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異世界のトイレで大をする。  作者: ルーツ/鮫島まぐろ
2/10

異世界の森で大をする。

「毎日排便」を心掛けているヨータローにとっては恥ずかしいことだが、ヨータローは過去に一度だけ便秘薬に頼ったことがある。別に悪いことをしているわけではなかったが、便秘薬をドラッグストアで買う時はなにかに負けた気がした。しかし、それだけヨータローにとって排便がなかったことが耐えきれなかったことだった。


結論から言うと、便秘薬の効果は絶大だった。なんと、服用してから八時間後に便意がきたのだ。ヨータローはそのとき初めて便秘薬って凄いんだなと、思った。 


こうしてヨータローは、五日ぶりに大をすることができた。

まさに、便秘薬様様である。


これなら、もうちょっと早めに便秘薬に手をだしてもよかったのかもしれない、とヨータローは思ったのであった。

『異世界のトイレで大をする。』

第二話






便秘(べんぴ)

便秘とは「本来体外に排出すべき便を、十分量かつ快適に排出できない状態」と定義されている。便秘は社会的な要因や生活習慣はもちろん、身体的な特徴からも比較的女性の方が便秘の症状に悩むことが多いとされている。便秘が続くと、腸が栄養を吸収できなくなってしまうため、健康だけでなく美容にも悪影響を及ぼす。女性にしてみればとても厄介な「敵」である。


 ◇


――グザァラの森。

 森と言っても、青々とした樹木が生い茂るジャングルである。グザァラの森は湿度が高く、雨もよく降るので特に熱帯植物が育ちやすい土壌となっている。さらに、グザァラの森を覆う魔性の影響もあり、その熱帯植物が変異することも珍しくない。そのため、グザァラの森には希少な植物が数多く存在している。ただし、モンスターも生息している危険地帯でもあるので、一般人はまず立ち入ることはない。それでも、この森の希少な植物に興味を惹かれた一般人が、冒険者にグザァラの森へ植物の採集を依頼するのだ。


「う~~~ん……うんこが……うんこが……」


 ヨータローは珍しく歩きながら考え事をしていた。グザァラの森についてからかれこれ三十分もこの調子だ。もう「うんこ」という単語を二百回は聞いている。ギギーとヌラエルはそんなヨータローを無視して黙々と歩き続けていたが、ギギーがここでようやく動いた。


「さすがに聞くけど、……どうした?」


「いや、最後にいつ大をしたかなと思って」


「知らん」


 聞いたのを後悔した、と思いギギーは大きなため息をついた。しかし、ヨータローは調子を崩さずに続けた。


「大事なことなんだ! もう三日も出ていないんだよ! 定義的には5日、便が出ない状態から便秘とする論文もあるけど、そこは個人によって差があるからたとえ3日でも立派な便秘なんだ! そもそも、便秘といって侮るなかれ、長期間続けば直腸に大量につまって死亡したり、大腸や他の臓器が膨張したりして心臓麻痺が誘発されたりするんだ! だから甘くみちゃいけないんだよ!!」


 ヨータローが目を見開き、ギギーに対して力説する。ギギーはなぜこの人は排泄行為に対してここまで情熱があるのだろうか、と思いつつ再び大きなため息をついた。


「その時は、スライムをまた使えばいい」


 これまで沈黙していたヌラエルがグザァラの森についてから初めて口を開いた。ヌラエルは口数こそ少ないが、ここぞという時には物事の核心をつくことがある。


「スス、スススス。スス……スライムはちょっと……」


 ヨータローはあの時のことを思い返していた。倒したスライムをトイレットペーパー替わりに使ったら、まんまとスライムに寄生されてしまったあの悲劇を。その後、養分を吸収して巨大に成長したスライムが腹痛を引き起こし、最終的に自分の尻から便器の外に大量のスライムを排出した。


「トラウマになってる」


 ヌラエルが小刻みに震えるヨータローを指差して、ギギーを見た。ギギーはその時、ヌラエルの口角が少しあがっているような気がした。


(意外とSなのか……ヌラエルって……)


「もう二度とお尻をスライムで拭かないよ! そして、ぼくは自分のような犠牲者を出さないためにも言って周るよ。『スライムでお尻を拭かないほうがいいですよ』って!!」


 ヨータローは至って真面目に言っていたが、ギギーとヌラエルはそれに対してなんの反応もしなかった。ただ、二人とも心の中で思ったことは一緒であった。『そんなことする人はいない』……と。


◆◆◆


灯火(トーチ)


 ヌラエルは自分が持つ杖の先端にだけ魔法で炎を纏わせた。すでにヨータロー達がグザァラの森を歩いて一時間が経過していた。ここは、目的地までの道のりの半分を過ぎた所だが、樹木の背丈が森の入り口より高くなっており、その樹木が太陽の光をさえぎってしまっている。そのため、真昼なのにも関わらずヨータローが歩く道は薄暗くなっていた。


「なんだか、足元もぬかるんできたな……って、なんだこれ!?」


 ギギーの叫びにヌラエルが反応し、炎を纏った杖をギギーの足元に向ける。すると、ギギーの履いている革靴に拳大の巨大なヒルが数匹まとわりついており、すでにその上の布脚衣ニーソックスのようなものへも二匹ほど這い上がっていた。


「ひ、ひええぇええ!!」


「モルダイのヒル。立ち止まると血を吸われる。ここは駆け足で抜けた方がいい」


 パニックを起こしているギギーとは対照的にヌラエルは落ち着きはらっていた。静かに杖に纏わせた炎をヒルの方に向けると、ヒルは力なく剥がれ落ちた。ヌラエルはモルダイのヒルが熱に弱いことを知っていた。


「ありがと……ヌラエル」


 小走りで革靴についたヒルを落としつつ、ギギーがヌラエルにお礼を言った。ヌラエルはそれに対して軽く頷いた。そして、ヨータローが「あ」と思い出したように声を発した。


「そういえば、ぼくの世界のパプアニューギニアってとこの奥地でもヒルに襲われないためにジャングルで歩きながら大をする風習があるんだよ!」


「知らないよ!!」


「しゃがんでやると五秒に一匹ヒルが登ってくるってんで、こう……尻を出したままがに股になって排出物をね……」


 そう言ってヨータローはがに股になってギギーにより分かりやすく説明した。がに股になりながら走っているので、その光景は非常に奇妙なものだった。


「再現しないでいい、どうせそんなことやらん」



 ◇


今回の依頼はそのグザァラの森の最深部に生えているという“生命の満ちた木”の葉っぱを持ち帰るというものだった。モルダイのヒルの生息地となっていた足元がゆるい沼地エリアを抜けたヨータロー達は、グザァラの森の最深部へ来ていた。最深部に至ると周りの木々の高さが控えめになっていた。そのため、太陽の光も充分に入ってくるのか足元のぬかるみもすっかりなくなっていた。そして、最深部の開けた場所にその目的の木はあった。


「これが……“生命の満ちた木”!」


 ヨータロー達はその“生命の満ちた木”に圧倒されていた。樹齢何千年とかけて大きくなったであろうその幹は例え大の大人が十数人手をつないでぐるりと回っても全く足りないほどに太く、高さも申し分ない。まるで太陽は自分のものだと言わんばかりに日光を一身に受けており、枝葉から垂れる水滴が乱反射し幻想的な光を放っていた。海や空を見た時に自分という存在がちっぽけに映ることはあるが、この木にもそれと同じようなものを感じさせる確かな存在感があった。


「“生命の満ちた木”……か、名前負けしない木だね。じゃあ、早速葉っぱをいただこうか」


 ギギーはそう言うと、腰に携えた短剣を鞘から抜き“生命の満ちた木”に近づいた。“生命の満ちた木”の近くには木々が全く生えていなかったが、その代わり3メートルはあろうかという高さを誇る異様に細長い葉っぱが大量に木の根元から生えていた。不思議な葉っぱの生え方だな、と思いギギーはその葉っぱを掴んだ……その瞬間だった。


「うわわわわわ~~!!!」


 “生命の満ちた木”の葉っぱが突然、ギギーの身体にまとわりついた。そして、ギギーの身体は細長い葉っぱに絡み取られ、そのままあっという間に上空へ持ち上げられた。まるで身体の隅々を調べるように葉っぱがギギーの細長く伸びた耳や、固い線の細い首筋、脚衣からのぞく滑らかな太ももに這っていく。


「ぬるぬるしてて……きもちわる……い……」


 その葉っぱはとうとうギギーの小さな口の中へも侵入していく。葉っぱは細長いが、厚みがあり、表面は粘液で濡れていた。そのおかげもあり、葉先で口の中を傷つけることはないがいかんせん苦しい。


「たすけ……て……ヨータ……ロー……」


 必死の思いで助けを求めるが、ヨータローはお腹を押さえていた。


「ちょっと待って……便秘でお腹が張って痛い……!」


(こっちはそれどこじゃないんだぞ~!)


 とうとうギギーの口いっぱいに葉っぱが侵入し、声を出してのツッコミもできなくなってしまった。そんなギギーを見かねたヌラエルが杖を目の前に掲げ、目を閉じ詠唱を開始した。


――水の精霊よ、契りに従い刃で敵を切り破れ――


水刃斬(アクア・スラッシュ)


 四方に激しい水しぶきを飛ばしながら回転する楕円形の水の刃が飛び交い、一斉に“生命の満ちた木”の葉っぱに向かっていく。その水の刃はギギーの身体の自由を奪っていた葉っぱをいとも簡単に切り裂いた。水刃斬(アクア・スラッシュ)によってようやく葉っぱの拘束から抜け出したギギーだったが、身体を支えるものを失ってしまったのでそのまま下へと落ちて行った。


(助かった……! けど、受け身がまにあわ――)


 地面に叩きつけられる、と思ったその時だった。ヨータローがギギーの落下点に回り込み、咄嗟に身体を受け止めた。


「よ、ヨータロー……!」


「ふぅ、危ないところだった……」


ヨータローはそう言うと安堵の表情を見せた。そして頭を垂らし、ギギーを丁寧に地面へ降ろした。ギギーはこのヨータローの行動に対して少しだけ感動を覚えていた。自分のためにヨータローがここまでしてくれるなんて、と。


「あ、ありが――」


「便秘じゃなかったら多分、出てたよ。実が。ほんと、危なかった……便秘って役に立つこともあるんだね!!」


「……ありがとね、ヌラエル」


「あれっ、ぼくは……?」


 ギギーはヌラエルだけにお礼を言うと再び“生命の満ちた木”の葉っぱの元へ近づいていった。ヌラエルの水刃斬(アクア・スラッシュ)で斬られたせいか、今度はもう動くことはなかった。


「この木は、長く生きすぎてその葉に魔性を多く帯びていた。この木自体も周囲の木々の養分を吸い取ってここまで大きくなったみたい」


 ヌラエルが葉っぱを拾い上げ“生命の満ちた木”を見上げて分析する。なるほど。だからこの“生命の満ちた木”の近くには木が生えていないのか、とギギーも短剣で葉っぱを斬りながら内心納得していた。


「でも、こんなねばねばしたきもちわるい葉っぱが欲しいなんて……依頼人は何を考えているんだ……?」


「わかった!!!」

その時、突然ヨータローが声を発した。

「依頼人は女性だったよね。彼女は、便秘だったんだ!」


 訪れる静寂。

 そして、しばらくしてギギーがようやくその沈黙を破った。


「えーと……なんでそうなるんだ?」


「この断面を見てよ」

そう言ってヨータローは斬られた葉っぱの断面を二人に見せた。葉っぱは肉厚で、その断面には透明のゲルが大量に詰まっていた。

「これは「アロエ」っていう植物とそっくりなんだ。アロエはお腹を整える効果があってね。アレクサンドロスっていう大王もこの植物を奪うためだけに島を一つ制圧したほどなんだよ」


 ギギー達の知らない世界で起こった歴史を披露するヨータロー。こういう時のヨータローはどこか得意気だ。


「こんなので、便秘が治るのか……?」


「モノは試しだよ……!」

そう言うと、ヨータローは指の力でその葉っぱを圧迫し中のゲルを押し出した。そして、その葉っぱの断面に口を付けると勢いよくすするように飲み始めた。

「うわっ、苦! でも、飲めない程じゃない!! これでもう、便秘も怖くない!!!」


 ギギーとヌラエルは嬉しそうに葉っぱをすする奇妙な男の姿を見て、顔を見合わせた。この男の好奇心は基本的にいい方向に向くことはない、と知っていたからだ。



 “生命の満ちた木”のあった場所を後にし、来た道を戻っていたヨータロー達だったがしばらくするとヨータローの身に異変が起きた。二人の前を小走りしているのだ。ギギーとヌラエルも早歩きでそのスピードについていくが、それでも早すぎる。


「おい、ヨータロー……ちょっと早くないか……? ヒルは確かに恐いけど……もうちょっとスピードを落としても大丈夫なんじゃ……」


「うう……うううう………」

ギギーの言葉を受けてもなお、ヨータローのスピードが緩まることはなかった。それどころか、今度は勢いよく前方へ走りだした。

「漏れそう!!!!!」


 ヨータローはそう叫ぶと、二人を振り切り遠くの木陰へとあっという間に姿を消した。


「どうやら……ホントに効くらしいな、これ……」


 ヨータローは結局、ヒルの住まう森で野糞をすることになった。その場に留まればヒルが登ってくるという異世界に来てから最も劣悪な状況下での排泄行為だった。そして、ヨータローは、自分が得意気にギギーに話していたあのパプワニューギニアのがに股走り排泄で用を足すことになった。ヨータローは後にこの出来事を振り返りこう語る。


『便秘の付き合い方と、人の付き合い方は似ている。焦らずに待つことも大切だ』……と。



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