異世界の妖精と大をする。
『異世界のトイレで大をする。』
第九話
――ケチュアの古森。
人里離れた所に存在する自然豊かな森。人の手がほとんど加わっていない場所でもあり、妖精が平和に暮らしているという“妖精の村”もある。自然が多い場所を好む妖精にとってはまさに楽園のような場所である。
木漏れ日が差し込む中、ヨータロー達はその“ケチュアの古森”を歩いていた。目的は“ケチュアの古森”にある“妖精の村”の定期調査である。“妖精の村”は妖精が住んでいる稀有な場所なので、「妖精保護」の観点から定期的に冒険者をギルドから派遣し報告してもらっているのである。しかし、人里離れていることもあり“妖精の村”を襲うモンスターが居れば報告だけでなく討伐する義務も生じる割に報酬もあまり出ない案件なので妖精がどうしてもみたいと思っている一部のマニアックな冒険者以外からは基本的に嫌煙されている依頼でもある。
「妖精さんに会えるか楽しみだな!」
ギギーが楽しそうにいつもより、ワントーン高い声で言う。
「そういえば、ぼくも妖精に会ったら聞いてみたいことがあるんだ」
ヨータローがギギーの方を振り向いて言う。
「なに?」
「大をするのかどうか……」
ギギーはそのヨータローの言葉にただただ沈黙するだけであった。
「止まって」
その時、突然ヌラエルが右手を横に出し二人を制するように歩を止めた。
「えっ、もしかしてここ……」
ギギーがその光景に目を丸くした。そこには木の上に作った小さな建物が沢山あった。ただ、問題はそれらが木ごと腐敗しボロボロに荒れ果てているということだった。
「そう、こここそ私たちが目指していた“妖精の村”」
ヌラエルがそのボロボロになった木に触れた。
「だけど、何かが原因でこうなっている」
「おーい、こっちに妖精がいるよ!」
そう言ったのはヨータローだった。ヨータローは木の枝の上でぐったりしていた妖精を見つけて自分の両手に乗せていた。その妖精はちょうどヨータローの両手に余る程の大きさであった。
「ここに“エリュフの薬草”がある」
ヌラエルが回復薬としても使用される“エリュフの薬草”をその妖精の小さな口にあてがった。すると、妖精の口元が小さく動き“エリュフの薬草”を食べ始めた。
「うう……」
妖精が小さな声を発すると、とうとう目を開けた。
「大丈夫か?」
すかさず、ギギーが声をかける。妖精はまだ意識が朦朧としているようでしばらくぼーっとしていたが、目を自分の手でこすると半身を起こした。
「ああ……ここに来てくれる人間なんて久しぶりぽよ……ようやく、来てくれたぽよ……」
「もう大丈夫だぞ」
ギギーがその妖精の小さな手を握り安心させる。
「一体、なにがあったんだ?」
「森を枯らす……恐ろしい魔物の仕業ぽよ……もう、仲間たちもどこかへ消えてしまったぽよ……」
「魔物……?」
「そうぽよ」
妖精はヨータローの手から飛び立つと、一本の木の前で止まった。その木は魔物のものと思われる深い爪痕が刻まれていた。
「これは……腐れ龍の爪痕……」
ヌラエルがその爪痕から森の腐敗の原因は腐れ龍にあると確信した。
「腐れ龍はその爪先から出る特殊な成分であらゆる自然を破壊すると言われている」
「なるほど……で……」
ヨータローが飛び立った妖精を目で追いながら言う。
「妖精って「大」するの?」
ヨータローの言葉に「ええ……」と困惑したのは妖精だった。
「なにを聞いているんだこの状況で!!」
ギギーのツッコミは今日も冴えわたっていた。
◇
その妖精はティンクと言った。ティンクは現在の“妖精の村”に残った数少ない一匹であったが、自然と共生する妖精が枯れ果てた森で生きていけるわけがなく、その腐敗した森の影響でとうとう力を失い倒れていたということであった。
「で、ティンクは「大」はするの?」
ヨータローはまだそのことが気になるようで、改めてティンクに質問していた。
「し、しないぽよ……」
「へ~、しないんだ! アイドルみたいだね!!」
「「あいどる」……?」
ヌラエルの疑問に答えることなく、ヨータローが続ける。
「じゃあ、「ハオリムシ」みたく生涯で一度も排泄しないとか!?」
「ああ……でも……」
ティンクがそう言って宙を舞った。そして、その身を素早く一回転させると身体からキラキラとした粒子が空中へと飛び出した。
「ええっ、何これ!?」
「ご覧の通り、キラキラぽよ。これは時々だすぽよ」
そのキラキラは空中にしばらく漂っているかと思ったら静かに下へと落ちて行った。その不思議な物質にヨータローは興味津々だった。
「このキラキラっていつもどこで出してるの?」
「え、気にしたことないぽよ」
「もしかしたら……」
ヨータロー指を顎に当てて思案を巡らせる。
「このキラキラが原因かもしれない」
「え?」
それまで、腐れ龍が森の腐敗の原因だと思っていたギギーとヌラエルが意外そうな顔でヨータローの方を向いた。
◇
――妖精の村
“ケチュアの古森”の奥にある妖精たちが暮らす村。木の上やその木の中自体に住処を作って生活している。この村にはそんな妖精達が暮らす家が多く存在しているが、現在は森の腐敗が進んでいるため住処となる木がボロボロになってしまっている。森自体の環境が劣悪になった影響で、ここに暮らしていた妖精も次々と出て行ってしまい今は数える程しかいなくなってしまっている。
「やっぱりだ……」
今は既に閑散としている“妖精の村”をしばらく散策していたヨータローが呟いた。
「何がやっぱりなんだ?」
「この大量のキラキラさ、周囲をみてごらん」
言われた通りに周囲を見渡すギギーとヌラエル。木の上や地面をはじめとするいたるところに妖精のキラキラが落ちていた。
「確かにキラキラが増えてから森が枯れ始めた気もするぽよ」
ティンクがそう言って、そのキラキラを拾い上げた。キラキラは妖精の中でもよくわかっていない未知の物質だが、定期的に排出しなければ落ち着かないとはいったなんとも不思議なものであった。
「でしょう。そこでね、ヌラエルに頼みがあるんだ」
そう言うと、ヨータローがヌラエルの方を見て地面を指さした。
◇
「水溶爆」
ヌラエルが唱えた水溶爆は地中を水の力で爆発させ、土を掘り起こし、大きな穴をあけた。その後、ヨータロー達は剣で周りを整え、深さを調整した。そして、それは完成したのであった。
「これは……なにぽよ?」
不思議なものを見るような目でティンクがヨータローに尋ねる。
「人口が増えると大をする場所もおのずと決まってくる。「貝塚」とか初期のトイレの誕生だね」
「結局、またトイレなのか……」
ギギーがそう言うと頭を片手で抱えた。しかし、ヨータローは大まじめであった。なんなら自分の理論に少し自信がある程であった。このキラキラが、森の腐敗を進めている……と。
「とりあえず、しばらくこの大穴にキラキラを出すようにしてみてよ」
「わかったぽよ」
ティンクはそう言うと素直にヨータローの言葉に頷いた。
「そもそも、森の腐敗は腐れ龍の影響なんじゃないのか? そいつを倒せば……」
しかし、ギギーの意見を聞いてもヨータローの意見は変わらなかった。
「このキラキラがもし、森に悪影響を及ぼすものがあれば……」
ヨータローが真面目な目で荒廃した森の奥地に目をやった。
「これで改善がみられるはずだよ」
結局、このヨータローの意見でギギーとヌラエルもひとまずこの大穴の対処法で様子を見ることに決めた。そして、数日後の再開をティンクと誓いその日の調査を終了し帰路についたのであった。
◇
――数日後。
「なんか少し増えたね」
“妖精の村”を再び訪ねたヨータロー達は、妖精が増えていたことに気が付いていた。腐敗していた森も徐々にその元気を取り戻しているようで、以前よりも青々とした葉っぱをつけて風と踊っている木々がどこか嬉しそうに見えた。
「まさか、本当にトイレを設置したら森が復活するなんて……」
ギギーが信じられないといった様子で“妖精の村”を見渡した。以前見た時はキラキラがそこら中に落ちていたのが嫌でも目についたが、今はそのキラキラが全くなくなっていた。
「あ、ヨータロー!」
ヨータロー達に向かって手をあげ近づいてきたのはティンクだった。
「おかげで森も甦り始めて仲間も戻ってきてるぽよ!」
「よかったよかった」
ヨータローがそう言って大穴を見ると、大穴には大量のキラキラが溢れんばかりに溜まっていた。
「でも、もうこの穴もいっぱいぽよ。どうすればいいぽよ?」
「そうだなぁ……そうだ、ここの近くに川はある?」
「あるぽよ、こっちぽよ」
ティンクはそう言うと、ヨータローを川へ案内するために飛んで行った。
◇
「これでよし……っと」
ヨータローはティンクに案内された川に石を並べ終えていた。
「これはなにぽよ?」
「ここでキラキラを出せば、川の流れがキラキラを運んでいってくれる。初期の水洗式トイレ、厠の誕生だね」
「へぇ、すごいぽよ! じゃあ早速……」
そう言うと、ティンクは身を翻しキラキラを出した。そのキラキラは川に落ちると、そのまま川の水流により流れて行った。その様子を見てどこか満足気なのはキラキラを排出した張本人であるティンクであった。
「うんうん、これでしばらくは大丈夫だね。他のみんなにもここでするように伝えておいてくれるかな」
「わかったぽよ!!」
ティンクはそういうと、他の妖精のいる元へ急いで飛んで行った。
「……なぁヌラエル。なんだかティンクってちょっと……」
「うん……私も思っていた」
ギギーとヌラエルの二人はティンクの姿を見て『どこかヨータローに似てきているな』と思っていた。そう、ティンクはこれまで知らなかったトイレというものに対して感動を覚えつつあったのである。
◇
――さらに数日後。
再びヨータロー達は“妖精の村”へ足を運んでいた。
「すごく増えたね~!」
“妖精の村”の妖精の数は最初の比ではない程に増えていた。目に見える妖精達の姿には活気があり、上を見上げれば自由に空中を飛び交う妖精達で溢れていた。
「あっ、ヨータロー! ギギー、ヌラエル! 完全にこの村も復活ぽよ!」
「いや、これは復活というよりも……ちょっと、多すぎないか??」
ギギーが少し心配そうな様子でティンクに聞く。
「そうぽよ、以前より仲間も前より増えたぽよ!! でも……」
そう、ティンクが言いかけた時である。
「水に気を付けるぽよ~!!」
「ん? うわぁああ!!」
ヨータローが声のする上空を見上げたら、突然大量のキラキラが降ってきたのである。キラキラまみれになったヨータローがキラキラをはらうと、上から小さな桶のようなもので妖精がキラキラを捨てていた。
「これぽよ……」
申し訳ない、といったような表情をしながらヨータローの元にティンクが飛んできた。
「どういうことだ」
横でそれまでの様子をずっと観察していたヌラエルがティンクに尋ねる。
「みんな川に行くのをめんどくさがって、家の窓からたまったキラキラを捨てるようになってしまったぽよ……」
「ふーむ……これは問題だね……」
ヨータローが上空を見渡しながら言う。
「中世ヨーロッパでも面倒だからという理由で二階から糞尿を捨てていたことがあったんだけど……それが原因でペスト菌を持ったネズミが繁殖したりして、ペスト……つまり、伝染病が流行したりしたこともあったんだ……このままじゃ……」
「またこの村は腐敗して、病気も蔓延してしまう」
ヌラエルがヨータローの言葉を先取りした。ヨータローも『そうだ』と言わんばかりにヌラエルの言葉に大きく頷いた。
「そんな、大変じゃないか! どうするんだ?」
ギギーがヨータローに尋ねた。周囲には綺麗だった以前とは異なりキラキラがここの地面に集中的に落ちていた。それは、この木の上にある妖精の住む家の窓からキラキラを日常的に捨てているというなによりの証明であった。
「こうなったら、みんながいいと思うトイレを作るしかない……!」
「いいと思うトイレぽよ……?」
「そう、家でするより快適なトイレさ……!」
そう言ってヨータローは設計図を取り出した。その設計図にはヨータローが妖精用にサイズダウンさせた多種多様なトイレが描かれていた。
「こ、これは……! すごいぽよ……! これ、全部トイレぽよ!?」
「妖精サイズなら比較的簡単に作れるはずさ。これを妖精達の居住地であるここに沢山作る! そして、この“妖精の村”はトイレの楽園になるんだ!!」
プライバシーに配慮したしきりのついた個室、“ケチュアの古森”で採れる薬草をふんだんに使用した匂い消し、そして、排泄物を川に流すまでの溝の設計などすべてがここの妖精のために使いやすいように計算されて作られていたものだった。
「こいつ……昨日、宿屋でずっと起きているなと思ったらこんなことしていたのか……」
「ヨータロー! 早く、作るぽよ!」
ティンクは今からやる気満々という風に、ヨータローの周りを飛び回った。
「と、いうことで今日はここでしばらく作業するから」
そう言ってギギーとヌラエルに向かって手を振ったのはヨータローだった。
「まさか、今日トイレを作るためにここに滞在するのか……?」
「うん、だってこれは急を要するからね」
「どうする……?」
ヌラエルがギギーに尋ねる。
「うーん、ギギー達もギルドへの報告もあるし……しょうがない、ここは一度戻るか。じゃあ、また後日、来るからな」
そう言って、ギギーとヌラエルはヨータローに別れを告げた。
◇
――数日後。
「うわぁ、本当にトイレがそこら中にあるな……でも……なんか、変だ」
“妖精の村”には様々な小さなトイレがこれでもかという程に作られていた。しかし、村は静かで肝心のヨータローとティンク、そしてその他の妖精の姿も一切見えなかった。
「こ、これは……」
突然、ヌラエルが目の前を見て絶句した。その眼前に広がっているのは、初めて“妖精の村”に来た時に見た腐敗した村の姿であった。そして、その朽ち果てた村の中ほどにヨータローとティンクが倒れていた。
「ど、どうしたんだ!? これは一体!? おい、ヨータロー! ティンク!」
「ああ、途中で寝てしまっていたか……」
まずヨータローが起きた。そして、ヨータローが近くにいたティンクを揺り動かすと、ティンクも気が付いた。
「ああ……まだ、もっと沢山トイレを作るぽよ……次は、何のトイレぽよ?」
「次はローマ帝国の「クロアキナ」をモデルにしたトイレだよ、ティンク。川に行こう」
「いやいや、トイレどころじゃないだろ! 二人ともボロボロじゃないか!! 他の妖精もいないし、どうなっているんだ!!?」
「ああ、アイツらは逃げたぽよ」
ティンクの後にヨータローが続ける。
「腐れ龍がいきなり襲い掛かってきてね」
「やっぱり、原因は腐れ龍だったぽよ……」
「「ただ、我らのトイレ人生に……悔いはなし……」」ぽよ」
そこまで言うとヨータローとティンクはまたその場で気絶してしまった。ギギーはため息をつき、ヌラエルも肩をすくめるだけであった。その後、ギギーとヌラエルがとてつもなく苦労をして腐れ龍を倒したことで“妖精の村”は救われた。森の腐敗の原因が妖精のキラキラではないことがわかると、再び“妖精の村”はキラキラに満たされた。ただ、ティンクだけはトイレを作ることをやめず、ここから『“妖精の村”にはなぜか精巧に造られた小さなトイレがめちゃくちゃある』という報告がギルドに寄せられることになった。それからは珍しい物見たさで “妖精の村”を訪れるギルドの依頼を受ける冒険者の数は以前よりも多くなったという。