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初めての人

感想、ブクマ、評価、ありがとうございます。





 馬車が見えるなり、待ちきれないといった様子で両親は駆け寄って来ると、馬車から降りた私に次々声をかけてくる。


「シファ! 無事だったのか! 心配していたんだ!」

「その足はどうしたの⁉ どうして体中に傷があるの⁉ 一体あれから、なにがあったの⁉」

「殿下、娘を見つけて下さりありがとうございます。あのまま娘に二度と会えなくなったらと思うと……」

「良かったわ……。本当に良かった……っ」


 母は涙を流しながら強く抱きしめてきたが、私の心は冷えたまま。

 四年後、こんな擦り傷なんて可愛いと思える仕打ちをするのに……。二度と会えなかった方が、お互い幸せだったと思う。

 そんなことを考えていると、両親が驚きの発言を口にした。



「貴女は悪い夢を見ただけなの。もう夢は終わったのよ、安心しなさい」

「そう、全ては夢だったんだ」



 瞬間、体が震えた。心だけでなく、急激に体温まで下がる。


 王子と同じことを……? 二人にも前回の記憶が、ある……?


「触らないで!」


 堪らず母を突き飛ばす。

 夢? 夢なんて言葉で、あれを済ます気? 王子と共謀して夢だと思いこませ、四年後地獄へ叩き落としたいの? よくもそんな恐ろしいことを……! 実の両親とは思えない!

 驚きほうけた母は我に返ると手を伸ばしてくるが、拒むように睨みながら痛む足で後退る。その様子を見ていた父が、慌てて声をあげた。


「と、とにかく、傷の手当てを!」


 一週間ぶりに生家へ足を踏み入れ、居間の長椅子に腰かける。

 救急箱を持ってきた使用人が手当てをしようと体に触れるなり、嫌気と恐怖から体が震えた。反射的に長椅子に置かれていたクッションを掴み上げ、その使用人を叩きあげながら叫んだ。



「私に触らないで!」



 ギロチン台で膝をついた時、集まった大勢に石を投げられたり、暴言を吐かれたりした。ゴミも投げつけられた。泥玉もあった。そして観衆の中に、使用人たちの姿があったことも忘れていない。もちろん彼女もそこにいた。そんな人に触らせてなるものですか! 治療と見せかけ、余計に悪化させるに違いない!


「お、お嬢様! 落ちついて下さい!」


 腕で己の顔をかばうように守っているが、お構いなしに叩き続ける。


「触るな! 触るな‼ 触るな‼ 私に触るな‼」

「シファ! 落ちつくんだ!」


 使用人だけではない。近づいて来る人が誰だろうと、クッションで叩いたりひっかいたり噛みついたりして、とにかく触らせまいと暴れた。

 やがて誰もが諦め近づかなくなった頃には、破れたクッションの中から羽毛が飛び出し、部屋の中を舞っていた。

 大きく肩を動かしながらクッションを床に捨て、救急箱を引き寄せると自分で怪我の治療を始める。孤児院での生活で、友人たちから習ったので問題なくできる。


 この間、誰も一言も発せず動こうともしなかった。ただ嘆くような表情で私を見ている。


 なぜあなたたちが、そんな表情をしているの? 少し考えれば、私の行動理由は明白だというのに。

 治療を終え私室へ向かおうと立ち上がる。足の痛みに顔をしかめると王子が肩を貸そうとしてくれるが、無礼を承知で強く払いのけ伝える。


「殿下、私との婚約関係を解消して下さい」

「……っ⁉」


 室内が張り詰められ、私以外の全員が息を呑んだ。

 頭の中で、『素晴らしい、よく伝えた。勇気ある行動だね』と褒めてくれる声が聞こえる。そう、このまま婚約解消すれば、誰もが幸せになれるもの。生きるためなら勇気も湧くというものだわ。

 言いたいことだけ伝えると、痛みに耐えながら階段を一段ずつゆっくり上がる。もう手を貸そうとはしないが、階下から追って来た王子が声をかけてきた。



「婚約関係は解消しない」



 私は立ち止まり、冷たい目で見下ろす。


「………………」


 そう……。それほど私をギロチン台へ送りたいの。だけど私、同じ人生を歩むつもりはないの。いえ、歩んでたまるものですか。

 返事をせず私室へ入ると、鍵を閉める。


 家出に失敗した今、きっと監視をつけられるなどされ、逃亡は困難になるだろう。

 縄でもあれば二階の私室から脱出することも可能。だげど、その縄の入手が問題。この家のどこにそんな丈夫な縄があるのか、それが分からない。

 でもまずは足を完治させなければ話にならない。逃げるのは、足を治してからだ。

 考えていると、ドアがノックされた。


「お嬢様、夕食のお時間です」


 先ほどの騒ぎのせいか私の機嫌を窺っているような声で、ひどく癇に障る。


「必要ないわ!」

「しかし……」

「シファ、食べないとお前の体が弱ってしまうよ。それに無事に再会できたんだ。お前と一緒に食事をとりたい。あの時から今日までなにがあったのか、教えておくれ」


 ドアの向こうから優しい父の声がする。だけど騙されるものですか。父もまた前回の記憶の持ち主。金輪際、自分を父と呼ぶなと言っておきながら……! 今さら善良な父親ぶって……!

 ぎりっ。歯を食いしばる。

 それから一度深く深呼吸し、答える。


「食事ならこの部屋で食べます。パンとスープ、それから水だけで構いません」

「………………」


 私がなにを言いたいのか伝わったのだろう。きっと父も、私が牢屋生活でなにを食べていたのか知っているはず。

 この部屋が私にとって新しい牢屋だから、メニューはあの時と同じがふさわしい。


「それから私は自分の意思で逃げました。誘拐に見せかけるように計画したのも、私自身です」

「どうしてだい?」


 分かっていながらとぼける父に、苛立ちながらも答える。


「生きたかったからです」

「心配しなくても、お前は生きられるよ」



 ……なにを言っているの?



 一気に血の気が引くが、すぐに一転沸騰し、怒りで体を震わす。これ以上この人と会話することは無理だ、耐えられない。私は口を閉ざした。


「シファ?」


 何度も名を呼ばれたが、返事をしなかった。

 やがて諦めたのか、数人の足音が部屋の前から離れていった。



 ことっ。



 しばらしく、なにかがドアの前に置かれた音が聞こえた。

 人の気配が無くなったことを確認し、そろりとドアを開ければ、ディナーと呼ぶにふさわしい、豪華な料理がトレイに乗っていた。

 私はその中からパンとスープ、飲み物だけを口にし、後は手をつけずにドアの前に戻した。


◇◇◇◇◇


 翌日、ノック音に続き兄の声が聞こえてきた。


「シファ、開けてくれないか? 話をしたいんだ」


 ドアを開ければ、また殴る蹴るの暴力を振るう気だろう。

 家出で迷惑をかけたことに違いないが、過剰な暴力を受ける謂れは無い。だからドアを開ける気はなかった。しかし……。



「危害は加えない。だからどうか開けておくれ」



 その言葉を聞き、鳥肌がたった。

 心の内を読まれているような不気味さと、兄もまた前回の記憶を持っていると分かったからだ。

 恐ろしくなり、返事をしなかった。いや、できなかった。

 部屋に閉じこもり、どうにかして四年後の未来を変えなくてはと、とにかくそのことを優先に考える。

 それにしても一体、どうして誰もが前回の記憶を持っているのだろう。不思議ではあるが私自身もそうなのだから、難しく考える必要はないのかもしれない。


◇◇◇◇◇


 家に戻らされて一ヶ月過ぎ、足はすっかり完治したものの、極力部屋から出ることを避ける日々を送っている。

 トイレへ行くついでに盗んだたらいで水を汲み、部屋の中で体を拭いてはいるものの、体臭が気になってきた。牢屋生活で悪臭に麻痺していると思ったが、部屋を出ると生けられた花などにより屋敷中に良い香りが漂っているからか、どうしても気になってしまう。

 だがお風呂に浸かるとなれば裸になるので、敵の前に無防備な姿をさらすことになる。そんな危険は冒したくない。だから我慢して、暖炉の前で冷たい水のまま体を拭く。


 水を汲んでいる間、ずっと視線を感じる。気がつかないふりをしているが、監視されていることに間違いない。おかげで足も治ったというのに、逃げ出すことができないでいる。


 孤児院での生活は一週間と短かったけれど、服を洗うことも覚えた。庭の真ん中で盗んだ道具でごしごしと、今日もドレスを洗う。ここなら相手にも見られるが、私も近づいてくる人間がすぐに分かるので、いざという時すぐに逃げられる。それから洗ったドレスはぎゅっと絞り、部屋に干す。

 冬の冷たい水により、すっかり手は荒れた。とても公爵令嬢の手とは思えない。冷え赤くなった手に、はー。と息をかけながら、暖炉で使う薪を取りに向かう。


 この一ヶ月、家族だけでなく王子たちなど、私を裏切った者たちが入れ替わりに訪れてはドアの向こうから呼びかけてくる。そして誰もが、『夢だから安心しろ』と言う。

 あの記憶が夢だなんて信じられるものですか! あれほどの痛みも苦しみも悲しみも、全て夢で済ませようとするなんて! 同じ記憶を持っていながら、なんて非道な人たちなの!

 処刑される直前、私を嫌っていたと言っていた言葉に偽りを感じられなかった。だからここで許しても、彼らが私を嫌っていることに変わりが生じるとは思えない。


 同じ未来を辿ってしまうのは嫌だ。死にたくない……。死にたくない! どうして放っておいてくれないの! あのまま孤児院で暮らせていたら、皆、幸せになれたのに! なぜ私を苦しめるの⁉


「シファ、どうか声だけでも……」


 友人であったアルアの懇願する声を無視していると……。


「フィップ公爵。シファは、ほとんど食事をとっていないのでしょう? これだけ呼びかけても返事がないということは、中で倒れているかもしれません。無理やりにでもドアを……」



 ばん!



 返事の変わりに本をドアに投げつける。

 私は生きている。今度はあなたたちに殺されはしない! 返事をしないのは、あなたたちと会話を交わす気がないからよ! あなたたちだって本当は、私と係わりたくないくせに!


「シファ……」


 なぜかドアの向こうから、アルアの泣き声が聞こえてきた。


「夢なの……。どうか思い出して……」


 そう。前回を思い出しているから、あなたたちが敵だと分かっている。

 私に罪を着せる証言を行った貴女。私が嫌がらせの指示を出したと証言した貴女。それを忘れたとは言わせない!

 私が亡くなり、その後なにが起きたのかは知る由もない。

 けれどあれほどの仕打ちをしておきながら夢だと私に言い聞かせ、また親しくしようとすることは……。

 シャディでは王妃が務まらず、ウィア夫人が危惧した通り、国が荒れたのかもしれない。なにしろシャディは、王妃教育を受けたことがないのだから。王妃教育は一朝一夕で覚えられるほど、甘くはない。


 その点私は幼い頃より王妃としての務めを果たせるよう教育を受けており、また、愛のない結婚をすることも覚悟している。まさに彼らにとって、うってつけの存在。

 きっと国を守るため、私を建て前上の王妃にしようと必死なのだろう。そして私にシャディを寵愛する男の隣で、ただ王妃という仕事に明け暮れろと。

 前回はあんな殺し方をしておき、今回は我慢を強いてくるのは、とても承服できることではない。



「シファ、開けなさい。開けなければ、ドアを壊す」



 その日の父の声は凄みを利かせ、いつもと違っていた。ついに本性を現したらしい。

 その声から本気だと分かり、壊されては堪ったものではないので渋々ドアを開けると、見たことのない少女が一人、父の隣に立っていた。

 義務教育を終えたくらいの年齢だろうか。我が家のメイド服を着て新生活を迎えるためか、顔は期待で輝いている。赤茶色い髪の毛を左右で三つ編みにし、素朴な印象を受ける。一体、誰だろう。


「はじめまして、ラーアといいます。今日からこの屋敷で働くことになりました。メイドとして働くのは初めてなので、いろいろ迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします!」


 大きな声で挨拶をすると、頭を下げてくる。

 私は戸惑った。なにしろ前回の人生では登場しなかった人物が、目の前にいるのだから。


「彼女が今日から、お前付きのメイドだ」


 どういうことだろうと思っていると、頭を上げたラーアが眉間にしわを寄せ、大きく鳴らすとその鼻をつまんだ。


「失礼ですがお嬢様、何日お風呂に入っていないんですか? なんか臭いですよ?」


 かあっ、と顔が熱くなる。

 自覚はあったものの、初対面の彼女に指摘されると、より強い羞恥心に襲われる。


「お風呂、嫌いなんですか?」

「……今から入浴しようと思っていたの」


 悪気ない質問をするラーアに、つい嘘を吐く。

 前回の人生では登場しなかったラーア。

 誰かが送りこんできた人物かと警戒していたが、本当に彼女は田舎から出てきたばかりで、なんの魂胆もないようだ。


 義務教育を去年終え、都会に憧れ両親を説得し王都へ来たと話す。そこで長期で働ける場所を探しに使用人登録所へ向かい、我が家の求人募集を見かけて申し込んだところ、採用されたと言うが……。

 父が使用人登録所を利用するとは意外で、驚いた。

 なにしろ公爵家である我が家には、機密扱いの書類や重要文化財が数多くあるので、信頼できる方からの紹介やコネでないと、新人を雇うことはない。


 異例に雇われた彼女の故郷は、我が公爵領ではないと言う。

 だから父は彼女を、私付けのメイドとして採用したのかもしれない。家や前回の人生と無関係の人物なら、私が拒まないと考えて。

 それが意味するのは……。

 ……止めよう。前回の最期を思えば、そんなことはあり得ないのだから。


 髪の毛を洗いながら世間話のように、ラーアは言う。


「お嬢様だけ髪の色が違うんですね。他の皆様は金髪なのに」

「母方の祖父が黒髪で、私だけがその色を継いだのよ」


 そう答え、ある考えが浮かんだ。

 そうだわ、私だけ髪の色が違う。そのことで父は母が不貞を働いたと考え、それで私を嫌っているのかもしれない。母は父から不貞を疑われる存在の私に対し、怒っているのかもしれない。

 兄だって、どこの誰が父親か分からない娘なのに、公爵家の息女として扱われていることへ不満を抱いているのかもしれない。そんな女が将来王妃になることを、国王や王子たちは嫌がっているのかもしれない。

 どうしてこんな単純なことに、今まで気がつかなかったのだろう。たまたま祖父の髪の毛が黒かったから、目が曇っていた。

 家族から嫌われている理由を見つけることができた。それは彼らの変貌が、呪いではないことを指すのではないだろうか。


 まだラーアを完全に信用した訳ではないし、父の思い通りになったことは癪に障るが、彼女はこの家で唯一、会話を交わす人となった。




お読み下さり、ありがとうございます。


次回は三人称となります。


※あらすじを更新しました。


~お願い~

感想を書かれる場合は、作品を読まれた上、作者が誰かを把握された上で、よろしくお願いいたします。

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