loop.7 NYMPH's GIFTS
夢であってほしい。そうここまで思ったのは初めてだ。しかし大抵、そういう時は見事に裏切ってくれるのが運命であり、言い換えてみれば人生というものだ。
僕はまた住宅街の中にポツリといた。ひょっとしてこれは意識を失って、混濁しているのかとも思ったがそんなはずがない。
ここにいるという実感が確かにある。これがもし夢ならばあまりにも鮮明すぎる。夢というのはあやふやで掴み所がなく煙みたいなものだと相場が決まっている。
だが、それでも夢であってほしい。そう思い腕時計を見てみるが、だいたい二時前でこれで明らかにループしていることが証明された。
なぜループしたのか考えるまでもない。きっとぬいぐるみを落とし主に渡すのは今回のループのトリガーではなかった。ただそれだけだ。
トリガーが間違っていてもループが何回でもできるのであまり気にする必要もないのだが、徒労感は並みではない。特にイレギュラーが多かった今回はそれも殊更、大きい。
しかしこうして考えているだけでは何も変わらない。タイムリミットが来て、またここへ戻ってくる。何もせずにそうなるのは絶対に嫌だ。
ということでとりあえず公園へと向かう。もしかしたら男の子にぬいぐるみがしっかり渡っていないという可能性もあった。
いや、これはこじつけかもしれない。だがそれにすがらなければまたあの体からほとんどの感覚を奪い去り、寒さ以外に何も感じない恐怖が襲ってくる。
結果的にぬいぐるみはいつもと同じ、ベンチの側に落ちていた。一瞬、ぬいぐるみを渡し損ねたかとも思ったがすぐに違うと気づく。
あれは確かに渡した。にも関わらずここにあるのはきっと男の子はそもそもぬいぐるみを落としていなかったし、ただそこに置いていただけということだろう。
体温が僅かに上がるのを感じる。ただただ恥ずかしい。こんな勘違いをした僕自身が。こんなとき穴があったら入りたいとはよく言うが、それはとんだ間違いだ。
むしろこんな間違いを誰かに笑い飛ばしてほしい。笑ってその間違いが何かのたしになるというのを証明してほしかった。この羞恥心をどこにも吐き出せないまま、それでも前に進まないといけないのはとても苦しい。
だからその声は天恵だと思ってしまったのだ。ハキハキとした元気な声音が。
「あー! 計くんじゃーん! 久しぶりー!」
その声は十数年来の付き合いなのですぐわかる。幼馴染の水沢木霊の声だ。
本当なら久しぶりでもなんでもないのだがそれを感じるのはタイムリープの能力を持っている僕だけなので、それに合わせる。
「ああ、久しぶりだな」
「ホントに久しぶりだよー。ご機嫌麗しくて?」
なんで丁寧口調とも思ったが、ここはスルー。返しづらし、何より僕にはやることがある。その場へ行こうと足を踏み出すが、すぐさま木霊からの声がかかる
「こんなところでどしたの?」
「ん、あー、それはだな……あれだよ」
「結局なんなのよ……」
木霊の言うことは全く正しい。だがね、木霊。人には言えないことがあるのですよ。タイムリープをしてるとかね。
しかしこれすらも言うことができない。なので口ごもったままだ。言いにくいことに限らず、木霊は話す時はどうもこうなる時が多い。いや、多くなったが正しいのかもしれない。
「そうだ。今から交差点行くんだよ」
「……? 交差点に用がある人なんて他に見たことないけど……」
僕の言葉に言葉を返すがごもっともだ。だがあるのだから仕方がない。しかも驚くべきことに二回目の用事だ。
「まあとにかくあるんだよ。お前も来るか?」
「んー、迷うなあ」
おや、と思う。前回は暇だからと言ってついてきたが今回は顎に人差し指をあて、結構真剣に迷っている。そこに助け船を出すように声をかける。
「いや、別に大した用じゃないし。来ても来なくてもどっちでもいいんだが」
どうしてか逸ったような口調になる。内心、焦っているのかもしれない。
「暑いから今日は遠慮しとく」
悩んだ挙げ句、木霊は結論をくだす。一緒に来ないのは少しばかり残念だが、一人の方が都合がよさそうな用事だからこれでいいと心を鎮める。
その落ち着いたまま、
「そうか。それじゃまた」
と言うと、木霊は元からの童顔にいたずらっぽい笑顔を浮かべながら
「うん。また。今度はもっといい場所に誘ってね」
と言葉を返す。その表情はまるでサンタを信じている年頃の少女のようだった。……まあ、その頃の木霊も見たことあるんだが。
木霊と別れて交差点へと向かう。あの不可解な看板を見に行くためだが僕の心は少しばかりほっとしていた。木霊に会わず、そのまま見に行っていたらまともな分析など出来なかっただろう。
そのくらいタイムリープ能力が発動してしまったときは焦ったし本当にまずいと思った。
だがこうして木霊と遭遇し、多少なりとも会話をすることで心の安定を得た。そうあれているのは全て木霊のおかげでとても有難いことだ。
心が安定すると視野が広くなる。それはあの看板を分析する上で重要であるが、広すぎると気が散り厄介なものだ。
例えばあの廃ビル。ここらへんは新興住宅街なのでビルでしかも薄汚い建物というのは中々、目につく。視野が広いと真っ先に注意を惹き付けられてしまう。
だがほとんどの人はそこの前を通っても目もくれない。視野が狭いというのもありえるが、きっとそうではないはずだ。だいたいこんな怪しそうな廃ビルに興味を示すのなんて、子供くらいなのだ。
あの廃ビルは何故か壊されない。さっき言った通りここは新興住宅街だ。だからその景観を崩し、地価を下げ、住宅スペースを減らす邪魔な建物など消されて当然だと思う。なのに壊されない。もう十年も前からだ。
そのことにどうしてだか興味を持ってしまった子供がいた。それが僕と水沢木霊だ。
子供というのは秘密基地に憧れる習性があるらしく、そこに一回入り込んだだけですっかり気にいって頻繁に出入りするようになった。
結局は廃ビルは資材などが放置されていて危険だったらしく、たまたまそこに入る姿を見た警察官に大目玉を喰らい、出入りをやめた。
それは多分、初めて廃ビルに入って二ヶ月くらいのこと。短い期間だけど、そこには濃密な思い出がある。……が、そのことを話すのは恥ずかしすぎる。あの二ヶ月は自分の黒歴史と言ってもいいかもしれない。
詳しいことは言えないが、その時のことを一言で表すなら「甘美な夢」だ。そして困ったことにとてつもなく甘ったるいパフェのような。
そんなもの思いから覚める。先を見るとすぐそこに交差点が見える。
頭の中はスッキリしており、夏の暑さによる脳のオーバーヒートもなさそうだ。これも全て木霊のおかげだ。
昔からいつもそう。彼女と話すと心のふわふわとした部分がはっきりしてきて、全身に……活力? みたいなのが湧いてくる。
きっとそれは彼女の性質ではないだろう。多分、僕が彼女からそれを感じ取っているだけだ。
だけど、それでも彼女は紛れもなく僕にいろんなものを与えた人なのだ。
その彼女にきっと僕は――
今回は廃ビルが出てきて、そこで計くんは言葉を濁して思い出は語っていませんが、いつかスピンオフ的な感じでその物語を書けるといいな。




