贈り物のお守り
感想、ブクマ、評価をありがとうございます。
ギリギリまで見直して、頑張る原動力になっております。
「お嬢様、朝ですよ」
ラーアがいつものように明るい声を出しながらカーテンを開ける。差しこむ光と彼女の声により瞼を開け、上半身を起こす。今日も体が重たい。結局昨晩も熟睡できなかった。
「お嬢様は本当、朝が苦手ですよね。ちゃんと眠れています? なんか、そんな感じがしないんですよね」
腰に両手を当て、私の顔を見て顔をしかめるラーア。そんなに寝起きの顔が悪いのだろうか。
けれど、そう思われても仕方がないのかもしれない。なにしろ人生をやり直していると分かってから、毎晩悪夢を見て熟睡できた晩はないのだから。暗闇の中で救いのように光が見えたと思いそちらへ向かっていると、なにか恐ろしいものが近づいてきて体を這い、その間に光が消えてしまう。そんな内容の夢を繰り返し見ている。
「という訳で、お守りです。実家に連絡して送ってもらいました。きっと眠っている間、お嬢様を守ってくれますよ」
ラーアが枕元に拳より小さな石を置く。それは宝石のように研磨されていないのに、まるで水晶のように透明度が高い石だった。
「お守り? この石が?」
「はい。私の故郷では、この石をお守りとして身に付ける風習があります。結構効くんですよ。ほら、私も持ち歩いています」
形は異なるが、エプロンのポケットから同じ石を取り出し見せてきた。
「普段から持ち歩いても良いの?」
「もちろんです。学校に持って行きたいですか? どうぞ持って行って下さい。この石はもう、お嬢様の物ですから」
持てば想像より軽い石が日の光を浴び輝いた。それはとても綺麗で、見ているだけで心が落ちついてくる。なんだか宝物を見つけたように嬉しくなり、私は小さな巾着を取り出すと中に入れ、持ち歩くことに決めた。
お守りなど気休めだ。
だけどラーアの心配してくれる優しさが嬉しかったし、ひょっとしたら頻発する頭痛から守ってくれるかもしれないという、すがる期待もあった。
この朝もいつもと同じように、部屋でパンとスープと飲み物だけを口にし、後は残す。
それから鏡台の前に座ると、出会った頃はもったいない。体にも悪いから残さず食べろと言っていたラーアが、髪型を整えてくれる。最近は諦めたのか、私の食事について彼女が口出しをすることはなくなった。
長い黒髪を櫛で梳かれる姿を鏡越しに見ていると急に違和感を覚え、その疑問を口にする。
「……私って、前からこんな髪の毛だったかしら」
「初めてお会いした時から、そこまで伸びていませんし……。変わられていないと思いますよ?」
「いえ、長さではなく……。色が……」
「色? それこそ変わっていませんよ。初めてお会いした時から、艶やかで美しい黒髪のままです」
「そうよね、へんだわ……。なぜか急に、違うような気がしたの」
鏡に映る自分と、じっと見つめ合う。
いつもと同じように、鏡は私の姿を映している。変わらぬ見慣れた姿のはずなのに、なぜ違和感を覚えたのだろう。
不思議に思いつつも支度を整え、学校へ向かった。
「おはよう、シファ」
「おはよう、サニー、リズ」
今朝はサニーとリズが二人揃って話しかけてきた。
二人と顔を会わせても心が荒れることはない。久しぶりに落ちついて二人と向き合える。あれだけ毎日話しかけられていたのに、長く彼女たちと会話を交わしていない気さえする。まるで久しぶりに再会したような気分だ。
「昨日あれから二人で話し合って……。アルアは本が好きでしょう?」
「だからブックカバーを贈ってはどうかと決めたの。どう思う?」
「ブックカバー……」
そうね、それなら本好きの彼女も喜ぶに違いない。
「それは素敵ね、きっとアルアも喜ぶと思うわ。三人で一つのカバーを作る? それとも一人で一つずつ作って贈る?」
そう答えれば二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑う。
そのまま顔を輝かせたままの二人と、一人ずつ一つ作ると決めた。
二人と別れ、どんなブックカバーを贈ろうかと考える。そうだわ、布地は彼女の好きな色のライムグリーンにしよう。それから刺繍は……。
そんなことを考えながら歩いていると、廊下の先に立つシャディ様の姿が視界に入った。彼女は身動ぎせず、ただじっと私を見つめている。
それに気がつくと、ずるり……。間には見せないなにかが床を這い、近づいてくると分かった。
それは恐ろしく不気味で、逃げなくてはと思うのに、まるで縛られたように体が動かない。足も床にくっついているようで、ぴくりとも持ち上げられない。
やがて到達した『それ』は私の体を締め付けるように這い、視界を遮り周りを見えなくした。耳も塞がれ、周囲の音も広がるように曖昧になる。頭が揺れるような感覚に襲われ、途端に目が覚めた。
……私、どうしてブックカバーを贈る約束なんてしてしまったのかしら。喜ばれないと知っているのに。
だけど約束した以上、投げ出すことはできない。どうせ喜ばれないのだから、今回は刺繍もせず凝った作りにしなくていいだろう。
帰宅すると気が乗らないまま、ブックカバーを作るための布を用意する。わざわざ新しい布を買わずとも、家にある適当なこの黒い布で構わない。どうせ燃やされるか、捨てられるのだから。
作業を途中で終え、枕元にラーアが贈ってくれたお守りの入った巾着を置き就寝する。
その晩見た夢の内容はいつもと違っており、翌朝、詳細に覚えていた。
◇◇◇◇◇
「呪いに負けたくありません。私は戦います」
私とさほど年齢が違わないと思われる少女の声が響く。
この声の主は……。そして声が響く、この広間は……。それがどの場所で声の主が誰かを思い出す間際、画面が切り替わるよう、ハリファ様とシャディ様が並んで歩いている光景が現れた。前回の人生で何度も目撃した、校内での光景だ。
「またあの二人……。殿下はどうかされていますわ。婚約者であるシファを放って、彼女ばかり相手にして……」
「でも一体、二人はいつ親しくなったのかしら」
「理由なんてどうでもいいでしょう? 多くの貴族の子どもが通うこの校内で、将来の伴侶を蔑ろにする愚かさを見せる行為が大問題。それを放置するジャーム様たちだって、己が無能だと言い触らしているようなものよ。なによりシファの気持ちを少しも考えない殿下の言動が、私は許せないわ」
三人の親友たちは怒りを隠そうとしない。そしてまた画面が切り替わるよう、今度は真っ暗闇の世界となる。
「それからどうなると思う?」
「誰⁉」
暗闇の中、突然声が響く。それは複数人の声を重ねており、声の主は分からない。
「あの三人はどうなるだろうか。お前のために怒ったように見せかけ……」
「裏切るかもな」
パーティーでの出来事を思い出し、体を震わす。
「殿下の恋を応援しだすかもしれない」
「そう、怒りは見せかけ」
「そんな者たちを信用できるか?」
「信用できないだろう?」
「ハリファ殿下はどうだ?」
「最近よく、殿下の隣に立っている者はいないか?」
次々声が語りかけてくる。まるで一つ一つ言い聞かせ、ある方向へ導こうとしているようで気味が悪い。
「止めて……。止めて、止めて、止めてぇ!」
これ以上声を聞きたくなくて両目を閉じ手で両耳を塞ぎ、その場にしゃがみこむ。
お願い……。誰かここから助けて……。ここは怖いの……。誰か……。
その時急に、最初に聞こえた言葉が蘇る。
「呪いに負けたくありません。私は戦います」
突然その言葉を発したのは自分だったと思い出す。
呪いに負けたくない? 私は誰かに呪われているの? それに対し、私は戦おうと決めた? いつ? いつ決めたの? 大切なことだから、思い出さないと!
そう強く思った時、なにかが胸の中で光り、温もりが体を包みこんだ。
途端に焦ったかのよう、暗闇の中で声たちが焦ったように荒ぶる。
「教室で殿下の隣に座っているのは誰だ!」
「身を引け! そうすればお前は生きられる!」
「最近殿下と親しい女性は誰なのか考えろ‼」
直後、目を覚ました。
窓の外が薄っすらと明るくなり始めた中、掛け布団を掴みながら勢いよく上半身を起こし、はあはあと荒い呼吸を繰り返す。
これはなに? 私はなにかを忘れているの? 私になにが起きているの? とても夢とは思えない。
だけど呪いに負けたくないという発言をした記憶は、前回も今回の人生にもない。それなのに、間違いなくあれを言ったのは私だと分かる。忘れているとすれば、なぜ? 発言したとすれば、どちらの人生で?
呪術師に呪われているのは、私以外の人たちだと思っていた。だけど本当は私が呪われ操られており、無意識に冤罪を生むための行動を取っていたとすれば? 記憶にないだけで、シャディ様へ嫌がらせを行っていたのかもしれない。
そうだとすれば、誰が私に呪いを? ハリファ様たちが呪術師に依頼したの?
とにかく私に呪いがかかっているのなら、取るべき行動は一つ。祓い師に助けを求めるしかない。それも私に味方してくれる、高位の祓い師で心当たりがある人物は一人だけ。
◇◇◇◇◇
「ラーア、お願いがあるの。今日学校の授業を終えたら王妃教育を受けるために城へ向かうから、終わったら会いたい人がいるので、その人の都合を確認しておいてくれない?」
そう言って、書き上げたばかりの手紙を渡す。
「分かりました。えっと……。ファーウ侯爵? 誰ですか?」
「城に務める、優秀な祓い師よ」
「祓い師……。え? まさかお嬢様、誰かに呪われているのですか?」
封筒の宛名を眺めていたラーアが驚いたように顔を上げるが、私は逆に伏せる。
「分からない……。だから調べたいの……」
それを聞くなりラーアが急いで枕元に置いていた巾着の中から、石を取り出す。
「……え?」
昨日巾着に入れた時は、確かに透き通っていた。それが今は灰色に染まって所々黒い斑点も浮かび、別の石のようになっている。もちろん石を入れ替えた覚えはなく、これは一体……?
それを見たラーアがやっぱり……。と呟くと、いつにない真剣な顔を向けてきた。
「お嬢様、この石は私の故郷のお守りだと言いましたよね。この石は呪いをかけられた時、呪いを吸い取ってくれ、身代わりとなる力もあります。呪いが強いほど、石の色は黒く変色していきます。一日でこれだけ色が変化したということは……。お嬢様は今、何者かに強い呪いをかけられているということです」
驚き言葉を失くしていると、ラーアが自分のポケットの中から取り出した透明な石を、私に握らせてきた。
「この石を持ち続けるより、こちらを持っていて下さい。すぐにまた故郷から石を取り寄せます。お嬢様、今日は学校を休まれ、すぐにそのファーウ侯爵という祓い師様に会われるべきです!」
強く促され父を説得したラーアに連れられ、私は学校を休み城へ向かう。
「その祓い師様とは、お城のどこへ行けば会えるのですか?」
「祓い師としてだけでなく、政務の仕事もされているから……。この時間なら、政務室かしら」
ラーアに急かされ廊下を歩いていると、痩せた目つきの鋭い男が向こうから歩いて来るのに気がついた。シャディ様の父親だ。彼も政務に携わっているので、出勤してきた所だろうか。
彼は私に気がつくと、声をかけてきた。
「これはこれは、シファ様。今の時間は学校でしょう? それなのに城に来られるとは……。なにか急用でも?」
「至急ご相談したいことが起きまして」
「ほう、それは陛下にですかな?」
「ええ、そんな所です」
「そうですか。それなら学校を休まれるのも仕方ありませんね」
実際そんな動きをした訳ではない。だが彼が舌なめずりをしたように見え、寒気が走る。
獲物が引っかかった、そう喜んでいるようにも見えた。恐怖を覚えるが必死に平常心という名の仮面を被り、本心を悟られないようにする。
本心をむやみと表情に出さないように王妃教育で教わっており、自然と仮面を被る癖は身についている。だから今回もその動きが出せた。
「では急ぎますので、ごきげんよう」
とはいえ長時間仮面を被ることは、まだ無理。だから急いで彼と別れれば、握っていた石の色が薄い灰色に変わったと気がつく。
「お嬢様、今の方は?」
「アルサール侯爵。財政局の政務官よ」
「へえ、偉い方なんですね。でも痩せていて不健康そうな人ですね。なんか目つきも奇妙でしたし。って! また石の色が変わっている! いや、まだ大丈夫です。これくらいの色なら、まだ守ってもらえます! でも、なんで急に色が……?」
ころころと表情を変え不思議がるラーアと法務局の政務室へ行けば、やはりそこには書類に目を通しているファーウ様がいた。
私が姿を見せると驚き、眼鏡を外しながら立ち上がられる。
「シファ様……」
幸いこの部屋にいるのは、今は彼だけ。眼鏡を机の上に置き、私に近寄ってくると尋ねてきた。
「ひょっとして、思い出されたのですか……?」
お読み下さりありがとうございます。
この話は書きながら公開すると矛盾が生まれ、物語が破綻するなと考えていましたが、案の定推敲中、何ヵ所も矛盾を見つけ、書き直したり考え直し、大変でした……。
どうやら私は書き上げてから公開する形が、合っているようです。