39◆ 俺だって救世主なんだから
その日の俺はそこそこ頑張ったといえよう。
朝食のために大広間に下り、ついでにまだ治療を施していないカルディオスを捜していると奴はもういなかった。
もう出たの、と朝食前にびっくりしている俺に、出立間際のコリウスが、「くれぐれも食事だけは摂るように」と念押ししてきた。
相変わらず、気遣うような、案じるような目で俺を見ていた。
念押しされたことに頷いた俺が、躊躇いなく朝食に移ったので、どこかほっとしているようにも見えた。
とはいえ俺としてはコリウスの方が心配というもので。
目の前に立つコリウスの背中やら腕やらをつつきながら、「痛くないの? 大丈夫なの?」と訊いていると、割と本気で鬱陶しそうな顔をされた。こいつ……。
詰め込むように朝食を摂った後、ヴェルマ将軍あてに「治癒が出来る」と名乗りを上げた瞬間、俺は怪我人がずらっと並べられた広間に案内された。
こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、いっそ壮観な眺めだった。
さすがに顔を強張らせる俺に、俺をそこまで案内した侍女さんは真顔で言った――「これが一つめのお部屋にございます」。
石造りの広間に雑魚寝状態でずらりと並べられた怪我人たちは、誰も彼もが歴戦の戦士みたいな怖い顔をしていたが、俺の治療を受けると一様に目をぱちくりさせていた。
まあ、絶対法をあからさまに超えた事象だからね。
手を押し戴くように握られて、こちらが恐縮するほどに感謝されることもあった。
怪我人の間を、傷や身体を拭うために、薬瓶やお湯の入ったボウル、清潔な布巾を持って慎重な足取りで行き来していた、治療班に所属するのだろう人たちも、目を丸くして俺を見ていた。
多分、休む間もなく怪我人の手当に当たっていたのだろう、治療班の人々は誰も彼もが目の下に隈を作ってぐったりしていた。
広間には薬品の匂いが満ちていた。
湯気の、なんというか少し籠もった匂いもした。
そしてそれ以上に血の臭いが凄まじかった。
一部屋めの怪我人の治療を終えた辺りで、俺の鼻は麻痺してそれらを感じ取らなくなっていた。
怪我が治ったことを感じ取った隊員たちは、早くも立ち上がって任務に戻ろうとしたが、俺は泡を喰ってそれを止めた。
寝た切りになっていたことによる体力の衰えまでは解決できない、と、アリーのお母さんを思い出しつつ説明すると、数人は理解を示して踏み留まってくれたが、それでなお広間を飛び出して行く若者もいた。
後ろ姿を呼び止めようとする俺に、彼はいい笑顔で振り返って親指を立てたものである――「大丈夫っす、俺、寝た切りになったの一昨日っす! 二度と歩けないかと思ってたんですけど、奇跡だ! ありがとうございます!」。
一昨日かー、一昨日なら大丈夫かなー、などと思いつつ、俺は思わず叫び返した。
「死体になって戻って来るなよ!」
部屋は全部で三つあり、俺が死にそうになったことはお察しだろう。最初のうちは怪我人の人数を数えていたのだが、途中から諦めた。
怪我人が男だろうが女だろうがただただ淡々と機械的に治療。
とはいえ怪我人の精神面には気を配って、声を掛けたり笑顔を浮かべたりして見せる。
――昨日までは作り笑いしか出来なかったのに、自然と笑えてほっとした。
自己嫌悪を誘わない、まともな笑顔を浮かべられたから。
治癒の連発でさすがに魔力を使い果たしたかと思ったが――世界の法を派手に書き換える魔法ほど魔力を喰うのは理の当然。絶対法を超える魔法はその最たるものだ――、精神的にはずっと元気だった。
トゥイーディアから手紙を貰った俺に怖いものはない。
疲れた、と思う度に脳裏にトゥイーディアの筆跡が浮かんでくる始末で、俺はもはや病気かも知れない。
夕方になってディセントラが砦に戻って来た。
レヴナント討伐中にコリウスにばったり会って、俺たちがガルシアに戻っていることを知ったらしい。
食事を後回しにして、魔力の気配を頼りに俺のところに走って来てくれた。
そんな彼女に、俺も嬉しかったし周囲の患者も嬉しそうにした。
何しろ、絶世の美少女が嬉しそうな笑顔を浮かべて近付いて来たのである。
特に、そのとき俺の正面にいた五十絡みのおじさんは、あからさまに鼻の下を伸ばしていた。
おい、ディセントラはあんたの娘みたいな年齢(見た目は)だぞ。
「ルドベキア、おかえりなさい!」
と、一声でその場が華やぐような声音でそう言って、埃を被った軍服姿のままで俺の隣に膝を突くディセントラ。
「おう」と応じた俺が既に疲れた顔をしているのを見て目を瞠り、「大丈夫?」などと顔を覗き込んでくる。
そっちは何とも思わなかったが、目の前のおじさんから、「おいそこ代われ」みたいな視線を感じてちょっと怖かった。
全体的に草臥れた格好であったものの、ディセントラは傷を庇うような仕草はしていなかった。
まあ、こいつは得意分野の魔法がいいからな。
レヴナント以外の事象に対しては防衛の真似事が出来るから、怪我をするリスクも他より小さい。
自分をじっと見るおじさんの視線に気付き、ディセントラがそっちを見てにこっとした。
文句なしの美貌に浮かぶ笑顔に、おじさんの心臓が撃ち抜かれたのがありありと見えた。
ディセントラはそっちには頓着せず――いつも思っていることだが、こいつは多分、他人は自分に見惚れるものと思って行動している節がある。まあ間違っちゃいないけど――、首を傾げて俺に視線を戻す。
「討伐中にコリウスに会ってびっくりしちゃった。てっきり、あんたたちは今日戻って来るものと思ってたの」
肩を竦める俺に、ディセントラは一拍置いてから。
「コリウスから話は聞いてるからね」
その口調が、俺への過度な気遣いのない口調だったから、俺はコリウスがディセントラに話した内容をかなり正確に推し量ることが出来た。
魔法を使うレヴナントが出たということと、レヴナント発生と世双珠の破損に関連性があるかも知れないということだけを話したに違いない。
シャロンさんについてのことも話していたならば、ディセントラは何も言わずに俺を抱き締めていただろうから。
目の前のおじさんの治療を終え、俺はディセントラに向き直った。
「おまえ、怪我は?」
ディセントラは淡紅色の目を瞠り、首を傾げた。揺れる赤金色の髪。
「あら、治してくれるの? でも、順番待ちなんじゃないの?」
俺は苦笑。
同時に、周囲から「どうぞどうぞ」と声が上がり始めた。殆どが男の声である。ディセントラはちゃっかり、救世主兼崇拝対象の地位を獲得しているらしい。まあ、この顔だしな。
驚いたような顔をしてみせるディセントラに、俺は肩を竦めた。
「おまえが列の先頭だよ、ディセントラ」
ディセントラは心底嬉しそうににっこりした。
ここに写実画家がいれば、迷わず筆を執って生涯の傑作を描き始めただろうと思えるくらいの笑顔だった。
「嬉しい。実を言うと、ちょっと感覚がなくなっててまずいかもって思ってたのよね」
「…………」
一瞬眉を寄せてから、俺は思わず低い声で訊き返した。
「……感覚が――何だって?」
「イーディには怪我してないって言い張ってたから、バレるとまずいことになってたわ。助かっちゃった」
いやトゥイーディアは人のことは言えないと思うけど……。
などと反射的に考える俺の隣で、姿勢を崩して床に座り込むディセントラ。
そのまま靴を脱いだ彼女の左足を見て、俺は思わず絶句した。
周囲からもどよめきが上がった。
ディセントラの左足の爪先が、まるごと紫色に変じていた。
痣とかではなくて、腐り落ちる寸前といった風情だ。
唖然としつつも、俺は事態を察した――この馬鹿、出血を抑えるために自分の固有の力で血を止めたんだ。
ディセントラは救世主だから、治癒の方向で絶対法は超えられない。
だからこそ、こうして自分の足が腐り落ちる寸前みたいなことになっている。
「おまえ、――馬鹿!」
慌ててその爪先に手を伸ばす俺に、ディセントラは平然と首を傾げた。
「昨日まではちゃんと痛みがあったのよ。でも今朝起きたら何も感じなくなってて、あっこれやばいな――って」
「俺と合流できなかったらどうするつもりだったんだよ」
ふわ、と俺の掌が白く光った。
その光がディセントラの爪先に届いて、俺は短く息を吐いた。
――魔法が働いている。俺の魔力が法を変更している。つまり、まだ手遅れではない。
ディセントラは曖昧に笑って目を逸らし、それからまた俺に視線を戻した。
「どう? 治りそう?」
正直に言えば治りそうではあったが、俺は敢えて難しい顔を作った。
「いや、どうだろう……切り落とすしかないかも知れない」
その言い振りに、ディセントラの唇が笑みに綻んだ。
実際にディセントラの爪先を切り落とすとなったら、俺が大いに動揺するだろうということをこいつは分かっているから、冗談は一秒で看破された。
が、それで済まなかったのが周囲だった。
怒号が上がり、俺はびくっとする。
「なんだと!」
「ディセントラさまの足が!」
「有り得ない! 駄目だ!」
広間を揺らす怒号の迫力に、俺は呆気に取られつつディセントラへ視線を向ける。
「……おまえこの人たちに何したの?」
「何もしてないわよ」
あっけらかんと応じて、ディセントラはふふっと笑った。
傷の感覚がないだけあって余裕の表情である。感覚がないのが一番怖いんだけどね。
「それより、早くさっきのを撤回したら? じゃないとあんた、殴られそうよ?」
俺も思わずははっと笑った。
「なに言ってんだ、俺だって救世主なんだから――」
言い差し、しかしすぐ傍のおじさんから尋常でない眼力が注がれているのを感じて、俺は素早く表情を改めて断言した。
「いや、大丈夫、大丈夫だディセントラ。治るぞ、治してみせる」
この一言にて広間には平穏が戻ったが、疲れ切った風情の医療班の若い女性に、「余りきつい冗談は仰らないでください」と俺が怒られたのは余談である。
疲労が人から畏敬の念も奪うのだということをしみじみ実感しつつ、俺は以後気を付けますと頭を下げた。
◆◆◆
宵の口まで掛かって怪我人の治療を終えた俺は、そのまま砦の外へ出た。
とはいえ、さすがにレヴナント討伐のためではない。
討伐に行きたいのは山々だけど、絶対法を超える魔法を連発して魔力が摩耗した俺ではなく、魔力が十分に回復した俺が向かうべきだという頭くらい働くからね。
――傍にコリウスがいるのに、単身レヴナントに突っ込んで行こうとした馬鹿はどいつだ。俺だ。
なんであんな馬鹿なことしようとしたんだろう。悔恨と自殺は別なのに。
俺が砦の外に出たのは、乳兄弟であるルインに会いに行くためだ。
会いに行くからなと約束した手前、それを破るわけにはいかない。
あと、一緒に預けたムンドゥスのことも気になる。
夕飯前に宿舎を出て、俺はルインがいるはずの寮――ガルシアに正式に入隊する前の子供たちがいる場所を目指した。
日はすっかり落ちて空気は冷たい。
吐く息は白く目の前を流れる。
砦を出ようとすると、あちこちから馬の嘶きが聞こえてきた。
隊員たちの足となり、移動に貢献している馬たちだ。
夜陰のために姿は見えなかったが、不機嫌そうに石畳を蹴る蹄の音も聞こえている。
砦を出て、暗い街路を歩いて寮に到達した俺は、寒さに震えながら呼び鈴の紐を引いた。
そのまましばらく待っても誰も出て来てくれないので、もう一度、気持ち強めに引っ張ってみる。
それでようやく、しばらくして、覗き窓がぱたりと開いた。
そこから不機嫌そうな女性の声がする。この声は聞いたことがある。確かここの寮母さんの声だ。
「――どなたさま? これから夕食なのですけれど」
素っ気なく冷たい、つんとした物言いだった。
ディセントラが来たときは大歓迎してたのにな。
「すみません、救世主――救世主の一人です。ルインに会いに来たんですが」
タイミングが悪かったのは事実なので、帰れと言われれば帰る心積もりで返答すると、覗き窓の向こうで息を呑む声がした。
すぐにがちゃりと扉が開け放たれ、気まずさに頬を真っ赤にしたふくよかな女性が、強張った仕草でスカートを摘まんで頭を下げた。
「――大変なご無礼を!」
「ああ、いえ……」
寒さに思わず踵を上げ下げしつつ、俺は首を傾げた。
「こんばんは、忙しい時間にすみません。ルイン、いますか? 顔を見に来たんですが」
寮母さんは顔を上げ、頬を真っ赤にしたままで俺を中に招き入れ、扉を閉めた。
寮の中も中とて寒いが、冷たい外気が遮断されて、俺はほうっと息を吐いた。
外套の襟を寝かせていると、寮母さんは両手を握り合わせつつ。
「ルインくんですね、ええ、ええ、元気にしてらっしゃいますよ。どうぞ中へお入りくださいな」
「え? ああ、はあ……」
半端な声を出し、俺はせかせかと奥へ歩く寮母さんに付いて歩いた。
別に、玄関先でちょっと話すことが出来ればそれで良かったんだけど。
吹き抜けになった玄関広間を抜ければ、天井の低い廊下。
その先に緑色に塗られた小さな扉があった。
扉にはくすんだ硝子の明り取りがついていて、ちょうど俺の目の高さよりやや下に位置するその明り取りから、扉の向こうの様子が大まかに見て取れた。
どうやら大人数がそこに集まっているらしい。何かを盛んに喋っている、騒がしい声も聞こえてくる。
「少し騒がしいのですけれど……」
ちょっと恥ずかしそうに寮母さんが呟き、俺は曖昧な声を出した。
別に奥まで入れてくれなくても良かったんだけど。
寮母さんが扉を押し開き、中に入った。
俺も、僅かに屈んで中に入った。何しろ扉が小さいので、平均よりも高い背丈を授かっている俺は頭をぶつけかねなかったのだ。
中は食堂だった。
入口から見て右手の壁際に設けられた、煙突付きの立ち竈で元気よく火が燃えていて、中の空気は温かい。
テーブルが二列になってずらりと並べられており、長椅子に窮屈そうに子供たちが詰め込まれていた。
ぱっと見たところ、五歳くらいの子もいれば十五、六歳くらいの子もいる。
わいわいと喧しかった彼らが、寮母さんと一緒に入ってきた俺を見て一斉に押し黙った。
誰だろう、という顔をしつつも、俺の格好がガルシアの制服だから、礼儀を弁えて行動せねばならんと思った様子。
そんな中で、赤い癖っ毛の少年が勢いよく立ち上がり、叫んだ。
「あーっ! 救世主さまー!」
俺はぎょっとした。
なんで見ただけで分かるんだ、と思ったが、何のことはない。
よくよく思い出せばその子は、俺がイルフィーティ地方に出立する前にルインに会いに来たときに顔を合わせた子だ。
その子の一言に、一瞬、食堂で叫び声が上がるかと思われた。
全員が息を吸い込んだ気配があったが、歓声の爆発はなかった。
なんと、根性で叫ぶのを堪えたらしい。
この子たちに叩き込まれている礼儀作法は確かだった。
とはいえ俺に無数の視線が集中する。
後ろの方で、立ち上がって俺を見ようとしている子もちらほらといた。そんな子は例外なく、隣くらいの子に肘で押されて、「おいやめろって!」と注意されている模様。とはいえ注意する側も、がっつり俺の方を伸び上がって見ているという有様。
そんな中、俺は目的の人物を捜して視線を泳がせた。
そして間髪入れず立ち上がる、俺の目的の人物。
「――兄さん!」
ルインだ。
多分この場においては最年長であろう彼が、尻尾があったらぶんぶん振っていそうな嬉しそうな顔で立ち上がり、こっちに向かってくる。
さっきは言葉を堪えたらしき子供たちが、とうとう堪え損ねて囁き合い始めた。
「……兄さんって呼んだ?」
「えっ、ルインさんってそんな凄い人だったの?」
「変な格好してた人としか思ってなかったんだけど」
苦笑する俺に駆け寄って、ルインは柘榴色の目をきらきらさせながら言った。
「兄さん、お戻りだったんですね! 大事ございませんか? 何か御用でしょうか?」
ほんとにこいつ忠犬みたいだな、と思いつつ、俺は笑顔を浮かべた。
「ああ、戻って来たら会いに来るって言ってただろ? 顔を見に来たんだよ」
ルインは大きく目を見開き、それからふにゃふにゃと相好を崩した。
「――覚えていてくださったんですね、嬉しいです……!」
「そんなぽんぽん忘れていきゃしねぇって」
そう言いつつも、俺は身を乗り出さんばかりにしてこちらに注目している食堂の様子を一瞥した。
寮母さんは顔を押さえてしまっている。
無理もなかろうと思うから咎める気はないけれど。
「けど、なんか騒ぎになりそうだからもう行くな」
この食堂には見当たらないムンドゥスのことを聞きたかったが、この衆人環視の中ではちょっと無理だ。
それに、あの子に何かあれば、ルインの方からその仄めかしがあるはずなので大丈夫だろう。
ぽん、とルインの肩に手を載せてそう言えば、ルインはぐっと何かを堪える顔。
えっ、そんな顔するなよ。びびってルインの顔を見ていると、ルインはしかし、すぐに笑顔を浮かべた。
「――はい、兄さん」
偉いぞ、と内心で思いつつ頷き、足を引く。
途端、最初に声を上げたあの赤毛の男の子が叫んだ。
「えっ、救世主さま、もう行っちゃうの!? ――ですか?」
取って付けたような丁寧な語尾に、寮母さんがますます顔を覆う。
そっちを見て、「大丈夫ですよ」と声を掛けてから、俺は赤毛の男の子の方を見た。
そして、若干泣きそうになっているその子の表情に、うっと言葉を詰まらせた。
そういえばこの子にも、土産話をしてやるとか何とか言った気が……。
視線を動かせば、子供たちがありありと残念そうな顔をしている。
思わず寮母さんの方を見れば、寮母さんはふくよかな容姿に似合わぬ厳しい顔をしていた。
救世主さまを引き留めるとは何ごと、と思っていることが見て取れる。
あー。
俺はちょっと頭を掻いた。
人生を何回も繰り返しているから――ってか繰り返すまでもないだろうが、こういう大人の顔は知っている。
知っているから、俺は――世間的に見れば――子供であるときも、大人がこういう顔をしているとその場から撤退していた。
怒られるのが怖いからとかではなくて、単純に怠くて面倒だから。
これは、あれだ。俺がいなくなった途端に説教が始まる顔だ。
この子たちは空きっ腹を抱えたまま説教を聞くことになるだろう。
なんかそれは可哀想だしな。
ふう、と息を吐き、俺は寮母さんに話し掛けた。
「……あの、夕飯ってご一緒したら迷惑ですかね? 俺、夕飯まだなんですよ」
迷惑だと言われたら喜んで退散するけど。
献立的にも、食糧の余剰的にも、この冬の季節に一人分の口が増えるのは、庶民の食卓であれば大事件だ。
俺のまさかの申出に、寮母さんは目を見開いた。
そしてはたはたと手を振る。
「いっ、いいえぇ、まさか! 今晩はシチューですし、いつも少し多めに作るんですよ。それにガルシアは、ねぇ、備蓄にも不自由はないですし」
良かった。
どうも、と寮母さんに微笑んでから、俺はルインに顔を向けた。
ルインは分かりやすいくらい嬉しそうにしていた。
「――良かったら俺も一緒に食べてくから、席まで案内してくれ」
ぱあっと顔を輝かせ、ルインは大きく頷いた。
「はいっ!」
その瞬間に食堂が色めき立ち、俺のために席を空けようとする子が続出したのは必然である。




