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11◆ 未知との遭遇

 まさか自分が海賊の武運を祈ることになるなんて思わなかったが、今の俺は死に物狂いで海賊の武運を祈っていた。


 マジで頑張って。

 沈没だけは避けて。

 いや、相手が軍艦とかで、俺がどこぞに保護されるなら別にいいけどさ……。

 それでも沈没はやめて。


 船体は揺れている。

 状況が全く分からないが、砲弾の着水で海面が荒れているのか、あるいは船の上を複数人が駆け回っているせいなのか。


 そうこうしているうちに面舵を切ったのか、慣性で俺はよろめいた。


「どうなってる……」


 呻いて、俺は外の音に耳を澄ます。

 断続的に轟く大砲の発射音に紛れ、怒号が飛び交っているのが聞こえるが、言葉の内容までは聞き取れない。妙に腹に響く怒号を上げている奴もいる。



 ……てかさっき、面舵切ったよな?

 つまり――針路を南東に取った? 陸地が遠くなる?


 ――みんなとの再会が遠くなる?



 ふざけるなよ。

 どこまで俺は不運なんだ。


 自分の不運さに苛立ったのと、状況が分からない危機感に業を煮やし、俺は木箱の陰から立ち上がった。

 そのまま船倉の扉に手を掛けた――ところで派手に船が揺れ、よろめいた拍子に思いっ切り扉を引いてしまい、俺はもはや開き直った。


 もうどうにでもなれ。

 恐らく今は非常事態。

 密航の一つや二つ、どうということもないだろう。


 身を隠す気も失せ、俺は堂々と(とはいえ時折揺れる足許にふらつきつつ)歩いて、船倉から海賊の食堂を兼ねる船室に向かって歩き出した。


 途中で無論のことだが大砲の傍を通過する。

 大砲に噛り付く海賊たちが、必死になって鉛の砲弾を大砲に装填しつつも、見慣れない顔(俺)に、思わずといったように目を向けた。


 その中でも、一番俺に近いところが持ち場だった乗組員が、唖然としたように声を上げる。


「……だ、誰だおまえ……」


 この冬場に額に汗を浮かべているところを見るに、相当必死なんだろう。

 頭に薄汚れたバンダナを巻き、片目を眼帯で覆った彼は、典型的な海賊の見た目のおじさんだった。


「これってどういう状況なの? 何かあったのか?」


 俺は俺で、開き直ってしまっているのでいけしゃあしゃあと尋ねる。

 海賊おじさんはひくっと口角を引き攣らせると、足許に向かって唾を吐いてから怒鳴った。


「はっ、何かあったか、だと!?

 てめぇ、さては鼠だな? ご愁傷様なこった、この船は沈むよ!」


 密航者のことをどうやら鼠というらしいが、絶望が一周回って悪態に化けたらしきおじさんに、俺は思わず首を傾げてしまった。

 なんせ人生経験豊富なもので、この程度のおじさんは怖くもなんともない。


「沈むの? なんで? 軍艦か何かに見付かった? それとも同業者に撃たれてるのか?」


 そう言いながらも俺は妙なことに気付いて眉を顰めた。

 ――敵船の砲撃の音が聞こえないのだ。


「はッ!」


 今度は複数人が唾を吐いた。

 ずらりと並ぶ四人ばかりの大砲担当者が、一斉に俺を見て、いっそ可哀想なものを見るような目になっている。


 俺はきょとんとするほかない。

 海の上で戦闘になっているのだ、この二つ以外に選択肢があるのか?


「軍艦なら良かったけどな」


「あー、せいぜい命乞いしてやったわ」


「同業者でも構うめぇ、言葉が通じるだけマシだわな」


 口々の恨み節に、俺は瞬き。


「え、マジで何なの? どういう状況?」


 呑み込みの悪い俺に業を煮やしたかのように(呑み込みが悪いもなにも、まだ何も説明されてないんだけど)、最初に俺に声を掛けてきたおじさんが怒鳴った。


「レヴナントだよ! 俺たちゃお終いだ!」


 が、残念なことに俺はおじさんたちが感じているらしき絶望を分かち合えない。

 ますます首を傾げて、棒読みで復唱した。


「……れ、レヴナント……?」


 なんだそれは、という俺の声なき疑問を察したのか、海賊たちから集中する驚愕の眼差し。え?


「おまえ……、どこから来た?」


 おじさんの低い詰問に、俺は曖昧に肩を竦めた。

 そのまま、おじさんたちの後ろを通り過ぎて歩いて行こうとする俺に、おじさんが泡を喰ったように目を見開く。


「おい、どこ行く!?」


「取り敢えず甲板」


 答えながらも俺は少々身構えたが、おじさんは命の危機にあって密航者のことなんかどうでもいいのか、憐れむような視線を俺に注いだだけだった。他の三人も同じ感じだった。


「そうか……。まあ、おまえも運がなかったな。

 ――海の上で出たやつだ。大陸のやつに比べりゃまだマシとはいえ、俺たちもおまえももう明日の命はあるめぇ」


 海賊に憐れまれるってなに。

 しかも密航にうちの船を使うなんて運がなかったなって言われるって。

 レヴナントって何だ、そんなにやばいのか。


 色々と首を捻りながらも俺は歩を進め、船室を通過。

 甲板からは阿鼻叫喚の声が聞こえてくる。

 誰かの食事中だったのか、長テーブルの上には料理が載ったままの大皿が放置されていた。それを思わずじっと見てから、俺は軋む階段を昇り始める。



 ――眩しい。


 格子の上げ戸を通して、燦々と日の光が降り注ぐ。

 長い間船倉にいた俺の目は暗がりに慣れてしまっていて、階段を昇りながらも手で目庇を作り、顔を顰めて目を細めながら、俺は戸を上げて甲板の上に顔を出した。


 冬の海風が冷たく吹き荒ぶ。

 思わず俺は大きく息を吸い込み、淀んだ空気でいっぱいになっていた肺の中身を入れ替えた。


 新鮮な空気は感激するほどに美味かったが、状況的に感動している場合じゃないらしい。


 甲板の上は阿鼻叫喚。

 悲鳴と怒号が飛び交い、祈りを捧げている者までいる始末。


「逃げ切れ! 速度上げろ!」


「もう無理っす! 限界ですよ!」


「くそっくそっ、なんでこんなことに……!」


 まさに絶望一色だが、大砲担当者の方が頑張ってた気がする。


 甲板の連中は、もはや打つ手なしと言った様子で、各々震えたり罵ったりしながら、ある一点を見詰めて立ち尽くしていたり、あるいは逃げ場を探すように走り回っていたり。


 俺はのそのそと甲板の上に立ち上がり、全員が恐怖と絶望の目を向けている方向へ視線を投げた。


 ――そして思わず歓声を上げそうになった。

 いや、自粛したけどさ。でも叫びたくなるってもんよ。



 ――陸地が見えていた。



 今度こそ島じゃない。

 まだ距離があって霞んで見えるが、灰色に煙る陸地は確かに大陸だ。

 視界を横断して広がる大きさがその証。


 夢にまで見た大陸。

 もはや俺の生きる糧であるみんなとの再会の地(予定)。


 覚えず感動に打ち震えたが、遅れて視界に入ってきたものに、俺は一気に真顔になった。


 船から見て左手の海上に――すなわち、大陸への航路を阻むように、()()()()が立ち塞がっていた。


 いや、影というには存在感があり過ぎる。

 だが、実体があると断言するには輪郭が曖昧過ぎる。



 ――白に近い灰色の、人の形を大雑把になぞったかのような二足の巨人。


 輪郭は揺らめいて定まらず、その色でさえも絶えず濃淡が揺らいでいる。

 空間に滲む影のような、異形というほどおぞましくはないが、明らかに異様なその存在。



 あれが「レヴナント」か。


 亡霊(レヴナント)とはよく言ったものだ――と納得しつつ、俺は思いっ切り顔を顰めた。



 あれは何だ。

 あれを――あんなものを、俺たちは知らない。見たことがない。



 ――やはり、今回は何かがおかしい。


 最初からおかしかった。

 ――俺は魔王として生を享けるし、文明は異様に発達しているし、挙句にこの化け物。

 一体この世に何が起こったのか。


 そしてそんなことよりも、みんなは無事か?

 俺だけが不幸のオンパレードに見舞われているならまだいいが、みんながみんなして俺並みの不運に見舞われているなら笑えない。



 俺が考え込む間にも、レヴナントはゆらゆらと揺らめきながらこちらに向かって進んで来ている。


 目を凝らせば、レヴナントの足許には木端微塵になった船の残骸が浮かんでおり、どうやらふわふわした輪郭をしているくせに、あれには巨体相応の破壊力があるらしい。

 道理でみんな絶望の顔をしているわけだ。


 レヴナントは水の上を、滑るように進んでくる。


 近付けば近付くほど、船上の阿鼻叫喚はひどくなる一方。



 そんな中、船尾楼甲板に立つ船長がようやく俺に気付いたらしい、怒号を上げた。


「――おいてめぇ! 俺の船で何してる!」


 俺は船長を振り仰ぐ。

 それと同時に、周囲の目が一気に俺に集中した。


 船長は怒髪天を衝く形相。

 自分の船がこの危険に晒されていることに、悲壮感よりも怒りを覚えているらしい。

 そこに俺という見慣れない人間が目に入ったもんで(この非常時に甲板にまで目を配る度量には感心する)、どうやら理性がぶっ飛んだらしかった。


「クソが! どいつもこいつも!

 おいてめぇら、そこの奴を海に投げ込め!」


 どぉん! と轟音が響き、船が揺れた。

 左舷から発射された砲弾が、レヴナント目掛けて飛んでいく。


 俺は再び視線を翻し、砲弾の行方を目で追った。

 放物線を描いて飛んだ砲弾がレヴナントの、謂わば左手に当たる部分をぶち抜いて海面に飛沫を上げて落下する。


 俺は眉を寄せ、目を凝らした。


 レヴナントは己が左手を一瞥した。

 そして、ぱっかりと口を開けた――頭部に当たるその部分が、見事に裂けたように俺の目には映った。


 そして、叫んだ。


 ああああああ、と、声にならない絶叫が海を揺らし、耳を劈き、俺は思わず耳を塞ぐ。

 周りの海賊たちもみんな同じような反応だった。

 声は幾重にも重なって聞こえ、わんわんと頭の中で木霊する。


 ――あああああああ。


 俺は耳を塞ぎながらも、砲弾にぶち抜かれたレヴナントの左手をじっと見る。

 砲弾が当たった箇所が、確かに形が崩れて溶けたようになっていた。

 ――つまり、あんなゆらゆらした輪郭をしていたとしても、こっちからの物理的な打撃が効くのか?


 ――と思ったのも束の間、凄まじい勢いでレヴナントの左手が再生されていき、俺は思わず「おお」と感嘆の声を上げた。



 俺を海に投げ込めと指示された船員たちが、半泣きになって叫んでいた。


「船長、やめましょう、そんなことしなくても、俺たちもこいつももうすぐ纏めて海の藻屑です」


「クソがあっ!」


 船長が叫ぶと同時、レヴナントもどうやら言葉らしきものを発していた。



 ――どォして――どォしてぇ――



 海面を這うようにして響き、俺たちにまで届く声。


 俺はくるりと身体を半回転させ、船尾楼甲板の上の船長を見上げた。

 そして、軽く咳払いしてから声を上げた。


「――船長!」


 船長が俺を見る。

 殺気立った目だ。己に迫る死の運命を受け容れられずに怒り狂った眼差しだ。


 俺は愛想よく目を細め、言葉を続ける。


「悪いな、勝手に乗り込んで。ちょっと密航させてもらってたんだ。

 で、だ。船長、ものは相談なんだが――」


 俺は右手を伸ばし、真っ直ぐにレヴナントを示した。


「海の藻屑になりたくないんだったら、黙って俺を大陸に送り届けると約束しろ。

 ――約束すれば、俺があいつを片付けてやる」













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