loop.13 RELIVE or ALIVE
「私はね何にでもなれるの。いいや、何にでもなったの」
そう木霊は前置きした。
木霊が今まで送ってきた人生を教えてくれないか? なんて僕もキザなことを言ったと思ったが、木霊もなかなかキザなことを言っている。
「私のタイムリープの能力はあなたの比じゃない。あなたはほんの短時間のループだけれど、私は人生を繰り返すの」
よくわからず、首をかしげる。いや、本当はわかっている。しかし話のスケールが大きすぎて僕には全く想像できなかったのだ。だから思わず首をかしげた。
すると木霊も僕がそうしてるのに気づいたのか
「まあ、言っちゃうとね。私はオギャーって産まれてからベッドで寝ながら死ぬまでをシャトルランしてるみたいな感じよ」
そう言われてもあまり実感が湧かない。僕のタイムリープと木霊のそれとは全く異なるもののように思う。だってそんな人生なんて。
「あはは。衝撃が顔に出てるよ、計くん。今、気づいたけど計くんは最後まで完璧に推理できなかったからこうやって教えてもらおうとしてるんでしょ?」
全くその通りだ。僕が考えただけでは木霊がタイムリープの能力を本当に持っているかさえよくわからなかった。だから動機とかそんなのは訊くしかない。僕は探偵じゃないし。
「まあ私はいいけどね」
そう言う木霊はどこか嬉しそうで笑顔をたたえている。
「私は本当に何にでもなった。主婦にもなったし、社長にもなったし、政治家にもなった。あ、そうそう。私、女性初の総理大臣にもなったんだよ。あとちょっとした遊び心でまあ……犯罪者にもなったよね……」
まるでとっておきの秘密の話を披露するように楽しそうに、でも後ろめたそうに話す。まあ規格外の話だけれど。
「でも全部、飽きちゃった。何にもなれるのは虚しいもんだよ。向上心が生まれないからね」
そう言って手元にある拳銃をこねくりまわす。誤爆しそうで怖いからやめてほしい。
「君はわかるかな? 産まれて、優等生といわれて評価に晒される幼少期。有能といわれ、職を還暦まで全うする日々。そこで培った交遊関係を空費する老後。そして色んな人に囲まれて安らかな時間をすごす死期。
それが何回も何回も起きることが君は想像ができる?」
想像できるはずがない。人生なんていつも一回で、後悔があってもそれもまた人生と思える。だから何にもなれる、つまり全ての選択肢を持っていた木霊の話は到底、考えられない。
「そうしてもう何にもなれてしまい、無為な時間を過ごしていたときに君がタイムリープの能力を持っていることがわかった」
「それはなんでわかったの?」
純粋な疑問だ。僕はタイムリープの能力のことなど他人に漏らしたことなんてないし、バレないように振る舞ったりもした。
「別に大したことはないよ。私は君みたいに頭も回らないし、ヒントもあったりしなかった。だからこれは長年の観察の結果かな」
なるほど。つまり僕は結構、上手く隠せていたということか。それでバレたのはたまたまなのだろう。
「知ったときは嬉しかったね。この苦しさをわかち合える人がいると思ったから。けどそんなことはなかった」
だろうね。僕とはスケールが違うから。
「君は本当に短時間のループで、しかもそれに全く悩んでいる様子もなかった。私は正直、狂ってると思う。それを必死で隠してるのに、君は、君は……」
ああ、そうか。それは当然だ。僕は確かにこの能力に何も苦悩していなかった。人を助けるのもそんなに悪いものだとは思っていない。しかし今は
「だから復讐するために僕をこんな目に遭わせたのかい?」
本当なら怒りで煮えくり返りそうだが、あくまで平然と言う。しかし木霊は一転、けろっとして手を広げ
「そんなわけないじゃん。言ったでしょ。私、狂ってるって。君をこんな目に遭わせたのはただの興味。永遠にループしてる人って周りから見たらどうなのかなーって思っただけ。好奇心には勝てないね」
今日一番の衝撃と怒りを覚えた。その感情を自覚する。しかし言葉はもう既に溢れでていた。
「お前は……! ただの好奇心のために僕を殺すのか! お前とは違って一回しか人生がないのに!」
柄にもなく叫んでいた。そして僕は優しいというキャラを演じていただけなのに気づく。本当は何も優しくない。にも関わらず人を助ける、その一点だけで性格が決めつけられる。誰も気づかなかった秘密。
「君には何回も人生があるよ。だからそんなに怒らないで」
木霊は毅然とそう言う。それは僕の怒りを逆撫でするには十分すぎた。だって
「それはお前基準だろ。僕には……!」
そう言ってから木霊を見やり、僕は言葉を失う。
木霊の頬には一筋の涙がつぅーと零れ落ちていた。
「あれっ、な、なんで……?」
そう慌てた様子で木霊が頬の涙を袖で拭く。しかし涙は止まらない。しかしもう拭くのは諦めたようで
「でもいいな」
とだけ呟く。すっかり興が削がれてしまった。もうこうなったら木霊を責めることはできない。まさか泣かれるとは思わなかったから。
「いいってなにが」
もうそれしか言えなかった。
「私はね、何回でも人生があるから、人生で何か失敗したことがあったら『まあ、いいや。また新しい人生があるし』なんて思って諦めちゃうけど」
そう言ってから木霊は鼻をすする。
「本当は人生に後悔したい、諦めたくない。君みたいに何か自分の人生に邪魔が入ったら怒りたい。……そう思ったの」
呆気にとられた。木霊はこう普通の感情を吐露するのも勿論だがそれ以上に、木霊はどうしてこんなことを迷うのか、そんなことを思った。
だから
「訊いてもいいか?」
木霊は未だに泣いたままで、言葉を発さずコクりとだけ頷く。
「お前はこのままループを続けたいのか? それとも死にたいのか?」
我ながら酷い選択だと思う。心が死ぬか、肉体が死ぬかの二択を突きつけているのだから。でももしも後者なら――。
「私は死にたくない。けど何回も同じ人生を繰り返すなら」
「これ以上生きたくない。全く違う、予想なんてできない人生を送りたい」
やっとだ。木霊がやっと本心を言ってくれた。偽りの自分で振る舞っていた彼女がやっと心を開いた。だからこそ僕はそれに応えなければならない。
「わかった。ならその拳銃を貸せ。"俺"が本当の人助けをしてやるよ」
木霊は不思議そうな顔をする。けれどその意図に気づいたのか、一瞬、逡巡したあとそれを僕に向かって投げてくる。……だから誤爆しそうで怖いんすけど。
「私もこんなことに気づかないなんてまだまだね」
別にそうは思わない。だって
「そんなもんだ。人は皆、自分以外には盲目なのさ」
僕が木霊のタイムリープの能力、そしてその苦悩を知らなかったように。
このことを逆にいえば、自分のことだけはよくわかっているということだ。だからこそこの方法を思いついた。説明するとこうだ。
僕のタイムリープの能力の性質として一度、失ったものは元に戻らない、というのがある。これのせいで僕がループに閉じ込められたわけだが、今はそれが役に立つ。
この手元にある拳銃、これで木霊を撃って命を「失えば」もうこんな人生を永遠にループすることもなくなる。ただそれだけで十分だ。木霊はそう思うかもしれない。
だが残された僕は、まあループが続いたらそれはそれで絶望。それを感じる人が木霊から僕に変わるだけ。続かなくても殺人罪。18歳ではないが、人を殺せば社会的制裁は免れない。免れるつもりもないが。
だがそれこそが人助けじゃないか。そう思う。
今まで僕は自分が何も失わず、安心安全で人助けをしていた。タイムリープの能力に守られて慈善活動、いや、偽善活動をしていただけだ。
だからこう心の底から助けたいと思い、助けようとするのは初めてかもしれない。
初めて自分の意志で人を助ける。それは今までできそうでできなかったことだ。誰に救いを縛られていた僕には願ってもない幸運だ。
だから後生だ。お前を救ってやる。
引き金に手をかけ、木霊に銃の先を向ける。最後に確認をとる。
「本当にいいのか?」
「もうこりごりよ。こんな人生は」
許可はとった。後は撃つだけ。だがその手はぷるぷると震えている。それに目ざとく気づいた木霊は笑いながら
「緊張しすぎだよ」
「う、うるせぇよ」
強がって見せたが、やはり声も震えて上手く出せない。こうなるのは木霊を撃つことに未練があるからなのか、それともまだ恋を諦めていないのか。とにかく、ここへ来て撃てる気がしなかった。
「最後だし、いいこと教えてあげる。貴重な遺言だよ」
木霊がそう言ってくる。それにすら上手く応対できない。しかしそれは木霊はよくわかってるようでそのまま続ける。
「私は今まで数えきれないほどループしたけど、私が君に惚れたことなんてなかったし、君が私に告白したこともなかった」
つまり、そう言って木霊は息を吸い込む。
「君の恋は絶対に報われない」
そう言って満面の笑みを見せる。失礼だが、まあそういうことなんだろう。
肩の荷がすっとおりる。手の震えも収まった。今なら確実に撃ち抜ける。そう思う。撃っても後悔しない。僕と木霊は結ばれない、それこそが運命なのだ。
それが聞けたら十分だ。
引き金をゆっくり引いていく。最後はやっぱりこの言葉だろう。
「木霊、今までありがとうな。でも恨んでる」
そう言ってから無機質な轟音が廃ビルに鳴り響く。木霊は胸から血を噴き出している。狙い通りだった。そしてゆっくりと膝から地面に倒れる。
呼吸がないことを確認してから顔を見る。いかにも穏やかな表情をしていたが、これもまた木霊が今までやってきた虚飾なのだろう。銃で撃たれて痛くないはずがない。
だがそれは木霊の中では一番、優しい虚飾で言い換えれば一番、優しい嘘だった。そう思う。
温度もなくなった空間にポツリと一人。もうここに何かが戻ってきたりしない。
僕に残されているのは永遠を繰り返し死ねない絶望か、犯罪者という刻印を刻まれたまま生きる絶望。
空虚な笑いが漏れる。選択肢といいながら選択肢がないも同然。あるのは終焉のみ。
僕は全てを失った。残されていた僅かなものすら手放した。これはもうこう言うのがお似合いだ。
そして僕は終焉を迎える。
『そして僕は終焉を迎える』遂に最終回です。こうやって一つ、作品を終わらせるのは初めてなので、なんかとても不思議な感覚です。
悲しいようで達成感。そんな気分です。今まで読んでくれた方、本当にありがとうございました!




