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1 優等生西園寺七海は高校がつまらない

「ななみん、この問題解けないんだけど、わかる?」


「うーん、ここをこうして…」


「ほんとだ。ななみん、なんでもわかっちゃうからほんとにすごい!」


「またそんなこといって〜なんでもじゃないわよ。」



 失敗をしなければ、学びは得られない


 という言葉があるみたいだが、こと西園寺七海に対しては無関係のようだった。


 西園寺はいわゆる優等生だ。いつだってテストはほぼ満点をとるし、スポーツ万能、優しいと三拍子そろっている。


 もちろん彼女も人間なので、欠点もある。例えばネットを夜中まで見続けて授業中に寝てしまったり、考え事にふけるあまり階段でこけたりといった具合だ。だがほとんどの欠点は一般的なものであり、問題ではなかった。ただ一点、自分よりも幼く見える美少女を妹にしたいと本気で思っているところを除けば。


 完璧、という言葉がよく似合う容姿で、春の野に咲く花のような清らかさと、吹雪のなかでも枯れないような強さをもった16歳の少女。


 開いた窓からの風に長い黒髪が揺れ、切れ長の目に映る青い瞳は自然と空をむいていた。


「どうしたの?ななみん、浮かない顔して」


「いや、ひと雨来そうな空模様だなと思って。」


 七海はさっきまでの不安な顔はみせない


「そっか、なら良かった。って!私、傘もってきてなかった!どうしよう!」


 親友のさやかは、あたふためいた顔で手をバタバタさせている。なんだか小動物的な可愛さがある。妹にしたいという衝動を七海はなんとか抑えた。


「じゃあ、折りたたみ傘を貸してあげる。運が良かったね」


 やっとホームルームも終わった。思い返してみれば、今日も特別なことはおこらず、退屈な授業と似たような内容が繰り返されるだけであった。


 西園寺は授業など聞かなくても、自習で大抵の内容を既に理解しているのだ。彼女にとって、黒板の内容をノートに写し、あまりわかりやすくない説明をされるのは苦痛でしかなかった。

 唯一、楽しいのは親友とのたわいない会話だった。この会話だけで学校に来てよかったと思える。さやかは高校生活という無味乾燥な砂漠に新鮮な水を惜しげもなく注いでくれる存在なのだ。今日は陸上部の練習もないから彼女と一緒に帰ることにした。


 あいにく外は土砂降りだが。


 下駄箱まで階段を降りると、さやかはもじもじしていた。



「ななみん...、せっかく折りたたみ傘貸してくれたけど、いらない!」


 七海は意表をつかれた。


「えっ?でもそれだとびしょ濡れになっちゃう。」


 さやかはわざと目を合わせないで口を開いた。


「大丈夫...だってななみんの傘に入るんだもん。」


 七海は予想外の言葉に目を見開いたが、ニヤッと笑い、ここぞとばかりに畳みかける。


「あっそうか〜さやかちゃんは雷が怖いもんね〜お姉さんが一緒にいないとおうちに帰れないわね。」


「ちっちがうよ!別に、雷なんて怖くないもん!」


 反論した直後だった、外が急に明るくなった。

 爆弾でも落ちたような音が全身に響いた。


「ひゃあっ!」


 と声を上げて七海にしがみついているのはもちろんさやかだ。


「よしよし。もう怖くないよ〜いい子いい子」


(もうだめだ。これは完全に妹だよ!)


「く〜〜〜」


 彼女の頬はしてやられたという赤い色で染まり、目は気のせいか若干潤んでいた。



 結局、雨がひどいので別々の傘で帰ることにした。少し残念だ。さやかはアスファルトの地面にある湿っている部分と湖になっている部分を気にしながら、できるだけ島の部分を伝っていけるように歩いている。そういえば小学生の時もこんなことしてたっけ。ふと思い出していた。


 ポチャっと音がして七海の靴底が湖に着水した。


「あ〜ななみん、水たまり踏んじゃってる! あれ〜西園寺さんは失敗しないんですよね?おかしいな〜?」


 さっきの仕返しとばかりにいじってくる。


「ちょっと昔のことおもい出して、ぼーっとしてたわ。」


 さやかはふと思い出したように七海に疑問を投げかける。


「そういえば、最近いつもつまらなさそうな顔ばっかしてる。どうかしたの?まっまさか...恋煩い?」


「いやいや、そんなのじゃないわ。第一、今彼氏はいないもの。そうじゃなくてね、最近学校がつまらないなと思ってきてるの。もちろんさやかとの会話は楽しいけどね。」


「うーん。そうだね...先生の話ちょーつまんないよね。」


 さやかも少し考えたあと、納得したように頷く。いや最後は納得しないで。


「毎日、板書をとり、話を聞いてご飯をたべ、家に帰りネットサーフィンをする。この繰り返し。確かにこれはこれで面白いわ。かわいい洋服とか美味しいスイーツを眺めるとあっという間に時間が立ってるしね。でも、何かこう、刺激が足りない。真新しさというか、新しい世界観というか、、、ってわがままよね」


 俯いていた七海が、ふとさやかの方を見て長い髪をさわる。さやかのすぐ奥には斜面が見えた。


「ななみんのいう通り、毎日同じことばかりでつまらないかもしれないね。でも私は今の学校生活が大好きだよ!テスト終わったあとなんてディズニーランドにもいけるし。この地面の石ころにくらべれば全然ましだと思うな」


 彼女はにこにこしながら、地面の石ころを蹴る。道には心なしか石ころがたくさん転がっていた。


「石ころはどうしてダメなの?」


 七海はなんとなく疑問に思った。


「だって、石ころは自分で運命を決められないんだよ!ただ川でながされてくるだけ。いくら行きたいところがあっても抗えないなんていやじゃん!」


 さやかはいつにも見せない真面目そうな面持ちでこちらを見つめている。正直驚いた。雷ごときを怖がってるのにここまで深く考えているなんて...


「そ、そうね。かわいいさやかちゃんが言うからそうなのかも」


「あっまたバカにしてる。ん〜もお!ななみんきらい!」


 さやかはまた頬を赤らめて七海の肩をぽかぽか叩いてくる。


 そんな会話をしていた矢先だった。さやかの奥の斜面上方から急激に土砂が崩れ始めたのを七海の青い瞳はとらえた。雨の音と混じってすぐには気づけなかった。七海は直感で今から走りだしても二人ともは助からないと思った。それでも諦めたくない


「さやか!走るよ!」


「ど、どうしたの?」


 さやかは急に手を引っ張る七海に驚きつつも言われるがまま走る。



 _______もう間に合わない!どうすれば、なんでこんなことに...



 思えばさやかと出会ったのは、高校に入学してすぐだった。最初に座った席の後ろにいたのが彼女だ。七海は他のクラスメートともよく話していたし、友達もすぐにできた。でもさやかとは特に気があった。最初の頃はプリントを後ろに配るときに目を合わせる程度だったが、次第に打ち解けるようになった。彼女のちょっと脳天気でいてはっきり意見を伝えてくれるところにたくさん支えられてきた。まだ半年しか出会ってから立っていないけど人生で初めて親友と言えるような友達だ。



 そんな親友を失いたくはない。



 七海は覚悟をきめた。握っていた手を離し、ありったけの力で土砂から逃げられるようにさやかを突き飛ばした。


「えっ?なな....」



 ___ああもっといろいろ話したいことも、行きたいスイーツの店もあったなあ。親友を超えて妹にもしたかった。



 西園寺七海の意識は途絶えた。




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