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異世界のトイレで大をする。  作者: ルーツ/鮫島まぐろ
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異世界の湖で大をする。

『異世界のトイレで大をする。』

第六話






 ――アルフェンの湖。

 面積約百㎢を誇る巨大湖。湖の周辺には自然も多く、遊歩道も整備されているので徒歩で手軽に自然を楽しめる人気スポットである。また、アルフェンの湖は遠い昔にこの地域に住んでいた村で唯一の巨人が、その足で大地を強く踏みつけた際の衝撃できたという伝説が残る場所でもある。


ヨータロー達はそんなアルフェンの湖にギルドの依頼で来ていた。依頼内容はこの湖に住みついた魔獣カルパッツァの駆除である。最近は、この魔獣カルパッツァの出現のせいですっかりアルフェンの湖に人が寄り付かなくなってしまったのである。


「へぇ~、大きい湖だな!!」


「水質も綺麗」


 ギギーとヌラエルが湖を上からのぞき込みながら言った。湖の水は透明度が高く底まで鮮明に見えていた。湖の中には小魚も何匹も泳いでおり、湖面上には白と黒の水鳥が風に身を任せるように優雅に漂っていた。


「うーん! こんな綺麗な湖を見ちゃうと水浴びしたくなるな!」


 ギギーが湖全体を見回してから伸びをすると持っていた荷物を置いた。その言葉にヌラエルも同意を示すかのように首を静かに縦に振った。


「ヨータロー、どっか行ってて」


 そう言ったのはヌラエルだった。どことなく自分を見る目に「敵意」を感じたヨータローは頭の中に「?」を浮かばせていた。そして、そのまま暫く考えていたが、それが何なのかはわからなかった。


「えっと……なんで?」


「水浴びとなったら……その、裸だし……」


 ヨータローの事を軽蔑するように一瞥してヌラエルが言った。


「分かるだろ! バカ!」


 一方、ギギーはヨータローに対して察しが悪いと言わんばかりに責めたててきた。しかし、ヨータローはなんで二人がそこまで自分に対して裸を見られることを気にするのかがわからなかった。


「別にぼくは気にしないけど……」


「こっちが気にするんだ!!」


 よく分からないが、ギギーの怒りのボルテージは上がってくばかりで、その隣にいるヌラエルの目線も冷たさが増しているようであった。とりあえず自分がここから退散しないと面倒なことになりかねないな、と感じたヨータローは二人の言う通り、ここから離れることにした。


「じゃあ、ぼくはトイレを探しておくよ。この辺にあるのか気が気じゃなくて……」


「「「…………」」」


 三人の間に、沈黙が訪れた。ギギーとヌラエルはヨータローに対して共通した何かを感じていたが、それをヨータローは全くくみ取ることはなく、ただその沈黙の中で二人のうちのどちらかが動くのを待っていた。


「念のため、目つぶしの魔法でヨータローの目を一時的に潰しておく」


 ヌラエルが右手から、どす黒い魔力を帯びさせ言う。


「それがいいな」


 ヌラエルの申し出に同意をするギギー。その顔は悪戯に笑っていた。


「よくないよ!!」


 本当に興味が無くてもこのままでは無実の罪で自分の目が潰されかねない、という恐怖からヨータローは名案を思い付いた。


「じゃあ、水着を着ればいいじゃないか!」


「ミズギ……?」


 ヨータローは、ああ、知らないのか……と思い近くに落ちていた小枝を拾うために身を屈めた。


「水着ってのはこういう、泳ぐときとかに見られたくないところを最低限布で隠すもので……」


 そう言ってそのままその場にしゃがむと、ヨータローは二人に伝わりやすいように地面に絵を描いた。ヨータローが描いたのは上下が分かれているビキニ型の水着だった。


「ふぅん……なるほどね……そういえば、確か余っていた布があったな……」

 ギギーは先程自分が地面に置いた荷物を見て言った。

「ちょっと作ってみるか」


 そう言って、ギギーは自分の短剣に手をかけると布を取り出すために荷物に手を伸ばしたのであった。



 ギギーが布で作った水着は、ヨータローが見ても思いのほか上出来だった。胸と下半身をそれぞれ自分たちに合うサイズの布をあてがい、それを巻きつけるようにしてからよく縛りズレ落ちないようにしていた。ただ、この水着を着ている身としてはその水着がガードしきれていない肩と腹と太ももから下は完全に露出されているだけに妙な気恥しさもあったのも事実であった。


「これ……なんか、裸より恥ずかしいぞ……騙してないか?」


「騙してないよ。それじゃ、ぼくはトイレを探してくるから」


 ギギーの言葉に即答し、水着を着ている二人の身体をあまり見ることもなく早々に二人に背を向けると、ヨータローは草木が生い茂る湖とは逆方向へと歩いて行った。


「……少しは興味持てよ……」


 アルフェンの湖は空の色を映しているみたいに真っ青だった。その神秘的で清廉な湖の水に入り、ギギーとヌラエルは水浴びを楽しんだ。二人で水をかけあったり、ただ、どこまでも水平な湖の水面に浮いてみたり、底の方まで素潜りしてみたりした。湖の底から上を見上げると、太陽光が湖に差し込んでいる様子が自然のライトアップとなり透明度の高い水と相まって、キラキラと煌めいて綺麗だった。


「はぁ、気持ちいいなぁ! これならヨータローも誘えばよかったかもな!」


「ヨータローは……多分、誘ってもこない……」


 ギギーはヌラエルが呆れたような目で違う方向を見ていた。そちらの方にギギーが目をやると、どうやらヨータローは何かをしているようだった。ギギーはヌラエルと目を合わせ、ヨータローの元へ向かう事にした。

 陸に上がると、水を吸った身体が少しだけ重い感じがした。素足をくすぐる草の感触も少々くすぐったい。まさかヨータローの方から『水浴びは気持ちよかった?』とか『ぼくも入ろうかな?』とかは聞かれないとは思ったが、あまりにもこちらに関心がなさすぎる。ギギーとヌラエルはヨータローの背後に近づき、そこで初めてヨータローが剣で土を掘っていたことに気が付いた。そして、既にその穴は結構な深さになっていた。


「えーと、……何をやっているんだ?」


 そう声をかけたのはギギーだった。しかし、ヨータローはギギーの方を振り向くことなく、自分の使命だと言わんばかりのもぐらのように一心不乱に穴を掘っていた。


「ないから作ってる! トイレを!!!」


「はぁ? トイレを作ってる??」


 ここでようやくヨータローがギギーに対して振り向いた。もちろん、ギギーの水着などには一切興味もないという様子で、むしろ作業を邪魔されて少し不機嫌にも思える顔をしていた。


「え? てか、なんで来たの? ちょっと、あっちで水浴びしてきてよ!!」


 そう言って、邪魔だといわんばかりに手の甲を見せて振った。そして、背中を向けると再び剣でトイレ造りの作業へと戻った。


「目つぶし」


 そんなヨータローの様子に少しイラッとしたヌラエルがヨータローの前に回り込んで、目つぶしの魔法を喰らわせた。黒墨の魔力が目を穿ち「うぎゃー!」という断末魔と共に頭を振りヨータローは苦しんだ。そんなヨータローを見てギギー「うんうん」と満足げに二度頷いた。とことん、ヨータローはトイレのことしか興味がない男なのだ。特に悪いことをしているわけではないし、悪意もない。ただ、結果的に人を少しだけイラつかせる行動を自然にとってしまう人間というものは確かに存在するのだ。


「ひどいじゃないか~……うわっ、これどうやって取るんだ……」


 目を指で何度もぬぐうも、全くその目つぶしの魔法は取れなかった。それを見かねたヌラエルが、その目つぶしの魔法を解除して言った。


「ヨータローはもうちょっと、トイレ以外のことに関心を持った方がいい」


 トイレ以外のこと……。ヨータローは回復した視界で虚空をにらみつけて考えた。


「じゃあ……うんことか……?」


「せめて、トイレ周りから離れてくれ」


 そう、ギギーが軽くツッコんだ時だった。ヨータローはこれまで風で穏やかに水面が少し揺れるくらいの変化しかしていない湖が大きく揺れた瞬間を見た。そして、その揺れはヨータロー達が今、踏みしめている地面にも伝わった。湖に漂っていた水鳥達は空へ飛び、森中の鳥も一斉に喚きだした。そのただならぬ変化に気が付き、湖の方をギギーが振り返った。


「こ、これは……!?」


その振り返った瞬間だった。湖の中から、巨大な生物が現れたのだ。言うまでもなく、それが魔獣カルパッツァだった。水しぶきが飛び散り、霧雨のような細かく飛散した水が全身を包んだ。魔獣カルパッツァは全長約八メートルを誇る二足歩行の巨大魔獣で、その身は細かいうろこで覆われていた。ヨータロー達が呆気に取られている間に、水かきのある巨大な手を広げるとヨータロー達の方へ一歩踏み出し近づいてきた。


「うわああああああああ!」


 叫び声をあげたのは、ヨータローだった。しかし、そうなるのも無理はなかった。皆、魔獣カルパッツァがここまで大きな魔獣だとは思っていなかったのだ。


「逃げるぞ!!!」


 ギギーの一声で、ヨータローとヌラエルがようやく動いた。魔獣カルパッツァに背を向け、三人は一心不乱に地面を蹴って逃げ出した。しかし、魔獣カルパッツァは一歩が大きく、腕も長い。動きも思ったより早く、既に初動から逃げても追いつかれるのは目に見えていた。


「戦うか?」


 ヌラエルが走るペースを緩めて、ギギーに確認する。


「そうだな、覚悟を決めるか……!」


 そう言ってギギーが魔獣カルパッツァに向き直り、短剣に手をかけた。


「嘘でしょ、あんなのと戦うの~?」


 そう言ったヨータローが三人の中で最後に後ろを振り返った。と、その時である。ヨータロー達を追っていた魔獣カルパッツァが先ほどヨータローが穴を掘って作っていたトイレに足を取られたのだ。そして、そのまま後ろへ思いっきりドスン、と仰向けに転んだ。


「えっ」


「えっ」


「あああぁぁあああ!! ぼくのトイレが~!!!」


 三人の中で唯一全く違うリアクションを取ったのがヨータローだった。しかし、魔獣カルパッツァは転んだあと、全く動かなくなっていた。


「あれ……? もしかして……倒した……か?」


 ギギーとヌラエルがお互い顔を見合わせて魔獣カルパッツァの様子を見るために、近づいた。その後にヨータローも付いていった。


「ああ、トイレが……まだ何もしてなかったのに……」


 ギギーとヌラエルが魔獣カルパッツァの生死を確認している中、ヨータローは自分の潰されたトイレを前に跪き、わが子を亡くした親の如く涙を流した。


 ◇


 結局、ヨータローが作ったトイレに足を取られた魔獣カルパッツァはそのまま後ろに倒れたショックで死んでいた。そして、魔獣カルパッツァは暫くするとその身体を静かに消した。


「今回はヨータローのトイレにこだわる性格が役に立った」


 ヌラエルがトイレの前で項垂れるヨータローに声をかける。しかし、ヨータローはヌラエルの方を見ることなく「ああ、そうだね……」というのが精いっぱいだった。


「おい、もうトイレはいいだろう……」

 次はギギーがヨータローに声をかける。

「しかし、間抜けなヤツだったな、転んでそのまま死んじゃうなんて」


「ギギーも前“ランゴスの大樹”でぼくの目の前であんな風に転んで死んでいたけどね……」


「う、……それは……」


 ヨータローがテンションの下がったまま何気なく魔獣カルパッツァの方に目をやったその時だった。魔獣カルパッツァが先ほどまでいた所に何かがあることに気が付いた。見た感じは大きな石みたいな見た目ではあるが、あんなものはさっきまでなかった。


「ああぁああぁああ! これは!!!」


 ヨータローがその大きな石みたいなものに駆け寄る。近くで見ると一層大きい。自分の両手でようやく抱えられる程の大きさだった。しかし、その大きさの割に全く重くはなかった。そこで、ヨータローは確信した。


「ど、どうしたんだ……急に……」


 突然の奇行にギギーが心配そうにヨータローに声をかける。しかし、ヨータローはテンションがあがったまま、首を動かしてギギーとヌラエルを交互に見た。


「ねぇ、これどうしたの?!」


「それは……魔獣カルパッツァが消えてから、そこに残ったもの……多分、はいせ――」


 排泄物、とヌラエルが言おうとした時だった。


「いや、それどころじゃないよ、ヌラエル! これは竜涎香だよ!!」


「リューゼンコー……?」


 聞き覚えのない言葉だったので、ヌラエルはその言葉を反復するしかできなかった。


「うん、竜涎香!! くじらというとても大きな生物の体内で消化できなかったエサが固まったとても珍しいものなんだ!! かぐわしい香りを放つので香料の一種として高値で取引されていたりするんだよ!」


「高値で……取引……? じゃあ……!」


 ギギーが期待に満ちた目でヨータローを見て言う。


「うん、こんな巨大な竜涎香……持って帰れば……! ぼくたちは、大金持ちだ!!」


 ――思えばトイレのことしか考えていないヨータローがここまで役にたったのは初めてかも知れない。


ギギーは帰路、そんなことを思っていた。今日の魔獣カルパッツァ撃破から、パーティの今後の金銭問題までヨータローが居なければどうなっていたかわからないことばかりであった。これなら、ヨータローがトイレのことを少しくらい優先して考えるというのも悪くはないのかもしれない……と。


 こうして、ヨータロー達は竜涎香を売るために街の道具屋へと急いだのであった。


 ◇◇◇


「いや、これただのうんこだよ」


 竜涎香、正しくはうんこを目の前にして発せられた道具屋の主人の声は、静かだが半ば呆れたようでもあった。ヨータローは自分の背に刺さるギギーとヌラエルの真冬の海のように冷たい視線の気配を感じながら物事はそうそう上手くいかないものだな、と思いここからどう切り抜けるべきか思案を巡らせるのであった。



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