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ザ・グレイブディッガー  作者: ムロマチ村正
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第一話 ボーナスには常に理由がある

ロックダウンの街は、港町と首都シルマリアのちょうど中間に位置する街である。

元は、港町から首都まで荷物を運ぶ商人たちが休息するための小さな町であったが、

やがて商人同士の交易の場所となり、船で外国から入ってきた商人が街に住み着いて商売を始めたことで人が増え、

今では、港町から運ばれてくる外来品が名物な、商業の街として栄えている。



「よう、ハリーじゃねえか」

酒場の扉をくぐると、見慣れた顔があいさつ代わりに手をあげた。

ハリーの親友のオルビスだ。

オルビスは、酒場にいくつか並ぶ丸テーブルの一つを陣取り、その上に空の酒瓶を何本も並べていた。

相変わらずの酒の飲みっぷりに、ハリーは苦笑いした。

「オルビス、また昼酒か?」

「酒は俺の血であり、肉であり、日々の暮らしの糧だ」

いつもの決まり文句を言って、オルビスはグラスを傾ける。

「いいから座れよ。一晩休んだんだろ?」

「ああ、ぐっすりだ。やっぱりベッドで寝るのが一番いい」

ハリーはオルビスの向かいに座った。すると、オルビスは酒場の出入り口をちらと見て言った。

「ユエルはどうした?お前ら、いつも一緒だろ?」

「市場で荷を捌いてる。昼に会って、儲けを分ける予定だ」

「フーン…それで、俺が回した仕事。どうだった?」

「あんたの言う通りに森を通ったら、オークに襲われたよ。いくつか木箱をやられた」

「やっぱりか…」

オルビスは苦い顔をした。

「港町からこの街まで、あの森の道を使えれば、かなり楽になるんだがなあ…」

港町からこの街への馬車道は、途中にある大きな森を迂回するように

半円状に敷かれている。森をまっすぐに突っ切ることができれば半日ほどの短縮が見込めるのだが、そう上手くはいかない。

『昔からこの森には盗賊が住み着いていて、手間を惜しむ馬鹿商人が通りかかるのを待ち構えている。

だから荷物を運ぶときは絶対に森を通ってはならない』

これは、この街の商人見習いの小僧が弟子入りしたときに、親方から最初に聞かされる話だ。

「そう簡単に伝統は覆せないってわけか…荷物の損失額とオークの討伐数は?」

ハリーは一枚の紙を取り出して、オルビスに渡した。

「これだ。ユエルが書いたから間違いはないと思う。オークは6人やった」

「証拠は?」

「必要か?」

「まさか、無いのか?」

ハリーは肩をすくめると、懐から小さな布袋を取り出して、オルビスに渡した。

中をのぞくと、オルビスは顔を歪ませた。当然そのはずで、中にはオークの死体から刈り取った耳が入っているのだ。

「わかったわかった、信用するよ。ったく、酒がまずくなる」

「もっと酒がまずくなる話をしよう。ユエルが言うには、盗賊に物を恵む趣味はない。ってさ」

「きつい言い方だな。まあ、荷物の大半は持ってきてくれたんだ。それでよしとするさ」

「で、報酬は?」

ハリーが聞くと、オルビスはグラスの酒を飲みほし、ズボンのポケットから袋を一つ取り出して、テーブルに置いた。

「これでどうだ?」

ハリーが袋の中を見ると、金貨が8枚入っている。

ユエルと分けても、無駄使いしなければ数週間はつつましく過ごせる金額だ。

「やけに多くないか?一週間かけて、港町から荷物を運んだだけだぞ」

ハリーはオルビスの裏を読み取ろうと、軽く睨め付けた。

するとオルビスは笑いながら、ハリーの眼光を払うように手を振った。

「そんな目をするなよ。いいか?今、この街全体がオークに対してピリピリしてるのを知ってるか?」「まあな、あのひどい事件からだろ?」



1週間前だろうか。街で子供が誘拐された事件があった。犯人は街中で突然に子供をさらうと、衛兵の手を逃れて、森へと逃げ込んだ。

すぐに衛兵部隊が派遣され、犯人は捕まった。だが、子供は無残な死体となって、鳥に突かれていた。

その犯人の身元を調べると、最近に隣国から大量に入国してきたオークの一人だったのだ。

そして、そのオークが発端となったように、この街でのオークによる犯罪数がぐんと上がり始めた。

窃盗、詐欺、殺人…特に殺人が多いそうだ。友人の衛兵から聞いたところだと、留置所はオークでいっぱいだから、近いうちに別の街へ移す予定だということだった。

処刑して数をへらすにも、そのための手続きが追い付かないのだろう。



オルビスは酒をあおりながら続ける。

「だがな、絶対におかしいんだよ。オークどもだってバカじゃない。俺の知り合いのオークはそこらのチンピラよりも世間というやつをよく知ってるし、何より移民である事を自覚してる」

「不自然、ってことか?」

「まあな。だが、そんなのはどうでもいい。重要なのは、この状況は仕事が増えるってことだ」

そう言って、オルビスは後ろの壁を指さした。そこには、大きなコルクボードが取り付けられており、何枚かの紙が小さな釘によって貼りつけられている。

クエストボードと皆が呼んでいるそれは、街のゴミ拾いから魔物の討伐に至るまで、この街の幅広い仕事が集まってくる所で、オルビスはクエストボードに貼られた仕事の仲介人だ。

クエストボードは、朝のうちは青々と茂った木の葉のように、依頼の紙が隙間なくクエストボードに張り付けられているが、酒場の開店時間と共に起こる傭兵や冒険者たちの仕事の取り合いによって、その全てが取られて無くなってしまう。

そして、何もなくなったクエストボードのそばで、オルビスが昼間から酒を飲んでいる。

というのがいつもの光景だ。

だが今日は、そんな嵐のような仕事の取り合いの後でも、何枚かの紙がクエストボードに残っていた。

「見てみろよ」

オルビスがグラスに酒を注ぐのを見ながら、ハリーは立ち上がってクエストボードに近づいた。

『北のヒイラ渓谷でオークの盗賊に襲われた。討伐を頼みたい。 金貨3枚』

『西のコルクト平原でオークに荷物を奪われた。取り返してほしい。 金貨2枚と銀貨6枚』

他にも何枚かあったが、それら全部がオークがらみのトラブルだった。


「驚いた。オークどもは何かクスリでもやり始めたのか?」

「いんや、そこまでは分からん。多すぎるんだよ。毎朝ハゲタカみてえに仕事を取っていくやつらだけじゃ、対応できなくなってきてる」

「でも、儲かるんだろ?」

ハリーの言葉に、オルビスは笑って答える。

「まあな、だが、討伐する奴がかぶってるのが何個かあってな。お前がやったオークどもも、ほかの依頼とダブってたやつだった。だからその分多く払ったんだよ」

ハリーは椅子に戻ると合点がいったように笑い、金貨の袋を懐にしまった。こういう風に筋の通っているところが嫌いじゃない。

「それなら、ありがたく頂くよ」

すると、オルビスは杯に残った酒を一気に飲み干して、大きなげっぷをした。

「はあ……お前はいいだろうがな、俺は忙しすぎんだよ。これから、残った仕事をやってくれる奴を探さにゃならん。お前はどうだ?」

「少し休むよ。弾も調達したい」

ハリーは、腰のホルスターに入った二つのバーンロッドを叩いて見せた。

「バーンロッド。まったく…そんな面倒なのを使うのは、ここいらじゃお前ぐらいなもんだ。もの好きめ」

「得物くらい好きにさせてくれよ、じゃあな」

「待てよ」

ふいにオルビスがグラスを置いて、ハリーを引きとめた。

「……あまり言いたくないが、もしかしたらこの街のオークは追放されるかもしれねえ」

「追放?どういうことだ?」

「情報が入ったんだよ。今、この街ではオーク追放派とやらが力をつけ始めてる。オークの凶暴化の原因を解決できない限り、あと数日で事が起こるぜ。それで、この仕事を受ける気はないか?」

オルビスは一枚の紙を取り出した。クエストボードに貼られているような依頼書だ。

「仕事?」

「ああ、魔術院がオーク凶暴化の原因調査のために、オールスタイン遺跡に行くらしい。その護衛だよ。期限は今日までだ」

ハリーは二度も言わせるな、というように肩をすくめた。

「俺は休みたいんだが」

「コモン村と同じことが起こるぞ」

その時、ハリーは思わずバーンロッドを抜きそうになった。

撃ち殺してやる。と、はらわたにドス黒い感情が湧きあがる。

「なんだって?」

「史上最悪のエルフ迫害。お前の故郷で起こったことだ。それが、この街でも起こりかけてる。この仕事を受ければ止められるかもしれねえぞ」

ハリーの殺意を知って知らずか、オルビスは続ける。

「なあ、お前とは4年来の仲だけどよ。危なっかしくて見てられねえよ、お前は。まだ過去に縛られてんじゃねえか?」

「……余計なお世話だ」

「お前が何と言おうが、今日中は待ってやる。過ちを止めたければ来い。ここで待ってるぞ」



ハリーは椅子から立ち上がると、酒場のドアを開けて外に出た。ユエルがいる市場へと歩き始める。

途中、荷運びをしているオークとすれ違った。でっぷりとした腹を持つ盗賊たちとは違い、引き締められた体をした精悍なオークだ。

周りを見れば、彼は道行く人々から、警戒と疑惑の目を向けられている。いつ彼が凶行に及ぶのか、そのことに対する警戒の目だ。

この街で仕事をして生計を立てているオークは多い。

主に商人の荷物の運搬や、大工や鍛冶屋の手伝いといった肉体労働によって、街に貢献しているオークたちだ。

彼らは、盗賊をしているオークとは違い、街で仕事をしている善良なオークたちだと、ユエルは言っていた。だが、世間が彼らに向ける目は善良なものではない。

このままオークによる犯罪が増えれば、いずれは大っぴらに迫害され、この街から追い出されてしまうのだろうか。

近い未来、オークたちの家が焼き討ちにされ、武装した群衆によって街の外に追いやられるオークたちの姿が目に浮かんだ。

それは、コモン村の少年だった自分が見た、目の前で火炎魔術を食らって、枯れ木に火をつけたように燃え上がったエルフの姿をも思い出させた。



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