽車」と呼ばれるらしい。

 今のご時世、長距離の移動は汽車を使うみたいだ。

 汽車は予め敷かれた軌道の上を走って、その軌道上に設けられた駅に停まって乗客を乗せたり下ろしたりする。貨物も一緒に運んだりするんだそうな。

 大きい町だとか、こういった港町――つまり、交通の要衝となり得る場所には大抵駅がある。


 ――と、そんなことを俺は町にいたガキから教えてもらった。


 夜まで時間を潰さないといけないので、切符を後生大事に抱えながら、何か食べようとして町をうろうろしていると出会ったのだ。

 パン屋の店内を熱心に覗き込んでいるところに声を掛けたのが縁だ。


 俺が知っている硝子よりも随分と透明度の高い硝子が、店内でせっせとパン生地を捏ねる職人の様子を丸見えにしていた。

 焼き上がったパンは店内の棚に並べられており、見るだけで美味しそうな匂いが分かるというもの。


「――よう、食いたいのか?」


 俺がそう声を掛けたのは、その子供の格好が見すぼらしかったからだ。いや、俺ほどじゃなかったけど。

 継ぎ接ぎの当たった、明らかに身体に合っていない小さな服に、痩せて汚れた手足。

 ズボンのポケットに手を突っ込んで寒そうにしながら、パン職人の手元を背伸びして眺めている。


 いきなり声を掛けられて、その男の子はびくっとしたが、すぐに俯いて足許の小石を蹴って呟いた。


「食べられないの。お金ないから」


「親はどうした」


 俺が重ねて訊くと、男の子は肩を竦めた。


「いないよ。レヴナントに襲われて死んじゃった。僕、今は叔父さんの家にいるの。靴磨きとかしながらね」


「苦労してんだな」


 屈んで視線の高さを同じくしながらそう言うと、男の子はちらっと俺を見て鼻を鳴らした。


「お兄さんこそ。なんでそんな汚いの?」


 なんだとこのガキ。いや事実だけども。


 ちっ、とわざとらしく舌打ちをして俺は立ち上がる。


「あーあー、残念だなー、せっかくそこのパン買ってやろうと思ったのに」


「お金ないでしょ」


 喰い気味に言いやがった。


 俺は思わず苦笑しながら、外套のポケットから紙幣を一枚取り出した。


「ところがどっこい、じゃーん」


 男の子は大きく目を見開き、唖然とした様子で囁いた。


「……泥棒さんなの……?」


「なんだとこら」


 軽く男の子の頭の上に拳骨を落としてから、俺は紙幣をひらひらさせる。


「そんなんじゃねえよ。――で、食いたいの? 食いたくねぇの? 食いたいなら奢ってやるからさ、ちょっと頼みがあるんだけど」


 男の子はじりっと後退った。しかし視線は完全に俺の手元に釘付け。


「……知らない人からのお願いは聞いちゃ駄目ってお母さんが言ってた……」


 俺は思わず天を仰ぐ。完全に不審者扱い。いや、それで正しいんだけど。この子、それなりに頭いいのかな。


「いや、普通に一人分買うのと二人分買うのとそんなに違わねぇから。あと、俺、他所から来たばっかりで世間知らずなんだ。取り敢えず幾つか教えてほしいことがあるんだって」


 男の子はなおも疑うように俺を見ていたが、遂に根負けしたように俺との距離をちょっとだけ詰めた。

 そして直後に鼻に皺を寄せ、「臭いね」と。このやろう。


 と、まあそんなわけで俺は肩身の狭い思いをしながら(この身なりで食べ物を扱う店に入るのにはなかなかの勇気が要る)パンを幾つか買い上げ、それを男の子に分ける代わりに汽車と交通事情に関する情報を得た。

 大人にこんなことを訊いたらそれこそ記憶喪失を疑われて、最悪大騒ぎになるだろうけれど、子供なら大丈夫だろうという算段あってのことだ。


 分からないことはよく知らない他人に訊くよりも、確実に信頼できるあいつらから聞きたかったけれど、ここからガルシアまで使う交通手段のことを何も知らないのは、よくよく考えると論外な気がする。



 そうして聞いた汽車事情に、俺は輪を掛けてびっくりしていた。


 軌道上に、土砂崩れとかの自然災害が来たらどうするんだろう。

 特に〈洞〉とかに突っ込んじまったら纏めて全員消滅するんじゃないか。



 俺たちは海を望む高台に来ていた。

 高台と言っても、町の中で(男の子の家の方面ということで)内陸に向けて階段を登っていたら辿り着いた場所だ。

 そこの空き地で、転落防止なのか昔建っていた家の名残なのか、ぽつんと置き去りにされたような低い塀の上に並んで腰掛けている。


 足をぶらぶらさせながら、目星を付けたパンを紙袋から取り出して口いっぱいに詰め込んでいた男の子が、呆れたような目を俺に向けてきた。

 ごくん、と口の中のものを飲み込んでから、心底馬鹿にしたように言う。


「〈洞〉なんて、最初から避けて軌道を敷いてるに決まってるでしょ」


 俺は腹が鳴らないように微妙に胃の辺りに力を籠めながら、ちょっと首を傾げた。

 視線は海の方へ固定。買ったパンは、余りにも男の子が美味しそうに食べるので殆ど譲っている。下手したら腹が盛大に鳴りそうなのだ。


「うん? 〈洞〉って自然発生するもんじゃねえの?」


「え?」


 男の子はびっくりしたように目を丸くした。俺は視界の隅でそれを見ていた。


「そうなの? そんな怖いことあるの?」


「えっ、ないの?」


 二人してびっくり。

 俺は瞬きし、思わず男の子と目を合わせた。口の端っこにパン屑が付いていた。可愛いじゃねえか。


 しばらく沈黙。そのあと、俺がぼそっと言った。


「いやごめん、勘違いかも」


 男の子はほっとした様子で、「だよね」と言いつつ、手に持ったパンにかぶり付いた。



 俺の知る限り、〈洞〉は原因不明の自然災害だった。

 ある場所に突然ぽっかりと出来て、一度出来てしまえば修復されることはない。

 幸いにもそんなにぽんぽん出来ていくものではなかったが、一度発生すればそれなりに騒ぎになったものだ。

 ――とはいえこの時代、もしかしたら〈洞〉を修復する技術が開発されたのかも知れない。



 話し終わり、なおかつ食べ終わると、男の子はぴょんっと塀から下りて、無邪気な笑顔を俺に見せた。


「ごちそうさま。お兄さん、いい人だったんだね!」


 俺は塀の上に片足を乗せて手をひらひらさせた。


「まあな。――気を付けて帰れよ。あと、今後の人生で今日ほど運のいい日はないかも知れねえからな」


「うんっ、うん、覚えとくねー」


 やや元気になった足取りで、男の子が家路に就くのを見届けてから、俺も塀から飛び降りた。

 まだ日は西に傾き始めたばかり。汽車が出るまで時間がある。


 もう一度駅の近くまで下りた俺は、今度こそ自分の腹を満たすために店を物色し、サンドウィッチと蒸しパンを路上で口に詰め込んだ。

 釣りのせいで小銭が発生し、外套のポケットからちゃらちゃら音がするようになった。


 その簡単な食事を済ませると、俺はぶらぶらと駅を探検し始めた。


 駅は、入ってすぐのところに背の高い時計が設けられており、切符を買うカウンターに列を作る人たちがいる。

 そこを進むと、テラスみたいに外に向かって開いている場所――恐らくは汽車に乗降するためのスペース。

 そこまで行って地面を覗き込むと、汽車の軌道がしっかり敷かれてあった。

 鉄の軌道を枕木で繋いだもので、左右を見渡すと視界の限り続いている。


 軌道を挟んで反対側にも、簡単な屋根を設けられたスペースがあって、恐らく反対側へ進む汽車に乗降するためのスペースだろう。

 こちら側の乗降スペースの隅に階段があって、その階段から軌道上に降り、反対側の乗降スペースに上がるようだ。汽車が来てるときに渡っていたら大惨事だな。


 乗降スペースには石板が設置されていて、そこに白墨であれこれと書いてある。

 俺はすぐ傍の石板に近寄って、走り書きされた文字をまじまじと見た。


『フォルナ、ケストン行。北向き汽車。

 シューロ地方、アトーレ地方はこちらから汽車へ』


 そのすぐ下に、幾度も文字を消して書き直しているからだろう、白く煙ってしまっている文字が書かれていた。


『次の汽車――七時』


 半日に一本程度しか汽車って走らないのか。

 まあ、あんだけでかいものを走らせるのは大変なんだろう。



 乗降スペースから時計のある場所に引き返してうろうろしていると、同じくうろうろしている数人が目に留まる。

 俺と同じように汽車を待ってるんだろう。

 中の一人は立ったまま紙袋を抱え、そこから取り出すパンを延々と食べていた。



 日が沈む間際に、俺はもう一度町に出て食糧を買い込んだ。

 出所は大いに気になる金だが受け取っておいて良かった。


 そのまま食糧を詰めた紙袋を抱え、時計の傍で蹲って汽車を待った。



 時計の針が七時を指す頃に、がたんごとんと音が聞こえ始め、続いてぽぉ――っと甲高い音が聞こえた。



 蹲っていた俺は顔を上げる。

 日が沈み、駅の気温は急激に下がっていた。

 吐く息は白く、ずっと蹲っていたせいで身体の節々が痛む。


 同じように汽車を待っていた数人も、音に反応して顔を上げ、乗降スペース目指して動いていた。

 俺も立ち上がってそれに続く。


 がたごとと騒々しく駅に滑り込んで来た汽車は、甲高く軋むような音を立てて停車した。

 俺は取り敢えず前を歩く若い男の後を付いて行く。


 停車した汽車は、先頭の黒光りする筐体以外は木造のようだった。

 継ぎ目のない造作は極めて美しく、カルディオスが好きそうだななんて俺はちらっと思う。引っ張られて走る箱は全部で三つ連なり、それぞれ後ろの方に扉があった。


 俺は前を歩く男の後ろに付いて、先頭の箱の入り口の傍にいた。


 汽車が停車してしばらくして、がたん、とその扉が開かれる。内側に、白髪交じりの髪の、でっぷりと太った男が立っていた。


 俺の前に立つ男が、無言で切符を太った男に差し出す。

 太った男はそれを受け取って頷き、切符を半分に裂いて片方を自分の首から提げる小箱に放り込み、もう片方を男に返却した。男はそれを受け取って車内に乗り込む。なるほど。


 俺が男を見習って切符を差し出すと、太った男はあからさまに嫌そうな顔をした。

 分かる、こんな小汚いのが乗り込んでくるのは嫌だよな、ごめん。



 半分に裂かれた切符を手に、俺は汽車に乗り込んだ。そしてちょっと顔を顰める。


 汽車から――正確に言うと前方から、魔力の気配がするのだ。

 つまりこの汽車の動力は魔力。

 だが、これだけ巨大なものを長距離に亘って移動させ続けるなんて、俺にだって無理だ。船といい汽車といい、どういうことだ?


 これもあいつらに訊こう、と思いつつ、俺は車内を見渡す。


 車内の真ん中は通路になっていて、二人掛けの座席が整然と並べられていた。

 通路を挟むように二列で、結構な数が並んでいる。ただし見たところ、人は疎らにしか座っていなかった。


 俺はそろそろと通路を進み、真ん中よりはやや後ろ寄りの座席に滑り込んで腰掛けた。

 座席は木造で、硬くてクッションの一つもなくて、座り心地はいいとはお世辞にも言えない。背凭れの角度も、真面目なまでの直角だ。


 だが、この汽車が俺をあいつらとの再会に連れて行ってくれるなら、あらゆる言葉を尽くして褒め称える所存である。


 窓は全開。正直に言うと吹き込む風でめちゃめちゃ寒い。

 閉められないのかと視線を上げると、どうやら上から窓板を下ろしてくる仕様らしかった。


 周囲を見渡すと、窓を閉めている人もいる。

 勝手に開け閉めしていいものらしいと納得して、俺は一旦立ち上がって窓を閉めた。


 車内はそこそこ明るい。

 天井付近にカンテラが幾つか吊るされていて、弱いながらも確かな暖色の光が車内を照らしていた。


 ふう、と息を吐いて、俺は食糧の入った紙袋を抱えて窓板に凭れ掛かり、軽く目を閉じた。


 同時に、がたん、と汽車が動き出す。

 またしても、ぽぉ――っと甲高い音が轟いた。



 ――待ってろみんな。会いに行くからな。














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