真の敵を知る
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「まさか彼が呪われるとは……」
深く椅子に腰かけたブディット公爵が呟く。
王命でアルサール侯爵の病状の事実確認へ向かい、それは病気ではなく、呪いをかけられたため体が不自由になったと気がついた。手を動かすことができ耳も聞こえるので、彼自身から家督を娘に譲る意思を示され、確かに確認は取れた。
いくら敵とはいえ悲惨な姿。呪いを祓ってやりたいと思ったが、あまりに強い呪いで、とても自分の力では祓えないとブディット公爵には分かった。それに対し詫びると手のひらに指で文字を書かれ、気にするなと返事をもらった。
それだけに余計、その時の顔が忘れられない。どこを見ているのか分からない視線のまま、不安だろうに無理やり笑った顔。気の毒に思え、強く頭に残っている。
「ファーウ殿。これまで我々はアルサール殿が主犯だと考えていたが、違うのではないか? 彼が主犯なら呪いをかけられるはずがない」
「では一体、誰が主犯だと? 主犯である彼を止めようと、何者かが呪った可能性も考えられます」
「それは違うだろう。なにしろ昨日、また陛下たちが狙われたではないか」
疲労を隠し切れないファーウは黙った。
ブディット公爵は顎に手を当てしばし考えると、ある人物の名を挙げた。
「……スティエラ殿はどうだ? まだ若い娘の後継人となれたことで侯爵領の経営にも口出しができ、立場が強まったとも言える」
「しかしそれだと疑似体験の内容に合いません。疑似体験ではアルサール侯爵の健康状態に問題はなく、彼は好き勝手に振る舞い、スティエラ殿は登場しませんでした。夢に登場し、アルサール侯爵に関係している者といえば……」
まさかと、二人は顔を見合わせる。
「シャディ嬢か?」
子どもだからあり得ないと思っていたが、もし彼女が主犯だとすれば、それを止めようとした父親を呪ったと説明がつく。そして彼が会議で怯えた様子を見せたことにも。さらに娘自身も侯爵という身分を手に入れられ、十分旨みがあるのではないか。
アルサール侯爵を探るためにハリファやジャームたちは、シャディが近寄ってきても拒まなかった。だがどんなに親しくしようと、けして彼女は彼らを自宅へ招こうとしなかった。それは見られたくないものが屋敷にあると考えられていたが……。
アルサール侯爵の病状を確認するため屋敷に向かうと、そこに充満する邪神の力は圧倒的だった。祓い師だからこそブディット公爵は凶暴な力をより感じ、滞在中は何度も倒れそうになった。あの気配が彼女から発せられているとすれば……。
辻褄が合うのではないか?
娘は骨折をしたからと休学しており、最近その姿の確認は取られていない。
ベッドに横たわるアルサール侯爵からは、あいかわらず呪術師として高い能力を感じられなかった。それに邪悪な力は地下から屋敷中に流れこんでいると感じた。娘は病院へ行っており不在だと言われたが、あの時本当は地下にいたのではないだろうか。
それに屋敷を見張っている警備兵が、シャディの出入りを確認していない。つまり病院へ行っているという話は、嘘だった。それを知ったのは、国王への報告の後だったが……。
「まさか、あんな少女が……」
信じられないと、ブディット公爵は呟く。
「疑似体験の話を聞き、てっきり父親に命令され動いていると思っていたが……」
本当にシャディが主犯だとすれば、なぜ父親は従ったのか。そしてなぜ父親を呪ったのか。王太子妃の座を狙っていながら侯爵の名を継げば、ハリファとの結婚の障害になると分かっているだろうに……。
「近々、爵位が譲渡される儀式が執り行われます。その場には貴族だけでなく国王陛下、王妃殿下、王族方も集結します。ひょっとすれば、そこで一気に動くつもりかもしれません」
「そうだな。それに爵位は譲渡することもできる。陛下に呪いをかけ、自分と殿下の結婚を認めさせる魂胆があるかもしれぬ。あの充満していた邪神の力、我々二人だけでは太刀打ちできぬ。我々も一族全員で対抗するしかない」
「承知しております。すでに一族の者には全員、声をかけております」
「私もだ」
新たな侯爵誕生の儀式が執り行われる前日、ついにシファは王都へ帰った。
◇◇◇◇◇
城に向かって黒い筋が空に浮かんでいる。まだ城の内部に到達していないそれは、くねくねと蛇のように動き、まるで城へ向かう合図を待っているかのよう。あれも自分の体を這っていた、蛇のような呪いだと分かる。
筋を辿っていくと、それはある高級住宅街の中から発生していた。
「あの先は……」
間違いない、アルサール侯爵の屋敷がある方向。疑似体験の中で彼の娘であるシャディ様がハリファ様の婚約者になったことから、やはり一連の件は彼が主犯!
「ただいま帰りました」
「シファ……。その髪……」
居間に入ると、驚いたお父様が椅子から立ち上がる。
「呪いは全て祓えました。私はもう、誰にも操られておりません」
笑顔で告げると、お母様はまたも口元に手を当て、涙を流される。お父様はなにも言わず、泣きながら抱きしめてくる。お兄様も『良かった』と何度も繰り返し、腕で両目を拭う。
ラーアや使用人たちも皆、私たち家族を祝福するように優しく見守ってくれている。
だけどいつまでも温もりに浸っている場合ではない。
「お父様、今回の件はアルサール侯爵の仕業に間違いありません。今も強い呪いが城の上空を漂っており、陛下やハリファ様たちに呪いをかける機会を窺っています。ファーウ様たちが対抗するでしょうが、あまりに強い力です。早くアルサール侯爵を捕らえるべきです。なにかを狙っているようで、幸い呪いは今、動いていません。だから捕らえるなら、今がチャンスです!」
腕の中で見上げながら言い切ると、お父様は逡巡するよう口を開いては閉じを繰り返す。やがて意を決されたのか、驚くべきことを教えてくれた。
「アルサール侯爵は呪いをかけられ、まともに動くことができない体となった。目が見えず、声も出せない。最近は手足を動かすこともできなくなったそうだ」
「え?」
思いも寄らない情報に驚く。
それではアルサール侯爵が主犯ではないの? 確かに呪いは今も発せられているのに……。では一体、誰が主犯だというの?
「当主の座は娘であるシャディ嬢へ譲られることになり、明日、城で当主交代の儀式が執り行われる。そしてブディット公爵が言うには……。主犯はシャディ嬢の可能性が高いと……」
確かにシャディ様は呪術師として高位の力を持っている。それは身をもって体験しているので間違いない。だけど彼女が主犯? そんな、まさか……。
疑似体験の時に聞いた、彼女の笑い声が蘇る。まるで私たちを嘲笑うかのよう、何度も何度も……。
「明日、儀式のため国内の貴族が城に集まる。そこでなにかが起きる可能性が高い。お前も狙われるだろう。せっかく呪いが祓えたんだ、明日は出席せず家にこもっていなさい」
優しい申し出だが、我に返ると首を横に振る。
「いいえ、お父様。私は出席します。神様が私に力を……。祓い師の力を授けて下さったのです。その力で私は自分の呪いを祓うことができました。呪術師を……。多くの人を傷つける者を放ってはおけません。それが将来国母となり、祓い師である私の責務です。それにこれ以上、私たちのように傷つく人を作らないためにも!」
私の返答にお父様は固まる中、鼻を鳴らしお兄様が援護してくれる。
「父上……。シファは殿下と婚姻を結べば、あらゆる困難と立ち向かうことになる。シファの言う通りです、出席させましょう」
お兄様の言葉を受け、お父様は悔しそうに顔を歪める。
「……駄目だな、頭では分かっているというのに……。父親として娘のお前に重責を背負わせるのは、心苦しくてたまらない……。シファ、本当に祓い師としての力を授けてもらえたのか?」
「はい、授けて頂きました。……ありがとうございます、お父様。お父様が私を大切にされている気持ちが伝わってきました。だから大丈夫です。お父様が私を思うこの気持ちも、私の力となりますから」
それから大丈夫だと言わんばかりに笑顔を見せる。
だけど気は引き締めている。それはお父様にも伝わったのだろう。時計を見ると……。
「では私と一緒に来るがいい。これから城で明日についての対策会議が行われる。お前も出席しろ」
「はい」
貴族が一堂に介する明日が勝負の場。この呪いの件は必ず明日で終わらせる。そう強く決意し、お父様の後を続いた。
◇◇◇◇◇
今日の主役であるシャディ様は、儀式の説明が行われるので早めに家を発つはず。通常なら前日までに行う説明を当日としたのは、作戦の一部である。
アルサール様の状態は良くなく、立ち上がることも難しいので儀式には欠席するだろう。
シャディ様が家を発ったと知らせを受けた私は、すぐにアルサール様が残っているはずの屋敷へ向かう。まずは本当に彼が主犯でないのか、それを確かめなくてはならない。
アルサール様は私と同じ呪術師による呪いをかけられていると考えられている。だからその呪いを祓えた私がアルサール様の呪いも祓い、彼の口から真実を語ってもらうと決まった。
アルサール様が呪われたのは、主犯を裏切ったからだと見られている。だからきっと、真実を語ってくれるだろう。
「……うっ」
屋敷に近づくにつれ、気分が悪くなり口に手を当てる。
なんて邪悪な力なの……。屋敷から放たれている力は、吐き気を覚えるほど。力を持たない御者はいつもと変わらぬ様子で仕事をこなしているので、これは祓い師の力を得たから感じるのかもしれない。
「剣よ現れよ」
呪文を唱え、剣を私の手の中に。いつでも使えるように準備する。
そして昨晩急きょ考え直された計画に加わるため、王都の警備を担う騎士団と合流する。その団長はブディット公爵のご子息、ザーム様。
「ザーム様、この禍々しい力……」
「シファ様も感じますか。祓い師や呪術師にしか分からないようですが、恐ろしいほど強い力ですね……。父から聞いていましたが、ここまでとは……」
まだ動いてもいないのに、ザーム様は顎を伝う汗を拭われる。
そして時間になると団長であるザーム様に続き、私たちはアルサール様がいるはずの屋敷へと歩き出した。
ザーム様が強くノッカーを叩く。
「どちらさまでしょうか」
ひどく顔色の悪い使用人が顔を覗かせ、私を見るなり驚愕する。
それに構うことなく、ザーム様は令状を広げて見せた。
「頻発している行方不明事件に関与している疑いがあり、これよりこの屋敷の家宅捜査を行う!」
そして使用人の返事を待たず、全員で一斉に屋敷の中へなだれ込む。
「こ、これは一体⁉ 何事ですか⁉」
屋敷に残った使用人たちが騒然とした様に、至る所から顔を覗かせる。彼ら全員、体に蛇のような黒いなにかをまとわりつかせており、その先は心臓に深く突き刺さっている。その様子から、なにか根深い呪いをかけられていると分かる。
ブディット公爵から聞いてはいたけれど、一体誰がこんな……。本当にシャディ様一人で全員に呪いをかけたの? もしそうだとすれば、彼女はかなり手強い相手となる。勝てるかと一瞬不安になるが、出かける前にラーアから『お嬢様なら勝てます、頑張って下さい』と言われた応援を思い出し、己を奮い立たせる。
「アルサール殿はどちらに⁉」
近くにいた使用人を捕まえ、ザーム様が尋ねる。
「だ、旦那様は……。二階の寝室に……」
剣を持ち、ザーム様と共にアルサール様のもとへ向かう。
邪悪な力は地下からより強く感じる。しかしアルサール様は二階の寝室にいるという。やはり主犯は彼ではなく……。
まさか本当に彼女が主犯だなんて……。私と同い年なのに、こんな悪事を……? 今でも信じられない。
やがて着いたその部屋ではアルサール様が一人、ただベッドの上で目を見開いて、天井を見つめているように横たわっていた。まるで廃人のようで、意識があるのかさえ怪しい。呪いを祓っても会話が成り立つだろうか。
彼の体にも、何匹もの蛇に似た黒いなにかが這っている。やはり使用人たちとも……。私へかけられていた呪いとも同じ。
蛇は太く大きいけれど、これなら祓える。私は持ち手を握り、今は離れている場所にいらっしゃる神様に向け、祈りを述べる。
「神よ、どうかそのお力を私にお貸し下さい! そしてこの者の呪いを祓いたまえ! 光で散れ!」
全ての呪いを祓うように祈りながら剣で斬れば、呪いが霧散する。
びくん!
体を震わしたアルサール様が、ゆっくりと身を起こす。
「あ……」
喉元に手を当て、驚いたように声を出す。
「アルサール様、時間がありません。単刀直入に聞きます。この屋敷でなにが起きました? 貴方は誰から呪いをかけられました?」
ザーム様が矢継ぎ早に尋ねる。
「呪いを……。我が一族は、昔から、呪いをかけられており……」
それだけ答えると、激しく咳きこむ。会話が成り立つか不安だったけれど、それは杞憂であった。しかし体調はかなり芳しくないようだ。
夢の中の私と同じで彼もベッドに寝かされたまま、まともな食事を与えられていなかったのだろう。もともと痩せていた体は、さらに骨と皮だけになっており、喋ることさえ辛そう。それでも語りを再開する。
「娘に……。シャディに、呪いをかけられました……」
ザーム様と目を合わせ、やはりそうなのかと無言で会話を交わす。
「昔、当家の娘が当時の国王に嫁ぎ……。不貞を働いた上、子を成したので離縁され、家に戻ってきたことが……。その不義の子の生まれ変わりが、シャディなのです……。シャディは前世から力ある呪術師で、いつか自分が生まれ変わった時、自分に従うよう、子孫に呪いをかけたのです……」
この家にその昔、不貞を働き離縁された女性がいたという話は、今も貴族社会では有名な話。
その子は当時の国王と似ても似つかぬ見た目で、不貞を働いていたと妃に仕えていた使用人の証言もあり離縁された。それからこの家は、何世代も信頼を失ったまま、不遇の時代を送った。
けれどそれも昔の話で、罪は償われたと周りは思っている。それなのに今、その子がシャディ様として生まれ変わってきて悪事を働いているなんて……。
「シャディは前世では将来、王になると言われていたのに、王家から追い出され……。あれは、玉座に執着しているのです……。今度こそ、玉座を手に入れると……。ただそれだけしか考えられなくなっている……」
アルサール様の目から涙が流れる。
なるほど……。ハリファ様に思慕がないのに婚約者になろうとしたのは、玉座を手に入れる足掛かりとするためだったのね。
「そのため呪術師として、より高位になろうと……。地下室で……」
そこまで言うと、アルサール様は両目に片手を当てる。
「止められなかった……。止めようとしましたが、体を不自由にされ……」
「地下室を調べろ」
「はっ」
ザーム様の指示を受け、数人の騎士が地下室へと向かう。
「すみません、すみません……。皆、死にたくなかったのです……。呪いのせいで、命を奪われるのが怖くて……。私はお家復興に目が眩み……。気がついた時には、状況は取り返しのつかない方へ進み……。あの子は前世で孫子に……。血統となる子孫に呪いをかけたのです……。自分が生まれ変わった時、自分の手足となり働くようにと……。逆らえば、心臓を握り潰される呪いも……。力について一族以外の他人に口外できない呪いも……。一族の者、全員が同じ呪いをかけられています……。もちろん我が家の血統に連なる、スティエラ子爵家も……」
死にたくない気持ちは痛いほど分かる。疑似体験を前回の人生だと思いこんだ私も生きたいと強く願い、自分なりに必死に抗った。死にたくないと思うのは、誰も同じ。
私には今、アルサール様を責めることはできない……。だけどもっと早くどうにかできたのではないか、そんな思いもある。こんな時なんと言えばいいのか分からず、結局なにも言えなかった……。
お読み下さり、ありがとうございます。
あと残り2話。
ラストまで頑張りますので、よろしくお願いいたします。
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