loop.6 NOT (HELP) LAUGHING
視界が再び開く。そして五度目にもなる光景が目にはいる。
いつもならまたかとうんざりするが、今回はすでにループ脱出の目処が立っているので足取りは軽い。
前回のループでは体が芯から冷えるような感覚を得ていて、暑さをまるで感じなかった。今回も暑さは感じないが、それは多分、暑さを忘れるくらいにループ脱出しか見えていないからだろう。
ここまで来たら急ぐ必要はない。ゆっくりと公園へと向かって歩き始める。
今回のループにはそこそこ骨が折れた。いつもならまたループすればいいという安心感があるのでこうは思わないのだが、今回はいささか予想外が多くあった。
ぬいぐるみの持ち主が特定できない。時間がおかしい謎の事故目撃情報を求む看板。そういえば木霊に遭遇したこともあった。
だがループを脱出してしまえばそれは全て忘却の彼方に消え、やがて「そんなこともあったね」と思うようになるのだ。ひょっとしたら今、思ったことすらも忘れているかもしれない。
それを虚しいとは思わない。人生というのは結局、個人の歴史の積み重ねだ。だがその積み重ねの部分に意味はない。その当時は重要で深刻な問題も、やがて色を失い人生の下地と成り下がっていくのだ。
だからきっと今回の経験も意味がない。不可思議なことはたしかにあった。だがそんなものはどうでもいいのだ。過ぎ去った時間に価値はないのだから。
そんな将来になればどうでもよくなることを考えているうちに公園へ着いた。どうでもいいことを考えるのはどうしようもない行為だが、暇潰しには都合がいい。
もしかしたら人間の妄想力はその使命を全うするために神が与えたのかもしれない。
例のベンチに近づく。そこにはいつも通りぬいぐるみが落ちていた。本当ならないのが普通なのだろうが、僕の視点ではいつもそのにあるので、それが一種のオブジェのように思えてきた。
それを素早く拾い、落とし主であろう男の子を首を巡らせ探す。
見つけた。
時間がかかるかと思ったが、服装は変わらないので一発でわかった。
さて最も重要なのはこの後だ。それはどう渡すか、だ。今までの捨てのループとは違い、今回でループを脱出できる。そういう時は当然のことながら今のことがそのまま引き継がれる。
つまりここで下手をすればループ脱出はなし得ても、誤解されたりすることはあるということだ。
例えば不審者と間違われたり、偽善者と思われたりだ。
だからこそここが正念場。落とし主にぬいぐるみを渡すプランをいくつか頭の中でシュミレートする。
いける。このプランが最適解っぽい。これなら何も誤解されずに安心安全にぬいぐるみを渡せる。
その落とし主の男の子に向かってゆっくりと歩いていく。そしてすれ違う。ある一言をボソッと呟きながら。
「このぬいぐるみ誰のだろうなあ……」
男の子の注意が一気に惹き付けられる。どうやら作戦は成功のようだ。
ここで「これは君のものだよね?」なんて近づけば確実に怪しまれる。まずなんでそれが自分のものだと分かったのかと思うし、挙げ句ぬいぐるみを奪おうとしたやつにも見えるかもしれない。
そう思うのは落とし主は言わずもがなで、あの母親たちも不審に思うだろう。
だからまず誰のものかはわからないフリをする。
「あ」
子供は俺の持っているぬいぐるみに対し、目を丸くして不思議そうに注視している。どうやら気づいたようだ。
「それ僕のだよ」
子供というのはある一つのことに集中しやすい。いや美化しすぎた。正しくは視野が狭く一つのことしか見えない、だ。
なのでもしかしたら気づかない可能性もあったし、気づいても話しかけてこない可能性もあった。リスクは少なからずあったのだ。
だが子供というのは屈託がないのもまた一つの特徴だ。それに賭けてこの方法を取ったが上手くいった。
内心は当たっていたということに沸き立っていたが、ここは人生の先輩らしくあくまで素っ気なく、
「そうか。もう落とすなよ」
そう言って子供にぬいぐるみを手渡し、その場を離れるために背中を向ける。その背中に
「ありがとう!」
と子供らしい元気な声が届いた。
優しさというのは諸刃の剣とか危険とか言いながらも、やはりその見返りがあるとうれしいものだ。それは感謝状とかの名誉でも菓子折とかの即物的なものでも、お礼の言葉とかいう曖昧で、だが真摯なものでもだ。
このタイムリープ能力があるから優しいという評価をもらっていると思っている俺だが、もしかしたらそんなものがなくても、
ただ人を助ける感覚が好きなだけで俺は人助けをしていたかもしれない。
しかも偽善なんかではない、本当の善意でだ。
心が舞い上がっているのがひしひしと感じる。おかげで赤信号が見えておらず、自動車に轢かれかけた。人と衝突もしかけた。今回はイレギュラーも多かったので、ループ脱出ともなると喜びもひとしおだ。
なので少し視界が歪んだことに全く気づかなかった。それどころかここに来て疲れが出たのかと呑気な気持ちさえ抱いていた。
しかしその瞬間。
膝から崩れ落ちる。上手く力が入らない。目眩が酷く、平衡感覚を失う。吐き気も耳鳴りもする。これは例のタイムリープするときの感覚だ。
だがなぜ?
ぬいぐるみを拾うというタイムリープの原因は取り除いたはずだし、ついでにトリガーになりそうな老婆も救った。こうなる理由はないはずだ。
にもかかわらずその目眩がなくなることはない。むしろもはや目の前に何があるのかすらわからない。
答えははっきりしていた。
間違っていたのだ。タイムリープのトリガーを。
ここからが本当の「そして僕は終焉を迎える」です。そしてだいたいここらへんが折り返し地点となっています。




