家出の決行
この話は平成31年2月12日の活動報告で挙げた、長編作となります。
その後、2月21日の活動報告で挙げた通り、考えていた出だしと似た作品をなろう内で偶然見つけ、お蔵入りにすべきか悩みましたが、該当作品のその後の展開を読み、内容は異なっていると判断し、この度公開と致しましたのでご了解下さい。
令和元年8月28日(水)
誤字報告機能について、活動報告をご確認下さい。
今がチャンス。
私以外の家族全員が馬車から降り、前方で起きた交通事故の確認へ向かった。私も一度降りる振りをするが、そのまま馬車の中に留まる。そして昨日用意しておいた洋服を椅子の下のスペースから取り出すと、焦りながらも急いでドレスから、その薄汚れた服へと着替える。
着替え終わると、同じ場所に隠していた短剣を取り出す。袖をまくり、脱いだドレスの袖だけを左腕に通す。口を強く閉じ、ドレスの上から腕も切るようにナイフを引く。痛みに声をあげそうになるが、涙目で堪える。
じわりと血に染まったドレスを外すと、次に胸の辺りを真っ直ぐ縦に切り、そこから手で乱暴に切り裂いていく。その間にも腕から流れ落ちた血が、ドレスを汚していく。
「……はあっ、はあっ」
これできっと何者かに襲われ、攫われたと思われるはず。捜索されるにしても身代金の要求がなければ、遠地で売り飛ばされる可能性が高いとされ、近辺での捜索は疎かになる。
だからメモもなにも残さず、ただなにかが起きたと思わせる空間を作り上げた。これで良い。
腕にこれまた用意していた包帯を巻き、ナイフをお腹に隠すと、音を立てないようにそろりと馬車の扉を開ける。
周囲の人は皆、馬車同士の衝突事故に気を向けている。誰も私を気にしていない。
それでもゆっくり、ゆっくり……。慎重に馬車から出ると、静かに扉を閉める。
事故が起きた向こう側の馬車の中に、これから王子の恋人となる少女が乗っているはず。やがて事故が気になったのか、その少女が馬車から降りてきた。
それを見て、やはりと確信する。
私は一度生を終え、なぜかそこから四年前に戻り、再び同じ人生を歩もうとしている。この事故だって前回の人生でも起きた。前回は私も家族と一緒に事故の確認へ向かい、そこで短いながらも彼女と会話を交わした。
なぜ四年前に戻り人生をやり直しているのか、理由はどうでもいい。このまま手を打たなければ四年後、私は無実の罪で処刑されてしまう。そちらの対策の方が重要なのだから。
周りの人が事故に注目する中、その流れに逆らいながら最初はゆっくり。やがて早歩きに。ついには年が明けたばかりの町の中、走って逃げ出した。
途中、川へ隠したナイフを投げ捨てることを忘れない。
そして計画通り、教会の隣に建っている孤児院へ向かった。
「あの! すみません!」
幼い子どもの手を引く職員らしき女性に声をかけ、紙を渡す。
「お母さんにここで、これを渡すように言われました」
その紙には、私が左手で書いた『この子を頼みます』という文章が書かれている。筆跡を偽造するため、わざと利き手でない左手で書いたので、文字は震えており、読み取ってもらえるか不安だ。
緊張しつつ待っていると、メモの内容に目を通した女性が名前を尋ねてきたので、事前に考えていた偽名を名乗る。
「アルファといいます」
「そう、アルファね。こちらへいらっしゃい」
建物の中へ案内され話をしていると、膨らみに気がつかれ、袖をまくられ包帯を見られる。
「この腕はどうしたの?」
包帯を巻く以上、必ずされる質問だと予想はできていた。
だから辛そうな顔を作って俯き、あまり触れてくれるなと言わんばかりを装い、用意していた答えを口にする。
「……これは、義父が……。あの人、いつも乱暴で……。だからきっとお母さんは、私を……」
詳しくは話さないが、相手が想像できるように語れば、こちらの狙い通りに伝わった。
そして私は無事、孤児院での生活を始めることができた。
その晩与えられた簡素なベッドの上で目を閉じ、前回の人生を思い出す。
前回の人生といっても、名前も立場も全て今と同じ。つまり私は、『私』という人生をやり直している最中。
前回の人生では今から四年後、無実の罪で処刑され生を終えた。
ギロチンが落とされ頭と体が離れ絶命したはずなのに、名を呼ばれる声が聞こえ、目を開けることができた。思考も可能だった。しかも目覚めた場所は生家の私室で、時間も四年前に遡っていた。
なぜ四年前に戻り人生を繰り返すことになったのかは分からない。ひょっとしたら哀れに思った神様が、やり直す機会を贈って下さったのかもしれない。
確かなのは行動を起こさなければ前回と同じ人生を歩み、処刑されてしまう。そんな未来、誰が迎えたいと思うだろうか。
だから私は襲われた振りを装い、家出を決行した。
私はフィップ公爵の息女、シファ。王太子である第一王子、ハリファ殿下の婚約者。
前回の人生では三年間の義務教育を受けるまで、公爵家の一員としての教養だけでなく、厳しい王妃教育を受けつつも、平和に暮らしていた。
それが狂い始めたのは、入学してから。
今から三か月後に入学する予定の学校。そこで三年間の履修を終え、卒業式も無事終了し、その後の卒業パーティーも例年通り開催された。ところがそのパーティーで王子に謂われのない罪状を読み上げられ、無実の断罪が始まった。
「お前の悪行もここまでだ」
余興にしても笑えないと思ったが、彼の顔を見て本気だと悟った。
さらに罪状を裏付ける証言を行ったのは私と仲がよく、親友と呼べる三人の令嬢だった。
私は真実を……。無実を訴えた。
「なにかの間違いです! 私はシャディ様に嫌がらせを行うように指示を出したり、襲う計画をたてたりなど、そのような恐ろしいことは一切しておりません! 皆、どうか真実を! 私は貴女たちを信じています! だから!」
「ほう。ではお前は、彼女たちが虚言を申していると? 信じていると言いながら、ははっ。その実、信用していないのだな。誰も信用しない、それがお前の本性か!」
王子の背後に控えるように立つ三人の友人は、まるで汚らわしい物を見るような、見下げた視線を私へ向けている。
なぜそんな目を向けるの……? これまでの彼女たちとの楽しい思い出が、崩れていくようだった。
この国では十三歳から十五歳まで、学校に通い教育を受ける義務が国民に課せられている。
通う学校は自由に選べ、学費など一定の金銭面の保証を国が請け負っているが、全額ではない。そのため、暮らしに見合った学費を要する学校を選ぶ場合がほとんどだ。
私が通った私立学校は学費は高いが教育水準も高く、全国一の学力を誇っていると言っても過言ではない。身分ある家や裕福な家の子が多く通うことでも有名な、歴史ある学校だ。この学校に通い卒業することは、一種のステータスでもある。
その学校では入学前にテストを受け、それまでに各家庭で受けた教育レベルを把握され、クラス分けが行われる。
公爵令嬢であり、王太子の婚約者でもあった私はもちろん一流の教育を受けており、一番レベルの高いクラスで学校生活を送ることになった。あの当時は親友と呼べる三人も同じクラスとなり、クラス分けの発表を見て四人で手を取り喜んだ。
もちろん王太子であるハリファ様も同じクラス。彼と机を並べて一緒に授業を受け、同じ時を過ごせることに私は喜んでいた。
幼い頃に大人たちが決めた婚約とはいえ、ハリファ様を慕っていたから。
真面目で優秀。思いやりの心を持ち、周囲の期待に応えようと頑張る人。しかし私と二人きりになれば、草の上に寝転がったりして、王子らしからぬ行動も取ったり、普通の人としての心も持ち合わせていた。そんな魅力的な人だから、自然と惹かれた。
だから隣の席で、視線を少し向けただけで横顔が見える。それだけでも幸せに浸れた。
そんなある日、彼の視線が目の前の私ではなく、別人に向けられていると気がついた。
それが侯爵令嬢、シャディ様。三年間の学校生活を送る中で、ハリファ様の恋人となった少女。
彼女の学力も悪くなく、私たちの級友だからこそ余計に、すぐハリファ様の異変に気がついた。
ハリファ様が彼女に惹かれたきっかけは、なんだったのか。その理由は定かではないが、ハリファ様は私と過ごすより、シャディ様と過ごす時間を日に日に増やした。
そのことを友人たちは我が事のように怒ってくれたが、そのたび私が彼女たちを宥め、立場が逆転することも多かった。
シャディ様に入れ込むハリファ様の行動は褒められたものではなく、将来臣下となる大勢の生徒の前で振る舞う言動としては、大きな誤りだ。
しかし人を慕う気持ちは他人に言われたからと、止められるものではない。
だから私は静観を決めた。ハリファ様の友人であり、彼の将来の側近と目されているジャーム様たちも、苦言を呈している様子がなかったのも理由の一つ。きっと彼らも、学生の間だけの誤りと信じているのだろう。私と同じように。
だがそう思っていたのは、私だけだった。
王子やその友人たちだけではなく、親友と思っていた人たちにも裏切られる形で……。卒業生だけでなく、その関係者も集うパーティーで突然私は糾弾されたのだ。
嫌疑はシャディ様に嫌がらせを繰り返し、危害を加えた暴行罪。さらには殺人を企てた殺人未遂。
もちろん覚えがない私は否定した。内心ではシャディ様を嫉妬し憎く思っていた。だが未来の王妃たる者。我を忘れてはならないと、己を律していたから。だからどんなに激しく嫉妬しようと、我慢していた。それを皆、分かってくれていると思っていたのに……。
ジャーム様たちだって、こんな王太子として皆から信頼を失いかねない行動を許すだなんて……。信じられない……。
まるで他の世界から聞こえてくるように、友と信じていたアルアたちが証言する声が、会場に響く。
「私はシファ様、本人から聞きました。殿下の寵愛を奪われ許せないので、シャディ様を殺害する計画をたてていると」
「私もシャディ様に嫌がらせをするようにと、強制されました。シャディ様、本当に申し訳ありませんでした。あの時の私は、逆らえなくて……」
涙を流し謝る友人たちを許すと、シャディ様が笑みを浮かべ優しく答える。
……これは、なに? どうして嘘を? なぜ皆、そんな目で私を見るの? これでは本当に私が……。
周囲の人たちは、徐々に私への疑いの色を濃くしていく。全校生徒だけでなく、教員も真実を知っているはずなのに。どうして?
……そうか。アルアたちが証言したから、私が裏でそんなことを行っていたのかと信じ始めているのね。彼女たちは私といつも行動を共にしていたから、それを利用し……。
「……皆、どうして……? どうして嘘を……」
「見苦しいぞ! お前は彼女たちを友人だと言いながら、嘘つきだと言い張るのか! 彼女たちはお前に過ちを正して欲しいからと、勇気を出して証言したというのに! そんな優しい思いを無下にし罪を認めないとは、見下げた女だ! 罪を認め改める態度を見せれば、まだ許せたものを! 者ども、この女をひっ捕らえろ!」
「お待ち下さい、殿下! 今一度、調査をやり直すべきです!」
控えていた兵士が向かって来る中、同じ卒業生のハリフ様とその家族たちが、抗議の声を上げてくれた。
「そうです! これまでシャディ様が嫌がらせを受けていたとは、噂すらありませんでした! 嫌がらせとは具体的に、どのような内容なのですか⁉」
「シャディが事を荒立てたくないからと、耐えて伏せていただけだ。持ち物を捨てられたり壊されたり……。酷い時は、制服も破かれた」
「証言しているのは三人だけ! 他に壊された持ち物を見た生徒はいますか⁉」
「王子である私と、その友人たちが確認した。それでは不服か?」
「王族に仕える臣下として申し上げます。むしろ殿下、貴方こそ己を改めるべきでしょう」
ハリフ様の父親が厳しい眼差しで言い切ると、しんと場は静まる。
「……どういう意味だ」
低いハリファ様の声が響くと、それに答えたのは、ある女性だった。
「学業より特定の女子生徒との逢瀬を優先させていると、この学校に通う子ども達から聞いております。特定の者を贔屓されている方の言葉を、誰が信じられましょう。ハリファ殿下、貴方はシファ様を貶め排除し、寵愛する者を側に置きたいだけでは? 証言を行い貴方に加担している者たちは、貴方と近しい者ばかり。貴方と関係が浅い者の証言はない。疑わしい話ですこと」
このパーティーは学校行事の一つなので、目上の者へも身分に関係なく、話しかけることが許されている。
しかも答えた女性は、準王家とも言われる筆頭公爵家の当主夫人。それもハリファ様の伯母である、ウィア夫人。現国王の実姉である彼女の発言は重く、影響力が強い。思わず兵士たちの動きが止まる。それを横目に、さらに夫人は言葉を続ける。
「ジャーム殿もこのような浅慮を許すとは……。これでは次世代の我が国の先行きは、不安ですわねえ」
ウィア様のわざと吐いたため息が、大きく響く。
それに怒ったのは、ジャーム様の父親だった。
「いくら公爵夫人とはいえ、我が息子を侮辱する発言! 許せませんぞ!」
「あら。それでは貴方は、恋愛に現を抜かす失態を学校中の者に見せつけ、自分たちだけの証言で糾弾する者たちに国を任せられると? 証拠だって……。例え品を持ち出してきても、それがいつ、どこで、誰にやられたのか。どうやって証明できるのかしら。自作自演の可能性もありましょう?」
「確かに証言だけでは……。実際、私も息子から校内の様子を聞く限り、夫人の言うことが正しいかと……」
「しかし証言したのは、シファ様と特別に親しい令嬢たちだ。我々の知らない一面を知っていても、おかしな話ではない」
場は混乱を見せ始めた。
一体私はどうなるのだろうと不安になっていると、ハリフ様一家の一族の長である、ファーウ様が飛び出してきた。
「殿下、お聞き下さい。貴方は」
「黙れ! 私に逆らうのなら、この場でお前の職を解任するぞ!」
ファーウ様の言葉を遮るように、ハリファ様は叫ぶ。
瞬間、一気に怒声が会場中を飛び交った。
「横暴だ!」
「これでは到底、信じられたものではない! 第三者が調査をやり直すべきだ!」
「なんて恐ろしい……!」
「暴君に国を任せられるか!」
「なんと愚かな……。王家に仕える臣下としても、伯母としても、看過できません!」
「陛下! どうか殿下をお諫め下さい!」
この場に居合わせている国王陛下は、ファーウ様を見据え冷たく告げた。
「私は息子を信じる。将来の国王となる者として、偽りなき調査の結果を伝えたと。主君を信用しない臣下など必要ない。ファーウ、お前の職はこの場をもって解任とする。ウィア夫人たちよ、王族への非礼な態度、今日は見逃すが以後控えるように。兵士よ、その女を連れて行け」
「へ、陛下……。貴方も……」
国を統治する国王陛下の言葉により場は静まったものの、空気は変わらない。ウィア夫人はちっとも納得していないと、その態度を崩さなかった。
そんな中で再び動き出した兵士に捕らえられた私は、罪人が収容される施設へと送られた。
お読み下さりありがとうございます。
以前から活動報告で挙げていましたハイファンタジーです。
一応最後まで書き上がっていますが、公開ギリギリまで何度も見返しを続けようと思います。
……いえね、意外と変換ミスが何度も見返したはずなのに見逃している部分が多いのですよ……。
感想を書かれる場合は、作品を読まれた上、作者を間違われない上でよろしくお願いいたします。
それではこれから最終回まで、どうぞよろしくお願いいたします。




