64◆ 災難続いて
精神が死んだ状態でティリーと引き合わされた俺に対し、カルディオスは清々しい顔。
「取り敢えず公爵令嬢に恥かかせるのはまずいから、付き合うだけ付き合ってやって。
でももう、おまえの好きなように振る舞っていいよ」
との耳打ちを俺に残し、ひらひら手を振ってから厩の方に歩いて行った。
引き留める気ももはや起きない、堂々たる去りようであった。
俺は思わず、自分の身の不運を思って両手で顔を押さえたが、ティリーはめっちゃ嬉しそうだった。
もしかしたら俺の態度も、不慣れなために照れてるだけだと思っているのかも知れない。
能天気な誤解は結構だが全然違うからな。
多分だけど、そんな日が来ることはもう諦めてるけど、トゥイーディアと逢引できるとなったら、俺はあいつの顔から目を離さないし、これまで溜め込んできた言いたいことを全部言うからな。
あるいは緊張して全然喋れないかのどっちかだからな。
少なくともこんな仏頂面ではないからな。
「――おはよう。……よく似合ってるのね」
俺の格好をまじまじと見ての一言に、俺は軍服で来れば良かったなと考えつつ。
「……ああ、カル――カルディオスのなんだ」
と、遠くを見ながら答えた。
ティリーも本日は私服だった。
いやむしろ、私服と言うのが正しいのか疑問を持つくらいには豪華な格好だった。
形としては決して華美ではなく、多分コルセットも着けていないお茶会用のドレスだ。
が、薄紅のドレスは間違いなく絹と天鵞絨を重ねたものだし、袖口と襟元のレースは目を疑うほど細かく編まれているし、襟元のレースに関しては、それが首まで覆っている面積の広さだ。
ワンピースドレスとガウンが一体になったようなこの衣装、布面積もとんでもない。スカートの後ろ側が膨らむ形で持ち上げられているからなおのことだ。
それが全部、絹と天鵞絨で出来ているのである。
胸から下には臙脂色の糸で刺繍が施されていたが、その精緻さたるや。
頭の前の方にちょこんと乗っけられた黒い帽子も、絶対安物じゃないだろうという光沢を放っている。
防寒用で羽織っているのだろうストールも、間違いなく高級そうな毛皮。
耳許には紅玉の飾りも揺れており、つまり何が言いたいかと言うと、金塊を纏って歩いているようなものだった。
俺は取り敢えずこれだけあれば足りるだろうという現金を、外套の内ポケットに入れている。
で、ティリーの方の手荷物は小さな鞄ひとつだった。
肩紐とかも付いていない、抱えて持つタイプの鞄である。
大丈夫か、不用心すぎないか。
俺が掏りなら間違いなくこいつを狙うな――と考えながら、俺は一刻も早くこの苦行を終わらせるべく、むしろ急かすように言っていた。
「――で? 今日、どこ行くの?」
ティリーと落ち合ったのが宿舎の玄関である以上、庭園を抜ければすぐに砦の外、ガルシア市街だ。
さすがにこの馬鹿も、ガルシアを出てカーテスハウンまで行くとかは言い出さないだろう。
俺の口調に、ティリーはちょっと目を見開いたものの、すぐに照れたように笑った。
その表情を見て、俺は色々と言いたいのをぐっと堪え、ティリーが歩き出すのを待った。
「色々と考えたのだけど、お礼だから。
でもガルシアは――軍事施設だから、手に入るものもそちら方面ばかりだし」
……買い物して終わり?
食事に付き合わされたりはしないの?
俺はちょっと生気を取り戻した。
夕方くらいまでは耐えないといけないかと思っていたのだが、適当に安いものを指定して買ってもらえば、それでこの苦行を終えられるかも知れない。
ティリーにはほんとに悪いけど、俺にとって今日は厄日だ。
歩き出し、ガルシア市街に並んで出た俺たちは、休みに浮かれる隊員たちをちらほらと見つつも歩を進める。
その中の数名が、「あれ?」みたいな顔で俺たちを二度見してきた。
俺は言わずもがなの救世主だし、ティリーもそこそこ有名な方だし、まあ、目立つっちゃ目立つだろう。
俺は死にたくなったが、ティリーは目立っていることすら関知していない様子で、割とうきうきした声を出した。
「だから、その、もし良ければだけど」
俺は警戒心満点でティリーを見下ろした。
ティリーは俺を見上げようとして失敗した様子で、半端に視線を彷徨わせながら言った。
「――地下で助けてもらったときも思ったのだけど、あなたの軍靴、もうかなりぼろぼろになっていたし……」
と、ここで、ティリーは「勇気を振り絞りました」みたいな顔で俺と視線を合わせた。
頬が赤かった。
俺は限りない無表情でそれを見ていた。
「軍靴は支給があるでしょうけれど、せっかくだから、靴を一足仕立てたらどうかと思って。ガルシアにもいい靴屋があるのよ」
「えっ、マジで?」
現金にも、俺の心は動いた。
勅命を貰うときですら、俺が軍靴で行動していたことからお察し。俺は靴を持っていない。
理由は一つ、高いからだ。
カルディオスに頼めば、それこそ靴屋と帽子屋と仕立屋を一挙に俺の部屋に連れて来るくらいのことはしてくれるだろうが、そんなことをしている暇もなかったからね。
軍靴で別に不自由はないが、あれがいい加減血塗れの泥塗れになっていることも事実である。
炙られて焦げたりもしているし、新しい靴を仕立てられるというのであれば万歳だ。
自分の提案が俺の琴線に触れたことを察知したのか、ティリーはぱあっと顔を輝かせた。
公爵令嬢の財力からすれば、靴の一足や二足は物の数ではないのだろう。
ちょっと上擦った声で言葉を続けてくる。
「も、もちろん、要りようなら。お礼になればだけれど」
俺は素早く考えた。
靴を仕立てるなら勿論、俺本人が採寸を受けねばならない。
だがそう何時間も掛かる話ではないし、それくらいの時間を共にするだけでこいつが満足してくれるなら儲けものだ。
――この間一秒未満。
そして俺は、公爵令嬢に対する――そして彼女がこれから俺のために使ってくれるだろう金に対する、最低限の礼儀を湛えた笑顔を浮かべた。
「うん、十分だよ。ありがと」
今日はもしかしたら、想像していたよりもずっと早く自由になれるかも知れない。
ティリーに連れて行かれた靴屋は、公爵令嬢の突然の訪いに慌てふためいた。
あれよあれよという間に奥から店主がすっ飛んで出て来て、他のお客さんたちがぽかんとする中、上着を預けた俺たちは奥へと連れて行かれる。
俺は居心地の悪さに身を竦めていたが、ティリーからすればこれが日常らしく、当然のような顔でその待遇を受けていた。
色んな革や型紙がずらりと並べられた店を抜け、店員さんがびびる中、その更に奥へ。
店は品のいい木造で、床は長年の行き来を物語る艶を宿して暗褐色に光っていた。
ぎしぎしと鳴る床板を踏んで通された奥は、一定以上の身分の人間しか通されないんだろうなと悟ってしまうほど、表とは別格の、質のいい革や靴の見本が置いてある広い部屋だった。
天井は低いが窮屈さはなく、吊り下げられた明かりは鳥籠のような凝った意匠だった。
壁際では暖炉に火が入れられており、外の寒さに震えていた俺はほっと一息。
恐縮しまくる店主さんに向かって、ティリーが端的に用件を説明。
「この人の希望の靴を」と言われ、店主さんは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、「この人」――つまりは俺の方を見てきた。
びっくりさせてごめんなさい、と俺も頭を下げる。
あからさまに、「誰?」と頭上に疑問符を飛ばす店主さんに、ティリーが要らない一言を言い添えた。
「――救世主さまよ。ゆめ無礼を働くことのないように」
「――――!」
さあっと蒼褪めた店主さんに、俺は思わず深々と敬礼した。
――恐らくこの店主さん、恐縮してはいても落ち着いていたのだ。
この店構えを見ても、ここは結構な身分の人も頻繁に来る店だろうから。
だがそこに、救世主が来ることは想定されていなかったに違いない。
店主さんから冷静さがぶっ飛んだ瞬間であった。
さあこちらへ、と、暖炉の傍の木のスツールに座らされた俺。
そのすぐ傍のもう一脚にティリーが腰掛ける。顎を上げた高慢なその横顔に、俺はむしろ見慣れたものを発見してほっとしたくらいだ。
店主さんはおろおろしており、「粗末なもので」だとか、「失礼してしまって」だとかを繰り返していた。
店員さんが慌ただしくどこかへ走って行ったと思ったら、すぐにお茶の支度が整えられて運ばれてきた。
スツールの傍の円卓に、店員さんがお茶の用意を広げ始める。
ティリーに対しては落ち着いて対応しているのに、俺の前に茶器を置くときには手が震えていた。
革や木の、籠もったような温かい匂いの中に、お茶の芳醇な香りが広がった。
強張った顔でお茶の支度をしてくれた店員さんに、俺はとにかく笑顔を向ける。
「ありがとうございます、いただきます」
店員さんはしばし絶句した後、深々と頭を下げて立ち去って行った。
採寸の準備が行われている間に、ティリーがぽそりと呟いた。
「――いちいちお礼を言うのね、変わってるわ」
「俺は礼儀知らずじゃない」
幾分か冷ややかに、俺は応じた。
――トゥイーディアなら絶対にこんなことは言わない。
彼女はむしろ、俺よりも万人に対して丁寧だ。
赤みを帯びた褐色の、透明なお茶を覗き込みながら、俺はぼそっと。
「おまえ、今の自分がどんだけ金掛かる格好してるか知らねえだろ。その服一着作るのに、どれだけの人が関わったか知らないだろ。――公爵家は確かに金持ちだろうが、なんで裕福な暮らしが許されるのかは知っといた方がいいぞ」
ティリーが何か言おうとしたタイミングで、店主さんが登場した。
俺はほっとした。
思わず物申してしまっただけで、俺は別にティリーの性格をどうこうしたいわけでも、ティリーの知見を広げてやりたいわけでもない。
お待たせしてしまって、と恐縮する彼に、俺は、いやここは暖かくて助かりますと応じた。
これは本音だった。
お茶も美味しくて身体が温まりますと述べる俺に、店主さんは少しばかり緊張の緩んだ顔で、早く春になってほしいものですなあ、と応じた。
社交辞令っぽかったが、俺は力を籠めて頷いた。寒いのは苦手だ。
魔界の気候が非常に恵まれたものであったがゆえに。
店主さんと俺で、どういう靴にするのかをちょっと話す。
これがカルディオスだったら、自分の要望をつらつら述べたり出来たんだろうが、俺はそんなに詳しくないので、玄人にお任せしますの一点張りだった。
店主さんが幾つか見本を見せてくれて、革も数種類出してきてくれて、それでおおよその靴の意匠が決まった。
採寸に移る頃には、店主さんもすっかり緊張が取れた様子で、なぜかめっちゃ俺の足を褒めてきた。
歩き方を見るためなのか、ちょっと立たされたり歩かされたりもしたが、結構本気の口調で褒められて、照れる場面ではないと分かりつつも照れてしまったほどである。
「お身体はすらっとしてなさるのに、足はがっしりしてらっしゃるんですねえ、滅多にないご立派な足ですよ」
「無駄に身長がでかいからですかね」
「無駄とは何を仰いますやら。均整の取れた素晴らしいお姿ではありませんか」
ここまで言われると、俺もこの店主さんの前にカルディオスを引っ張って来て、「素晴らしいっていうのはこういうことを言うんですよ」と教えて差し上げたくなったが、生憎とここにカルディオスはいない。
はは、と愛想笑いで誤魔化した。
主に店主さんと喋っていたお陰で、全然苦ではなかった。
これは僥倖である、とほくほくしながら、採寸も終わった俺は、靴の出来上がりの予定の日程を教えてもらい、出来上がった靴と引き換える券を受け取った。
代金の遣り取りについては、見ていてはむしろ失礼だろうと判断して、ティリーが遣り取りしている間に店の奥から出ておく。
その際に外套も受け取って着ておいた。
表の店を見回りつつティリーを待つこと数分で、奥からティリーが出て来た。
彼女もストールを受け取って、既に羽織り直している。
俺を捜して店内を見渡す彼女に、「おう」と手を挙げてみせると、それを発見して駆け寄って来るティリーが余りにも嬉しそうだったので、俺は正直ドン引いた。
からんからん、とドアベルを鳴らしながら店のドアを開け、ティリーを先に通した後に店員さんに頭を下げて俺も出て行く。
店の中は暖かかったが、昼近くになってもまだ外気は冷たかった。
今日は曇天で、低く垂れ込める雲の冷ややかさに、雪でも降るんじゃないかと心配になる。
さむ、と身震いした俺は外套のポケットに両手を入れて、期待を籠めてティリーを見下ろした。
――用事が終わったのだ。
さあ砦に帰りましょう、その一言を、俺は待ち構えていた。
そして果たせるかな、俺を見上げたティリーは、緊張ぎみの微笑を浮かべて言った。
「――あの、少しお話したいわ。お茶でもいかが?」
……マジかよ。
靴の金を出させてしまった以上、誘いを断る口実はなかった。
渋々ながらも俺が引っ張って行かれたのは、思ったより大衆向けの食事処だった。
まあ、ガルシアにあるのはこういう店ばっかりだけど。
隊員の給料で賄える価格設定をする店しか生き残れないからね。
――ていうか、ここ。
「来たことあるなー」
店の中に通されつつ、俺は呟いた。
白塗の木造、二階建ての食事処である。
食事処というよりも、軽食と甘味を多く取り揃える店だったような。
店構えの特徴としては、二階にあるテラス席。
通りに張り出すテラスの下が一階の入り口となっており、中は明かりを絞った落ち着いた雰囲気。
席と席の間がゆったり開けられており、壁際には本棚があって、客が手に取っていいらしい書籍が並んでいる。
一階にはローテーブルとソファの組み合わせの四人掛けの席が多いが、二階はもうちょっと席が多くて、円卓と椅子が並んでいる。
「そうなの?」
俺の独り言に、先に立たせたティリーが反応した。
うん、と頷いた俺は、二階席に案内されそうな気配を察して、今度は自分が先に立つ。
ドレス姿の女性に、先に階段を登らせるわけにはいかないからね。
二階に通された俺たちは、テラス席のすぐ傍の席に案内された。
一階に比べて人が少なく、二、三組の客しかいない。
どうやら俺たちがそれなりに有名人であることを見て取った店側が、注目を浴びながらお茶をすることにならないよう気を遣って、わざわざ二階に案内してくれたらしい。
前までの人生じゃ考えられなかったが、この店、テラスに通じる大きな窓が全部硝子張りである。
硝子は相当に高価だった前回までの人生を思うと、俺はしみじみしてしまう。世双珠の恩恵は斯くも顕著だ。
とはいえ、総硝子張りにする価値はある。
何しろ見通しが良くなるからね。
ここからだと、テラス席はおろか他の店の様子までが見渡せる。
通りの様子は、テラスが邪魔になって見えないけれど。
なお、この寒さの中でテラス席を所望する勇者はいない模様。
外を見渡せば、この店と同じようにテラス席を構える店もちらほらと見える。
斜向かいに位置する店もまさにそれで、そっちの店のテラスには人がいた。
人がいるというか――ん?
席に落ち着いてから、ティリーは興味深げな瞳を俺に向けた。
スカートの後ろの膨らみのために浅く腰掛けており、背筋はぴんと伸ばされていた。
「ここ、来たことがあるの?」
俺は外套を着たまま(何しろ、暖炉もない店内は、外よりはまだマシだったがなお寒かった)、足を組んで頷いた。
意識の半分は窓の外に向けている。
見間違いじゃなければ、斜向かいの店のテラス席にいるのはトゥイーディアたち三人だ。
アナベルとディセントラについては、俺が見間違う可能性も十分あるけれど、トゥイーディアを見間違うはずがない。
寒くないのかな。
「ああ。入隊したばっかりの頃、ニールとララに連れて来てもらった」
上の空で答える俺に、なるほど、と頷いて、ティリーは若干気まずそうな顔。
「……ニールとララとは――最初から仲が良かったのね」
俺も、口調に若干の嫌味が籠もるのを抑えられなかった。
「まあね。二人とも最初から優しかったからね」
初対面の頃のティリーは、目も当てられない高慢ぶりだったからね。
とはいえ、そこをねちねちと虐めるのも救世主らしくないので、俺はさっさと話題を運んだ。
「ララは結構甘いものが好きだから、この店はよく来るって言ってたぞ」
「そうみたいね」
ティリーが口許を綻ばせた。
手指を軽く組んでテーブルに乗せ、そわそわと揺らす。
「私も、彼女からこの店を教えてもらったの」
今日のためにこの店のことを聞いたとか言われたら、何だか色々と気まずいことになりそうなので、俺は別方向に会話の舵を切った。
「へえ。仲良くなったんだな、良かった」
「ええ。まあ、その、あなたと他の救世主さまほどではないけれど」
俺は思わず苦笑した。
そりゃ、付き合いの長さが明らかに違うからね。
円卓に置かれたメニューを見る振りをして苦笑を誤魔化し、俺はティリーに視線を向けた。
「――で、なに飲みたいの?」
視線が合って、ティリーはびくっとした。
彼女がまた頬を赤らめるのを見て、俺は一気に無表情。
「ええっと」
ティリーの指がメニューを辿るのを見つつ、俺は頬杖を突いた。
溜息を落として、また窓の外――トゥイーディアたちの方へ視線を向ける。
遠くてさすがに表情までは見えないが、三人が何やら身を乗り出し合っていて、内緒話でもするような距離で何かを話しているということは分かった。
アナベルが、どうやらトゥイーディアの頭を撫でているようだ。
――何の話をしているんだろう。
アナベルがああやって優しい仕草をするのは、誰かが辛い目に遭ったりしたときだ。
トゥイーディアが何か、悲しいことでも話してるんだろうか。
――嫌だな、と思った。
トゥイーディアが悲しいことを話すのが嫌だというよりは、トゥイーディアの人生に悲しいことが起こったということが嫌だった。
もしも代償がなければ、そして俺がトゥイーディアの傍で生まれていれば、俺は生まれ落ちたその瞬間から、あらゆる手段を以てトゥイーディアの人生を守るだろうに。
「……ルドベキア」
呼ばれて、俺は顔を上げた。
ティリーがこちらを見ていた。
「注文は決まっているかしら?」
問われて、俺は頷いた。
特段メニューは見ていないが、別に好き嫌いはないからね。酒以外。
ティリーも注文を決めたらしいので、俺はテーブルの上の小さなベルを鳴らした。
ちりん、と澄んだ音が響いて、少ししてから店員さんが階下からやって来て、俺たちの注文を尋ねた。
俺はメニューの一番上にあった紅茶を頼み、ティリーはホットチョコレートとケーキを頼んだ。
「もっと欲張って注文してもいいのに。お礼にならないわ」
ティリーが困ったようにそう言ったが、俺は一言で返答した。
「靴」
公爵令嬢は苦笑した。
しかし何も反駁はせず、話題を戻すかのように、言葉を綴った。
「――救世主さま方どうし、とても仲がいいのね」
俺は頷いた。俺たちほど相手を信頼している連中はそうはいない。
「うん、まあ」
ティリーは鳶色の目でまじまじと俺を見た。不思議そうに。
「出会ってまだ一年くらいでしょう?」
「カルディオスとは親戚だけどね」
卒なくそう言ってから、俺は肩を竦めて付け加える。
「遠縁のね」
「あら、でも」
ティリーはちょっと身を乗り出して、声を低くした。俺は瞬きした。
「――私、あなたを駅で見たわ」
俺は眉を寄せた。
「は?」
素気無い返しだったが、ティリーはめげた様子もなく、睫毛を瞬かせてじっと俺を見ていた。
頬は赤く、何なら耳まで赤かったが、目は真剣だった。
「見たの。あなたが入隊する前に」
俺は首を傾げた。
完璧に取り繕っている自信はあったが、内心では「やっべぇ」と呟く。
――確かに俺は、這う這うの体でガルシアに辿り着いたとき――というか、カーテスハウンに辿り着いたとき、ティリーらしき女の子を見ている。
さっきまで忘れていたけど、危機感に煽られて今思い出した。
とはいえあの一瞬のこと、ティリーがそれを覚えているわけがないと高を括っていたが、よく考えれば、あれだ。
カーテスハウンというそこそこの高級市街に、乞食もびっくりのあんな薄汚れた人間がいれば、誰だって鮮明に覚えてしまう。
「ちょうど私が、両親の――実家に帰るために、イリスたち……えっと、私と同じような立場の子たちね、その子たちと一緒に休暇を取って、また戻って来た日だったと思うのだけど」
「ガルシアって長い休暇も取れるんだ」
話の腰を折るようにして、俺は敢えて言葉を挟んだ。
ティリーは苛立った様子もなく、「ええ」と頷き。
「それなりの理由があればね。私は、第三子の次女とはいえ、一応は公爵の娘だもの。里帰りは立派な理由だという判断になるわ」
へえ、と頷いた俺は、このまま貴族界隈の話に会話を持って行けないかな、と思ったが、そう考えているうちにティリーが言葉を続けていた。
「髪は今より随分長かったし――失礼ながら、物凄く汚れた、物乞いみたいな格好だったけれど」
ティリーが俺から目を逸らした。
そして身を乗り出していた姿勢を元に戻しつつ、指の甲で頬を冷やそうとするように触れ、またちょっと顔を扇ぎながら、小声になって言葉を締め括った。
「――あれはあなただったと思うの。
……カルディオスさまに呼ばれてガルシアまで来たというお話だったけれど、ちょっと辻褄が合わないんじゃないかと思って、ずっと気になっていたの」
えええ……そんなことある……?
内心で辟易している俺をじっと見て、ティリーは小さな帽子の乗った頭を傾けた。
「――あなた、本当にカルディオスさまの親戚なの?」
俺は思いっ切り溜息を吐いた。
――今日は本当に厄日だ。
溜息を吐き切って、俺はティリーを正面から見据えた。
――伊達に人生経験が長いのではない。
こんな程度のピンチは何回も経験済みだ。
「ティリー、これは内密の話なんだけど」
思いっ切り声を低めて、俺はティリーの仲間意識を誘った。
ティリーは息を呑み、また頬を赤らめながら、俺の方に身を乗り出してきた。
「え、ええ。なあに?」
取り敢えず小難しい顔をしながら、俺はいよいよ声を小さくする。
「――おまえの言う通り、実際は俺とカルに血の繋がりはない」
ティリーがちょっと息を呑んだ。
まあ、救世主といえども経歴詐称だからね。
が、ティリーの反応を待たずに、俺は更なる情報を彼女の頭に詰め込んだ。
「実は俺、アナベルの兄貴なんだよ――半分だけ」
完全に予想外のことを聞いたときの反応に相応しく、ティリーが固まった。
ぴた、と全身の動きを止めて、ひたすら瞬きを繰り返す。
絞り出した声は掠れていた。
「……え?」
「だから、」
むしろちょっと苛立ったように言って、俺は円卓の上に手を乗せた。
「俺、アナベルの兄貴なの。腹違いの。
――色々あって金に困っててさ、妹がガルシアにいるっていうんで頼らせてもらおうと思って来たの。おまえが見たの、そんときの俺」
肩を竦めて淡々と言って、俺は円卓を指先でとんとんと叩く。
「で、カルがファレノン将軍閣下――つまり、まあ、あいつの父上だけど。閣下に、俺のこと頼んでくれたわけ。ガルシアに入れられませんかってさ」
バレてしまったものはもう仕方ないので、ティリーにもカルディオスの親父さん向けの説明を適用することにした。
駅で見たのは俺じゃないと言い張ってもいいけど、疑われ続ける方が面倒だし。
それならもういっそ、ある程度の事実を話したと思ってもらう方がいい。
「でも、ガルシアに入隊させるとなったら、アナベルの兄貴だからって理由じゃ弱いだろ?
だから閣下が、それなら遠縁の親戚ってことにしようって言ってくれたんだよ」
俺は困り顔を作ってティリーを見た。
ティリーは未だに茫然としていた。
「――だからさ、これ、バレると閣下にも迷惑掛かるから。内緒で頼むよ。な?」
首を傾げて頼んでみる。
そして直後に後悔した。
ティリーの顔が物凄い勢いで赤くなったからだ。
かああっと赤くなった頬を押さえて数秒。
顔を上げたティリーが、ちょっと目を泳がせつつも呟いた。
「……全然、似てない……」
「俺とアナベルが? だから、半分しか血ぃ繋がってないんだって」
呆れたようにそう言ってみせて、俺は視線を上に飛ばした。
「よく覚えてねえけど、俺の髪の色は母親譲りって言われたことがあるな」
知らんけど。
この髪色だって目の色だって顔立ちだって、転生を繰り返している間、一切変わっていないのだ。
だから有り得るとすれば、もう全く覚えてもいない最初の人生においての父母、どちらかの血を享けて決まったものなのだろうが、そんな人たち、悪いけど顔も存在も覚えてないからね。
――とはいえ、俺の説得力満点の言い方に、ティリーの猜疑も和らいだ。
だがまだ少し混乱が残った顔で首を傾げる。
「でも、どうして――アナベルのお兄さんの問題に、ファレノン閣下が?」
俺はしばしきょとんとしてみせて、それから、「あっ」と口を押さえてみせた。
多分、嘘を見抜くのが大得意の警吏であっても、今の俺から嘘を察知するのは無理だ。
「そう、アナベルって、カルの乳兄弟の従妹なんだよ。小さいときに俺とあいつの父親も、あいつの母親も亡くなってるから、――えーっと、三歳? いや、四歳……? とにかくそのときから、あいつってカルと一緒に育ってんだよ。
だから、アナベルからカルに、俺のことを頼んでくれたって感じだな」
肩を竦めて話を締め括り、俺は念を押すように人差し指を唇に当てた。
「内緒で頼むな?」
ティリーが瞬きし、それからこくんと頷いた。
よしよし。
後でこれはアナベルとカルディオスに話を通しておこう。
――満足してそんなことを考える俺に、ティリーがいささかしゅんとした様子で声を掛けてくる。
「……あの、ごめんなさい。変なことを訊いて」
「いや、いいよ」
と、俺はにっこり。
そして、椅子の背凭れに体重を掛けつつ、思わず要らない方向に舵を切ってしまった。
カルディオスなら死んでもやらないへまだろうが、経験値の低い俺は地雷を踏んだ。
「――ああ、ここに来たの、話ってこれだったの」
話をしたいからお茶でもどうかと言われた、その話題が終わったと思ったのだ。
希望的な観測を、俺は容易くティリーに向かって放り投げた。
ティリーは一瞬、頷きそうに見えた。
が、刹那の空白を挟んだ後、彼女は首を振った。
そのときになってようやく、俺は自分が踏んではいけない一歩を踏んだことに気付いた。
「あっ」
「いえ、あの」
あっやべっ、と言おうとした俺の本音が、最初の一音のみ漏れた。
それに、ティリーの声が被った。
俺は硬直。
避けねばならない方へ自ら舵を切った実感が、さあっと冷気となって背筋を撫で上げた。
やっべぇ、カル、助けて。
話を逸らすべく口を開けたが、言葉が出なかった。
人間、自分がやらかしたことが信じられないときって、咄嗟には何も言えなくなるもんだね。
結果、口を開けた間抜け面を晒す俺に向かって、ティリーがはにかみながら言っていた。
「――ルドベキアのことが知りたくて」
――これ何の地獄だよ。
俺は思わず頭を抱え、「あのさあ」と。
もういいや、もうこいつへの気遣いはいいや。
ここでばっさり切っちゃおう。
後顧の憂いを断たねばならない。
「おまえさ、助けてやったから勘違いしてんのかも知れないけど、あれは救世主だったらみんなやることだから」
俺よりトゥイーディアの方がかっこよかったしね。
とはいえ、トゥイーディアに惚れたとか抜かしたら、俺は全力でティリーを殺すけどね。
俺の正論に、ティリーはちょっと悲しそうな顔。面倒くせぇ。
「大体おまえ、公爵令嬢だろ。婚約者くらいいるだろ」
貴族の子女の婚約は早い。
何を隠そう俺も、貴族として生まれたときは婚約者候補の絵姿と睨めっこする羽目になったことがあるからね。
あのときは鳥肌がすごかった。この中にトゥイーディアがいないかな、と祈る毎日だった。
まあ、その絵姿の一つがどう見てもディセントラだったから、諸手を挙げて会いに行ったってのがオチだけど。
しかしティリーは、意外にも首を振った。
「いっ、いないわ! 言ったでしょ、私は次女で第三子なの。
お姉さまが既にご婚約なさっているけれど、私は特に――」
「そのうち話も出てくるって」
俺は思わず溜息混じりに呟いた。
貴族が貴族たる所以はその責任にある。
私情全てよりもその責任が勝る以上、貴族に許されるのは遊びの恋までだ。
だからこそ、若いうちに変な恋愛を経験してしまうと、その貴族の一生が不幸になったりもする。
ティリーは眉を寄せた。
鳶色の目が不機嫌に煌めいた。
俺は内心でしめしめと笑う。
その調子で俺に腹を立てていてくれ。
「いやに貴族にお詳しいのね」
嫌味の籠もったその台詞に、まさか「経験済みです」とは言えず、俺は肩を竦めてみせた。
「カルを見てるからね。あと、コリウスも」
これには納得せざるを得なかったのか、ティリーは「ふうん」と。
そして鳶色の目を俯かせて、ちょっと拗ねたように。
「……別にいいじゃない、人を好きになるくらい」
俺はぞわっとしたが、努めて冷静に言った。
「俺はおまえに興味がない」
……あ。
――冷静なつもりで全然冷静じゃなかった。
もうちょっと婉曲に言うべきだった。
やっべぇ、公爵令嬢に喧嘩売っちゃった。
さぞ怒り心頭に発するかと思いきや、少々怯えて俺が目を遣った先で、ティリーは不貞腐れているのみだった。
ぎりぎり……ぎりぎり大丈夫だったっぽい……?
俺がちょっとそわそわしていると、ティリーははあっと溜息を落とした。
それから、すん、と小さく鼻を啜って、呟いた。
「……そうじゃないかと思ってはいたわ。カルディオスさまが無理に連れ出していた感じだったし」
気付いてたんだ。
いや、あそこまであからさまに嫌がってたら当然か。
俺は目を逸らしつつ。
「うん、――なんでか知らないけど、あいつ、妙に俺を……っていうか、俺に恋人がいないのを心配してるから」
「あら、恋人はいないのね?」
ティリーが唐突に顔を上げたため、俺はぎょっとして仰け反った。
「いや、いないけど、だからといっておまえに興味が湧くわけでもない」
早口にそう言ったところで、ティリーの目が若干潤んだ。
……やっちゃった……曾孫より歳が離れてる女の子を泣かせちゃった……。
気まずさの余り、俺は窓の外の曇天を見上げた。
むしろ睨むような目付きになった。
そわそわと足を揺らして、カルディオスに対する恨み言を胸中で積み重ねる。
くっそー、あのやろうが余計なことをしやがったせいで――。
「……好きな人は?」
しばしの沈黙ののち、ティリーがごくごく静かに尋ねた。
――いる、何ならあそこのテラスでお茶してる。
そう思いつつも、俺の口は勝手に喋っていた。
「いや、いない」
そうなの、と口の中で呟いて、ティリーは窓の外に視線を向けた。
「……てっきり、救世主さまの中の誰かが、意中の人かと思ったわ」
はい、間違いありません。
そう思いつつも、俺は呆れたような声を出していた。
「あいつら? あいつらはないだろ。アナベルは妹だし――」
と、ここでもきっちり、さっきの話を強調しておく。
「ディセントラは、なんかなあ。性格が完全に女王様だし」
実際、あいつは王侯貴族の生まれを引き当てることが多いけどね。
そう思って一人頷く俺に視線を戻して、ティリーが首を傾げた。
「……リリタリスのご令嬢のことだけは、何というか――嫌ってるように見えるんだけど」
俺の心臓がぎゅっと縮んだ。
比喩抜きにして胸が痛んだ。
だが、代償は極めて機械的に俺に言葉を与えた。
「嫌いというか、興味ねぇんだよ」
ふうん、と、また口の中で呟いて、ティリーは俯いた。
そして、ぽそっと。
「あちらはそうでもなさそうだけど……」
――その瞬間、俺はティリーに後光を見そうになった。
え? マジで? どの辺見てそう思ったの?
俺、今朝、あいつに「ティリーとお似合いかも知れない」とか言われてすっげぇへこんでるんだけど、あれってどういう意味だったのかな?
――などと、怒濤のように訊きたい言葉が喉までせり上がり、そして霧散していく。
代わりに、俺は顔を顰めて吐き捨てていた。
「は?」
ティリーは首を竦めた。
「怒らないでちょうだい。――ただふっとそう思っただけよ。
あのご令嬢、」
むす、と顔を顰めたティリーに、俺は自分のことを棚に上げて掴み掛かりたくなった。
おいてめぇ、トゥイーディアのことを考えて顔を顰めるとはどういう了見だ、と。
だが無論そんなことは出来ないし、しない。
無言で言葉を待つ俺に、ティリーは。
「任務でお会いすることはあったけれど――何というかいつも、『私は救世主です』って、顔に書いてあるじゃない。
怪我をしても声も出さないし、顔だけ見れば怪我なんてしてないんじゃないかと思うくらいに平気そうにして――」
そう、そういうところが心配になるんだよな――と、俺は内心でふむふむと頷く。
「何というか、教本通りに振る舞う方というか……そういう印象だったけれど。
あなたといるときは違ったから」
ちら、と俺を見て、ティリーは肩を竦めた。
「腹が立つくらいに博愛主義の、あのご令嬢をあんなに向きにならせているだけ凄いと思ったのよ」
「――――」
こいつ……いい奴じゃん……。
完全に客観的な立場からのその台詞に、俺は思わず泣きそうになった。
もしも本当に、トゥイーディアが俺に愛想を尽かしていないのならば、俺は泣く。
人前では泣けないけど、確実に、一人になったら嬉し泣きする。
――そう思う本心を、俺の代償がものの見事に葬り去った。
「いや別に、興味ねぇから」
ばっさりと切って捨てる俺の口調に、ティリーがふと唇を綻ばせた。
それに俺が訝しげな顔をすると、ふふ、と笑みを零して。
「いえ――、なんだか、リリタリスのご令嬢よりは興味を持ってもらえているみたいで、安心したの」
「…………」
俺がこの世で一番興味があるのがトゥイーディアだけどな。
――そう思いつつも言えず、俺が背凭れに体重を掛けて天井を仰いだときだった。
びりッ、と、身に馴染んだ剣呑な気配がした。
明瞭な敵意の籠もった気配だった。
俺には、目の前の空気が波紋のように靡いたようにすら見えた。
はっとして顔を上げ、俺は窓の外を見た。
――この気配……一緒くたになってるせいで分かりにくいけど、トゥイーディアとディセントラとアナベルの、魔力の気配だ。
――そして、ここまで尖った気配は尋常ではない。
がたん、と椅子を蹴立てて立ち上がった俺に、ティリーがびくっとする。
「――る、ルドベキア? どうしたの、私、何か――」
「違う、黙って」
思わず言下に彼女を遮り、俺はテラス席に通じる扉に走り寄り、ノブに手を掛けた。
あの三人が揃って、ここまで魔力を荒らがせる事態となれば、相当の緊急事態だ。
施錠されていれば焼き切るのも已む無しかと思ったが、幸いにも扉はあっさりと開いた。
外気の冷たさが風と共に室内に忍び込む。
密やかに足許を這う冷気に気付いて、談笑していた他の客が、訝しげにこちらを見てきた。
しかしそれにも頓着せず――頓着できず、俺はテラスに駆け出して、そのまま円卓を避けながら縁の欄干に走って飛び付き、身を乗り出した。
ガルシア市街の賑わいは、眼下の通りにおいてのみ、妙に静まり返っていた。
動きすらない。
通りを行く人々が一人残らず、硬直したように動きを止めている。
――そして、俺は見た。
「どうしたの!?」
叫ぶように尋ね、駆け寄って来るティリーに反応も出来ない。
むしろその声が俺に向けられたものであるという認識すら希薄だった。
――欄干を掴んだ手が震えた。
それは寒さのせいではなかった。
腹の底から這い上がってきた恐怖のためだった。
――眼下の通り、ガルシア市街に、見紛いようもなく、はっきりと。
濁った黄金の双眸を戴く、人型のレヴナントが彷徨していた。
ゆらゆらと、輪郭すら怪しいその両足で敷石を踏んで、ふらふらと砦の方へ進もうとしている――薄墨色の人型の災害。
――そして、同時に、視界の隅を掠めた純白。
「……なんで……」
呟いた声が震える。
咄嗟にそちらへ頭を巡らせた、自分の顔から血の気が失せるのがはっきりと分かった。
――通りを遡って砦側。
まだ遠いその先に、曇天にすら鮮やかに際立つ新雪の色の髪。
見紛いようもない。
表情すら定かでない距離ではあったが、それがこちらに歩を進めて来るのを、俺は心臓が欠落したような絶望と同時に見た。
――魔王ヘリアンサスが、こちらに向かって通りの敷石を踏んでいた。
◆◆◆
――この瞬間が、のちにガルシア戦役と呼称されることとなる、軍事施設ガルシア史上最悪の、対レヴナントの戦闘の前哨だった。
この戦役が、ガルシア史上最悪と称された理由はただ一つ。
――民間人および隊員の、死者数の甚大さだった。




