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建国歴306年の目覚め

今回は残酷描写が多めです。





「なんて娘だ! 殿下の寵愛を奪われたからと嫉妬に狂い、人を殺めようとするとは!」

「お父様! 本当に無実なのです! どうか信じて下さい!」


 冷たい鉄の柵を握り訴えるが、その向こうに立つお父様は信じてくれない。


「お前は一体、これまでなにを学んできた! お前みたいな悪魔のような女、私の娘であるはずがない! 金輪際、私を父と呼ぶな!」


 そう告げると、お父様は帰った。

 鉄の柵を握ったまま、ずるずるとその場にへたりこむ。涙がこみあげてきた。

 どうして……? どうして信じてくれないの……? 私を愛してくれていたお父様が、なぜ……?


 私が公爵家から除籍され貴族でなくなり、ハリファ様との婚約も解消されたと伝えに来たのは、お母様だった。


「お前のような娘を産み、私はなんと不幸者でしょう。罪を認める気になりましたか?」

「いいえ、お母様。私には身に覚えのないことです。どうして認めることができましょう」


 それを聞いたお母様は、明らかな落胆の色を見せる。


「罪を認めないとは、強情な娘ね。一体誰に似たのかしら。でも流石にこうすれば、罪を認めるかしら」


 パチン。お母様が指を鳴らせば、薄汚れた身なりの男たちが姿を現した。彼らは下卑た笑みを浮かべ、鍵を開けると牢屋の中へ入って来る。そして手を伸ばしてくる。


「い、いや……。来ないで……」


 恐怖に近い嫌な予感がし、一歩、また一歩と後退るが、ついに壁際へと追い込まれた。もう逃げられない。

 やがて一人の男に腕を掴まれ……。



 そこからの記憶はない。



 気がつけば服は破り捨てられ、裸になり横たわっていた。周りには誰の姿もなく、薄暗く冷える牢の中に、ただ私一人。

 経験のない痛みや状況から、記憶がなくとも自分の身になにが起きたのか、察することはできた。破れた服を拾いながら、涙を流す。

 乙女でなくなったこと。こんな目に合っていること。なにより、家族に信じてもらえないことが悲しかった。


「お前のせいで! 我が家の名声が落ちたではないか! どうしてくれる! せめて正直に罪を認めろ!」


 毎日のように訪れるお兄様は、殴る蹴るの暴行を繰り返す。絶え間なく暴力を振るわれるので、なにも言い返すことができない。されるがままだ。

 手足が折れた。顔も殴られるので瞼が重く腫れあがり、上手に瞬きできなくなった。口の中も切れ、歯が何本も折れた。しかし治療は受けさせてもらえない。



「ほらよ、飯だ」



 這いずりながら、ご飯の乗ったトレイへ向かう。

 日に二度食事は与えてもらえるが、メニューは毎回同じ。カビの生えた硬いパンと、腐った食材で作られたスープ。そしてコップ一杯の水。これだけ。

 初めて口にした時は食べられたものではないと、すぐに吐き出した。

 それでも食べなければ餓死してしまう。死んでしまえば無実を晴らすことができない。

 生きるためだと言い聞かせ頑張って食べても、腐っているので腹を下したり吐いたりを繰り返し、体は衰弱する一方。しかもお兄様たちの暴力により、噛むことが日に日に難しくなる。パンはスープや水に浸し、ふやかすことでようやく食せるようになるのに時間はかからなかった。


「罪を認めれば、ましな食事を与えてあげるよ?」


 取り調べという名の暴力を振りながらジャーム様に言われるが、口を閉ざし続けた。やってもいないことを、絶対に認めてたまるものですか。



「まだ生きているとは、しぶとい女だ」



 ある日、なんの感情もない声でそう言ってきたのはハリファ様だった。ジャーム様も一緒だ。

 ここに来てから一度も洗えていない顔を、ゆっくりと上げる。

 ハリファ様は鼻を鳴らすと、不快な顔になった。


「やけに臭いな」

「毎日チェンバーポットの中身は捨てられているはずだけれど……」


 ちらりと、部屋の片隅をジャーム様は見やる。そこには排泄物を入れる、おまるの便器。チェンバーポットが置かれている。

 確かに毎日中身は捨てられているが、洗ってはくれないので、臭いの元になるモノがこびりついたまま。私は臭いに麻痺しているが、そうでない者にはさぞかしきつい臭いがこの空間に充満しているだろう。


「まあいい。喜べ、やっとお前の処遇が決まったので、それを伝えに来た。ギロチン送りだ」


 告げられた私は、この苦しみから解放されると喜んだ。生きて無実を晴らしたいと願っていたはずなのに、いつの間にか死へ救いを求めるようにもなっていた。生きたいのか死にたいのか、自分でも分からない。とにかく『今』から解放されるのなら、なんでも良かった。


「婚約解消できたとはいえ、お前が生きていては邪魔でしかない。今だってブディット公爵家とファーウ侯爵家が中心となり、しつこく抗議され、うるさくて構わないからな。準王家とまで呼ばれ、筆頭公爵家であるブディット家を怒らせるといろいろ厄介だが、お前が死ねば万事解決だ」

「苦労したね、ハリファ。証拠をねつ造するため、三年かけた甲斐がようやく報われるよ。これに自白もあれば完璧だったけれど……。監獄の中のことだからなんとでも操作可能だし、自白したことにしようか?」

「そうだな、それで頼む。さっさと自白していれば、お前だってここで一年近くも暮らすことはなかったのにな」


 その会話に、救われると喜んでいた気持ちが萎んでいく。


 証拠をねつ造……? 三年もかけて……? 自白したことに……?


 一体なにを話しているの? 彼らは私が無実だと知っていて捕らえ、こんな目に合わせているの? 信じられない……。

 ウィア夫人が言った通り、ただシャディ様を手元に置きたくて、私を排除したかっただけ……?

 そんな己の願望を叶えたいために……。そのせいで私は家族に見限られ、友人に裏切られ、純潔を散らされ……。こんな場所に一年も閉じこめられ……。


「あ、あふは……」

「ははっ。なにを言っているのか、聞き取れんぞ」


 愉快そうに笑う二人こそ、『悪魔』に見えた。

 いくら私が公爵家の一員だったとはいえ、正式な手段を取れば婚約解消できただろう。それなのに、こんな残忍な方法を選ぶだなんて……。

 彼をずっと善良な人間だと信じていた。だけど本当は人の皮を被った悪魔だったのだと、この時知った。


◇◇◇◇◇


 ギロチン台へ向かう朝。

 すっかり風貌の変わった私を、家族、友人、元婚約者とその仲間たちが取り囲む。


「やっと邪魔者を排除できる」

「本当は私、ずっと貴女のことが大嫌いだったの。未来の王妃になると思って、仕方なく親しくしていただけ」

「お前など産まなければ良かった」


 暴力や酷い食事などにより、すっかり別人のように風貌が変わってしまったのに、誰も心配しなければ容赦しない。言葉だけではない。最期まで皆から殴られ蹴られ、体力を無くしている私は、すぐに地面へ倒れた。それでも暴力は止まない。

 涙は枯れたのか、もう流れることはない。

 やっと暴力が止んだので口の中から血を流しつつ、自力で立ち上がろうとすると、それまで一言も喋らなかったシャディ様が、不揃いな髪をわしづかみにしてきた。そして急速に立ち上がらせると、耳元に口を寄せ囁いた。



「呪術師の力、存分に味わってもらえたかしら?」



 ……まさか……?


 驚愕の眼差しをシャディ様に向けると、彼女は笑った。

 私は痛みを感じながら頭を働かせ、理解した。なぜ皆、急激に人が変わったように私への態度を変えたのか。


 『呪術師』に操られたからだ。


 呪術師とは邪神から力を借り、人を呪う力を持つ者で、相手を病人にしたり不幸な目に合わせたりする。高位の者になれば、意のまま人を操ることも可能と言われ恐れられている存在。その能力は血統で受け継がれ、昔に比べ人数は減ったものの、今も確かに存在している。もちろんこの国にも。

 呪いをかけられた者は、容姿に変化が現れることがあるそうだが、ここにいる皆には、どこも変わった様子がない。だから呪いをかけられたとは、考えもしなかった。

 シャディ様の家系が呪術師の血統とは、噂すら聞いたことがない。となれば、きっと呪術師に依頼したのだろう。そして私の大切な人たちを変貌させた。それなら全て納得できる。


 でも一体、いつから? 学校生活での三年間をかけ証拠をねつ造したということは、それ以前から操られていたということ?

 いえ、アルアたちはあのパーティーまで、ハリファ様たちへ怒りを見せていた。ということは、三人はパーティー直前で呪いをかけられた?

 必死に考えていると、シャディ様が髪の毛から手を離し、お腹を抱えて大きな声で笑い出した。


「あはははは! なんてね! いくら高位の呪術師でも、これだけの人数を一人で操るなんて、無理に決まっているじゃない! だけど呪術師のせいにしたら、最期にいい夢を見られるかと思って……。ねえ、どうだった?」

「呪術師の呪いにより、我らが操られていると信じたか? そんな訳ないだろう。城には呪術師に対抗できる者を置き、王族は日々呪いをかけられていないか調べられている。呪いをかけられるなど、無理に決まっておろうが」


 国王陛下の発言に合わせ、全員が笑う。

 一体なにが真実なのか分からないまま絶望の底へだけでなく、首をも落とされ、私は命を落とした。


◇◇◇◇◇


「シファ、気分はどう? 大丈夫?」


 声が聞こえたので目を開けると、真っ先に両親の顔が飛びこんできた。二人とも心配そうな顔で、私の様子を窺っている。

 柔らかいベッドで横になっていた私はぼんやりしつつ身を起こし、辺りを見渡す。そこは見慣れた生家の私室だった。

 それから処刑台に座ったことを思い出した。


 そうだわ……。私は首を落とされたはず……。それなのに、どうして家にいるの?

 首に手を当てれば、頭と体は繋がっていた。



「……なぜ?」



 確かにギロチンの紐が切られ刃が落ち、死んだはず。それなのに、なぜ生きているの?

 耳には今も処刑台の前に集まった人々の罵声が残っており、まざまざと最期の光景も思い出せる。


「今日が何日か、分かっている?」


 なにを言っているのだろう。母の質問の意図が分からないまま、答える。


「建国歴311年……」

「いいえ。今日は建国歴306年、磨羯(まかつ)の月の七日よ」


 驚いたことに母は、処刑された約四年前の日付を口にした。それは四か月後に入学を控えている、一年が終わる最後の月だった。


 私は混乱する。

 時が戻っている? そんな馬鹿な、あり得ない!


 急いでベッドから降りると鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿に驚いた。身長も顔つきも、311年の頃と違う。幼くなっている。

 ジャーム様たちから取り調べを受けている時に嫌がらせで切られ、長さが不揃いになっていた髪の毛も、毎日手入れされているように艶やかで、ちゃんと切り揃えられている。


「嘘……。どうして?」


 髪だけではない。肌も清潔で、ささくれや痒みもない。牢屋に入る以前のように、滑らかで白い肌。

 その見た目から、本当に四年前に戻っていると、信じざるを得なかった。どうやら私は一度死に、また人生をやり直すことになったらしい。


 まれに前世の記憶を持って産まれる子がいるという話は聞くが、数年前に戻り人生をやり直す話など聞いたことがない。荒唐無稽だからと誰も語らないだけなのか。それとも私が人類初の体験者なのか……。

 その答えは出ず混乱しつつも考えていたら、ある一点に気がついた。


 このままなにもせず生きていたら同じ人生を繰り返し、処刑されてしまうと。


 前回の人生でシャディ様が言った通り、皆が呪術師に操られていたのか確かめる術を私は持っていない。

 呪術師に対抗できるのは、『祓い師』のみ。善神の力を借り、呪いに立ち向かう祓い師も血統で継がれる力なので、その血が流れていない私に能力はない。


 王子たちが呪術師に操られていたとしても、そうでないとしても、入学後から冤罪の証拠ねつ造のため動き出す。そして私は処刑される。そんな人生、二度も送りたくない。

 だから逃げ出した。

 王太子妃の立場など欲しい者にくれてやる。令嬢という立場もいらない。あのような無残な死を迎えず、生きたい。そのためなら貧乏でも構わない。

 孤児院での暮らしはなにもかも生家に比べ劣っているが、あの牢屋生活に比べれば天国だ。食べ物も腐っておらず、布団も枕も柔らかさがある。

 そして楽しく安全な一週間を過ごしていたのに……。



 神は残酷だった。

お読み下さり、ありがとうございます。


月の名前はお察しの方も多いと思いますが、黄道十二星座が元です。

ファンタジーとはいえ分かりやすいよう、一年は十二の月で分けようと、今回使用しました。


~お願い~

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