晴れない闇
静かなモノクロの街並に残される二人、少女は周囲を暫く見渡した後、青白の光をたなびかせながら、僕のもとに舞い降りる。足を地につけ光を失った彼女が次に向けてきた視線は、先とは比べるまでもなく穏やかだった。
「もう大丈夫、お疲れ様。」
彼女の柔らかい声がとぶ。その言葉はまるで魔法のように、僕の張り詰めた緊張を融かしていく。
「‥あの‥さっきのは‥‥?」
僕のおぼつかない質問に、彼女は落ち着いた様子で答える。
「さっきのヤツなら逃げたから、安心して。」
その返答は間違いなく僕の望んでいた答であって、その彼女の言葉に僕が一時的に安心したのも、また確かだった。
‥‥でも
そうじゃない!
あの化け物や彼女の正体に、色も動きもない街並の状態、まるで取り残されたように一人動いている自分、僕には訊きたいことがもっと他にある。
ようやく思考がまわりはじめ、そのことを切実に感じだす。目の前には状況を分かっている少女、僕はその状況下において、訊かない選択肢を失っていた。
「…これって一体…どうなってるんですか?」
僕が言い終わると、彼女は少し間をおいた後、鋭い眼差しを向けて応える。
「‥これから話すこと‥とても信じられないと思う。でも、話すことは事実、‥覚悟して聞いて。」
その目に敵意は無かったが、その代わりとして十分な程の緊張が、言葉によって与えられる。重い前置きに固唾を飲む僕を前に、彼女は再度躊躇いながらも、自分を鼓舞するように息をついて、話し始めた。
「‥さっきのヤツはトールっていう生き物。人間の生体エネルギーを食べ物とする、人間の天敵。
ヤツらはこうして時間を止めて現れては人間を襲っているの。‥みんなの知らないところで、ずっと昔から‥」
彼女が言葉をとめる。僕はその言葉を順に考え、理解し、愕然とした。さっきまでの不安が、一瞬にして絶望に変わる。
言葉が出ない。
僕のいた日常が、自分の信じて疑わなかった平穏が、実際には存在しないという宣告。言葉だけなら嘘だと思えたその言葉。だけど、その街の停電は、それが事実だということを突きつけていた。
戦慄と絶望に打ちひしがれる僕。自分でも否定しようのない哀れな姿を見せながらも、それでも受け入れられる訳もないことに、そうすることしか出来なかった。
暫くして、僕は混乱の頂を越え、少しずつ落ち着きを取り戻す。彼女はそうなるのを冷静に待った後、改めて続きを話しだした。
「そして、私達はそのトール達から人間を守る為に、人間から生み出された存在。
‥私達の呼び名は精霊。精霊もずっと昔から、トールと戦っているの。だから‥」
彼女は持ち合わせの話題を言い終えたのか、急に言葉が縺れだす。まるで言うはずだった言葉を、慌てて抑えたかのように‥
「‥だから、私も…街のみんなを守る‥。」
彼女が最後に出したのは、この一言だった。
僕がだいぶ落ち着いた後、少女は詳しいことはまた後日話すと告げて、去っていった。少しして周りの色と動きが戻ると、周囲は何も無かったように流れ続ける。
でも、僕は覚えている。
鮮明に残ったあの景色。
色の無い"暗闇の世界"で交錯した二つの光
過去に経験したことのない完全な絶望
そしてそんな僕をなだめる彼女の悲しそうな表情
それらは紛れもない真実に違いなかった。
この日、僕の世界は色を失った。