玉座を欲する者
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その晩、ファーウ様が我が家を訪れたので、身に起きたことを語った。
「私、昨日はファーウ様ではなく、陛下と謁見したと思いこんでいました。そこで陛下に婚約解消を申し出たとも。恐らく呪術師により、記憶が改ざんされたようです」
それを聞いたファーウ様が、悔しそうな顔となる。
「操るだけでなく、記憶も改ざんできるとは……。敵ながらかなりの高位と認めざるを得ません。シファ様が城へ相談ごとで出向いたと知り、陛下と謁見したと思いこんだことで記憶が改ざんされたのでしょう」
そして顔を引き締めると改めてお父様へ、向き合われる。
「本日お伺いしたのはアルサール侯爵が、シファ様が呪いをかけられている以上、殿下の婚約者にふさわしくないと進言したことをお伝えするためです。それに同調する者も幾人かおります。主にアルサール侯爵と同じ、財政局に関与する者ですが……」
それを聞いたお父様が片眉を上げると不機嫌そうに、改めて背を椅子に預ける。
「呪いをかけられている以上、国家転覆を謀られる恐れがある。そのような者を王族に迎えるにはふさわしくないと。確かに一理ある発言です。しかし陛下はまだ呪いを祓える可能性もあり、呪いをかけられた被害者を捨てることはできないと一蹴されました」
「自分が関わっておきながら、なんて男だ!」
顔を真っ赤にしたお父様は、肘掛けに強く拳を打ちつける。
「財政局だけでなく他の局の政務にも口出しを始め、全て自分たちの都合のいい内容に法を改正させ、挙句には恐怖政治を国民に強いる男が! よりにもよって、国家転覆という言葉を使うとは‼」
お父様の怒りは凄まじい。夢の中で私の死後、国はかなり酷い状態になったそうだ。
次々に法は改正され、やがてはブディット公爵家もファーウ様一族も無実の罪により全員が処刑された。お父様たちは操られたままで、アルサール侯爵の手足となって働いたという。それはお父様にとって、かなりの屈辱だったに違いない。さらには隣国に戦争を仕掛け……。多くの国民が死を迎えた。
改めて聞くとなんて恐ろしい……。残忍すぎる。国を玩具とでも勘違いしているのだろうか。
「シファ様、どうか強い心を保って下さい。貴女には呪いに立ち向かう強い心がある。だからご自分を取り戻された。その髪が証拠です、自信をお持ちなさい。それでも不安は残るでしょうが、ご家族もご友人も、殿下も私たちも、多くの者が貴女の味方です」
温かいファーウ様の言葉が沁み、涙が零れる。
私を囲む家族や使用人たちも皆、優しい顔で頷く。私はこんなにも皆から思われ……。嬉しい反面、心配をかけていることが心苦しい。流れる涙には様々な感情が込められ、とても一言では言い表せない。
「ファーウ様、娘の髪はどうしましょう。色が戻ったのは呪いに抵抗して、自分を取り戻した証しでもありましょう? 呪術師に知られれば、より強い呪いをかけられませんか?」
母が不安そうに眉を曇らせる。
「確かにその恐れはあります。ですがシファ様は呪術師に抵抗できるということを、周りに示す必要もあります。そうすれば今日のように、陛下へ進言する者も減りましょう」
他人に『私』という人格を乗っ取られたくない、操られたくない。私は自分で考え行動し、生きていきたい。だから意のままに操り、『私』を乗っ取ろうとする呪術師に負けたくない。
それなのに今は『思うことしか』できない。そのことが、ひどく歯痒い。
◇◇◇◇◇
その頃アルサール侯爵の屋敷では、家族揃って夕食を食べつつ会話を始めていた。
「陛下にも困ったものだ。本人が婚約解消を申し出たのだから、頷けばいいものを」
「今日のシファの様子だと、婚約解消を申し出たはずなのに。ちゃんと呪いをかけられている者を王族に迎える点についても追求したの、お父様?」
「もちろんだとも。あの髪の色の変化は、今や貴族社会で知らぬ者はいない。同調してくれる者も多く皆で進言したのだが、悪いのは呪術者だから婚約は解消しないと言われた」
「まあ……」
シャディの母であるジューンが、大げさと言うほど呆れた声を漏らす。
「どんな呪いをかけられているのか分からないというのに、まだ王家へ迎えるつもりだなんて……。それで自分たちが殺されでもしたら、どうするのかしら」
「いつでも死ぬ覚悟があるんじゃないの? それにしてもおかしいわよね」
はしたないが、手に持っているナイフの先を上に向け振りながらシャディは言う。
「シファ以外の呪いは跳ね返されている。つまり祓われているからその分、シファへ呪いを集約させたけれど……。どうしてここまでシファ以外、呪いをかけられないのかしら。途中までは順調だったのに」
「ファーウに秘法があったのだろう。あいつは人がいい男だが、手の内を全て晒すような愚行を犯さない賢さも持っている。しかしその秘法は、シファに効かなかった。そんな所だろう」
「完璧な秘法ではないということね。しかもファーウは、我が家が呪術師の血統だということを知らない。なにしろこのために、何世代もその力を伏せてきたのだから」
「ようやく動き出せたというのに……。すんなりとはいかぬか」
他家から嫁いできたとはいえ、一族の一員であるジューンは夫と娘を咎めることをしない。むしろ応援している側に立っている。
呪術師としての力を持つ一族全員で玉座を狙うため呪いをかけたというのに、磨羯の月の七日、突然シファ以外への呪いは祓われてしまった。
それから何度か改めて国王やハリファたちに呪いをかけようと試みたが、一度見破られたためか、ことごとく失敗している。実はファーウの使用した秘術は呪いを終焉させるものなので、同じ呪いは二度かけられない効果もあるのだ。
それを知らないアルサール侯爵たちは、それならば呪いが祓われていないシファに的を絞ることにしようと方針を変えた。
彼女が周りの誰も信用しないように思いこませ、王子の婚約者という立場を嫌がるようにし、それでもハリファの婚約者のままでいれば……。
最終的には、シファを殺すことが決まっている。
「最初はシファへの呪いは弱かったのにね。今では逆に一人だけ呪いをかけられていて、不幸な女で笑えるわ。けれどクラスが違えたのは大誤算。おかげで校内では、ろくに接点が持てないのよ。彼女なら絶対一番上のクラスになると思って、私も頑張って勉強したのに」
「呪いを強くかけすぎたな。王子たちを信用しない呪いが裏目にでたのだろう」
それを聞いたシャディの目が怒りを含め、つり上がる。
「なによ、それ。私の案が悪かったと言いたいの?」
「そういう意味ではない。もう少し呪いの力を弱くしていれば良かったと、反省している意味だ」
玉座を狙うという目的のため一つにまとまっている家族に見えるが、一族の一員でもあるこの家に仕える者たちは知っている。本来この侯爵家の当主であり一番偉いはずのアルサール侯爵が、常に娘であるシャディの顔色を窺っていると。そしてそれは自分たちもだと彼らは自覚している。もちろんそれには理由があり、誰も彼女に逆らうことができないことも。
「今日もまた少し、呪いが祓われたようだし」
控えている使用人たちを睨むよう、シャディは一瞥する。
「ちゃんと一日中、呪いの念を送っていたの?」
「はい、本日の担当者全員で」
不機嫌さを隠さないシャディへ向け、皆を代表して執事がよどみなく答える。
「それでこの体たらく、ね。まあ今日の担当者は、呪術師として能力が低い者ばかりだったから仕方ないかもしれないけれど……。無様ね。それでも『この私』の子孫なの?」
「申し訳ございません」
執事の謝罪を合図にこの場に居合わせている使用人全員が、深く頭を下げる。しかしシャディをまとう不機嫌な空気は消えない。彼女の怒りがどんな形で発揮されるのか分からず、誰もが頭を下げたまま内心怯えていた。
そんな使用人の心中などお構いなしにシャディは机の上で頬をつき、もう片方の手を使いフォークで肉を刺す。貴族令嬢としてあるまじき行為だというのに、両親も誰も注意を行わない。彼女に逆らってはならない、意に背くことをしてはならない。それがこの家のルールである。
「まあいいわ。呪いに抵抗できるようだと安心させ、絶望に突き落とすのも一興だし」
そのまま刺した肉を口の中に放る。
「それになにも知らない他の貴族の動向を調べる、いい機会になるしね。シファが呪いに抵抗していても我が家に同調する家は、残していいわ。すぐに手のひら返したり、ころころ意見を変えたり、最初から協力しない家は潰さないとね。特にブディットやファーウたちなんかは!」
顎から手を離すと、シャディは強く次の肉を刺す。そして強く刺したまま口で弧を描く。
「この国は私のもの。やっとその機会を得たのよ。今回こそ逃がしはしない……!」
シャディの言葉を否定する者は誰もいない。が、返事をする者もいなかった。ただ全員がシャディへ向け、御意と伝えるように頭を垂れる。
シャディの前世は何世代も前、王子として生を受け、貴族に名を連ねる男として生を終えた。
彼は母である王妃が浮気に走った結果の子どもで、成長するにつれ、自分に似ていないことを当時の国王が怪訝に思った。さらに当時の祓い師たちから、本来持ち得ないはずの『力』を宿していると聞かされ調べた結果、浮気が発覚。王妃は離縁され、息子を連れ実家へ戻ることになった
その浮気相手は、呪術師の血統の者だった。その為、その子どもは『力』を宿していたのだ。
突然王子という立場を失った彼は、実父から受け継いだ呪術師の力を使い、己の子に呪いをかけた。
いつか自分が生まれ変わった時、自分の手足となり協力するようにと。それまで力があることを周囲に伏せ、来るべき時に備えろと。そしてその時が訪れたら、ただ自分に従えと。
あの時城を追い出されなければ、自分が国王になれたかもしれない。いや、国王になれていた。今でもその考えは変わらない。
なにしろ姉が二人、その次に産まれた自分は長男だったのだから。
王家に限らずこの国では男児へ優先的に継承権が与えられ、それから女児へと与えられる。つまりシャディの前世は第一王位継承権を有していたのに、それを突然奪われたのだ。それも自分の非ではなく、母親という他人の非で。
城を追い出された瞬間から、環境も周囲にいた者たちの態度も一変し、惨めを味わった。屈辱だった。そんな目に自分を合わせた母親が許せなかった。
だから呪いの力を使いじっかり時間をかけ苦しませ、自分を産んだ母親を呪い殺した。
姉二人は父親である国王に似ており、二人を出産した頃は母親も浮気に走っていなかった。だから二人だけは姫として城へ留り、継承権も奪われなかった。同じ女の腹から産まれたというのに、父親が違うというだけでこの差は理不尽だと、強い怒りを覚えた。
姉や国王にも呪いをかけ苦しませようとしたが、当時の祓い師たちに阻害され復讐は叶わなかった。だから次の人生で『国王』という地位を取り戻すと決めた。その為なら我が子だろうと、呪いをかけることに躊躇はなかった。いや、むしろそのために結婚し、子を作った。
「次に生まれ変わるまで待っていられるものですか。例え女だろうとこの力があれば、玉座を手に入れることは可能。今度こそ私がこの国の王になるのよ!」
そう言うとシャディは大きくカットされた肉を噛み切った。
翌日登校すればシファの髪の一部が金髪に戻っており、予想していたとはいえそれを見たシャディは、悔しくて歯噛みした。
お読み下さりありがとうございます。
はい、という訳で真の黒幕が明かされた回です。
アルサールをいかにも怪しい感満載に登場させましたが、真の黒幕ではなかったという……。
さてここで「力」が宿っていると気付かれ云々とあるのに、シャディたちは力があることを秘匿していたと、ちょっと矛盾している点があると思いますが……。
この辺りは終盤、理由を明かにします。
そんな感じで、まだ明らかになっていないぼかしな点もありますが、最終回までお付き合い頂けたら幸いです。
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