神との会話と求めていた力
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馬車の中で神様へのお礼の品へと、サマーマフラーを編んでいる私にラーアが話しかけてくる。
「お嬢様、揺れる中で器用ですね。気分が悪くなりませんか?」
「平気よ。昔から時間がもったいないからと、馬車の中でよく勉強とかしていたし、ようは慣れね」
「そういうものですか。でも故郷へ近づくほど道は悪くなるので、揺れも酷くなります。気分が悪くなったら、すぐに止めて下さいね」
「分かったわ」
王の住まう王都周辺の道は整備されているが、ラーアが言う通り、日に日に道は悪くなる。国全体に目を配らなくてはならないが、どうしても人口の多い場所が優先されてしまうので、人口が少ない土地は後回しにされている。ここもそういう地域なのだろう。
その状況をハリファ様は心苦しく思っており、以前よりなにか良い案はないかと思案に沈まれている。私もその手助けをしたいが……。限りのある財の中で、どう工面し平等に対応すべきか。なかなかに難しい問題だ。
そして数日もすれば車内で編むことが難しくなり、やがては諦めた。
そこで宿泊する部屋で毎晩ブックカバーに刺繍をし、マフラーを編む。
この道中、石の色に変化が起こることはない。アルサール侯爵から離れているからだろうか。でも呪いをかけるのに距離が関係しているという話は、聞いたことがない。どういうことだろう。色が変わらないのは良いことのはずなのに、なぜか不気味に思えた。
この頃、真の黒幕であるシャディ様が修行を行っていたので、私にかける呪いの力が弱まっていた。この時の私は、それを知らなかっただけなのだが……。
がたがた大きく揺れていた道が、静まってくる。二週間かけ、ようやくラーアの故郷へと到着した。
辺りは森林に囲まれ、まるで外界から切り離されたように小さな村。だけど空気が澄み、気持ちがいい。馬車から降りると、大きく深呼吸する。
「ラーア! 急にどうしたの⁉」
村の人たちは彼女の急な帰郷に驚いたが、その中で一人の老人だけが驚いていなかった。
「ラーア。そのお嬢様が手紙に書かれていた、呪いをかけられた御方か?」
その老人が話しかけてくる。
「はい、シファ様です」
「はじめまして、シファ・フィップと申します」
「はじめまして、村長のトゥリモです。遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
どうやらトゥリモ様だけ驚いていなかったのは、ファーウ様への手紙を託した時からこうなることを予想されていたからのようだ。
そんな村長のトゥリモ様はすっかり髪の毛を無くしほっそりとした体型だが、声はしっかりとしている。歩く時は杖を使われているが、本人曰く、足腰以外は健康だとのこと。
「ラーアからの手紙を読み、どうなることかと心配しておりましたが……。直接お越しになられたということは、石だけでは解決できなかったのでしょう?」
「はい……」
「気にされることはありません。悪いのは貴女ではなく、人に呪いをかける呪術師です。石には神の力が宿っておりますが、それは神そのものの力ではなく、ほんの一部にしかすぎません。こんな田舎では強い呪いがかけられること、まずありませんから」
トゥリモ様の声には優しさが含まれおり、初対面なのに人を安心させる雰囲気があった。
「村長、実はたった一日で石がこんなに……」
ラーアが真っ黒に染まった石を取り出す。
「なんと! たった一日で⁉」
石への焦点を合わせるように、トゥリモ様は受け取った黒い石を近づけさせたり遠ざけたりする。
周りに集まった村人も驚いて、石を見つめている。
「一日でこれほど黒くなるとは、なんと強く恐ろしい……」
つう……。トゥリモ様の目から涙が流れる。
「どれだけお辛い目に……。ラーアから聞いております。操られ、自我を失われる時があると……。自分を失うことが、どれほど辛いことか……。なんと酷いことを仕出かす輩でしょう……」
今日初めて会ったばかりなのに、トゥリモ様は私を思い泣いてくれている。
親身になってくれる彼を見ていると、ここがラーアの故郷なのだと実感する。この心優しい村長が、この村と村民をまさに象徴している。
他の村人もそっと目じりを拭ったりしており、私も涙ぐむ。
「ラーア、早く神社へご案内しなさい。この石は一刻も早く神様へお返しすべきだ。いつまでも手元に置いて良いものではない」
「はい。ではお嬢様、長旅でお疲れでしょうが早速向かいましょう! あ、でも着替えた方がいいですね。ドレスが汚れてしまいますし、動きにくいですから。あと靴も替えなければ」
そして同じくらいの背丈がある村人から服と靴を借り、ラーアに案内され、神が祀られている神社へと向かって出発した。
道が整っていない山道を、せっせと歩く。こんな道を歩くのは初めてのことなので、すぐに息切れを起こす。ラーアは故郷だから慣れているのか、ちっとも疲れを見せない。
急な登り坂の場所もあり、せっかく美しい森林の中を歩いているというのに景色を堪能する余裕すらない。はーはー。みっともなく息を荒げ歩いていると、川の流れる音が聞こえてきた。
音は徐々に大きくなり、さらに『どどどどどっ』と、大量に水が落ちる音も聞こえてくる。
「あれは……。滝の音?」
汗を拭いながら尋ねる。
「はい、神社は滝の上に祀られています」
「ということは、神社までまだ遠いのかしら」
「歩いていれば、すぐですよ」
ラーアにとっての『すぐ』と私の『すぐ』には、大きな開きがあると思う。
けれど神様へ直接お礼をし、お会いしなければ。その為にここまで来たのだから、弱音を吐かず頑張ろう。奮起してラーアの後を追う。
やっと着いた神社は、想像以上に小さかった。歩いて一周しても一分かかるか、かからないか程度。これでは神社というより、祠と呼ぶ方がふさわしいと思うほど。もちろん常駐している人はおらず、村人が毎日当番制で掃除を行っているとラーアが教えてくれる。
確かに年数による劣化はあれど、目立つ大きな汚れはなく、村人がどれだけ神様を大切にされているのかが見て分かる神社だ。
私は道中で仕上げたブックカバーと、編み上げたサマーマフラーを供え手を合わせる。
「神様、ありがとうございます。神様の石の力のおかげで、自分を取り戻すことができており、本当に感謝しております」
感謝の言葉を伝えお辞儀し、立ち上がると……。
「お嬢様、次は石を滝へ落とします」
「滝へ? なぜ?」
「滝の水の流れで、石を浄化させるのです。浄化された石はやがて再び流れ、村近くの川で拾うことができます」
「なるほど、循環されているのね」
もちろんのこと案内された滝は、下側を見ると高さが際立つ。足をすくませながらも感謝の気持ちをこめ、黒くなった石を滝壺へ落とした。
これで呪いを吸い、黒くなった石は浄化される……。
大きな水の音を聞いている内に、ある考えが閃いた。それは突飛もない考え。我ながらどうかしていると思うほど。
もし……。もしも呪いをかけられている私が、石のようにこの水の流れに身を投じたら? 石と同じく浄化されないかしら……。
滝に飛びこむなんて自殺行為だと分かっている。だけど呪いを浄化できるなら……。祓えるなら……。ごくりと喉を鳴らす。
石はまた村の近くへ帰る。失われることはない。それは『人』でも?
信じられない自分の閃きに、どくどくと大きく心臓が脈打つ。
この滝の高さは窓から落ちた孤児院の寝室と比べものにならないほど、高い。馬鹿な考えだと分かっている。けれど……。
「お嬢様?」
地面の縁、ぎりぎりに立ち尽くす。
水しぶきと風を浴びる中、ラーアの戻って来て下さいと言う声が背中から聞こえる。
それを無視し空を見上げ、神様へ届くように願いの言葉を述べる。
「神様、お願いです。どうか私の呪いを祓って下さいませ!」
「お嬢様ぁ‼」
振り向き大丈夫だと言う替わりに、腕を伸ばし急いで駆け寄ってくるラーアへ向けて微笑むと、背中向きにその身を滝の流れへと落とした。
孤児院の時のように、美しい青空が見える。
あの時は最期に見るにふさわしいと思ったけれど、今は違う。これを最期にしたくない。呪いを祓って生きて帰り、大切な人たちとこの青空の下でもっと生きたい! 絶対に……。絶対に‼
水の落ちる音、風。空。自然を一身に感じていると、水しぶきの動きが遅くなり、やがて止まった。あれだけ大きく響いていた滝の音も聞こえなくなった。
「……え?」
頭は動かせないが、視線だけは動かせるので見える範囲を見回す。口は動き声も出た。周りはなにもかも止まっているのに……。これは一体……?
やがて私より少し上空に光の点が現れたと思うと、みるみる広がり人の形を作っていく。
男女の区別がつかない幼い子どもの姿になったその光は、私の編んだサマーマフラーを首に巻き、ブックカバーを付けた詩集を抱えていた。
「なかなか面白い礼の品だね」
声からも性別の判断はつかない。でも聞き覚えがある声。そう、石の光に包まれたあの時に聞こえた……。
「それに、呪いを祓いたいからと滝に身を投げ入れるとは……。そんな人間は初めてだ」
そう言うと愉快そうに笑う。
「……神様?」
「この地の者には、そう呼ばれている」
やはり、この御方が……。
「強い呪いをかけられているな。君を呪った奴は、よほど力を借りている神と相性が良いようだ。これほど彼奴の力を引き出せる人間は久しいな」
「分かるのですか?」
驚きを隠すことなく尋ねると、頷かれる。
「分かるとも。その呪いに力を貸している神と私には、些か因縁があってね。なに、その昔些細なことから喧嘩を始め、ひどく痛めつけられたのだよ。あわや神として消滅するかと覚悟を決めた時、この地に住まう者たちが私を助けてくれた。彼らの信仰心により、私は消滅を免れた」
トゥリモ様の手紙に書かれていた話だ。でもまさかその話に登場する邪神が、私を呪う力に手を貸している邪神だったなんて……。
「以来私は恩を返すため、彼らの子孫を守ると決めた。他所から訪れ、愚かにも私欲に溺れ、私を利用しようとした者には鉄槌を下すがね。なぜ私が人間に利用されねばならない、不愉快だ。だが君には……」
神様は私に近づくと、とん。と、人差し指を私の額に当てる。
「滝に飛びこむ勇気と、呪いに立ち向かいたい気持ちに応えよう。これで君と私は繋がり、君は私の力を借りることができるようになった」
たった指を当てられただけで?
拍子抜けだが、それはまさしく光明。興奮し、つい早口で尋ねる。
「では私は善神様の力を借りられる、祓い師になったということですね?」
「ははっ、善神ね。それはどうだろう。人間は自分たちにとって都合が良い存在を善神と呼び、そうでない存在を邪神と呼ぶ。私たち自身は、善や悪と名乗った覚えはない。神の力を借りそれをどのように使うかは、その人間次第。その結果、我々は勝手に善悪へと分けられているだけ」
……確かに神様が言われる通りかもしれない。力をどのように使うかはその人次第。そしてその内容から私たちは、勝手に祓い師か呪術師か分けている。
そんなことを考えながらも、当てられた人差し指から力が流れてくるのが分かる。その力は血と一緒にどくどくと、全身を駆け巡る。
「君に呪いをかけている者に力を貸している彼奴は、混乱や争いを好む性分でね。そういう意味では君らの言う通り、邪神だろう」
体が温もりに包まれる。石が光ったあの時のように、私の体も光に包まれ……。神様と私の光が一つになる……。
そう自覚すると、髪の毛の色に変化が現れた。
黒かった髪の毛が、毛先から本来の色を取り戻し始めた。抜けていく黒色はもやとなり、空中を漂う。
「私は『斬る』ことを得意としている。呪いを斬るか、人を斬るか。それを決めるのは君自身」
体の光が収束していくとカットラスと呼ばれる剣の形になり、私の右手に納まる。
カットラスは短めの刀身で、振り回しが容易な上、斬撃を繰り返しても壊れにくい。また切先が鋭角で、刺突にも使える。
「私の力を借りるだけでは駄目だ。君自身の強い思いがより力を増幅させる。私と君の力を掛け合わせることも可能だ。もちろん私以外の誰かともね」
「私の、強い思い……」
「さあ、まずは君への呪いを斬るが良い。斬らなくてはそのもやは呪いとなり、また君の体へ戻るぞ」
……誰かに操られるなんて、もう嫌。誰かに操られる人も見たくない。
それまで動かなかった体が動くようになり、カットラスを強く握り締めると、漂うもやに向け刃を振った。
斬られたもやは霧散し、消えた。
あっさりとしたものだった。あれほど私を……。皆を苦しめていたものが、たった一振りで消えてしまうなんて……。
「ラーアを通し、彼奴の呪いを受けている君の存在を知った時は驚いたものだ。しかも君だけではなく、私が守護するラーアをも呪おうとした。だからラーアを守ろうと石に力を注ぎ防いだが、おかげで彼奴に私が消滅を免れたと気づかれてしまった」
「ラーアにも⁉」
まさか彼女も呪いをかけられる所だったとは……。私付きのメイドになったばかりに、ラーアにも、そんな……。
「君が気に病む必要はない。偶然ラーアが君の側にいただけだ。これからも私は彼女を守ろう。それより行くがいい。そして君のなしたいことを、なせ」
直後満足そうに笑った神様の姿が消え、水音が再び聞こえてくる。握っていたはずのカットラスも消え、私は滝壺の中へ落ちた。
お読み下さりありがとうございます。
ついに力を手に入れたシファです。
滝に飛び込むシーンは、当初から絶対に入れる!と決めていたので、ついにここまできたかと感慨深いものがあります。
作品に関係ありませんが、この回を見直している時、ムカデ(小さい)が出て、しばらく格闘しましたが逃げられました……。
私はイニシャルGよりムカデが嫌い(噛まれたことがある)なので、逃げられ、それからは火ばさみとジェットを片時も離さず、次見つけたら殺す!と意気込んでいます。
ただしムカデ(大)が出たら大パニックで、夜中だろうと叫び、毎年家族に迷惑かけています……。
ムカデが出る地域の皆さん、イニシャルGより奴の方が脅威ですよね??コイツの方が厄介ですよね??
とりあえず皆さんも、噛まれないようお気をつけ下さい。
~お願い~
感想を書かれる場合は、作品をお読みになられた上、作者が誰かを把握された上でよろしくお願いいたします。




