神の伝説
感想、ブクマ、評価をありがとうございます。
全19話で半分を過ぎましたが、見返す活力になっております。
「今しか謝れないわ。皆、酷い態度をとってごめんなさい」
私が謝ると三人は気にするなと言ってくれた。
「悪いのはシファではないもの、全て呪術師のせいだから気にしないで」
「人を操るなんて、本当恐ろしい力だわ……。しかも記憶を改ざんできるなんて、なんて酷いのかしら」
「でも貴女は将来、王妃となる人だもの。きっと呪いに勝てるわよ」
リズに両手を握られながら言われ、私の目は潤む。
三人は私が自分を取り戻すと信じてくれていたのだろう。大切な三人に信じてもらえていることが、こんなに嬉しいなんて……。
「おはようございます」
そこにシャディ様が声をかけ、割り込んできた。
途端に目に見えないなにかが飛びかかってきたかと思うと、ずるずる動き全身を締めつけるように這う。そして肌をすり抜け、脳の中へと侵入し……。
リズの手を払った。
どうして私、この人と手を握っていたの? 自分の行動が信じられなかった。
三人も驚いたように私を見つめている。
……違う。この三人は大切な人たちではない。私を裏切り、殺そうとしている人たち!
すぐに真っ黒い髪の毛を揺らし、身をひるがえすと急いで自分の教室へ逃げた。
帰宅し、なぜ布が二種類もあるのかと不思議に思う。どうしてアルアのために手芸屋で布を購入したのかしら。喜ばれないと分かっているのに。
ラーアがお茶を用意しながら言う。
「どちらの布でもお作りになれば良いではありませんか。それで上手に完成した方を贈れば良いと思いますよ」
「そうね。下手に作った物を贈れば、我が家の名声にも関わるものね」
兄からの暴力から逃れるには、公爵令嬢として恥ずべき行動を避けなくてはならない。
そして一つ目のブックカバーが完成した頃、ラーアがお守りだと石を贈ってくれた。
それを枕元に置いて就寝すれば久しぶりにぐっすり眠れ、悪夢も見ず気持ちの良い目覚めを迎えられた。そしてこれまでで一番多く金髪に戻った私は、また真実を思い出した。
「ありがとう、ラーア」
こんなことを繰り返し神経がすり減りそうだが、身支度を整えてもらっている最中、礼を述べる。
「貴女が上手に完成した方を贈れば良いと言ってくれなければ、私は適当に作った物を大切な親友に贈る所だったわ」
「髪が真っ黒の時のお嬢様には、ああ言った方が良いと思っただけです」
「貴女、頭が良いわね」
ふふっ。と私は笑う。ラーアも照れたように笑う。
「とっさに浮かんだことです。それよりお嬢様、ファーウ様と会えるよう、面会の約束を取り次いでもらえませんか?」
「ええ、構わないわよ」
すぐに了解する。
幸い明日は休校日。登校前にすぐ、ファーウ様に面会を申し込む旨の手紙をしたためる。
「良いですか、お嬢様。シャディ様と会わないよう気をつけて下さいね。会っても長く会話しては駄目です。それから石の色の変化にも注意して下さい。そして絶対に負けないという気持ちを忘れないで下さい」
見送ってくれたラーアの言葉を、日に何度も反芻する。
幸いクラスが違うので、シャディ様と会わないようにするのは難しくない。自分の教室に閉じこもっていれば良いのだから。私のクラスにシャディ様と親しい人がいなくて良かった。
「ハリフ様、これをファーウ様にお渡し頂けませんか? 明日、面会をお願いしたいのです」
休憩時間にハリフ様へ手紙を託すと彼は快く引き受けてくれ、こそりと言われる。
「叔父から全て聞きました。シファ様、なるべく教室で始終お過ごし下さい。教室から離れる時は未熟者ですが、私がお供します」
「ありがとうございます」
ハリフ様という味方が校内に居てくれる。祓い師としての血統の彼が、どんなに心強いか。私は嬉しさと感謝の意をこめ、微笑んだ。
◇◇◇◇◇
その頃シャディは苛立っていた。
シファの金髪の量が増え、呪いの念を送ってもなにかが妨害しているからだ。
呪術師と祓い師は表裏一体。呪い方を熟知しているから祓える。祓い方を知っているから、それを突破させる呪い方を知っている。しかしこの妨害している力は、未知と言えるものだった。
「どうせハリフなんて、私の足元にも及ばないくせに……」
親指の爪を噛み、シファの側を離れないハリフを遠くから睨みつつ、妨害の理由を考える。
呪術師として前世も今世も、天賦の才が自分にはある。特に前世は、世代随一の力を有していた。だからこそ自分には前世の記憶を持って生まれ変われるように。子どもたちには自分が生まれ変わった時、協力するようにと呪いをかけられた。
そこまでの力がありながら当時姉たちに呪いをかけられなかったのは、祓い師が大人数で抵抗したからだ。一対一なら負けなかった自信がある。
今世も呪術師として最高位と呼べるほどの力を有しており、対抗できるのは、ファーウなど一部の祓い師のみのはず。
そんな自分の力が、一体なににより弾かれているのか見当がつかない。今までこんな力、シファから感じたことがない。けれどどこか親しい身近な力に似ている気はする。その正体が分からずすっきりしない。
祓い師とは違う巨大な未知の力だが、その力は永遠のものではなく、ゆっくりとはがし落とすことが可能であることは幸いだ。
しかしそこにファーウやハリフの力が加わり、呪いをかけるのに時間がかかっている。なにかの力とファーウたちの力が合わさり、シファへの守りが固められているのだ。
「……王子たちに別の呪いをかけ直す方が簡単かしら」
だが呪いをかけたことはすでにファーウに見破られ、おかげで王族を中心に守りは強固となっており、そちらに力を割くのが得策とも思えない。
アルアたちはシファを蹴落とすため王子側につく補佐の役割なだけで、改めて呪いをかけても意味がない。
「……シファに、もっと婚約解消を訴えるよう進言させる呪いをかけるとか?」
しかし国王が了解しなければ、意味がない。
いっそのこと、今すぐにでもシファを殺してしまおうか。そうすれば新たな婚約者が選定される。そこで自分が選ばれるよう、多くの者に呪いをかけるとか……。
いや、駄目だ。呪いがかけられていると周知の中で彼女が死ねば、その死に呪術師が関与していると言い触らしているようなもの。殺すならもっとシファを狂わせるか、殺害できる下準備や理由作りをしなければ。今すぐ殺せば調査が入る上、新たに婚約者となる自分たちの関与が噂され、力が露見する恐れがある。
一体どう動けばいい?
神に助言を求めようか。いや、それも駄目だ。簡単に神に助けを求めては、神から失望されてしまう。そうすれば、この強大な力を失ってしまうかもしれない。
気に入らないが父親の言う通り、シファへの呪いが強すぎたのかもしれない。仲が良かった者たちへの信用を失っており、誰かに彼女へ進言させようにも皆を避け、それが叶わない。
自分の子孫たちは思い通りに動いてくれているのに……。
「それでも諦めるものですか……。今度こそ……」
暗く沈んだ目で、自分の席に座っているシファを廊下から見つめた。
◇◇◇◇◇
休憩時間のたび、ラーアが贈ってくれた石を眺める。今のところ色に変化はない。そのことに安心しつつも、いつ色が変わるのかと常に不安がつきまとっている。そして色が黒く変わった時には、この不安を忘れるに違いない。
昼食時はハリフ様と、その親族たちと過ごす。
本当ならアルアたちのもとへ行き、皆と楽しい時間を過ごしたい。この不安な気持ちに寄り添ってほしい。それなのになぜか今日は、シャディ様が三人と同じ席に座っている。とてもではないが近寄れない。
彼女は最近、ハリファ様たちと過ごすことが多いのに……。今日に限って、どうしたことだろう。
「髪の色を見て呪いが祓われたと察し、アルア様たちのもとでシファ様が近づくのを待っているのでしょう。至近距離で強い呪いをかける術があるのです」
ハリフ様が教えてくれる。
……なるほど。操る力が弱まった今の私なら、確かに彼女たちとお喋りしようと近づく可能性が高い。獲物である私が網にかかるよう、ああやって待ち構えているのね。
だけどどうしてそこまでして、ハリファ様の婚約者になりたいのかしら。彼を愛しているから?
……いえ、シャディ様の目は恋する少女の目ではない。野心をたぎらせ、ただ王太子の婚約者という座を狙っている目。つまり彼女は、ただ王妃になりたいだけかもしれない。
王妃というのは、国母とも呼ばれ国で一番偉い女性と言っても過言ではない。
その地位に君臨したいだけで、こんな大がかりな呪いをかけているの?
彼女にとって『権力』は、自分の思い通りにことが運べるモノにしか見えていないのかもしれない。重圧、責務。そういったモノからは、視線を逸らしているのかもしれない。
ずい分と髪が金髪に戻り、処刑されたことが夢だと理解している。それでもふとした瞬間、現実にあったことのように痛みや苦しみがよみがえる。そういった時はぎゅっと石を握り締め、ラーアの言葉を思い出す。そんな一日を過ごした。
◇◇◇◇◇
翌日の休校日、私はラーアと一緒に城へ向かった。
この朝はアルサール侯爵と会うことなく、ファーウ様にお会いすることができた。
「神がお許しになられたのです」
そう言うと、ラーアは一通の手紙をファーウ様に渡す。
「私の出身地の村長からの手紙です。何事もなくシファ様の手元に石が渡り、ファーウ様に手紙を渡すことができたのなら、その者たちは私欲で働く者ではなく石を必要とする者か、おいそれと石のことを口外しないと神が認め、お許しになられた者だと」
「神が? 光栄なことです」
手紙を受け取ると開封したファーウ様は、すぐに文章へ目を走らせる。
「なるほど……。地元で守護神と崇められている神の伝説ですか。邪神と戦い傷ついた神を匿った礼に、神が土地やそこに暮らす民を守る約束をして下さり、その恩恵が石に宿ると……。ただし私欲にかられ石を持ち出す者には、天罰が下る……? またその地の出身者は、必要な時でないと石について他人に口外できない呪いをかけられている? この天罰とは?」
手紙から顔を上げたファーウ様に、ラーアは困った顔で申し訳なさそうに答える。
「私も昔のことなので、よく知りません。ただ石についてどこからか情報を得た商人が、大量に持ち出して大金を得るために売ろうとしたそうです。でも運んでいる最中に関係者全員が雷に打たれ、崖から落ちて亡くなったとかで……。それから口外できない呪いがかけられた言い伝えがあると、村長からの手紙に書かれていました」
「そうでしたか……。どの文献にもこの石について載っていないのは、そういうことが関係しているのかもしれませんね。後世のため石について文献へ残そうと考えていましたが、神が望まれていないのなら、秘めておくべき情報でしょう」
祓い師や呪術師は、神様と人間の間に生まれた子に力が宿る。もしくは、神様から力を授けられた者がなれると言われている。そしてその力が子孫へと受け継がれる。だからこそ神様の言葉を、ファーウ様は大切にされている。
むやみに口外するな。
ラーアの出身地の神様がそれを望み、ファーウ様やラーアたちがそれを守るなら、私も倣おう。
「しかしアルサール侯爵たちに石の存在を知られると厄介ですね。石について私以外の誰かにも話されましたか?」
そういえばと、ラーアと顔を見合わせる。
私たち二人とも、石についてファーウ様以外の誰にも打ち明けていない。それを伝えると……。
「それが神のご意思なのでしょう。きっとラーアさんは、神がシファ様を助けるために使わされた方なのでしょう」
「わ、私が⁉ そんな恐れ多い……」
言われたラーアは両手を振りながら恐縮するが、重なった様々な偶然はファーウ様の言う通り、神様のお導きのように思える。
ひょっとしたら神様は、アルサール侯爵の悪行を苦々しく思われているのかもしれない。
「ですが神が味方されているとはいえ、慢心してはなりません。これは試練なのでしょう。シファ様、貴女はハリファ殿下と結婚され、重圧を背負うことになる御方。これに負けるようでは、その任に就く資格はないと」
「神様の試練……」
そう、人を操るなんて酷い力に負けてはならない。
人を操り意のままに世界を動かすなんて、許されることではない。ハリファ様と共に国を守るには、呪術師に立ち向かう勇気がなくてはならない。ここで挫けては国を……。民を守ることが、どうしてできようか。
負けない。私は戦う。
改めて決意しファーウ様と別れ、城を出て馬車へ向かっているとまたもアルサール侯爵と会った。
お読み下さりありがとうございます。
今回は石にまつわる伝説、お披露目回です。
この作品は読み手の方は、全て知っている。
けれど登場人物たちは、これを知っていてあれを知らない。
そんな形なので分かりにくいと思いますが、最終回まで書き上げていますので、見直しつつ公開を頑張ります。
~お願い~
感想を書かれる場合は、作品をお読みになられた上、作者が誰かを把握された上でよろしくお願いいたします。




