クラス分け
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おかげさまで、出来る限り見直しを繰り返す原動力となっております。
白羊の月の十日、ついにこの日が訪れた。そう、入学前の学力を測るテストの日。
国民の義務でなければ、学校に通うことを拒否することもできるのに……。今は義務制度が憎い。
王子たちと違う学校に通いたかったが、そうすれば兄から公爵家の名声を落とすのかと、暴力を振るわれるかもしれない。だから仕方なく、両親に言われ前回と同じ学校を選ぶことを承諾した。
そうなると、私が取れる方法は一つ。
◇◇◇◇◇
「おはよう、シファ」
「おはようございます」
アルアの挨拶に冷たく返し素通りすると、指定された席に着く。
すでに右隣には王子が着席しており、挨拶をされる。
「おはよう」
「おはようございます」
本当は返事もしたくないが、ここは人目がありすぎる。しかも相手は王子なので、無視をすればいくら婚約者とはいえ不敬だと、騒ぐ者も出てくるだろう。だから返事をしたものの、せめてもの抵抗で彼を見ようとはしなかった。
「殿下、おはようございます」
王子の右隣はシャディだ。前回でもそうだったが、今回も可愛らしい笑顔で椅子を動かしながら、王子に挨拶をかける。
「おはよう」
思えば入学前のこの段階で臣下から王族に声をかけるとは、不躾な話ではないだろうか。それなのに彼は不遜な態度に眉をひそめず、笑顔を返している。いくら民に優しい人とはいえ、これでは王族としての威厳や示しがつかない。
……ああ、なるほど。すでにこの時点で二人は特別な関係だったのね。そう納得しながら、筆記用具を机の上に置いてテストが開始される時間を、黙ってただ前を向いて待った。
そしていざテストが始まれば、わざと解答欄を空白にしたり答えを間違えたりし、王子たちと同じクラスにならないよう、逆の意味で頑張った。
かといって下位クラスでは兄が怒り、暴力を振るう可能性がある。
だから目標は、上から二つ目のクラス。
結果、私の目標は果たされた。
◇◇◇◇◇
「シファがどうして……? 四人揃って同じクラスになれると思って、楽しみにしていたのに……」
信じられないといった顔で、私を陥れたサニーに言われる。
楽しみにしていた? あの時ありもしない殺害計画の話を聞いたと証言した貴女が、なにを言っているのかしら。……ああ、私を陥れる楽しみが失われたという意味ね。残念だけど今回は、その楽しみを与えないわ。
「テストの日、体調が悪かったので」
それだけ言うと、私は自分の教室へ入った。
それなのに三人は廊下からいつまでも私を見つめ、なぜか泣きそうな顔を作っている。
大方私が他のクラスになったせいで陥れる算段が崩れ、困っているのだろう。クラスが違えば移動教室の間に、シャディの持ち物が紛失したり壊されたりし、その犯人が私だという冤罪が作れないのだから。
今回はあちらのクラスが別教室で授業を受けている間、私は別の教室で授業を受けているという完璧な証明が作られる。あちらのクラスが別教室に移動する時間も教室に留まり、その姿を今回のクラスメイトに見せれば大丈夫。
だから冤罪を作るのであれば、こちらのクラスを全員……。いえ、学校中の者を懐柔しなければならない。しかしこのクラスには、そんな不正を許さない一族の者がおり、それは不可能。そう、その一族とはハリフ様。
前回彼ら一族は、調べ直すべきだと声を上げてくれた。
信頼できる人たちと同じ教室にいると思うと、やっと楽に呼吸できるようになる。まさか教室が憩いの場になるなんて……。
四年前に目覚めてから悪夢にうなされ、毎朝寝起きが悪く、日中も頻繁に頭痛に悩まされている。前回はそんなことなかったのに……。きっと今回は心配事が多いから、体に悪影響が出ているのだろう。
◇◇◇◇◇
「シファ」
登校初日、昼食を取りに食堂へ向かうと王子が声をかけてきた。彼の座っているテーブルにはアルアや、前回最期に私を取り囲んだ面々が揃っている。いないのはシャディだけ。
「君も私たちと一緒に昼食をとろう」
「申し訳ございません。級友の皆様と交流を深めたいので先に約束しており、今日はそちらを優先させて頂きます」
丁寧にお辞儀をして断りを入れ、約束をした皆の元へ向かう。
王子たちの座るテーブルには、ぽつんと空席が一つ。私に遠慮することなく、そこにシャディを座らせればいいのに。遅かれ早かれその時は訪れるのだから。ほら、彼女だって声をかけられるのを待っている様子よ? なぜ放っているのかしら?
結局最後まで席は埋まることなく、どこか沈んだ様子で王子たちは昼食を平らげていた。
◇◇◇◇◇
「シファ、久しぶりに四人で昼食を一緒にしない?」
翌朝、リズが引きつった笑みを浮かべながら誘ってきた。
そんな無理やり笑った顔で誘われ、誰が喜んで受けるのだろう。そういえば彼女、前回では私のことを、本当はずっと嫌っていたと言っていたと思い出す。
これまでは気がつかなかっただけで、きっといつも無理やり笑っていたのだろう。家同士の関係や互いの立場もあるので仕方がないとはいえ、無理をさせて悪かったわね。でももうお互い前回の記憶があることだし、無理をしなくてもいいのよ?
「ごめんなさい、先約がありますので」
「じゃ、じゃあ! 明日……!」
「リズ様。貴女も級友の皆様と親しくされるべきでは? そう……。例えば、シャディ様とか」
彼女の名前を出せば、途端にリズは体を強張らせ、すぐに泣き出しそうな顔になった。
「話はそれだけかしら? それではごきげんよう」
私は彼女に背を向ける毅然と前を向き、自分の教室へ向かった。
◇◇◇◇◇
「シファ」
せっかく私から交流を断っているというのに、今日はわざわざ王子自らこちらの教室へやって来た。
連日こうやって誰かが私に話しかけてくる。いい加減うんざりする。そろそろ諦めてくれないだろうか。
「今日は私と二人で昼食をとろう」
有無を言わせずといった雰囲気の彼を見据え、尋ねる。
「それは殿下としてのご命令ですか?」
「………………」
答えないということは、そういうことなのだろう。臣下として不敬を買えば兄に暴力を振るわれるし、なにより彼に処刑の口実を与えてしまう。それは避けなくてはならないので承服する。
二人で同じテーブルについたものの、会話はほとんどない。私が話しかけられても適当に返事をし、すぐに応酬を終わらせるからだ。
そんなことを繰り返し、最後のデザートを食べ終える。ティーカップを持ち上げながら、周囲に聞こえぬよう小声で王子に告げる。
「殿下、婚約を解消して下さいませ」
「その話なら断ったはずだ」
「どうかご自分のお気持ちに正直になられて下さい。それがお互いの幸せのためなのです」
「それならば余計に君との婚約は解消しない。私は一生を、君と歩みたいと考えているからだ」
思わず嘆息をもらす。なんと強情な人だろう。そこまで私を殺したいなんて……。一体私がなにをしたと言うの?
「思い出してほしい」
私がカップを戻した時を見計らったように、人目を気にせずテーブルの上でぎゅっと手を握られる。
「二人きりで会っていた時間を。草原で語ったことを。庭園を歩いた時のことを」
すぐにでも振り払おうとするが、強く握られ叶わない。
「確かに私たちは大人により、よく分からないまま幼い頃に婚約を結んだ。だが仕方なくではなくなったことを、どうか思い出してほしい。二人でより良い国を作り、私たちも幸せになろうと誓ったではないか。どうか負けないでくれ。君も負けないと言ってくれたじゃないか」
ずきり。頭に痛みが走る。
王子は一体いつの話をしているのだろう。私にそんな記憶はない。負けないとは、どういう意味? 考えようとすれば頭痛が酷くなる。
幸せだったのは入学するまでの話。でもどうやって過ごしていた? はっきりと思い出せない。思い出せるのは王子が入学してからシャディと恋仲になり、私が邪魔になったので冤罪を生むためジャームたちと共謀して……。
がたん!
椅子を倒し、立ち上がる。
「……申し訳ございません、頭痛が酷くて……。保健室に行かせて下さい……」
そうだ、忘れてはならない。彼は学校生活を送る中で、私の冤罪を仕立てるため画策する。
なにを言われても騙されてはならない。手を握ってきたのも私を油断させ、付け入る気に違いない。
「付き添おう」
心配そうな言葉も表情も、背中に添えられた温もりある手も、偽物の言動。今は『その時』ではないから、周囲に向け『婚約者』に対する態度を貫いているだけ。
そう、絶対に騙されない。
◇◇◇◇◇
「シファ、もうすぐアルアのお誕生日でしょう? 今年はどんな贈り物にする?」
登校し教室へ向かう途中、サニーが話しかけてきた。
前回の人生ではこの年、私が提案して読書好きのアルアのために各人でお手製のブックカバーを作り贈ったが……。
そのブックカバーは牢屋生活での中、突然アルアが現れたと思うと、目の前で火を点けられた。
「まだ罪を認めていないそうですね。そんな貴女から趣味の悪いブックカバーを贈られても、嬉しいわけがないでしょう?」
そう言って彼女は燃えるカバーを床に落とし、立ち去った。
彼女の好きなモチーフである、鳥の刺繍を入れたライムグリーンの布地のカバーが燃えていく。喜んでくれるようにと思いながら、大切に縫ったカバーが……。
私は柵の隙間から必死に腕を伸ばし、火を消そうと試みる。燃えつきれば……。灰になれば本当に彼女との友情も思い出も、なにもかも燃え去るような気がしたから。それなのに、どんなに腕を伸ばしても届かない。
涙を流しながら、まだ彼女たちを信じているのだと気がついた。いつかきっと嘘だったと真実を述べてくれ、ここから助け出してくれると。
やがてブックカバーは、半分ほど残し燃えつきた。その後は訪れた看守が、ゴミとして持って行った。私はそれを成す術なく、閉じこめられた牢の中から見届けるしかなかった。
失われた。カバーも友情も思い出も……。信じる気持ちも、なにもかも……。
喜ばれない贈り物など無意味だ。贈っても嫌がられることに参加する気はない。
「最近皆さん、シャディ様と親しいと聞いています。私より、彼女とご相談されてはいかが?」
「あれは……! シャディ様が話しかけてこられるだけで……! 特別に親しい間柄ではないわ!」
サニーは慌てた様子で強く否定するが、四人組の一人が私からシャディに変わったと、今や他のクラスでは有名な話。
同時に私がアルアたちを避けていることも知れ渡っている。私たちになにがあったのかと興味を抱いている者は多いようだが、それを尋ねる度胸のある人はいない。
「アルアもシファから誕生プレゼントを贈られたら、絶対に喜ぶから! 思い出して、私たちあんなに仲が良かったじゃない!」
私は彼女に向け、にこりと微笑む。
それを見たサニーが一瞬、嬉しそうに顔を輝かす。
「ではなにを贈るか決められたら、お教え下さいませ。ご用意できるかは別問題ですが」
返答を聞いたサニーは、泣きそうに顔を歪めた。
「シファ……。私たちは今でも、貴女を親友だと思っているわ……」
それを裏切ったのは誰?
王子たちに加担し、私を殺したのは誰?
あんなに仲がよく? そう、以前は……。以前は……?
「………………っ」
激しい頭痛に襲われる。
彼女たちを親友だと信じていたという思いはあるのに、具体的にどうやって四人で過ごしていたのか、その記憶が詳しく思い出せない。前回の学校生活からの記憶が強烈すぎるせいだから?
いや、違う。彼女たちとの記憶だけではない。私は一体、どんな生活を送っていたの? 先日、王子と昼食を一緒にした時もそうだった。四年前に戻ったと理解した以前の記憶がぼんやりとして、はっきりと思い出せない。
なにかおかしい。そう思った瞬間……。
『信じるな。避け続けていればお前は生きられ、殺されることはない。早くその地位を他の者へ渡せ』
誰かの声が頭の中で響き、頭痛が和らいだ。
……ええ、そうね。その通りだわ。
シャディに王子の婚約者という地位を譲れば、王子の目的は達成され私は生きられる。殺されることはない。だから彼らに嫌われなければ。私だって自分を殺そうとしている人たちと、親しくできないもの。
お読み下さりありがとうございます。
あらすじはこれで固定ですが、タグは後々ネハダレしない程度に追加していきます。
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