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異世界のトイレで大をする。  作者: ルーツ/鮫島まぐろ
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異世界の遺跡で大をする。


『異世界のトイレで大をする。』

第四話






――テオテオ。

 別名「遺跡の街」。この街にはアイテムや神器の眠る巨大な遺跡が残っており、宝目当ての冒険者やゴロツキが集まるが、遺跡の広さは未だ計り知れない……。ヨータロー達はそのテオテオにある行きつけの料理店「ロリィの料理屋さん」で食事をとっていた。


「う~~~~っ! ここの香草焼きはいつ食べてもおいしい!!!!」


 ギギーが香草焼きに食らいつきその味を絶賛する。ロリィの料理屋さんの香草焼きは数種類のハーブをブレンドし、高温の自家製窯で一気に焼き上げている。そのため、他の店で出される香草焼きよりも香ばしく、味も深みのある仕上がりとなっている。


「口にいれた時の幸福感が違う」


 同じくヌラエルも、目を閉じて幸せそうに香草焼きを噛みしめて堪能していた。口いっぱいに広がるこのハーブの風味は、ロリィの料理屋さんの香草焼きでなければ味わえない。


「しかし……」

 ギギーが店内を見渡す。

「今日はずいぶんと客が少ないな……」


 いつもここに来ると、店内は冒険者や常連客でいっぱいだった。特にご飯時ともなると席が空いておらず待たされることもあるくらいだったが、今日はどういう訳か全く客がいなかった。


「ああ、実はですね……」

 ロリィの料理屋さんの店主・ロリィがテーブルに新たな料理を運んできた。

「ここの店、畳もうと思うんです」


「「え」」


 その言葉を聞いたギギーとヌラエルは、ただ、その場で固まることしかできなかった。それだけ幾度となく訪れたこのお気に入りのお店が、突然なくなるというのはあまりにも衝撃的だったのだ。


 ◇


 一方そのころ、ヨータローはロリィの店のトイレに居た。ここのトイレはいい、とヨータローは来るたびに思っている。店のトイレも色々あるが、このロリィの店のトイレはカジノのトイレと比べても遜色がない程に整備されているのだ。こまめに掃除されていて常に清潔な便座周り、匂いも川の流れを利用した水洗トイレなので全く気にならない。さらに極めつけは天井からぶら下げられているハーブだ。このハーブはトイレ内の匂いを抑えるだけでなく、レイアウトが非常に美しい。まるで空気の澄み切った森の中で用を足している解放感を味わえるのだ。


「水洗トイレと言ったら古代ローマ帝国が有名たけど、日本でも川の流れを利用する水洗便所は奈良時代の貴族の屋敷くらいからあったらしいもんなぁ……」


 ヨータローは川の上にトイレを作るという発想自体は非常に合理的であると考えていた。まさに自然を利用した人間の知恵である。


「ただ、糞尿は肥料や火薬の元になるイオウを作るものになるから本来はこうして水に流してしまうのはもったいないんだよな。だから高野山の寺が水洗式のトイレで川に糞尿を流してしまっているのを見て驚愕した人々が『高野山=トイレ』という言葉の意味を持たせてしまったんだとか……」


 何故か誰も聞いていないのに、ヨータローは話し続けていた。人間は時として、一人でいる時の方が自分を出せる時がある。ただ、さすがに少しだけ空しくなったので、少しトイレについて思いをはせた所で立ち上がると、ギギー達のいる元へ向かっていた。


 ◇


「暗黒魔獣デスパンネス!?」


 ヨータローが席に戻ると、ギギーの大きな声が聞こえてきた。ヨータローは何のことかわからなかったので、席についたら黙ってギギーとロリィの話を聞くことにした。


「はい、最近テオテオの遺跡から恐ろしい瘴気が出てくるようになってしまったんです。そのため、冒険者が近づけなくなって……」


「その瘴気の原因が、暗黒魔獣デスパンネスということか」


 ヌラエルが香草焼きを食べながらロリィに聞いた。


「はい、そういう風に言われています。結局、それで冒険者も訪れなくなって私たちも隣町に疎開することになってしまいまして……」


「だめだ!」

 ギギーが机を叩いて立ち上がった。

「こんないい店を、なくすわけにはいかない!」


 ヨータローここまでの話を聞いて完全に理解していた。このロリィの店が遺跡から出る瘴気のせいで、閉店の危機であるということ。そして、この店が閉店することになれば、二度とこの店の綺麗なお気に入りのトイレが堪能できないかもしれないということを。


「ギギーの言うとおりだ、ぼくもこの店がなくなるのは困る!!」


「おお、ヨータローもそう思うか……! ギギーも同じ思いだぞ!!」


「遺跡に行こう! そして、ぼくたちのトイレを取り戻すんだ!」


「……ん?」


 こうして、ヨータローとギギーの意見が一致した。最終的な目的が少々異なったとしても、やるべきことは一緒であった。


◆◆◆


 ――テオテオの巨大遺跡。

 テオテオに存在する巨大遺跡。この遺跡は今よりもはるか昔に作られたもので、巨大な石材を無数に積み上げて作られた四角錘型の遺跡である。この遺跡が建築された目的から遺跡の内部に至るまでまだ謎が多く、数多くの冒険者が訪れているのにも関わらずその全容は明らかになっていない。


「へぇ、これは立派だね。そして、デカいなぁ……」


 ヨータローが遺跡を見上げて感嘆の声をあげる。高さはざっと見積もっても二百メートルはあるだろうか。巨大な遺跡が、太陽を背に受け妖しく光っていた。積み上げられている石材の一つ一つも良く見ると非常に丁寧に研磨されており、見た目にも美しい遺跡だった。


「この遺跡……もう既に、瘴気が出ている」


 遺跡の入り口で、急に立ち止まったヌラエルが自分の腕で口と鼻を押さえるようにして言った。ヌラエルと同様に瘴気を感じたギギーも一度遺跡の入り口の前に立ったものの、一歩後ろへと下がった。


「確かに、このまま入るのは危険だ。ここは一旦退いて――」


「そうかな? 僕は魔力がないから何も感じないけど……」


ギギーとヌラエルが遺跡に入るのを躊躇している中、ヨータローは勇猛果敢に遺跡の中に足を踏み入れた。と、遺跡の中に足を踏み入れて二人の方を振り返った時だった。ヨータローは瘴気にあてられ、目がぐりんと上へ回るとそのまま前のめりに倒れてしまった。


「ほら、いわんこっちゃない!!!」


 こうして、ヨータローを抱えたギギーとヌラエルは一度、遺跡に入るのを断念したのであった。


 ◇


「いやぁ、瘴気って本当にあるんだね」


 ヨータロー達は瘴気を防ぐマスクをつけて、再度遺跡に挑んでいた。そのマスクは瘴気を防ぐ防護マスクでペストマスクのように先端が長くなっており、その内側に瘴気を打ち消す効果のあるハーブが詰め込まれていた。このマスクをつけていればとりあえず瘴気にあてられて倒れることはない。


「見てこれ」


 ギギーが壁に書かれた何かを見つけて、ヨータローとヌラエルを呼びつけた。ヌラエルが杖の灯火(トーチ)を近づけて壁に書かれたものを見る。


「落書きか。壁に傷をつけて彫られているな」


「ふうん、この世界でもこういうことをする奴はいるんだね」


 ヨータローが壁に彫られた落書きに手を触れて考えた。ここに来るまでに遺跡の内部を探索している間もこれまでの冒険者が捨てたと思われるゴミが散乱していた。元いた世界にも世界遺産にゴミを捨てたり、落書きをしてその価値を損ねた人間がいた。歴史を尊重した行動がとれない人間が、この世界にもいるのだろうか……。


 ◇


 その後も、しばらく遺跡を探索していた三人は遺跡の地下深くまで進んでいた。この遺跡は奥に進むにつれて徐々に下へと降りる構造となっていた。テオテオは標高が高いところにあるので、下へ降りるにつれて気圧は高くなるのだが、遺跡内の重苦しい空気感や身にまとわりついてくるなんとも言い知れぬ不気味なプレッシャーは増していくばかりであった。


「なんだか……どんどん息苦しくなってくる気がするな。もしかして……ここは、空気が薄いのか?」


先頭を歩いているギギーの足取りはどんどん重くなっていた。そして、それはヨータローとヌラエルも同様だった。奥に進むにつれて、これ以上進んでいいのかという思いが強くなっていく。


「多分、瘴気がどんどん濃くなっているからだと思う」

 ヌラエルが続ける。

「ここまでの瘴気は確かに異常。一体なにが……」


「あ!!!!!」


 その時、ヨータローが今日一番の大声をあげた。その声に驚いた「ひゃっ!?」と甲高い声をあげ、肩を踊らされた。


「なんだ、ヨータロー! びっくりさせるな!!」


「だって、これ! 見て!! トイレだよ!!!」


「は、はぁ?」


 ヨータローが指さした先には石造りの便座があるトイレがあった。そのトイレの下には水が流れる溝がずっと奥まで続いており、排泄物が流れる造りになっていた。しかし、このトイレには排泄物を流すその肝心の水が流れていなかった。


「こ、これは……ひどい……」


 ヨータローがトイレに近づいた。それについていくように灯火(トーチ)を持ったヌラエルも同じように近づく。すると、そのトイレの溝にはこれまで遺跡内で見てきたものとは比べ物にならない程の大量のゴミが詰まっており、水の流れをせき止めていた。


「トイレをまるで、ゴミ箱扱いだな」

 灯火(トーチ)でトイレの周りを照らして観察していたヌラエルが言った。

「しかし、どうしてこんなところにトイレが――」


「そうか、……瘴気の原因がわかったぞ……」


「原因?」


 ヨータローの言葉に、ギギーが反応する。一方、ヌラエルはトイレに捨てられていたゴミを見ていた。ひのきの棒に、なべのふた、ボロボロの服などがいっぱいに詰められていたがそこまで重そうなものはなかった。


「うん、古代エジプトのピラミッドという遺跡も同じように発掘者や学者、観光客が訪れたんだ。しかし、とある王の墓がある部屋に入ると人々が次々と倒れていったという。それに恐れをなした人々がそれを「王の呪い」などと言っていたんだ」


「じゃあ、この瘴気も、呪いってことか……?」


 恐ろしいことを聞いた、といわんばかりに身を縮こまらせたギギーがヨータローに聞く。


「いや、調べたらなんていうことはない。原因はトイレだったのさ。そのピラミッドは墓の下に作られていたトイレがあったんだけど、そこから有害なガスが発生していたんだ」


「有害な……ガス……そうか!」


「そう、この瘴気の原因は暗黒魔獣デスパンネスなんかじゃあない。ここのトイレに冒険者が捨てたゴミが堆積していって水が正常に流れない程になったことが原因だったんだ」


 そう言うと、ヨータローは再び遺跡のトイレを見た。そのトイレを作ったのはこの世界の過去の人間だったのだろう。当時の人々がどういう思いで、このトイレを作ったのかはわからない。ただ、その遺跡のトイレの造りはとても丁寧なものだった。そこには、確かに時代を超えた人の想いを感じた。しかし、その想いを踏みにじるのも、皮肉なことに同じ人間だったのだ。


 ◇


湧水烈(アクア・パッツァ)


 ヌラエルの魔法で、湧き上がる水柱が水の流れをせき止めていたゴミをもろとも吹き飛ばした。そして、トイレの下の溝に久しぶりに水の通り道ができた。その水が流れることでこれまで詰まっていた汚物を流して、空気が浄化されていった。


「まさか、こんなものが原因だとはな」


 ギギーがマスクを外して、水の流れる行方を見守った。もう、人体に有害な瘴気はこの水の流れにより、消滅していた。


「本当に恐ろしいのは、魔物じゃなくてトイレを大切にしない人の心さ」


 そう言って、トイレの方を見たヨータロー。どことなくトイレも喜んでいるような気がするな、と思ったその時だった。


 ――ん?


 そこには、明らかに人ではない者が座っていた。人型ではあるが、全身がどす黒く鋭い角と悪魔の羽が生えていた。そして、体中にはおどろおどろしい目が無数に刻まれていた。


「あ、暗黒魔獣……デスパンネス……! 本当にいたのか!!」


 短剣を素早く抜き、暗黒魔獣デスパンネス相手に臨戦態勢のギギー。しかし、ヨータローがそれを制止するように手を横に伸ばした。


「待って、ギギー!! この人はいま、トイレ中なんだ!!!」


「はぁ? 人?? 何言ってるんだ!! こいつは魔獣で、今こそ倒せるチャンスなんだぞ――」


 時に同じ言語を話す人と人でも、分かり合えないことがある。それが、言葉の通じない魔獣であればなおさらだ。しかし、このとき暗黒魔獣デスパンネスとヨータローは、通じ合っていた。正直、ヨータローは暗黒魔獣デスパンネスに心というものがあるのかはわからなかった。ただ、それでもヨータローは感じていた。この暗黒魔獣デスパンネスが、自分と同じくトイレを大切にしているということが。そして、暗黒魔獣デスパンネスは三人に対して静かに頭を垂れた。それは、明らかに三人への労いと感謝の表れであった。


「……行くか」


 ギギーが短剣をしまうと、きびすかを返し来た道を歩いて行った。トイレの時間というものは、何人たりとも邪魔をしてはならない。トイレの時間を大切にできる人は、人にも優しくできるとヨータローは考えている。そして、それはトイレという場所を大切にする心からくるものなのだ。こうして、テオテオの巨大遺跡の謎を一つ解いたヨータロー達は、もう二度と瘴気が出ないようにできるだけ冒険者が捨てたゴミを持ち帰りつつこの遺跡を後にしたのであった。

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