暗闇の中で
「何‥‥これ‥‥」
何が起きているのか解らない。
いや、起こっていることは分かる。僕の周りが突然止まったことは。ただそれがあまりにもあり得なくて未だ理解が追いついてない。
今までにも自分が不思議に思うことは多くあったけど、どんなこともそれが起こっていること自体は受け入れられた。でも今回は違う。どんなに理解の幅を広げようとしても、器を大きく超えるそれを気持ちが拒む。こんなことは初めてだった。
怖い‥‥
そんな思いが身体中を駆け巡る。不意に胸に当てた右手から、暴走している鼓動が伝わる。でもそんな鼓動でさえ、今の僕には唯一の心の拠り所だった。
少しして、少し遠く離れたところに何かが光っているのが見える。そこからでもはっきり見える程の、大きな光が1つ。その光は薄紅色を放射状に発しながら僕の方へと近づいていた。
何かがあの中にいる。そういった直感が僕の中を駆ける。そこに根拠は何もないが、他の可能性は考えられなかった。頼りない背中に大きな恐怖心と緊張感がはしる。
中にいるものが危険な存在なら、直ちに逃げないといけない。
でももし僕を助けてくれる存在だとしたら‥
今の僕には自分以外で動く唯一の存在であるそれから離れることもまた怖かった。
光の球はかなり近づき、その中心がもう建物の陰から現れようとしている。
現れるのは幸か、不幸か、
そしてその中心が
‥見えた
(‥‥!)
中心にいたのは一人の青年だった。凛とした立ち振る舞いで眩しい光を発して浮遊する、赤髪の青年。頭には、彼の凛々しさには似合わないような、犬の耳みたいなものがついている。その姿はとてもこの世のものとは思えないようなものだった。
青年は辺りを見渡している。どうやら僕の方には気付いていないらしい。彼は無作為的にこちらも見渡すが目だけは合わないように僅かに視点をそらす。
動かないこと幾ばくか、ようやく周囲を見渡し終えた青年は一息ついて右手を体の前に出す。するとその掌に同じ薄紅の光が現れる。
その時だった。
突如疾風が吹き、その風に周囲の色が吹き飛ぶ、残ったのはモノクロの世界と取り残される僕、そしてそれを見て手を止める青年だった。
気付くと彼の目がこちらを睨んでいる。
(気づかれた…!)
色の無い世界の中で色のついている僕は目立ったのだろう。彼の目にあったのは完全な敵意だった。
(危険だ!)
本能で察した僕の足が後ずさりを始める。でもその足は恐怖に震え、二,三歩する内に身体を支えきれなくなった。
尻餅をついて倒れ込んだ僕の目に彼が映る。彼は光の球を手にしたままこちらを睨み続けている。
(…助けて…!)
心の叫びを感じる。助けなんて来ない,停まっているんだから。でも、そんなことは分かっているはずなのに‥僕は心の底から願っていた。
あり得ない悪夢が起こったように,来るわけの無い救いが来ることを‥
すると突如上空の後ろ辺りが青く光ったかと思うと、そこから青白く光った何かが線を描き、青年の辺りで弾ける。刹那そこを中心に広がる強い衝撃と閃光に僕の視界は一瞬にして奪われていった。
‥‥
「‥大丈夫?」
一つの鋭い声が聞こえる。少し風が和らいだところで目を開けると、そこに声の主がいた。
青白の焔を帯びた,この世界で雄然と立ち誇る人が‥