磨羯(まかつ)の月の六日
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「そうですか。シファ様への呪いは、まだ色濃く残っていますか」
報告を受け、城に務める呪術師に対抗できる力を持つ祓い師ファーウは、顎に手を当てた。
なにがあの最中シファの身に起きたのかは、関係者全員から聞き把握している。悲惨な内容で影響が強く残ることは想像できたが……。なにかおかしい。確かに彼女だけ呪いを祓えなかったが、この様子では今も呪いをかけられているに違いないと考える。
「少しでも会話が出来るきっかけになればと……。新しく雇ったメイドとは会話をしているようだが……。あの内容だ、私たちは避けられて当然だ……」
フィップ公爵がうなだれる。
彼なりに考え、シファが『夢』だと思い出せるように本来なら係わることがない人間を係わらせ、状況を打開しようとした。
初めて使用人登録所を利用し、面接を行った。良くも悪くも純粋な田舎娘……。それも素直そうなラーアは、まさに適任だと思えた。彼女なら危害を加えない印象もあり、うってつけだと即決で採用を決めた。
結果は良好と思えた。目論見通り、シファはラーアと会話を交わすようになったからだ。しかしそこでまた止まった。
あいかわらシファは自分たちとの接触を避ける。無理もない。あれだけの経験を『夢の中』とはいえ体験すれば、人間不信にもなるだろう。
建国歴306年、磨羯の月に入り、国王やハリファをはじめ、多くの者が呪いをかけられているとファーウは気がついた。その呪いは頑丈で、高位の呪術師が複数人関わっていると考えられた。そこでファーウたちも複数人の祓い師で対抗するが、分が悪く祓えない。
呪いの内容は不明だが、王族を対象にしていることから、国の乗っ取りを企んでいる可能性が考えられた。
そして頑丈で強力な呪いだからこそ逆に、呪いをかけられている人物の特定は容易だった。
その全員が集められ、ファーウから呪いをかけられていることを告げられたのは、磨羯の月の六日のこと。
「私どもの力が及ばず、通常の方法では呪いを祓うことができません。まだ皆さんに呪いの影響は出ていないようですが、それがいつ発動するのか分からず、危機的状況と言っていいでしょう」
「私も対象となっているということは、最悪、国が崩壊するということか?」
国王の問いに、ファーウは迷うことなく頷いた。
「なんと……。それでは国民を巻きこむ惨事ではないか……。誰がそんな恐ろしい……」
「陛下だけではなく、王妃殿下、ハリファ殿下も呪いをかけられております。いえ、この場に集まった全員が」
シファたち貴族令嬢の四人は身を寄せ合い、ぶるりと、恐怖から体を震わす。
「私の友人たちやシファの関係者もということは、私が王太子という立場であることが、関係しているのではないだろうか」
王子とその友人たちは毅然とした態度を崩さないが、顔色は悪い。
「私も同感です。今の世ではなく、ハリファ殿下が国王として即位することに関係していると思われます。おそらくシファ様を婚約者から排除し、別の者を据え置くことで、権力を得ようとしているのかもしれません」
「だから私たちも……?」
シファと親しいアルアたちの動きによっては、彼女を追いつめることは容易になるだろう。そのことに気がついた四人の令嬢は再び怯えを見せた。
「つまり今回の呪いは、人を操る類のものなのか」
「そうだと思われます」
国王は塞ぎこみ、他の者は不安そうに視線を動かす。
ファーウはまだ影響が出ていないと言うが、すでに自分は何者かに操られ行動しているのかもしれない。自分の意思で行動していると思っているのは、幻想かもしれない。自分は大丈夫でも、他の者はすでに操られ行動しているかもしれない。一体、誰を信じられるのか。なにを信じられるのか。他人どころか自分自身も信じていいのか。
不安が不安を呼び、とにかく皆恐ろしかった。
そんな中でもファーウは毅然とした態度を崩さない。今ここで自分が不安を見せては、余計に皆を不安がらせると分かっているからだ。
「そこで全員の呪いを祓うため、ある方法を試したいと思います。ただしそれは皆様に、辛い思いをさせることになります」
「して、その方法とは?」
「我が一族に伝わる秘術、『疑似体験』です。祓えなかった場合、なにが起きるのかを夢の中で疑似体験させ、呪いを終焉させる術です。夢の中で何者かに操られた状態を体験するので目覚めた時、混乱が生じることがあります。さらに……」
一度言葉を区切り、ファーウは告げる。
「疑似体験中に命を落とした場合、目覚めた時に一度人生を終了したと思いこみ、人生をやり直していると勘違いしてしまうことも稀にあります。そうなれば疑似体験だったと理解するのに、時間が必要となるでしょう。最悪、一生理解できない場合もあります。それでもこの方法を試されますか?」
命を落とす可能性がどれだけあるのか。
特にその危険があるのは、王子の婚約者であるシファと思われた。なにしろ彼女の排除が、敵の目的の一つなのだろうから。自然皆の視線は、シファへ向けられる。
シファは震えながらも胸の前で拳を握ると、怯えから決別するように一歩前へ出て答えた。
「私はその方法を試したいと思います。このままなにもせず全員が呪いをかけられたままでは、国が混乱する事態となるでしょう。それは避けなくてはなりません。もし人生をやり直していると勘違いしたとしても、理解できる可能性があるのでしょう? それなら大丈夫です。呪いに負けたくありません。私は戦います」
シファの言葉に皆、同意した。
その晩、ファーウの術により全員が就寝中に疑似体験をし、結果、シファだけが体験中に絶命した。以来彼女は目覚めた時から混乱が始まった。そこを敵に付け入られ、呪いをかけられ続けているに違いないとファーウは考える。
本来ならシファへの呪いは、弱いものだった。ただ黙って耐える。それだけの呪い。それなのに結果、一番強く呪いをかけられることになったのは皮肉としか言いようがない。
そしてその呪いにより、疑似体験の最中、どんなに酷い拷問を受けようが耐え続けていた。もし呪いをかけられていなければ、拷問に耐えきれず、早々にやってもいない罪を認めていただろう。
疑似体験でシファにどんな仕打ちを与えたのか、もちろん疑似体験を経験した全員覚えている。母親は母でありながら、同じ女でありながら、あれほど酷い仕打ちをしたことに苦しんでいる。今もうなされ、夜中に目を覚ますことが度々ある。
それは母親だけでなく、他の全員、似た思いを抱いていた。
あの日目覚めてからシファは、どこか自分たちと距離を開け始めたと感じた。それでも家出を決行するまで表面上、シファはそれまでと変わらない態度を保っていた。それなのに……。
事故現場でシファの姿がないことに気がつき急いで馬車へ戻ると、彼女は消えていた。
何者かにさらわれた風に見えたが、自ら逃げたに違いないとすぐに分かった。だから子どもが一人で逃げられる場所……。王都の孤児院を中心に、病院などを含めて捜索が行われていた。
ハリファがその孤児院を訪れたのは、ただ子ども達からの願いを叶えただけではない。自らもあらゆる場所へと出向き、シファを探していた。そして見つけた。
だが無理やり家へ連れ戻されたと思っている彼女は、完全に自分たちに心を閉ざしてしまった。
あの疑似体験の内容から、シファが家出を決行したのは仕方がないと分かっている。自分たちを避けていることも。それでも話ができなければ、疑似体験だったと思い出させることができない。
誰もが焦りに似た感情を抱く中、ファーウは皆へ告げる。
「シファ様に変わらぬ愛を示し続けて下さい。強い思いは力となります。それが愛情となればなおさらです。皆さんも誤解され続け辛い状況だと承知していますが、どうか挫けないで下さい。どうにかして呪いを祓えるよう、私も頑張りますので」
そう語るファーウは睡眠時間を削ってまで呪いを祓おうと、文献を読み漁っているとハリファたちは知っている。だから自分も挫けてはならない。絶対に諦めないと、ハリファは強く誓った。
お読み下さりありがとうございます。
今回の後書きは、この作品が生まれた経緯を……。
何年か前に戻り、人生をやり直す作品、面白い~。私もこんな話、書いてみたい~。
で、考えたのですが……。
なんで時を遡るの?
主人公だから?時を遡ったから、主人公になるの?
人が書かれた作品ではそこまで気にならないのに、いざ自分が書こうとしたら、その理由を明確にしたいと思えて仕方ない。
うんうん唸り……。
ダメだ!浮かばない!
あー、私には無理なんだわ……。
そう思った時、ふと閃いたのです。
時を遡っている……。つまり、人生をやり直していると勘違いしていたら?その勘違いのもとが、悪人からの魔法によるものとしたら?
(この時点では魔法が使える世界観)
おおっ、書けそう!理由が出来た!
という感じで生まれました。
シファがこれからどうなるのか、最後までお付き合い頂けたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
※この話を公開後、あらすじを変更しますが、これが最後の変更となります。
~お願い~
感想を書かれる場合は、作品を読まれた上、作者が誰かを把握された上でよろしくお願いいたします。