loop.4 OBSTACLE
「なんで計君は交差点なんかに行くの?」
その言葉は水沢木霊から発せられた。行く理由など伝えていないのだから妥当な質問だと思った。
だけど僕はそれに答えることは出来ない。
タイムリープの能力に気づいてからというもの5W1HのWhyに対して弱くなってきたと感じる。
だって僕は理由などこう答えるしかないのだから。
「ループの原因を取り除くため」
だがこんな答え方をすれば当然、冗談に思われる。いや、冗談に思われるならまだいい。本気にされた方が色々と困る。
だから答え方はどうしても不自然になってしまう。
「いや、ちょっとやることがあってね……」
「交差点に用事なんて聞いたことないよ」
厳しいところを突いてくる。だがここを譲ってはいけない。
そう思うが、明らかに劣勢なので聞いていないかのように黙っておく。沈黙は金、だ。
「なーんか変なの」
変でもいい。タイムリープの能力だけは僕の最終防衛線であり、トップシークレットなのだ。
ここを公開してしまえば、間違いなく僕は終わる。そうなるくらいなら変だと思われた方がよっぽど心が楽だ。
結局、一周目のように会話が円滑に進むことなくどちらも黙ったまま目的地である交差点に着いてしまう。
さて、行動開始だ。
とりあえず困っている人は誰かを見極める。伊達に八年もループしていない。困っている人を見つけるのは得意なのだ。
僕のセンサーに引っ掛かったのは0周目と同じ二人。
信号のない横断歩道を渡りずらそうにしている老婆と地面に寝そべっているホームレスっぽい人。
どっちを先に助けようか考えるが、まあ老婆の方にしようかな。
ホームレスらしき人はどう助けるか見当もつかない。そういう場合はループのトリガーにはなりにくい。
そう考えると老婆の方が助ける方法が明確な分、トリガーになりそうな気がする。だから老婆を助けようとする。
実利主義的ではあるが、僕だってここでループを脱出して家に帰りたいのだ。可能性が大きい方に賭けるのは当たり前だろう。
迷わず老婆の元へ行く。僕の後を木霊はついてくるが
「えっ、どこいくの?」
それには答えない。答えはすぐに分かるから。
「大丈夫ですか?」
僕はそう老婆に声をかける。
高齢者の人は優しさに対してはかなり寛容だと思う。生きてきた年季というものがそういうものに対して、器が広くさせているのかもしれない。
だが高齢者の中には一歩間違うとヒステリックになる人もいる。そういう人は逆に生きてきた年季が仇となって傲慢になる。経験こそが全てだと思い込んでる人間だ。
だからここも慎重に声をかける。相手の気を逆撫でしないように。
「えぇ、はい」
老婆はそう答えるが明らかに大丈夫なんかではなかった。
これが高齢者を助ける上での一番のポイントで難解な所だ。耳が遠いのかは知らないが、返答が曖昧な時がある。
もう一度同じ問いをしてもいいが、そうすると逆上する人もいるのでどうしようかと悩んでいたら、
「計君はやっぱり変わらないなー」
と呑気そうに話してくるが、また聞いたことのある台詞だったので思わず
「変わらないな、木霊も」
と言ってしまった。言った後、僅かにしまったと思った。確かにさっき木霊は同じ台詞を言ったが、この世界ではそれは一回のみ。これでは僕の言葉の意味は通らず、木霊を惑わしてしまうかもしれなかった。
「どうだろね、変わってないかも」
木霊は意外にも普通に答えた。僕の言い方が悪かったから、ちょっとテンパるかと思った。
しかし木霊は普通に答えるだけではなく、その「変わらない」という一言を噛みしめているようだった。
そう会話している間にも老婆は横断歩道を渡っていない。だいたい車の通りはそこそこあるのに信号がないのがまずおかしい。
そんなことに憤り、道路を見るがそこに気になるもの、正しく言うなら0周目と異なるものを見つける。
目撃者を捜しています
8月6日午後2時18分頃 普通自動車(立ち去り)と歩行者の事故を目撃した方はご連絡下さい
○○警察署交通課 △△△△ー△△ー0110
よくある事故目撃情報を求めるという看板だった。
思わず時計を確認する。デジタル時計は14時16分を指している。 そして今日は8月6日。
おかしい。何かが起きている。直感的にそう感じた。
この看板をこれから事故が起きるということだ。意味が分からなくなっていく。その不可解な時間とそれを何も気にしない通行人達に。
「どうしたの? 顔真っ青だよ」
木霊が心配したように声をかける。
だが反応出来ない。真夏だというのに指先から凍えるように冷たくなっていく。貧血を起こした時みたいに目がちかちかし、耳鳴りがしてくる。 少しばかり吐き気もしてくる。
不可解な何かなどこの世界に基本的にない。だがそれは基本的であって例外はある。
例えば僕のタイムリープの能力。これは十分、不可解な何かと言っていいだろう。だからこそ示し合わせてしまう。この不可思議な看板とタイムリープの能力に何か因果関係があるということを。
そしてこの事実は僕の足元を崩壊させるようなそんな恐さがあった。
視界が歪む。それはきっとこの夏の陽炎のせいではないのだろう。多分、僕の能力が発動しかけている。だがループをしてはならないと思った。
ここでループをしたら取り返しのつかないことになりそうだった。なので必死に耐えようとする。
それでもタイムリープの能力は止まらず、僕の意識を奪っていく。
目の前が真っ暗になった時、遥か遠くで木霊の声が聞こえた気がした。
毎回、英語のサブタイトルにしてますがサブタイトル付けの時は和英辞典使ってます。英語力付けたい……。
ちなみに今回のサブタイトルの意味は「障害」です。