悪魔のような娘
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「フィップ公爵、シファ様のご様子はいかがですか? まだ髪は黒いままですか?」
シファが帰路を急いでいる中、今日も貴族会議でこの話題となる。
娘であるシファが遠出していることを仲間以外に伏せているフィップ公爵は、残念そうに首を横に振る。
「いけませんなあ、ファーウ侯爵。どうなっております? このまま何者かに呪われた状態で、彼女を王家に嫁がせるつもりですか?」
アルサール侯爵の血縁であるスティエラ子爵が顎鬚を撫でながら、のんびりとした口調でファーウを責める。
「正式な婚姻を結ぶまで、まだ年数があるではないか」
ファーウが答えるより先に、かばうようにブディット公爵が口を開いた。だがその答えは、スティエラ子爵の想定内。
「王妃教育を受けることを考えて下さい。今すぐにでも婚約を解消し、新たな人物に教育を施すべきです。それが一番賢明ではありませんか? それとも婚姻を結ぶまでに、必ずシファ様へかけられた呪いを祓える確証がおありなのですか?」
「確かに王妃の存在は重要だが、私にはジャームなど優秀な臣下がつく。例え王妃が教育を受けずとも、その者たちと協力して国を統治する自信はある」
今回の貴族会議には、珍しくハリファも出席していた。その彼の発言を聞き、スティエラ子爵は無礼と言われても仕方ないほど呆れた声を出す。
「殿下……。それはあまりに楽観しすぎではありませんか? 国を治めるというのは、そんな簡単なことではありませんでしょう」
そう言うと周りの者に同意を求めるよう視線を向けるが、誰も彼の発言に同意を見せなかった。
子爵だからと自分を見下している連中はともかく、せめて仲間であるアルサール侯爵は同意すべきだろうと思うが……。なにを考えているのか、彼はただ俯いたまま。
今日は始終こんな様子で、いつもと違い神子への忠誠心も感じられない。彼の屋敷でなにが起きたのかと気になり会議が始まる前に尋ねてみたが、なにも答えてくれなかった。
「それより私は最近相次いでいる、不審死の問題を提起したい」
フィップ公爵の言葉により、場に緊張が走った。そんな中で一人アルサール侯爵だけ、大きく身を震わせた。それを国王やハリファ、ファーウたちは見逃さなかった。
この数週間。特に貧民街を中心に、王都に暮らす国民の不審死が相次いでいた。誰もが突然心臓の痛みを訴え、命を落とす。それまで健康に問題がなかった者でもだ。
当初は真っ先に病気が疑われたが、医師が調べても見た目からの死因は不明。そこで解剖してみると、どの遺体もまるで心臓が握り潰されている状態になっている共通点があった。
その遺体を目にしたブディット公爵の息子、ザームが気がついた。死因は呪いによるものだと。呪いをかけられた力の残骸が、遺体に残っていたのだ。
謎の死因は呪いによるもの。それにアルサール侯爵が係わっていることは間違いないだろう。力を使い続けることで呪術師として向上するタイプがいるので、彼らの血統もそうなのだろう。しかしなぜここで彼が怯えを見せたのか、誰もが不思議に思った。人々の死に絡んでいるのなら堂々とし、むしろ疑われないようにするのが普通だからだ。
「行方不明者も増えていると聞きますな」
アルサール侯爵の様子を不審がりつつ、ブディット公爵が続ける。それらについては全て、アルサール侯爵家の使用人が係わっていると尾行調査で判明している。それを知った上での発言であり、たまにスティエラ子爵家の使用人の姿が一緒であることも、もちろん掴んでいる。それらの情報を把握している全員が、知らぬ振りをする。
そこに触れられたくないのか、またもスティエラ子爵がひょうひょうとした様子で発言する。
「行方不明者はともかく、未知の病が蔓延しているとなれば大変ですなあ」
「スティエラ子爵。他人事のように言うが病となれば、貴殿もいつその病に罹るか分からんぞ」
ブディット公爵の言葉に、スティエラ子爵は黙った。
不審死が相次いでいるのは、病気だからではない。シャディが訓練と称し、見ず知らずの者に呪いをかけまくっているからだ。心臓を止める呪いで、被害者が絶するまでの時間は日に日に短くなっている。それは呪術師として、よりシャディが進化したことを意味している。
それを知っているスティエラ子爵は顎鬚を撫でながら、少し喋りすぎたかと反省する。
行方不明者にしてもそうだ。神子がより強く神の力を体内に宿そうとするため儀式を行うと言い、その為にアルサール家の使用人が人を買ったりさらったりしている。時に自分の使用人も手を貸しているが……。
(ちとやり過ぎたのかもしれぬな。具体的な人数は知らぬがアルサール侯爵の様子からすると、知られている以上の人数かもしれぬ。かと言って神子に控えるように進言しても、あの御方の性格からすれば聞き入れてもらえないだろう)
アルサール侯爵の屋敷の地下室で儀式は行われていると聞いてはいるが、実際その様子をスティエラ子爵は見たことがない。血肉を捧げるとは聞いているので、凄惨な現場となっていることは想像できるが……。
(このままではアルサール侯爵は、音をあげるかもしれぬな……)
彼を見ているとそう思えてきた。その場合、自分はどう動くべきか……。
いや、神子に逆らうことが無理なのだ。どう動くかではなく、神子が望むよう動かされているだけ。所詮自分も呪いにより、シファと同じく操られている存在にすぎない。
そうスティエラ子爵は割り切っている。だからアルサール侯爵と違い、悩んだり苦しんだりすることはない。
◇◇◇◇◇
「なんの役にも立たない人間を! 食い扶持を減らされて喜んでいる人間を! 助ける⁉」
帰宅した父から、これ以上の行方不明者を増やさないため、警備を増やすことが決まったと聞いたシャディはあり得ないと叫んだ。どれだけ娘が人命を軽んじているのかよく分かる発言だと、アルサール侯爵は密かに思う。
「シャディ……。少し儀式など控えるべきではないか?」
もともと痩せ型のアルサール侯爵はこの数日でさらにやつれたが、シャディには興味なかった。
この国の後継者は男子優先だが、男子がいなければ第一子から順に後継者の順位が与えられる。つまり父親が亡くなれば、唯一の実子であるシャディが新しい侯爵となるので、父親など亡くなっても問題ない。だから彼女は父親の体調に興味がない。
しかし父親が亡くなり自分が侯爵となれば、ハリファとの結婚がスムーズに運ばないと分かっているので、今死んでもらっては困る存在ではある。
今の彼女にとって両親は、父の予想通り家族ではない。ただ自分にとって都合よく動いてくれる駒の一つ。いや、両親だけでなく、前世の子孫でもある一族全員が当てはまる。そしてそれには国民も含まれている。いずれは自分が国の頂点に立つのだから、その自分がそこに暮らす、いわば所有物をどう扱おうと構わないと本気で考えている。
そう、彼女が執着しているのは玉座だけで、国政などには興味がない。
前世から欲して止まない玉座。それを手に入れることだけしか見えなくなっており、では王になったらなにを行うのか。そういった点を見出してはいなかった。だから呪いが祓えなかった場合の疑似体験で、アルサール侯爵が好き放題に政策へ口出しをすることができていた。シャディが政策に興味を持っていなかったからだ。
シャディに力を貸している神は混乱を好み、争い事も好む性格。
人間として曲がっているシャディが玉座に着けばそれを利用し、この国を中心に世界へ混乱を生み出そうと企んでいることに、神子とはいえシャディは気がついていない。彼女は神に愛されていると自負しており、まさか神に利用され玩具にされているとは微塵さえも疑っていないのだから。
「なにを弱気になっているのよ! 私の呪術師としての能力は上がったと分かっているでしょう⁉ まだファーウやブディットに一人では勝てないけれど、このままいけば私一人でだって」
「駄目だ! 控えろ‼」
自分の発言を遮り、ここまで強く反対してくるとは……。
前世を思い出し神子と自覚するまでは、叱責を受けることはあった。しかし自覚してからは叱責を受けたことがなく、長らく怒鳴られたことがないシャディは驚き、次に怒りを覚えた。
「……なに、それ。私に逆らうと言うの?」
「ち、違うわよ、シャディ。お父様は下手に動いて目をつけられるより、今は慎重に動くべきだと、そういう意味で言ったのよ。ね、ねえ? あなた、そうよね?」
夫と同じく顔色の悪いやせ細った妻のジューンが、慌てて声をあげる。
娘に媚びるように無理やり笑っている妻を見ていると、やはりこのままでは駄目だと思う。
椅子に座り、アルサール侯爵はぎゅっと両手を重ねて握り、まっすぐシャディを見つめ強い口調で告げた。
「控えろ。これは家長としての命令だ。それに不満があるのなら、私を殺すがいい」
「あなた‼」
「へえ……。お父様、本気なの?」
勇気を出し逆らったものの、アルサール侯爵の震えは止まらない。そんな父親をシャディは笑みを浮かべながら見つめ続け、ゆっくりとした足取りで背後に回りこむと後ろから抱きしめ、耳元で囁く。
「私が孫子一族にかけた呪いにより、すぐに命を奪うことが簡単だと知っていて、そういうことを言うの? 震えているけれど……。なかなか度胸あるじゃない」
それから離れると、父親の頭を小突く。
「まずは口、そして目」
なにが起きたのか、ジューンはすぐには分からなかった。呪いが発動したのは分かったが、その内容までは速くて見きれなかった。
だが夫がぱくぱくと口を動かしながら喉に手を当て、視線をせわしなく動かしていることから、なにか体に異変が起きたのだとは理解した。
「あなた、どうしたの?」
不安になりつつ夫の腕に触れると、怯えたように大きく体を震わされた。
「……あなた?」
「罰として声を出せなくして、目を見えなくしたの。私に逆らっておきながら、楽に死ねると思った? 家長だからってなによ。そんなのただの名目じゃない。一族の真の長はね、この私よ! これまで王子と楽に結婚できるように生かしていたけれど、私が家督を継いだって、後で誰かへ譲渡すれば済む問題だしね」
残された聴力からアルサール侯爵は、娘が自分をじわりじわり苦しめ殺す気だと悟った。覚悟した以上の残忍さに、これならすぐに殺された方がましだとさえ思えた。同時にやはり自分たち夫婦は、『娘』の育て方を誤ったと後悔する。
「ねえ、お母様。お父様がこの調子だと、とても家長としてやっていけないわよね。私が後を継ぐべきではないかしら?」
「え……。え、ええ。そ、そう、ね」
無理やりに笑顔を作り、ジューンは頷いた。
それを見て満足そうに笑みを浮かべると、シャディは鼻歌を歌いながら上機嫌で地下室へ戻った。
「……あなた、どうして……。逆らったら殺されると……。酷い目に合わされると分かっていたじゃない……」
小声でそう言いながら夫の手を握ると、また体を震わされた。
暗闇の中で急に何者かに触れられることが、こんなに恐ろしいとは……。こうなるまでアルサール侯爵は知らなかった。妻も知らないのだろう。だから平気で触れてくるのだろうが、止めてほしかった。だが心配しての行動とも分かるので、嫌とは言えない。
「あの子は地下室へ向かったわ。儀式を続けるつもりよ。もう誰にも止められないのよ」
握った手を離し妻の手を広げ、そこに指で文字を書くアルサール侯爵。
声も出ない今、それしか思いを伝える術は浮かばなかった。
「に、げ、ろ。逃げろ? 無理よ。どこに逃げ場があるの? どこだろうと呪いからは逃れられず、むしろ裏切った罰で殺されるわ」
ファーウとブディットの名を書き、相談しろと書く。
「どうやって……? 我が家には一族以外の者に、力について口外できない呪いがかけられているじゃない……」
それに返事はなかった。
急な病により寝込み、業務が困難と診断されたアルサール侯爵はその座を娘に譲る意思を示したと、すぐに国王へ報告があがった。さらにまだ学生の彼女の後継人として、スティエラ子爵が領地経営などに手を貸すよう、アルサール侯爵が願い出たことも。
この報告に誰もが驚いた。
お読み下さりありがとうございます。
活動報告でも挙げましたが、少し担当する仕事量が増え、その対応をしたいので、これまで1日1話公開でしたが、本日仕事が休みなので、今日、もしくは明日で一気に最終回まで公開することに決めました。
残り3話の公開時間は未定ですが、回が完成次第、公開いたします。
それでは最終回までよろしくお願いいたします。
~お願い~
感想を書かれる場合は、作品をお読みになられた上、作者が誰かを把握された上でよろしくお願いいたします。




