【RED】 MEMORY
プロローグ
2045年 六月
ここは福岡県福岡市の天神だ。
天神は相変わらず人が多い。
人が蛇のようにうなる交差点で、僕は人にぶつかりながら突っ立っていた。
車が無数に停まり中にいる運転手たちは人を見つめている。周りには高いビルが建っており、店の看板が下ろされている。下には賑やかな店がずらりと並んでいる。だが、どれにも行ったことはない。
ここにはもう二年近く滞在しているのでここらへんは詳しい。通行人は誰も僕の事など知らないだろうが。
何故かというと今こうして通行人にぶつかられているのだから。
「おい!あっちに行ったぞ」
三時の方向でザワザワと野次馬たちが何か叫んでいる。何かあったのか?
「カホウジの娘たちだ」
「なぜここに…」
と言っているようだ。〝カホウジ〟ってなんだ?聞いたことがあるような…。
三時の方向にはコンビニがあるから野次馬たちはそこにいるのではないだろうか。人らしきものが瞳に写った。
遠すぎてよく見えない…。
「君、ここで何してるの?お母さんは?」
―――顔を見上げると、傘を持っている優しそうなお姉さんが笑顔で立っていた。
なんだこいつ。馴れ馴れしい。だれだ?
しかもこいつ人の子供に話しかけやがって。僕は出来るだけ笑顔を作った。
なんかいたずらしてやろっかなあ。僕はお姉さんをまじまじと見た。何か盗めるモノはないかな?
…2人が話している間に、小雨が降ってきた。
「あ」
お姉さんは手をあげ雨が降っていることを確認すると、僕を困った顔で見た。
「雨が降ってきちゃったね…。とりあえず交番行こうか。」
なんで交番なんだよ。
お姉さんはすっくと立ち上がった。
「さあ行こう」
お、おい。これ完全に誘拐してんだろ!
お姉さんが立ち上がるスキに、僕は右手に持っていた赤い傘を盗った。
―――せいこう。
「てんきゅっ」
「え?」
思わずガッツポーズ。お姉さんの驚いた顔…カマキリみたいだ。
「子どもだからって油断してたか?」
僕は腰を抜かしたお姉さんを見て、あはは、と笑った。あー笑いが止まんない。人間はこんな変な顔をするのか?初めて見たんだけど。
「け、警察に通報…するわよ」
「フーン…勝手にすれば」
丁度青信号になったところで僕は走り去った。思いっきり笑いながら。しかしその笑顔は|
狂喜満ち溢れおり、とても子どもが出来る笑顔ではなかった―――
①〝大人〟
僕が生まれたのは五年前の四月だ。つまり他の人からすると五才ぐらいだろう。
僕の脳は今現在二十七歳の脳。自分で計算すると、だが。
僕自身、家族がいるのかもわからないし、まずどこで生まれたのかわからない。
よくしつこく聞いてくる奴ら――〝大人〟――がいるが本当にわからないんだ。本当にわからないのに…〝大人〟て奴は。例えば本当に五才の子供の親がいないとして…いや、よく考えたら拷問だろ、拷問。
死んだ親の事何回も聞かれたらイヤだよな。もしかして〝大人〟はそれを知っていてわざと言ってるとか…?人間として最悪だろ!
そんな人間として最悪な〝大人〟に僕も何度か質問されたことはある。
「お家はどこ?」「分かりません」、「家族は?」「知りません」、「君の名前は」「名前なんて…ありません」、、、
〝大人〟はみんな自分にできる事は無いかとしつこく聞いてくる。
子どもは常に〝大人〟の言う事をきかなくちゃいけないのか?聞きたくない事も。
例え消えろと言われてでも?
全く、ヘンな教育だな。イヤ、消えろと言われて本当に消えるやつはいないだろう。でも〝大人〟に言ってもきっと理解してくれる人はいないだろう。
ま、金持ちのお嬢様は〝大人〟に理解されやすい者も多いとか。
そう言えば、二年前に金持ち娘が逃亡する事件があったような…。たしかその娘の名前は…。そうだ!〝カホウジ〟だ!
なぜか両親は川に落ちて死んでしまったそうだ。
「ヘンな事件もあるもんだなあ」
その金持ち娘が殺してしまったのだろうか?
僕は空をしばらく見つめていたが、傘をたたみ、公園のベンチに腰掛けると眠りにおちたのだ
った…。
二年前
2043年 二月
突如不幸は訪れた。
油山付近でキャンプをしていた両親と子ども三人の家族の三女、牡丹がキャンプ中にいなくなってしまったのだ。
父親はすぐ警察に、と提案したのだが、母親はなかなか頷くことは無かった。
「警察に行く前に牡丹が川に落ちてたらどうするのよ」
確かに川だけでなく急な坂もあるが…。
まずは母親をおちつかせてからだな。
「亜香…分かった」
父親は母親の肩にてを置いた。
母親は顔を上げると、
「早く行きましょ」
〝行く〟って、助けに行くってことか…?
「おいおい。百合と椿姫はどうするんだ」
不安そうに両親に顔を向ける二人にたいし、両親は笑いかけてもいなかった。
問いかける父親にたいし一方母親は慌てている。
「あの子、あの子はっ…スポーツも出来て賢くて!あの子がいないとママ友たちからいじめられる…」
すっかり優しさを失ってしまった母親に父親は愕然としていた。
「百合姉ちゃん!」
百合はゆっくりと振り返った。だが彼女のかおには牡丹が持っている綺麗な母親譲りの青い目は無く、親戚に誰一人としていない深い赤い色をしていた。
まるで血がつながっていないみたいだと、父親に言われたことがある。
もう一つ彼女にないものがある。それは…
笑顔だ。
「百合姉ちゃん!あのね、赤い魚がいたよ。百合の目みたいな!」
私の可愛い妹…
百合が家族として見ているのは椿姫、たった一人だ。
椿姫は瞳は青色なのだが、7歳の時牡丹のせいで割れたガラスが目に刺さり、失明したのだ。
そのせいで綺麗な青色の瞳が紫に変色してしまった。
でも椿姫は笑顔を絶やさなかった。
―だが両親は慰めたりもしなかった。
「椿姫…」
「なあに。姉ちゃん」
百合は切ない笑顔を浮かべた。
「牡丹が…華宝寺牡丹が、いなかったら…」
「いなかったら?」
「私たち、幸せだったかな」
椿姫は賛成せず、くびをふった。
「こうなるって、神様が決めてたんだよ」
だとしたらなんて神様は不平等なんだろう。
私はいいから椿姫を幸せにしてあげて。
百合の〝紅い〟瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「お母さまだって…」
母親は眉をひそめた。
「お母さまだって、お父さまだって!あんた達さえいなければ…!」
「全く何言ってるの。早く牡丹を捜すわよ」
母親は命の危険さえきずいていないようだ。
川辺を捜している。
――殺すなら今か―――――――
しかし手をだすことはできなかった…。
②逃亡
どんっ………。
何か鈍い音がしたと思うと、椿姫が母親がさっきまでいたはずの川辺に手を向けて立っていた。何を…しているの?
「きゃああああああああああ―――――!」
「お、お母さま…?」
バッシャンッ
次は何かが落ちたような音がした。
百合は状況を読み込めず、何度も母親を呼び続けた。
「お母さま?」
返事はなかった。まさか…そんなわけないでしょうね?
百合はすぐさま川辺へ向かったが、母親の姿はいくら探しても見つけることは出来なかった。
「椿姫…?」
百合は微動もしない椿姫をみつめた。
椿姫は百合と同じようにゆっくりと振り返った。
椿姫の顔はまるで解放された奴隷の様だった…
「百合お姉ちゃん」
椿姫は自分がしたことを静かに告白した。
百合は怒るわけでもなく、泣きもせずただひたすら椿姫をみつめた。
――――椿姫は実の母親を殺したのだ――――――――――――
何回も何回もあの場面を繰り返すがその言葉しか出てこない。
「いくよ」
「お姉ちゃん…?」
百合は椿姫の手を取ると、間をあけず走り出した。
逃げるしかない。私が椿姫を守らないと。
私のたった一人の家族…
私の大事な椿姫…
走って走って走りまくった。
そして百合と椿姫の逃亡生活が始まったのだった――
③【START】
2045年 六月
「子どもはどうなったんだろうなぁ」
僕は吐息が入り交じった声で嘆いた。
暇で暇で仕方ない。何か面白いモノはないだろうか…
僕はふとその姉妹に会いたいという気持ちがあったが、まず生きているかどうかも分からないのだ。
会える確率も少ない。じゃあどうやって…
「あ…そう言えば」
迷いもせず、歩き出した。
僕は思わず唾をのんだ。いや、確かに言っていた。確かに〝カホウジ〟と。
行くしかない。見つけたら警察に突き出すか。でもそれじゃあ面白くないなあ。しばらく行動を共にし、裏切って精神的ショックを受けさせるか。
「なかなか面白い事を考えるなあ。僕…」
少しばかり力がなかったが、興奮する自分を抑え、ため息交じりに深呼吸をし、
「すたぁと」
と呟いた。
彼の目的は…コンビニ。
④才能
2045年 七月
失礼します、と部屋の中に入った彼は落ち着かないのか、あたりを見渡していた。
彼の名前は戸崇佑介。十八歳。十歳で母が才能に気づき、今現在一流の会社に努めている。ふつうこの国では十五からアルバイトで働くことが出来るが、なぜか三十歳にならないと会社員として働くことが出来ないのだ。しかし彼は母が期待していた通りに彼は十二の時からこの会社のオーナーに目を付けられ、面接無しで特別に迎えられた。
彼の才能は国の政府からも認められている。迎えられたばかりのころは上司にあれこれ言われたが、今ではもうそんなことは無い。
佑介は姿勢をシャキッとただし、前を見据えた。自分はこの会社の、しかも本部の人間なのだ。今年でもう大人だ。
しかし、今はそれどころではなかった。
「戸崇くん。なぜここによばれたのか分かっているとは思うが…」
課長の杉田勝俊は自分の前に立たされている社員と佑介を一瞥した。
社員は死体のように微動だにしていない。佑介は彼を哀れに見つめた。
「彼は五月三日、他会社のコンピューターを不正にアクセスした」
「はい」
「しかしそれだけではない」
杉田は社員を力なく見据えた。怒る気力すらないようだ。
「本当に呆れたよ…」
社員は全く動かないが、佑介にも泣いているのがわかった。他の会社員も哀れに彼を見つめているのがわかる。かわいそうに…社員は佑介と同じ出世コースまっしぐらだったってのに。
「彼はコンピューターを不正にアクセスした。おまけにうちの会社のコンピューターにウイルスをまき散らしたんだ!」
杉田は机を思いっきり殴った。
会議室に音が響き渡る。
社員はとうとう泣き崩れた。杉田は社員を冷たい瞳で見ると、
「戸崇くん。君の力が試される時が来た」
佑介は頷く。
「コンピューターのアクセス証拠を消し、うちの会社のウイルスを消滅すればいいんでしょう?」
「その通り。さすがそれこそわが社の戸崇佑介だ」
そんなに期待されるのも困るが、証拠を消し、消滅させるのは佑介にとって容易だった。
本部でコンピューターが得意なのは杉田とこの泣き崩れている社員と杉田と、そして佑介だけだった。
しかし杉田はあくまで趣味、社員はアクセスしかできないのだ。
この会社は九割が佑介の〝おかげ〟ともいえる。期待される理由も誰もが頷ける。
「紙田杜一の社員データは消去しますか」
社員はハッと顔を上げた。まさか自分の名前を言われるとは思っていなかったのだろう。彼の表情は恐怖しかなかった。
「勿論だ」
――それはクビを意味していた。一気に社員の表情は険しくなった。
「お願いです!そ、それだけは…」
杉田に縋る紙田杜一を無視し、杉田は会議室から去った。杉田についてくるように他の社員もぞろぞろと部屋を後にした。
「お願いします…」
彼はその言葉を何度も何度も、繰り返した。
「では」
佑介は振り返りもせず、部屋を後にした。
今まで何度も辞めて行ったりクビにされる社員を見てきたが、慣れない。
敢えて言葉には出さないが、どうしても同情してしまうのだ。
「五分で終わらすか…」
佑介はため息をついた。
【RED 完】…しかしものがたりは、 つづく。