邪神との遭遇
感想、ブクマ、評価をありがとうございます。
最終回まで見直し続ける原動力となっております。
(今回はちょっと文字数多いです)
ゆっくりと深呼吸する。
これでも幼い頃から王妃となる教育を受けており、その中に己を律する教えもある。今こそそれを発揮すべきだろう。本心を隠し、仮面を被るのだ。大丈夫、前回もできたもの。
呪いが少し祓われたことは、髪の毛を見れば一目瞭然。
だけどアルサール侯爵から呪いをかけられていることを私が知っていることは、気づかれていないはず。もっとも注意すべきなのは、そのことを気がつかれてはならない点だろう。
「これはこれは、シファ様。本日も登城とは、どうされました?」
恭しく接してくるが、その笑顔が仮面だと分かっている。彼だけではない。多くの身分ある者は必要に応じ、仮面を被ることが普通だ。
「ええ。どうしても終えなくてはならない用事があったので」
「また陛下にお願い事ですか?」
「そうです。前回の話の続きをしていました」
半分本当、半分嘘。会話の相手が陛下ではなくファーウ様ということは、絶対に知られてはならない。
「シファ様の願いが叶うとよろしいですね」
最後にそう言われた。
願い? それは『私』ではなく『貴方』の願いでしょう?
その言葉を飲みこみ、ただ微笑み侯爵と別れた。
頑張って口を一文字に結び黙っていたラーアは、アルサール侯爵の姿が見えなくなると張り詰めていた空気が消えたこともあり、胸に手を当て大きく息を吐いた。
「緊張しました。なんていうか……。腹の探り合い? って、こういう時に使う言葉なんでしょうね」
「ふふっ。こんなこと、貴族社会では日常茶飯よ。多くの人が仮面を被って本音を隠し、お互いの腹を探っているの。アルサール侯爵は野心を持って動いていると気がつかれてはならないから、特にね」
「はあ……。そんな毎日を送って、疲れないんですか?」
「そうねえ……。疲れないと言えば嘘になるわね」
「お嬢様は私より若いのに立派ですねえ」
素直に感心を示してくれたラーアの言葉が嬉しかった。
これまで頑張ってきた王妃教育を認めてくれた気がしたから。
◇◇◇◇◇
「国王はまだ婚約解消を認めないの? お父様、本当に毎日進言しているのでしょうね?」
柔らかいソファに腰かけ足と腕を組み、踏ん反りがえった恰好で言う娘に、アルサール侯爵はもちろんと答える。
「私だけではない。他にも数名、呪いをかけられたままの娘を婚約者に据え置くのは危険だと進言している。だがシファの髪の毛が金髪に戻ることが増えたので、しばらく様子を見ようという意見が多くなってきた」
苦々しげにアルサールは言う。その点はシャディも気になっていた。
「ああ、あれね。しかも金髪に戻るたび、量が増えているわよね。どう思う?」
「なにか呪いを祓う……。いや、呪いを妨害する力が働いている気がする」
その答えにシャディの中で、父親の呪術師としての評価が上がる。これま彼を過小評価していたかもしれない。だが今はそれを褒める時ではないので、すぐにその情報を頭から消し去る。
「そう、問題はその力よ。それがなにか分からなければ、手の打ちようがない」
「最近シファに付いているメイドを操り探ろうと思ったが……。駄目だった」
「駄目だった?」
「シファと同じ力で守られており、呪いをかけられない」
さらに意外で、シャディは目を丸くする。言われずとも自ら動いていたのかと、感心すらする。ただの指示待ち人間だと思っていたが、そうではなかったらしい。想像以上の野心家。思わずにやりと笑う。
アルサール侯爵は一族の者に命令しラーアへ呪いをかけようとしたが、石の力が上回り、呪いをかけることが出来なかった。もしラーアが石を持っていなければ、操れていたのだが……。
そうとは知らず父親に言われたことを考え、確かにそのメイドがフィップ家で働き始めた頃から、事が上手く回っていない気がしてきた。シャディは顎に手を当て考える。
「……そのメイド、何者なのかしら」
入学前のテスト日。大きく頭の上で左右の腕を振りながら、『お嬢様、頑張って下さいねー』と言っていたメイドを思い出す。あんな品のないメイドを雇って側に置くとは、呪いがかけられているとはいえ落ちぶれたものだ。恥ずかしくないのかと馬鹿にし、内心笑ったものだが……。
「公爵家に似つかわしくない田舎から出て来たばかり風の娘で、祓い師や呪術師としての力はないように見える。だからこそ余計に分からない。一体どういうことなのか……」
「……神子である私の力を妨害でき、祓い師や呪術師でないとすると……。本当、どういうこと?」
シャディの呪術師としての力が特出しているのは、本人曰く一族が崇める神の神子だからという話だ。
神子は神から借りられる力が常人より卓越し、神との会話も可能と言われる特別な存在。
実際彼女の呪術師としての力は強く、前世もその強大な力をもって、子々孫々続く呪いをかけることができた。今回も同時にシファたちへ呪いをかけられたのは、一族全員の力が結集したからだけではない。シャディの力が軸となり、発揮できた成果でもある。つまり彼女の力がなければ、成し遂げることはできなかった。
そんな神子であり高位の呪術師だからこそ、当主でもあり父親でもあるアルサール侯爵は娘に逆らえない。
神子である彼女に逆らうことは、神の意思に背くことを意味している。それは呪術師の血統として許されることではない。
実は逆らえない理由は他にもある。そのために己の意思に背き、表面上は従っている者がいることにアルサール侯爵は気がついている。本来なら一族全員で心一つに挑みたい所だが、彼らの気持ちも分からなくもないので気がつかないふりをしている。
祓い師と呪術師は表裏一体なのに……。邪神から力を借りているというだけで人から陰の存在として見られ、忌み嫌われる。反対に祓い師は人々を助ける存在とし、尊敬の念を集める。
たまにファーウが眩しくて羨ましいと、アルサール侯爵は思う。
その羨ましさは妬みでもあり、暗い感情が彼の内側を渦巻き、呪術師としての糧にもなっているのも確かだった。
◇◇◇◇◇
「お嬢様、ブックカバーを三冊分も作られるのですか?」
「ええ。一つはアルアへの贈り物用に。もう一つは我を忘れた時用に。最後の一つは神様へのお礼用よ」
「神様って、本を読むんですかね」
「分からないけれど……。詩集も一緒に贈ろうと思うの。神様にも人間が生み出した傑作を、ぜひ楽しんで頂きたいから」
ラーアは分かるような、分からないような、と言いながら、大きな音を立ててカップをテーブルの上に置く。
それを見てメイドとしてはまだまだ未熟ね。そう思い、軽い口調で注意する。
「ラーア。カップを置く時は、音を立てては駄目よ」
「あ、すみません! はあ……。他の皆さんのようになるには、まだまだ先が遠いです」
お盆を持ってしょんぼりと肩を落とすラーアを見て、私は頑張ってと言い笑った。
彼女のこんな素直な所が大好きだ。ラーアが私付きのメイドになってくれ、本当に良かった。
一人で部屋に閉じこもり、誰とも係わろうとしなかったが私が会話を交わし、石を贈ってもらえ、人との繋がりを思い出せた。彼女は否定するけれど、ラーアは間違いなく、神様が私に使わせてくれた人物に違いない。
◇◇◇◇◇
その晩、夢を見た。
「もっと強く伝えないと」
優しいが命令するような口調のその声は、複数人の声が重なっている。
暗闇の中に一人で立っている今日の私は、その声が呪術師だとすぐに分かった。
答えを分かっていながら、察していないように尋ね返す。
「なにをでしょうか」
「婚約解消」
やはり……。
「陛下にはお願いしています。けれど聞き入れてもらえません」
困った風に言えば、声たちは答える。
「訴えが足りないからだ」
「もし聞き入れてもらえなければ、お前は死ぬことになる」
「それは嫌だろう?」
途端に足元からなにかが登ってきて、体を這う感覚に襲われる。
そうだわ。以前もなにかが体を這い、脳内に侵入して自分を失った。このまままた侵入を許してしまえば、同じことを繰り返してしまう! それは避けなければ!
今は握っていない石を持っている感覚を思い出し、身を守るように強くイメージする。
ばちっ!
静電気が走ったような音がすると、体を這っていたなにかが霧散する。そして暗闇の中、声達に衝撃が走る。
「その力はなんだ⁉」
「一体お前は、なにに守られている⁉」
声が尋ねてくるが、口を閉ざす。その間ずっと石を握っているイメージを離さない。そして負けない。私は戦うと自分に言い聞かせる。
「神子ともあろう者が、まだ分からぬか」
突然、地の底から響くような暗い声が空間に大きく広がった。
その太い声は男性のもので、ぞっとするほど寒気と威圧を感じた。一気に気温も下がる。まるで雪が降り、底冷えする夜のように……。
声の主たちが暗い声の御前にひれ伏したと分かった。私も押し潰されそうになる。声だけでこんな……。何者なの? これまでの声と違い、複数人の声が重なっていない一人だけの声。一体誰?
「神だ。この私と因縁ある神の力が影響している。その昔叩きのめしたというのに、よもや消滅を免れ、力を取り戻していたとはな……。この娘はそいつの力が宿ったものにより、呪いを防いでいる」
『この私』と因縁ある『神』……? まさか、この声の主は邪神?
そう考えるなり、愉快そうに笑う声が響き渡る。
「それで間違ってはおらぬよ」
心を読まれた⁉
愉快そうな笑い声は響き、邪神の放った暗闇より黒い漆黒の闇が迫ってくる。
私は走り出した。あの闇に触れられれば、石の守りだけでは効かないと本能で察したからだ。
走って走って、走り続け……。
目を覚ました時、せっかく戻っていた左側の横髪は黒くなっており、石の色が灰色になっていた。
身支度を整えながら夢での出来事を話すと、ラーアがしかめっ面となる。
「夢の中でまで……。本当、嫌な奴らですね。どうりでお嬢様が熟睡できない訳です」
「でもまだ大丈夫よ。髪も石も真っ黒になっていないもの」
「色が変わったことに違いありません! 新しい石に変えましょう。この石は神様へお返ししますね。お嬢様、詩集は用意されましたか?」
「ええ、購入済みよ」
本棚から一冊の詩集を取り出す。
特に女性からの人気が高い作品で、主に恋愛感情に係わる内容が多い。恋愛の機微が描かれた言葉は美しく、そこから人間の素晴らしい一面があることを知ってもらいたいので、これを選んだ。
「ではこの石と一緒に、先に詩集を神様へ贈ります。ブックカバーは後で、以前贈った詩集に使って下さいと言って贈っても、きっと神様だって許してくれますよ」
◇◇◇◇◇
登校すると、私を待ち構えていたのかシャディ様と出くわした。
「おはようございます、シファ様」
「おはようございます、シャディ様」
互いに笑みを浮かべているのに、どこか刺すような空気の中、夢と同じく足元からなにかが這い上がってくる感覚に襲われる。慌てて石を握ろうとするが、どうしたことか手が動かない。
シャディ様は焦る私の目をじっと見て、逸らそうとしない。
石に触れられないのなら、早くこの場から立ち去らなくては! このままだと這い上がってきたものが脳内に侵入し、また私は自分を失ってしまう!
分かっているのに体そのものが動かない。以前もそうだったが、ぴくりとも足が持ち上がらない!
嫌よ、嫌! 絶対に嫌‼ これ以上自分を失いたくない! 私は私のままでいたい‼
……だけど仕方ないかもしれない。なにしろ私は、完全に呪いが祓えていない身。呪術師が本気を出せば、こうやって操ることなど造作ないのだろう。なんて酷い力……。そうよ、弱気になっては駄目! 負けたくない! 抗わなくては‼
「シファ様! おはようございます!」
その時、ちょうど登校してきたハリフ様が慌てて駆け寄って来た。
まさになにかが頭の中に侵入しようとした間際、その気配が薄まる。だが完全に消え去った訳ではなく、それは少しだけ私の脳内に侵入した。
「う……っ」
頭痛に襲われ、膝をつく。
垂れた横髪の一部が、黒く染まっていく。全てではないが黒さを増した髪を見て、恐怖で叫びそうになった。
その様子を満足そうに見届けたシャディ様はにんまりと笑みを浮かべ、その場を去った。
「シファ様、大丈夫ですか⁉」
「え、ええ……。でも……。呪いをかけられたわ……。まだ少しは自分を保っていられるけれど、ハリファ様や家族に対して……」
夢だと分かっているのに、それが信じられなくなってきている。
私はスカートのポケットに忍ばせていた石を、スカートの上からやっと強く握る。
しかし遅かった。石の恩恵より、呪いが勝ってしまった。
次々疑似体験の出来事が蘇る。牢屋での母からの仕打ち。男たちが笑いながら手を伸ばしてきて……。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」
ただ『男』というだけで、ハリフ様を突き飛ばす。
「あ……。も、申し訳……。あの、私……」
「いえ、お気になさらず。ティファ様、頼まれてくれませんか? シファ様を保健室へ連れて行って下さい。ご気分が優れないようなので」
一つ学年が上のブディット公爵家の末の息女、ティファ様は快く引き受けて下さった。
大丈夫。ティファ様のお母上、ウィア公爵夫人は私の無実を信じてくれた方。しかもブディット家は前回の人生で私の無実を信じてくれ、ずっと抗議をしてくれていたと聞いている。だから彼女も信用できる。
髪の毛が黒に染まったことにティファ様は気がつきながらも、余計な混乱を避けるため、わざと言及することなく私を保健室へ案内してくれた。
そして私自身は保健室に設置されている鏡に映る、髪が真っ黒な自分を見ても、なんの疑問を抱くことはなかった。
その頃には石も真っ黒となり、存在すら忘れていた。
お読み下さりありがとうございます。
今回の内容も、モニョモニョ……。
と、まだ言えないことが出てきました。
またも疑似体験を前世と思いこんでいるシファがどうなるのか、最終回までお付き合い頂けたら幸いです。
~お願い~
感想を書かれる場合は、作品をお読みになられた上、作者が誰かを把握された上でよろしくお願いいたします。




