48◆ 聳え立つもの
立ち上がったのは全員同時。
自分が築いた障壁を見て、俺は思わず片頬を歪めて笑った。
「おいおい、マジかよ……」
業火のみを映していた障壁に、今やくっきりと一つ、手形がついていた。
いや、手形ではない。
手首より先が業火に呑まれているために手形と見えているが、これは実物の――
息を吸い込み、身構えて、俺は怒鳴るように号令した。
「――奥に向かえ!」
ここでも、素早く動いたのはティリー。
さすがに障壁に背を向けることには抵抗があるのか、後退ってじりじりと、周囲を促して奥へと向かう。
それを横目に、俺はなおも障壁を厚くしようとして、
――びしり、と、障壁に罅が入った。
その微細な罅からでさえ、熱気が渦を巻いてこちら側に押し寄せてくる。
その罅は言わずもがな、障壁に叩き付けられた掌を中心として走っており――
ぐ、と、障壁に押し付けられた薄墨色の手が、力を籠めるかのように指を撓めた。
――直後。
ぱあん! と、高い音と共に障壁が砕け散る。
乱舞する障壁の破片が爆炎の光を捉えて緋色に金に照り映え――消えていく。
障壁と炎、どちらに供給していた魔力も打ち切って、俺は素早く熱を収束させていく。
荒れ狂っていた炎が、こちら側の人間に害為す前に、まるで地底に吸い込まれていくように消えていく。
洞穴内に氾濫していた光が消えていき、俺が意識的に残した灯火の役割の炎のみが、残り火となって仄かに赤い光を投げ掛ける。
一気に暗くなった視界の中に、煌々と点る濁った黄金の瞳。
『――あ、ああああ、あああああ』
レヴナントが――紛うかたなき、あの人型のレヴナントが、よろりとこちらに向かって一歩を踏み出した。
その全身から薄墨色の煙が螺旋を描いて立ち昇っていて、まるで霞を纏っているようにも見えた。
――爆炎はこいつに有効だった。
だがそれを抑えてなお、こいつの再生が上回ったのだ。
視線を走らせる。
通常のレヴナント二体はさすがに消し飛んでいるとみえ、姿はない。
ただ人型のレヴナントだけが、障壁を突破した姿勢そのままに、片手を持ち上げたまま、こちらに向かって転ぶように進んで来る。
その様に、俺は胃の腑が冷える心地がした。
足が根を張ったように動かなくなる。舌が凍る。
これは恐怖だ。
――しっかりしろ。
自分に言い聞かせる。自分を叱咤する。
――怖がってる場合じゃない、動け。
こいつがこっちに来てしまった以上、ここで食い止めるより他はない。
『あ、あああ、ああ』
足音もなく静かに、薄墨色の人影が岩を踏んで向かってくる。
金の眼が、真っ直ぐに俺を見て近付いて来る。
『お、オマエ、おぉぉぉオマエ』
喘鳴のような声がする。
俺は息を吸い込んだ。
意識して瞬きした。拳を握った。――動け。
ぼッ、と、ひとつ、レヴナントの足許で炎が上がった。
がくん、とレヴナントの姿勢が崩れる――右足が焼失したのだ。
だが、白熱したその光と熱の塊を、一瞥だにせずにレヴナントが消し止める。
燃え上がって溶け出した右足はしかし、濛々と上がった蒸気から踏み出される頃には再生を終えられていた。
俺は大きく数歩下がった。
怯んだところを見せられないだとか、そんなことを言っている場合ではない。
――戦うよりも、むしろ凌ぐか? でもどうやって?
必死に考えを巡らせる俺を見たまま、ふとレヴナントが足を止めた。
灯火の明かりを背後に背負い、薄墨色の亡霊の輪郭が微かに金色に輝く。
「――な、なに……?」
ニールの、慄いた声が聞こえた。
俺もそうだが、恐らく全員が、立ち止まったレヴナントにいっそう不気味なものを感じているのだ。
かくん、とレヴナントが首を傾げた。
いや、首を傾げたというよりも、首から頭が外れて回転したかのようだった。 頭部が直角に回転して見えた。
『あ、あああ、あ?』
意味のない声を漏らした――瞬間。
どんっ! と、信じられないほど重い音がした。
レヴナントの姿が消えた――違う。
「――こ、のっ!」
思わず、悪態の成り損ないが口から飛び出した。
――このレヴナント、〈呪い荒原〉の傍で出たものとは違う。
あいつは――魔法こそ脅威だったものの――動き自体は愚鈍といって良かった。
それが、こいつはどうだ。
消えたと思ったレヴナントは、地面を蹴って跳躍していた。
低い跳躍が、自然には有り得ない推進力を持って肉薄する。
肉薄する先は、
「そういう、弱い奴を狙うのはどうかと思う……っ!」
竦もうとする自分を誤魔化すために、食いしばった歯の間からそう怒鳴って、俺は横様からレヴナントに体当たりした。
危うくレヴナントの標的にされていたティリーが、俺のまさかの肉弾戦に、驚きか安堵か、咄嗟には分からない表情を浮かべて飛び退る。
体当たりしたその瞬間、ぱっと俺とレヴナントの間に火花が散った。
熱によって害を受けるのは当然、レヴナントだけだ。
――当たった。
横からの当身を躱すだけの視野の広さはこいつにはない。
それを確信して、俺は燃え盛る拳を振り上げた。
「――こいつらに触るな」
ぼぐッ、と、爆裂音を無理に押し込めたような割れた音が轟いた。
俺がレヴナントの、人で言えば腹部に当たる部位を、思い切り――下から捩じ上げるようにして殴った音だ。
炎を纏った拳はそのまま、レヴナントの胴体に火焔を伝播させていく。
同時に、踏ん張ることもせず後ろに吹き飛ぶレヴナント。
炎に巻かれたまま、数ヤード後ろへ跳ね跳んで仰臥の姿勢で倒れ伏す。
すぐさま俺がそちらへ炎弾を飛ばすも、その瞬間に濛々と上がった蒸気に、相殺されたことを悟って舌打ちを漏らす。
「クソが、埒明かねえ!」
苛立ちのままに叫んで、しかし直後、俺ははっと息を呑んだ。
――待てよ?
こいつを凌ぐに当たって、俺はこいつをこの場に留めることだけを考えていた。
けど、よく考えるまでもなく、方法は他にもある。
距離を稼げばいいのだ。
ディセントラたちがここに来てくれたとき、俺への加勢が遅くはなるだろうが仕方ない。
そして俺が魔法を使っている限り、あいつらは絶対に俺の居場所を見失わない。
「奥に竪穴があるって言ってたよな!?」
振り返り、鬼の形相で問い詰める俺。
意味のない呻き声を漏らしつつ、レヴナントが立ち上がろうとしているのだから当然の形相ではあったが、振り返った先のガルシア隊員は真っ青だった。
が、それでも答える。
「あります!」
複数人の声を合わせた応答が、洞穴内で反響する。
頷いて、俺はレヴナントに向き直りつつ、叫ぶように指示した。
「よし、そっちに潜って凌、――っ」
言葉半ばで膝を折り、なぜ自分が膝を折ったのか咄嗟に分からず言葉を続けようとした俺は、言葉の代わりに大量の血を吐いた。
――既視感。
またか、と呻こうにも声が出ない。
呼吸すら苦しいので、俺は取り敢えず口の中に込み上げてきた血を全部吐き出した。
ぼとぼとと岩の上に落ちる赤黒い血液。
数拍遅れて、激痛が胸部で爆発した。
手で胸を探る。
右胸の辺りを、例の空気の刃で刺されたらしい。
胸の側から刺されて、多分貫通はしていない。多分だけど。
心臓をやられなかったのは運が良かったのか何なのか。
それより何より、やられたのが俺で良かった。
こんなの、軍人とはいえ死んだことのない奴が喰らったら発狂するぞ。
レヴナントが、俺がこの中での主戦力であることを判断しているのかはさておいて、今のところ、攻撃対象の主眼が俺に置かれているのは歓迎すべき事態だ。
――と、理性がそう思考した。
が、その思考すら塗り潰すほどの激痛。
手指の先まで、血流に激痛が載ったかのように痛んだ。
痛みが脳裏を占拠する。
掠れた声で自分が叫ぶのが聞こえてきた。声が喉を通るのが、血反吐が震えるような気持ちの悪さで分かった。
それと重なるように、誰かが叫んでいる。
いや、違う、誰かじゃない、決まってる。
ガルシア隊員だ。
くそ、守らないと。
叫び声を呑み込む。
痛みに叫ぶなんて、救世主なのにみっともない。
ここにトゥイーディアがいなくて良かった。
あいつに格好悪いところを見せずに済んで助かった。
地面に手を突いて顔を上げる。
胸部の止血を施しながら、俺は立ち上がるレヴナントを視界に収めた――目が眩む。
それでも立ち上がらないわけにはいかないので、俺は震える足を地面に置いて、地面の凹凸によろめきながらも立ち上がった。
手首で口許の血を拭う。
気持ちの悪い生温かさが、手首を顎を同時に伝った。
「――ルドベキア!」
「救世主さま!」
声が聞こえる。
洞穴内で反響して、砕けて弾ける声。
そちらを振り返る余裕はなく、俺は怒鳴った。
声は血と激痛を伴って口から出た。
「――竪穴に向かえ!」
言い切ると同時に足許に血を吐く。
――身体の内部の欠損を、まだ癒し切れていない。
同瞬、立ち上がったレヴナントが、その口唇をぱっくりと開いた。
『――どォォして、あぁぁぁぁどォして、それはそれはそれはそれは』
壊れたように連呼するレヴナントに、恐怖が腹の中で爆発する。
恐怖と激痛に、俺はその場で絶叫したかった。
だがそれを、唇を噛んで堪える。
――トゥイーディアはそんな醜態を晒さない。
トゥイーディアは、救世主の一人がそんな醜態を晒すことを望まない。
「――知らねぇよ!!」
突貫工事で胸内部の傷を癒しながら、恐怖を跳ね除けるためだけに叫ぶ。
もののついでにレヴナント目掛けて炎を撃ち出した。
ぼご、と鈍い音がして、レヴナントの――人でいうならば胸部に当たる部分に焼け焦げた穴が開いた。
その瞬間、レヴナントの金の瞳がぐるぐると回り始めるのを俺は見た。
『し、ししし知らない、そそそんなことは、それはそれはそれは』
もはや意味の通じない言葉を発しながら、レヴナントが右手を振り上げた。
じわじわとその胸部が再生されていく。
自分への攻撃よりも、むしろ背後へ攻撃が加わることを恐れて、俺の血が一瞬凍った。
「駄目だ、こっちだ!!」
叫んだ。
レヴナントの金の眼が俺を見た。
その眼に、迫る炎弾の光がくっきりと映り込む――ぐるぐると回転していた奇妙な眼球の動きがぴたりと止まって、縦に切れ込んだ漆黒の瞳孔が俺を見た――着弾。
爆音と共にレヴナントの左腕が吹き飛ぶ。
「そうだ、俺だ!!」
爆音に被せるようにして怒鳴る。
このレヴナントが言葉を理解しているのは疑いようがない。
叫ぶ度に胸の傷がなおも鮮烈に痛んだが、そんなの、この場で人死にが出るより遥かにましだ。
「おまえを殺すのは俺だぞ!!」
ぴたりと止まって、一秒。
レヴナントがかくんと首を傾げ、低く断言した。
『――チガウ』
は、と思わず俺は口を開けた。
なんでだ、どうして。
俺がこの中での最たる戦力だと、どうしてこいつに分からないはずがあるものか――
レヴナントが右手を振り下ろした。
背後で立て続けに、ティリーたちが何か叫んだ。
聞き取れない。反響が酷い。
それとも俺の耳鳴りか。
小さな爆音が幾つか背後で上がり、閃く烈火の光が後ろから差した。
俺は堪らず振り返った。
その瞬間は恐怖で心臓の鼓動が飛んだが、しかしそれは杞憂に終わった。
乏しい明かりの中でなお、自分の後ろに七人が立っているのが見える。死者も重傷者もいない。
でも、だとすると、直前のあの音は。
「おい、何が――」
「ルドベキア!」
ララが悲鳴じみた声を上げた。
そのために、俺は振り返って咄嗟に顔を手で庇った――そしてそれゆえに、自分の視力を守り通すことが出来た。
「――あ、」
声が出そうになるのを必死に堪え、俺は歯を食いしばった。
――左の掌を、ものの見事に貫通した空気の刃の先端が、俺の鼻先を掠めていた。
血が出るほどに唇を噛み締めながら、俺は左手からその不可視の刃物を引き抜いた。
肉から固形物が引き抜かれる、おぞましい感覚があった。刃に触れる神経が悲鳴を上げた。
「――――っ!」
不可視の刃物を足許に投げ捨てる。
からん、と軽い音を立てて、透明な刃は俺の足許に転がり、その一瞬後に消えていった。
どばり、と血が溢れたが、すかさず止血。
指が痺れる。親指が痙攣した。
「――早く行けってば。竪穴に向かえ」
押し殺した声で後ろに向かって囁き、俺は痛みの余りに戦慄すら覚えつつ、右手の指を振った。
――一度目で、レヴナントの目の前に透明な柱がせり上がる。
硬化した空気が、レヴナントの行く手を阻んで聳え立つ。
『――あ?』
二度目で、今度はレヴナントの左右に同じ柱が突き立った。
ゆらり、と上体を揺らしたレヴナントが、その柱と柱の間から俺を見た。
『――お、おぉぉ?』
洞穴内に反響する足音を立てながら、ティリーたちが奥へと向かって行く。
俺も後退りでそれを追う。
追いながら、更にレヴナントの頭上から炎弾を落とし、足許を爆発させていく。
立て続けの爆音に、頭上からぱらぱらと小石が降ってきた。
自分の耳すら聾する大音響。
――足止めが出来れば、それで。
霞む視界に、レヴナントが柱の間からこちらに向かって手を伸ばすのが見えた。
なぜだか、柱を回り込もうとしたり、柱を破壊しようとはしていない。
僥倖といえるだろう。
ゆらゆらとこちらに向かって薄墨色の手を伸ばす亡霊の姿に、俺が謂れのない恐怖で吐きそうになっていたとしても。
『あ、ああああ、ああああ』
後退る。
段差に足を取られて転び掛けた。
倒れたら起き上がれる気がしないので、よろめきながらも体勢を立て直す。
踵に当たった小石が、からからと洞穴内を転がっていく。
そんな俺に、なおもレヴナントが手を伸ばす。
『あああ、あ、ああああ』
ゆらゆらと揺れるレヴナントの手。
『も、もども戻れ』
意味のある言葉が、意味不明に叫ばれた。
俺はなおも下がる。
その背中が誰かにぶつかった。
「――傷が」
慄いた声がすぐ傍で聞こえ、その声がティリーのものだったので、俺がぶつかったのはティリーだと分かった。
ちらりと横目で、自分の後方の足許を見る。
そこに竪穴を確認した。
――竪穴というより、でかい切れ目に見えた。
レヴナントがここから出て来たためか、穴の縁は無理やりに割り砕かれたような跡となっている。
下は暗くて見えない。
一秒も考えず、俺は穴の中に自分で熾した炎を放り込んだ。
ぱっと火の粉を散らして落ちた炎が、五、六ヤード下で止まり、間もなくふっと消えた。
その際に穴の下がほの見えたが、どうやら穴というよりも、縦に開いた隧道といった方が近いっぽい。
下は行き止まりになっているのではなくて、さながら地下通路――ここから一階層下に出来た洞穴になっている様子だった。
「――飛び降りろ」
呻くように指示し、俺は竪穴の真下の空気を、落下に備えて圧縮して緩衝材とした。
ついでに、下の洞穴に灯火として幾つか炎を灯しておく。何も見えないのはさすがに危険だからね。
視線を上げ、レヴナントの動向を確認する。
残り火のあえかな光に見えるレヴナントは、今なおなぜか、こちらに手を伸ばしているのみだった。
七人のガルシア隊員が、素早い動きで竪穴の下へと身を躍らせる。
最後にティリーが穴の縁から飛び降りるのを見て取ってから、俺も穴の下へ続いた。
飛び降りるというよりはむしろ、背中から転落するような格好になった。
ふわ、と内臓が浮き上がるような浮遊感。
同時に、レヴナントを捉えていた柱状の空気の硬化を解除。
距離が開いてしまえば、空気を硬化させ続けるのに割かれる魔力も大きくなる。それを嫌ったのだ。
そして代わりとばかりに、穴に蓋をするようにして空気を硬化させた。
ぎんッ、と硬い音がした直後、俺はぼふりと圧縮した空気の塊の上に落っこちる。
その瞬間、胸と掌の傷の痛みが直截的に心臓を貫いて、気絶するんじゃないかと思った。
が、悲鳴は堪える。
俺は救世主、俺は救世主。
「――いってぇ……」
それでも漏れた呻きを、何とか軽いものにしながら身を起こした俺は、眩暈に軽く頭を振る。
頭上を見上げて、こちらに通じる穴を塞いだ空気の硬化に綻びがないことを確認した。
そうしてから俺は、既に他の七人が立ち上がり、なぜか揃って洞穴内の一方向を見ていることに気が付いた。
予め点しておいた灯火の明かりに見える彼らの横顔が余りにも悲壮なので、俺としては一瞬、自分が死んだにも関わらず、それに己だけが気付いていないかのような錯覚に襲われたほど。
瞬きして、すぐにそんな馬鹿な話はないと気付いたけど。
だって傷が痛いし。
死んだなら痛みはなくなるはずだ。俺はもう経験済み。
「……どうした?」
口許の血を拭いながら尋ね、立ち上がる。
空気の圧縮を解除して、俺は少々よろめきつつ、ニールとララの間から顔を出した。
ララは蒼白な顔で、ニールは半泣きでむしろもう笑っていた。
「どうし――」
言い差した言葉を切り、俺は思わず息を吸い込んだ。
そして次に、その息をうんざりとした溜息に変えて吐き出した。
俺たちが転がり込んできたこの洞穴は、後方に向かっては平坦な道が続いている。
道幅としては大体十ヤードくらい。
ごつごつとした岩肌は、さっきまでいた上の洞穴よりも尖っているものが多い。
どこまで続いているのかは未知だ。
で、前方である。前方に関しては、ほんの数ヤード進んだところで断崖となって落ち込んでいた。
断崖の高さは大体三十ヤードくらいか。
下の方までは灯火の明かりが届かないので状況が見えないが、それでも見て取れる高さにまで聳えているものというものはあって。
――断崖の下、広々と続くその先の空間に、灯火の明かりでほの見えるのはレヴナント。
身の丈二十ヤードくらいのレヴナントが、何かの出番を待っているのではないかと思うくらいにずらりと、断崖の下に立っていた。
――そう、ずらりと。
その数、目の届く範囲で十体ばかり。
「マジかよ……」
呟いた俺は、レヴナントたちにまだ動く気配がなく、さながら休眠中であるかのようにだんまりを決め込んでいるのを見て、「どうかそのまま」と念を送った。
とはいえ、こいつらが一斉に襲って来た場合、さすがに俺一人で七人を守り切るのは、背後を取られる恐れがあるという点で無理っぽい。
なので俺は、悲壮な表情を浮かべる七人を見て、小声ながらも端的に言った。
「――なんて顔してんだよ。普通のレヴナントだろ。
こんなとこに転がり込むように指示したのは悪かったけど、おまえらだって戦える相手で――」
「――――ない」
ぼそ、とウェルスが呟き、聞き取りかねて俺は眉を上げた。
「は?」
「……戦え――ない」
ウェルスの、押し潰されたような言葉の意味を取りかねて、俺は瞬きした。
「はい?」
「さ――さっきね、」
ティリーが、強張った小声で呟いた。
見ると、ティリーは唇を震わせていた。
俺と目が合うと、続く言葉が出て来ないのか、片手で唇を覆ってしまう。その手指も細かく震えている。
俺は目を眇めた――ティリーの指に、血の跡を発見したからだった。
赤い痕跡はまだぬらぬらと細く光っていて、彼女がつい先程に傷を負ったことを示している。
「さっき――なんだ?」
傷の痛みに顔を顰めつつも、俺は続きを促す。
ティリーは鳶色の目を、断崖の下から俺に移して、震える声で囁いた。
手指の下で、その声はくぐもっていた。
「多分、あの人型のレヴナントがしたことだと思うけれど――」
俺は眉を寄せた。
さっき――ティリーたちの方で爆音がしたあれか。
俺は思わず、荒らぎそうになる声を抑えて詰問した。
「なんだ、怪我したのか」
「いえ、あの、違うの」
ティリーの声はもはや涙声だった。
「――世双珠が壊されたの」
「…………」
俺、茫然。
ぽかんと口を開け、その瞬間だけは傷の痛みも忘れて、めちゃめちゃ真顔で問い掛けた。
「……全部?」
頷く七人。
頷いたその動きのまま、ザックとセドリックとニールが蹲った。
流れるような絶望の仕草だった。
俺は思わず額を押さえ、もうそろそろみんなに会いたいなと益体もないことを考えつつ、掠れた声で呟いていた。
「――あの、……俺、泣いていい?」